作品タイトル不明
42、待ちに待った三連休
「離してくださいっ!!」
「はーなーさーなーいー!」
今日の正午にカーナ様たちと待ち合わせをしているというのに、自分の腰をがっちりホールドして離さない白衣の女性にラゼは悲鳴を上げる。
「ヨル教授〜!」
白衣を着た悪魔こと、ヨル・カートン・フェデリックに捕まったラゼは非常に困っていた。
どこにそんな力があるのか、全く離れないヨル。
滅多に出歩かない人が、わざわざラゼのいる建物にまで顔を出し研究所に連れ込もうとする執念は怖い。
「ラゼ。結婚しよう。そしたら、ずっと一緒に研究できるよね?!」
「何を血迷ったこと言ってるんですか!」
いい加減に離してくれと言っても、彼女には話が通じない。
誰かに助けを求めたいのに、廊下でヨルを引きずっているラゼを見た者たちは、皆見なかったフリをしてその場を離れていく。
「私は今日、どうしても外せない用事があるんです!」
「知ってるよ〜。金の卵たちのお相手でしょう? どうしても行くっていうなら、わたしも一緒に行くぅ〜〜」
「それは、まずいって!」
そうこうしている間にも、時間は迫っているというのにこの人は!
こうなったら強硬手段を取るしかない。
ラゼは手刀を構える。
「ま、待って! ラゼさん!」
それを慌てて止めたのは、誰もが避けていたふたりに駆け寄って来る男性。
ラゼは現れた救世主に目を輝かせた。
「フレイくん!」
「すみません、ラゼさん。また教授が……」
彼女のオカン……改め助手を務めているフレイ・カンザックが輝いて見える。
「こら、教授。ラゼさんが困ってるでしょ」
年下の男性に頭を叩かれる「白衣を着た悪魔」。全く威厳はない。
「だって、ラゼがいないと研究が捗らないぃ」
「はいはい。いい大人がだだこねない。サンプルの分析が終わりましたよ?」
「え! 本当!」
話に食いついたヨル。
フレイは目で「今のうちに」とラゼに合図を送る。
ラゼも「ありがとう!」とひとつ頷き転移で、三連休前最後の仕事に取り掛かった。
「私は今日、三十分で仕事を終わらせる!! それ以上は認めないから、ついて来れない奴は即刻強制送還する! 帝国の哀れな実験体たちを解放してやれ!」
「「応!!」」
急遽、ラゼの休み前に入ってしまった任務は、帝国が密かにバルーダで行っていた実験で生まれてしまった失敗作のお相手。
〈影の目〉が帝国が人の言う事を聞く魔物の軍団を作ろうとしている情報を得ていたのだが、どうやらその失敗作たちがバルーダで暴れているそうだ。
場所はゾーン5。楽勝だ。
ラゼは身体強化に高速移動の魔法を重ね掛けして、魔物たちの大陸を縦断する。
「ディカード中尉。代表を見失いました!」
ビクターの驚いた声に、ハルルは苦笑い。
「代表、キレてるな」
「ああ」
クロスも同じように笑った。
亡霊と評される彼女の戦い方は、極限まで研ぎ澄まされた移動魔法の集大成。
こうなった彼女を止められる者はそういない。
帝国が時を操る禁術にまで手を出すほどの実力者だ。
「いいか、ビクター。代表が追えなくなったら深追いするな。邪魔になる」
「は、はい」
この部隊に入って日が浅いビクターは、先輩の言うことに素直に頷く。
実際、バタバタ倒れていく敵を前にして、自分ができることなど何もないように見えた。
「さて。代表の大事なお友達を待たせるわけには行かないな」
「そうだな」
ハルルとクロスが前に出る。
「え、大尉、中尉?」
ビクターは何をするのかと戸惑った。
その様子がわかったふたりは眉を上げる。
「ビクター。あれはまだ五割弱程度の速さだぞ」
クロスの言葉に驚く間もなく、彼らは討伐に参戦していった。
「……ヤバイな」
置いていかれたビクターの手は武者震いで震えていた。
*
「やばい、やばい!」
ラゼは時刻を確認して慌てふためく。
「代表。回収はわたしたちが済ませておきますので、どうぞ行ってください」
「えっ、いいの?!」
そんな後始末ばかり部下にやらせるなど申し訳ない。
が、これからオルディアナに戻って身支度を整える時間も必要だ。
「ありがとう。今度何か礼をするよ!」
じゃあ!とラゼは拠点まで転移し、いつも通り身体検査を受けてから転移装置に乗った。
家に帰ると全身くまなく洗い流し、風の魔法で素早く水気を切る。
殿下がどんな場所を用意したのか知らないが、下手な格好はできない。
寝る間を惜しんで空けた時間で買った服に身を包む。
数日ぶりに前髪を編み込み、フォリアから誕生日プレゼントでもらった髪留めをつけた。
「あっちゃぁ……。クマが酷いな」
鏡に映った自分の顔の酷いこと。
急いで化粧で隠し、だいたい準備は整った。
二泊三日の荷物が詰まったトランクを持ち、待ち合わせ場所の近くまで転移すると、その時点で時刻は正午。
「やっばい!! 遅刻だ!!」
ラゼは全力で駆け出した。
「あ、あれ? 誰もいない……」
集合場所の時計台の下には誰もいない。
ラゼは置いていかれたかと焦る。
「グラノーリさん」
「あ。レザイア様」
クロードに声をかけられて、彼女はホッとするが、遅れてしまったことをすぐに謝った。
「すみません。私が遅れたから……」
「いえ。アディスが人目を気にしないせいで人が集まってしまい、違う場所で待っていました」
その状況が簡単に想像できてしまうのが恐ろしい。
クロードは流れるような動きでラゼの荷物を持ち、彼女を案内する。
(さすが執事長の息子さん!)
庶民の自分にまで気を遣ってくれるとは感激だ。
「ありがとうございます」
「……いえ」
涼しい顔をしているが、普通はこんなことは出来ない。
(うちの部下にも見習わせたい。絶対、モテる)
早いところ軍団は騎士団より野蛮というイメージを払拭したい。
「今日も働いていたんですか?」
「ハイ……。清掃作業が長引いてしまって」
「そうでしたか」
「すみません……」
遅れた事を責められていると思ったラゼはとにかく謝った。
すると、間の悪いことに空腹に耐えかねた腹の虫がグウウと鳴く。
これには、流石のラゼも恥ずかしかった。
「……ごめんなさい。朝から何も食べて無くて」
「どんな生活してるんですか……」
クロードは呆れた様子で売店に寄ってくれる。
「それひとつ」
「はいよ!」
軽く食べられる肉まんに似た食べ物を受け取ると、どうぞとラゼに差し出した。
「すみません。今お金を」
「これくらいいらないです」
「え、でも」
「そんなにお金が無いように見えますか?」
「…………ありがとうございます」
奢ってくれるとは、男前過ぎる。
(さすが、ゲームの攻略対象者だなぁ)
彼の手袋を見てふとラゼは考える。
予言の書によると、彼は殿下の側仕えとして悩みを抱えているそうだが、フォリアがゼールにお熱な以上、心は癒してもらえないのではないか?
イアンとルカ、アディスもそうだ。
そこで、「あれ? そういえばイアンくんの悩みって、剣に向いてないって言われたことじゃなかったか?」と気がつくのが、ラゼである。
あれくらいの悩み、生死が問われるような問題ではなかったので、乙女ゲームのシナリオを忘れていた。
まあ、ちゃんと立ち直っているし、結果オーライということにしておこう……。
さて。気を取り直して。
殿下のために尽くすクロードは、裏では暗殺業も営んでいる。汚れているという意識のため、常に手袋をしている彼。
ヒロインだったら「あなたは汚れてなんか無い! だってこんなに優しい手なんだもの」くらい言えるだろうが、生憎ラゼはそんな歯の浮くような台詞は吐けない。
ラゼは渡された肉まんをじっと見つめた。
「食べないんですか?」
「もちろん、食べますよ!」
慌ててラゼはそれにかぶりつく。
一口食べれば急に食欲が湧いてきて、彼女はそれをあっという間に平らげた。
「……働いて生きるって大変だけど、こうやって良いことがあるから頑張れますよね」
ご馳走様でした! と満足そうな顔で笑うラゼを見て、クロードは少し驚いた顔をしていた。
「仕事、大変なんですか?」
「それなりには。汚いことばっかりです。あ、勿論ちゃんと身は清めて来ましたからね?!」
慌てて付け加えるラゼに、彼はフッと笑みを溢す。
「ちゃんと綺麗ですよ」
そう言ったクロードの背後に花が咲いて見えたのは、ゲーム補正のせいにしておこう。
「それは良かった。身なりだけでもちゃんとしないとと思って、念入りに支度をして来たんです」
ラゼの言っていることは全て本心だ。
前を歩くクロードから「わたしもですよ」と小さな呟きを拾ったが、その言葉はどこか寂しかった。