軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56、「秘儀・ツンデレ」の発動条件

「ラゼちゃーん!」

「ラゼ」

「ふたりとも、お久しぶりです!」

数日ぶりに天使と女神の姿を見て、ラゼの頬は緩む。私服姿のふたりも可愛らしい。

今日は始業式。ラゼは学園に戻ってきた。

「これ、お土産よ。忘れる前に渡しておくわ」

「わぁ。いつもありがとうございます! 私からもこれを。ちょっとだけなんですけど、喜んでもらえると嬉しいです」

カーナから土産を受け取った彼女は、代わりに小さな紙袋を渡す。

「これは?」

「アロマオイルです。とてもいい香りだったから、ふたりにもあげたいと思って。フォリアには、部屋についてから渡すね」

「いいの? ありがとう!」

フォリアも目をキラキラと輝かせた。

「嬉しいけれど。お仕事、忙しかったんじゃ? 無理をさせていない?」

ハッとした様子で心配そうに尋ねたカーナに、ラゼは笑った。

「買い物出来ないほど忙しくはなかったので、平気ですよ。ほら、私、移動時間はかなり短縮できるし」

「そう?」

「はい。仕事にも余裕ができて今年の夏は充実していたので、そこまで気になさらないでください」

ラゼの返事を聞いて安心したのか、カーナは優しく微笑む。

それからラゼは恒例となってきた天使と女神の再会に感謝しながら、始業式の準備を整えるために寮へと向かった。

寮母さんから鍵と制服を受け取り、カーナと別れて部屋に到着。フォリアと土産を交換し、荷物を広げて片付けると制服に着替える。

この制服には特殊な魔法陣が組み込まれているため、入学式の前以外では学園から持ち出さないようになっている。

ラゼはテキパキ着替えを終えて、フォリアの準備を待った。

そして、天使を見つめて気がつく。

(あれ? モルディール卿は聖職者だけど、学園関係者の大人が生徒と付き合うのってさ……)

ゼールからの贈り物である耳飾りが、フォリアの耳元で揺れる。

(……禁断ってやつじゃない? これはモルディール卿、大丈夫なのか……?)

今年でフォリアは十七歳、ゼールは二十七歳……。十歳差くらい許容範囲だろうとラゼは思っていたが現実に振り返ってみるとなかなかに危うい関係なのではないかということに気がつく。相思相愛なので気にすることはないのだが、ラゼには前世の知識が散らついた。

しかし、フォリアが自分で化粧をし、念入りに鏡の前で自分の姿をチェックするのを見て、彼女は目を細める。

(乙女ゲームの世界とやらだし、気にすることないかー!)

天使の前では、前世のモラルなど無力であった。

準備を終えてホールに集まった全校生徒たち。

始業式は滞りなく進み、今年もバトルフェスタについての説明が始まる。

去年は突然の乱入者でラゼは痛い目にあったが、今後禁術なんて代物が使われることはほぼないと言っていい。セルジオの発明品で、かなり穴は埋められた。この間の冬の模擬戦も問題なく終わっている。

ただ、だからといって油断はできない。この学園には帝国側の内通者がいる可能性が非常に高いのだ。そして、既にマークする人物の候補は決まっている。

(カーナ様に敵意を向けるような輩はとっとと潰したいけど、泳がせることにしたからな……)

ラゼは壇上にいるハーレンスを見た。学園では彼が彼女の監督官である。彼も理事長という立場で不安はあることだろうが、それでも作戦に踏み切ったのはやはりラゼ・オーファンという存在が大きかった。

過大な評価をもらっているようで悪い気はしないが、自分の出番など無いに越したことはなかったのでラゼとしては複雑だ。

(まぁ。私がいるからには死んでも金の卵たちは守ってみせるけどね)

入学当初と彼女の意気込みは変わらない。しかし、その内に秘める熱量が格段に大きくなっているのは、ラゼも生徒としてこの学園生活を好きになっているからに違いなかった。何せ、若くして軍人になったものだから、表の人間との関わりはかなり薄かったのだ。こうして学園に通うことになるとは、彼女自身、思って見なかった。

まあ、その裏に、狼牙をこの国に留めようとする計略もあったりするのだが、彼女はそのことに全く気がついていない。変なところ、自分の価値について彼女は見誤っている節がある。

たとえこの学園で何かが起こったとしても、国で一番強いと謳われる狼牙を、上層部がみすみす殺すことはしないだろう、というところまでラゼの考えは至っていなかった。

「それでは、今年の対戦表を発表します」

教師の声かけとともに、バトルフェスタの対戦表が舞台に浮かび上がり、生徒たちの手元には魔法で番号が割り振られる。

(Yの2-1ね……)

校舎にもこの対戦表は張り出されるが、訳ありなラゼでも対戦相手を知らないので、目を凝らして相手を確認する。左から順に視線を滑らせると、「Y2-1」との表示を見つける。

「えっ!?」

そしてラゼは自分の隣に書かれた対戦相手を見て、思わず声を漏らした。

そこには「ルカ・フェン・ストレインジ」と、見知った人物の名前が記されていた。

見る場所を間違えたかと思ったが、残念ながら間違いではない。相手は財務大臣の息子で、乙女ゲーム攻略対象者でいらっしゃる、あのルカだ。彼も驚いたらしく、こちらを振り向いたところでふたりの視線がかち合う。ルカはハッと目を逸らした。

ラゼも珍しく気まずい思いで、困ったように髪を耳にかける。

(……かなーり想定外の相手が来たんですけど……?)

正直に。

ラゼはルカが得意ではない。逆に、彼も自分を苦手としているだろうということが何となくわかっていた。

ルカだけなのだ。ラゼがカーナたちーー言い換えると、乙女ゲームのキャストの皆さまの中で、あまり交流が無いのは。

みんながみんな仲良くなれるものではなく、感覚的に苦手とする相手がいる。前世だろうが今世だろうが、乙女ゲームがなんだろうと、それは同じのことらしい。

ラゼも別に、彼を心から嫌っているわけではないので、普段はある程度距離を保って当たり障りないようにやっているのだが、まさかその相手とバトルフェスタで戦うことになるとは。

(なんか、やり辛いなぁ……)

ルカは典型的な貴族思考の持ち主。崇高なご貴族サマなので、天使フォリアにすら最初は当たりが強かった。

まあ、その壁をぶち壊していくのがヒロインクオリティである。

ルカ様はその聖なるヒロインパワーを浴びて、とある技を完成なさった。その名も、対フォリアの場合のみに許されし秘儀「ツンデレ」。

ここで気をつけなくてはならないのは、非常に残念なことに「対フォリア」でしかこの御技は披露されないということだ。

庶民ラゼ・グラノーリは勿論、女子が軽率に彼に近付こうとするならば、あの可愛い顔に毒を吐かれる。

ちなみにカーナの予言の書によれば、彼に「可愛い」は禁句だそうだ。

ラゼは再び目が合わないように、ちらりとルカを盗み見る。

次に彼の視線が捉えていたのは、天使フォリアの姿。

それを見て、ラゼの頬が引きつる。

(そういえば、ルカ様だけだったな。あからさまにフォリアのことが好きな攻略対象者……)

ルカは紛うことなき乙女ゲームの攻略対象者。

……だが、しかし。

残念ながら、フォリアが選んだのは、乙女ゲームでは(たぶん)故人設定であるモルディール枢機卿。彼女たちは既に恋人同士。彼の付け入る隙は1ミリもない。

彼女は悟った瞳に変わると、静かに両手を合わせる。

「……ルカ様。乙です」

ラゼの意味深な行動を、後方の席にいたアディスが訝しげに見ていたが、彼女は背中に感じるその視線を全く気に止めない……。

こうして二度目のバトルフェスタは始まりを告げた。