作品タイトル不明
5、入学式
セントリオール皇立魔法学園。
それは山や川、湖、草原。広大な自然のなかに要塞のごとくそびえ立つ。
この大きな学園には校舎と訓練場、学生寮に、商店街まである。
学園の敷地には全て結界と幻術がかけられており、その姿を見ることができるのは学園関係者のみだ。
三年間、長期休み以外、この学園で同志たちと寝食をともにする。
見方によれば「楽園」にも「牢獄」にもなるこの学園。
特に貴族サマは己のステータスのためにこの学園に入る者も少なくないので、ラゼにとっては平和な場所でも、彼らにとっては将来を左右する試練の場だったりする。
今、ホールに集められた新入生たちは、みな新品の制服に身を包み、少しの不安と希望を胸に理事長——皇弟ハーレンスの話を聞いている。
「入学おめでとう、金の卵たちよ。君たちはこれからこの学園で多くを学び、仲間と共にしか味わえない経験をするだろう。三年という時間は長いようで短い。各自、有意義な学園生活を謳歌してほしい——」
(あと三年……)
——あと三年しか、ピースフルなスクールライフを送れないのか。
そう思うとすでに泣けそうだ。
ラゼは真摯な瞳で自分の入学を認めてくれたらしい理事長の話を聞く。
位の高い人々は容姿も優れていらっしゃって、目が潰れそうだ。
彼のお話が終わると、続いて新入生代表の言葉。噂の皇上ガイアスの息子である。
短い金の髪に青い瞳。これぞまさしく皇子。放つ存在感というものが違う。
凛々しい顔立ちのルベン殿下に目がハートの女子生徒は半数以上にも及んでいた。
彼は将来仕えることになるビッグ・ファーザー。
ラゼはとてもじゃないが、女子生徒に混じって彼に見惚れることは出来なかった。
彼の言葉が終わると、ホールには溢れんばかりの拍手が響き渡る。
貴賓席にいらっしゃる皇妃様も嬉しそうに微笑んでいた。
「続きまして、今年度のクラスの発表に移ります」
そうして入学式は幕を閉じて、次に待つのはクラス発表。
ひとクラス三十人が、五組み。
恐ろしいことに、能力順の編成になっている。
前世では有り得ない編成だが、それぞれの能力に見合った授業を受けさせるということで、この形が推奨されている。
正直なところ、この学園に入れただけでも十分社会に通用するので、クラスのランクを気にすることはないとラゼは思う。
(まあ、貴族サマには貴族サマで、色々あるだろうから大変なんだろうけど)
彼らの努力を否定したい訳ではないので、ラゼは静かに発表を待つ。
(庶民の子がひとりでもいるクラスでありますように)
庶民で入学できた子は、十四人とラゼは把握している。
今年は〈晴蘭の年〉の子どもたちが競ってこの学園を受験しているため、かなりの倍率だった。
その中でも貴族サマを蹴落として試験を突破してきた平民の学生さんたちとは、是非友だちになりたい。
「ただいまより、先生方のご紹介を始めます」
司会者の言葉で、壇上に六人の先生が現れる。
「左から順に、
A組 サイラス・メイ・ヒューガン先生。
B組 ハンナ・ウェイ・ココット先生。
C組 ギル・ツェン・ゾーン先生。
D組 レイグ・ノース・サング先生。
E組 クリス・ロー・バンジェンス先生。
最後にメリル・ユン・フェリル先生。彼女は医務室の室長先生ですので、体調が悪いと感じたら無理せず彼女を頼るようにしてください」
ラゼは壇上の彼らを見て、感嘆のため息を漏らす。
モデルですか?と聞きたくなるほど美形だらけだ。
どのクラスになっても外れなんてものは無い。
「では。クラス発表に入ります。今から皆さんの前には各クラスのバッジが現れます。何組か確認してから、襟に付けるようにしてください。その後、教室に移動し、ホームルームがあります。それ以降のことについては担当の先生に質問するように。
……それでは、皆さん良い学園生活を」
司会がパチンと指を鳴らすと、生徒の前に光の中からバッジが出現する。
ラゼの前に現れたそれには鷹が描かれていた。
これでは何組かわからないじゃないか、と思って裏を返してみると、そこに彫られていたのは「A」という文字だった。
「うへっ?」
思わず変な声が出て、隣に座っていた子に怪訝な顔をされる。
これは何かの間違いではないかと思ったが、小さなバッジの裏にはクラスだけではなく、名前まで彫られているため、間違いなどではない。
「最初にA組から移動する! 俺についてくるように!」
ヒューガン先生が指示する声が響き、ラゼは慌ててバッジを付けると立ち上がる。
(そういえば、私、特待生だったわ)
特待生であれば、A組も納得できる。
殿下も立ち上がったところを見ると、VIPの見守り役としては当然の位置に見える。
ラゼは新しく買った黒のレースアップショートブーツで床を打ちながら、丁度殿下の後ろに出た。
「きゃ!」
その途中。
通路に出ようとした女の子が、緊張しているせいか躓いて倒れてくる。
気がついた皇子も振り向いたが、その前にラゼが咄嗟に彼女を受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい! すみません。ありがとうございますっ、」
「!」
ラゼは思わず息を飲む。
顔を上げた彼女は、ミルクティーのような色のふわふわした髪に新緑の瞳をした、めちゃくちゃ可愛い女の子だった。
こんなに可愛い女の子がリアルに存在するのか、と驚きながら起こしてあげると、彼女はそわそわと心配そうな表情でラゼを見つめる。
「あのっ、お怪我はありませんか? 本当にすみませんっ!」
彼女の瞳の向こうに怯えを感じとったラゼは、キョトンとした。
(もしかしてこの子、平民?)
こんなに可愛い子が平民とは——。
貴族サマばっかり顔が整っていると不満だったラゼは彼女に興味が湧いた。
「平気だよ」
私も庶民、と耳打ちして微笑むと彼女はぱああっと顔を輝かせる。
一緒に隣を歩き会場を抜けると、声をかけられた。
「さっきはありがとうございました。わたしフォリア・クレシアスと言います」
どうしよう。めちゃくちゃ可愛い子にアプローチされてる。
ラゼはすっかり頬を緩ませた。
軍にいたら滅多にないシチュエーションである。テンションが上がってしまうのは仕方ない。
「私はラゼ。よろしくねフォリア」
フォリアは花が咲いたように笑って、「うん!」と首を縦に振った。
早速庶民の友だちがゲット出来そうで、幸先いいスタートだ。
広い廊下を進み、たどり着いたのは大きな教室。
記憶でいうところの、大学の講義室のような部屋だ。三十人に対してこの部屋は大きすぎる気がするが、これが貴族クオリティということで納得しておく。
「座席は指定だ。黒板を見て座れ」
—— 一応、皇族いるんですけど、口調はそれでいいんですね、先生。
彼も大変だろうなと思いながら、フォリアと分かれてラゼは自分の席に着く。
嬉しいことに、左側の一番後ろの席だ。
皆を見渡せるので良い位置である。
フォリアは彼女より右の前方に座っていた。
その隣には殿下がいらっしゃって、緊張していることがよくわかる。
隣との間がかなり広く空いているので、そんなに緊張することは無いと思うのだが、流石に皇子相手ではその距離では足りないか。
まるで子犬のようなあどけなさが可愛らしく、ラゼはクスリと笑って心の中でフォリアを応援した。
が、次の瞬間、ラゼの表情は一気に固まる。
彼女の席は三つのブロックになった長い机の左。中央のブロックとの間に通路があるのだが、そこを登って来た男子生徒を見て頬を引きつらせた。
彼と会ったことは無い。
だがしかし、その顔にはよぉーく見覚えがある。
(——か、閣下のむすこぉ?!!!)
髪の色こそ違うものの、あの死神閣下とそっくりな顔を持つ少年がこちらに登ってくるではないか。
艶めく青い髪から覗く、幻想的なシルバーの瞳。
悔しいが、あの閣下と同じく文句のつけようがない綺麗な顔だ。これぞ美男子。
自分よりもさらさらした髪は羨ましいったらありゃしない。さぞいいものを食べて、いい暮らしをしていることだろう。
(そういえば、閣下の息子さんも晴蘭生まれ……。私としたことが、死神閣下の話題に触れたくなくて記憶から抹消していた……)
せっかく軍を離れたのに、ここに来ても死神閣下の片鱗を見なくてはならないとは。
天から地に叩き落とされた気分だ。
一体どこまで登ってくるのかと思えば、彼が座ったのは、通路を挟んでラゼの斜め後ろ。
うわぁ席近いよ、と内心ツッコミを入れてチラリと彼を盗み見ようとすれば、図らずも視線がかち合う。
「よろしく」
「……ヨ、ヨロシクオネガイシマス」
その裏のあるさわやかスマイル、閣下とそっくりですね。
ラゼは内心毒づきながら、誰にもこの愚痴を漏らすことが出来ないことを心底残念に思うのだった。