作品タイトル不明
39、もう一人の転生者
「ああ、もう! 何で私はセントリオールに通えないの?!」
そう声を荒げる少女に、控えていたメイドたちがびくりと肩を震わせる。
「落ち着けエリナ。学園なんて通わなくても、お前の望みはもうすぐ叶う」
彼女を諫めた男は、優艶な笑みを浮かべてそう囁く。
そこはマジェンダ帝国皇城の一室。
支配下に置いた国々から富という富が収斂される豪華絢爛な城で、彼女は何不自由なく暮らしていた。
「それは本当ですか? グレセリド様?」
エリナはまるで肉食の獣のように危険な野心を覗かせる瞳をする男に、そう尋ねる。
その男こそ、この城の主—マジェンダ帝国皇帝グレセリド・アグト・ヒューレン・オブゼヒトである。
「ああ。お前のお陰で順調に準備は進んでいる」
「それなら! もうすぐルベン様も手に入るということですか!」
「そうだ。シアンの皇子だけじゃない。あの国の全てがわたしのものになる」
グレセリドは美酒の入ったグラスを仰ぎ、喉を鳴らしてそれを飲む。
エリナは夢にも踊るような心地で、彼を見上げた。
彼女もこの世界が乙女ゲームと類似した場所だと知る転生者だ。
十二歳になった時、記憶を取り戻した彼女は自分も学園に入学して乙女ゲームの世界の一員となろうと動き出した。
シアンの田舎にある庶民の家に生まれたエリナ。例え転生者であろうと、努力しなければセントリオールには到底入ることはできない。
彼女なりに努力して学園を目指したが、庶民の身にはとても難しい門だった。
——それなら何で、私はこの世界に転生したの?!
追い詰められた彼女は苦しんだ。
この世界が何度もプレイした乙女ゲームの世界だと知っているのに、何もできない無力さに打ちひしがれる。
「何のための記憶なの? どうすれば、この力を……」
そうしてたどり着いた答えが、シアンの敵国であるマジェンダに先読みとも呼べるこの能力を認めさせることだった。
冷静に考えれば、どうしてそんな事を思い立ったのか不思議なのだが、まるで運命にでも導かれたかのように、彼女はいつの間にかこの道を進んでいた。
マジェンダに渡ったエリナの先読みは、シアンに潜入している諜報員によって証明され、皇帝に重用されるように。
今では「先読みの巫女」と呼ばれる存在にまで成り上がった。
(私にだってなれるの、この世界の主人公に)
かつてとは異なり、エリナの瞳は希望に満ち溢れている。
グレセリドはエリナの部屋から出ると、自分の部屋に戻る。
「先読み様の言う通り、秋に学園祭が行われるようです」
「ああ。あの学園が始まって初めての試みだな。必ず穴ができる。あいつの言うシナリオ通りに話を修正し、最後の大舞台であの学園を破壊してやる」
報告を聞いたグレセリドは楽しそうに口角を上げた。
長年、シアンとは決着のつかない争いばかりしている。
だが、それもここまでだ。
「金の卵も、孵らなければただの卵だ」
何年もこの時を待っていた。
シアンに存在するセントリオール皇立魔法学園に集まる敵の卵たちを一掃してしまえば、自ずと勝機はやってくる。
十五年前に学園へ放った密偵も、ずっと息を潜め、獲物の首元を静かに狙っている。
外から崩せないのならば、内側から崩壊させればいい。
セントリオールは、絶好の場所だった。
「あいつの言う “モブ” 、危険因子はどうなった?」
「……未だに未来を曲げているようです」
手下の男は冷や汗を流しながら、何とか告げる。
「ほぉ? 面白い。小娘ひとりに先読みを変える力があるのならば、わたしにも未来を変えることができるだろうな」
クツクツと笑うグリセリド。
今の報告で機嫌を損なうことは無かったようだ。男は首の皮が一枚で繋がった気分である。
「下がっていい。奴にうまくやらせろ」
「ハッ。帝国に栄光を」
乙女ゲームの舞台裏では、大きな歯車がすでに回り出していた。
***
「お疲れさまです。少し休憩にしましょう」
恒例となってきたカーナの手作りお菓子でひと休憩。
なんてホワイトな! とラゼは感動しながらいつも人一倍お菓子を頬張っている。
そうそう。今の彼女は、前髪を編み込んで部下からもらった髪留めでまとめるという当初のスタイルを維持している。
カーナとフォリアには残念がられたが、誕生日会の格好は気疲れするので、特別な日にでも使わせてもらうつもりだ。
「だんだん見えてきましたね、学園祭!」
「そうだね」
フォリアにルカが頷く。
「そろそろ定期考査と長期休暇になるけれど、どうするの?」
意外に真面目くんなアディスがカーナに問う。
「各自、無理をしない範囲で進めていきましょう。でも、お休みに入ったら、一度集まりたい気もしますね。学園祭全体のテーマに沿った装飾をわたくしたちが手掛けたいと思っていますから」
「了解。俺は女の子とのデートが被らなければ、別に構わないよ」
もともと大人びているのに、二年生になって更に女誑しに磨きがかかっている気がするのは気のせいなのだろうか。
ラゼは恥ずかしげもなくそんなことを公言できる彼に、ある種の尊敬を抱く。
マドレーヌを食べながら、ことの成り行きを見守っているとカーナの視線が自分に向いた。
「その、ラゼは来れそう?」
少し躊躇ったところを見て、またまた気を遣わせていることに気がつく。
「来てくれると、すごく助かるんだけれど……」
(そんな可愛いお願いの仕方は反則です)
今回の休みには、学生らしく長期休みに遊んでやるんだ! と決めていたラゼは強く頭を縦に振る。
「行きます! 今回は絶対に予定を開けますから!」
「「本当!?」」
天使と女神に花が咲いた。
こんな顔をさせるまで、お休みに遊べなかったなんて罪だ!
ラゼは何がなんでも彼女たちと会う時間を作ろうと誓う。
「ラゼちゃんの家に近い方がいいよね!」
「そう言えば、ラゼってどこに住んでいるの?」
(そんな私ファーストでいいの?!)
ラゼは感動を隠せない。
「首都に近いので、場所はあまり気にしないでください。移動魔法で駆けつけますし」
「そう? なら、わたくしの家でいいかしら?」
言い出したのはわたくしですし、と言うカーナにすぐさま口を開いたのはルベンだった。
「いや。わたしが場所を準備しておく」
「よろしいのですか?」
「ああ。カーナにばかり負担をかける訳にはいかないから。これくらいわたしの方で簡単に手配できる」
御坊ちゃまは言うことが違う。
カーナの家に自分以外の男なぞあげて堪るか、という魂胆が見え隠れしているが、知らないフリをしておこう。