軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34、向いてない

冬の朝はとても冷える。

ラゼは目を覚ましていたが、ベッドから出たくなくてもぞもぞと布団に潜った。

今日は休日。昼までごろごろしていても、誰からも咎めを受けることはない。

が、しかし。

軍の仲間はきっと今頃、雪中訓練なんかに勤しんでいることだろう。

自分だけぬくぬくと布団にこもっているなど、上司としてあるまじき姿。

いつ何時、死戦に召集されたとしても、生き延びるためには、日々の準備が必要である。

カーテンの向こう側では、相変わらず早起きの天使フォリアが勉強をしているのが影で分かった。

ラゼは覚悟を決めて布団を出る。

「さっむいなあ……」

魔法を使えば体の周りの空気を暖めて、体感温度を調節することも可能ではあるが、ラゼはその魔法があまり得意ではない。一時的にはできても、長時間の使用はできなかった。

ということで、残念ながら寒さを生身に感じながら彼女は着替えると、フォリアに挨拶した。

「おはよう。走ってくるね」

「おはよう、ラゼちゃん。走ってくるって、外は雪が降ってるよ?」

そう言われて、ラゼはハッと窓の外を見る。

「うわ。今朝はやけに寒いなと思ったわけだ」

外は銀世界。しんしんと降る大粒の雪が静かに世界を染めていた。

そこにふと、人影を見つけてラゼは目を丸くする。

窓を開けてグッと外に身体を乗り出して、目を凝らした。

間違いない、誰かいる。

「イアン様?!」

ラゼはその人物に驚きの声を上げた。

まさかこんな寒い中、剣を振ってる知り合いがいるとは思って見なかった。

「えっ?! イアン様がいるの?」

フォリアもラゼの後ろから窓を覗いたが、彼女の能力ではイアンの姿を捉えることができない。

「私、止めてくる。あんなの全然駄目だよ」

「う、うん。わたしも行こうか?」

「ううん。寒いし、いいよ。声かけてくるだけだから」

ラゼは慌てて外に出る。

なんだってこんな寒い中、バカ真面目に剣を振っているのだろう。

この時の彼女はすっかり失念していた。

ここは乙女ゲームの世界で、彼もまた攻略対象者であるということを。

イアン・マッセ・ドルーア。

彼は前騎士団長の孫である。

活発で人懐っこく、情熱的。

赤髪が彼の性格と違えることなく似合う男子だ。

父親は生まれつき身体が弱かったため騎士にはなることができず、健康な息子にはできることであれば自分の悲願であった剣の道を進んで欲しいと思っていた。

イアンもまた、幼い時から祖父の姿を見て育ち、「騎士」という誰もが一度は憧れを持つ仕事に惹かれていくのに時間は掛からなかった。

おもちゃの剣がいつしか模擬剣に代わり、身体が大きくなるにつれて、触れれば相手を割くことができる刃が煌く真剣を握っていた。

イアンはそれは素直で真摯な性格で、剣を教えてくれる人たちの話をよく聞いて、よく学んだ。

彼の将来の夢は、祖父の座した「騎士団長」という高み。

それは毎日、毎日、鍛錬を積んでいた。

そんなある日のことだ。

少しのことでは全くへこたれない彼が、それまで必死に続けてきた剣をおこうかと本気で悩んだ出来事が起きたのは。

「お前は、剣に向いていない」

とても低くて腹を突くような声だった。

その言葉は、鋭く尖った刃物よりも深くイアンを傷つけた。

何せ、大好きで憧れでもあった祖父から直々に放たれた言葉だったから。

それもあろうことか死際にそんなことを言うものだから、イアンはその言葉の真意を聞くことが叶わなかった。

当時12歳だった彼は一生懸命考えた。

一体何が悪くて、お爺さまはそんな事を言ったのか?

剣の道は辛くて険しいものだから、自分の弱い精神では耐えられないということなのか?

それとも、単純に自分には剣の才能が無いということだったのか?

考えても、考えても。

答えが出ることはついに無かった。

それからイアンが出来たのは、人の何倍も努力して、誰からも—死んだ祖父も含めて—認められるくらい強くなるということ。

彼はそれまでの倍、より一層気合を込めて剣術を磨いた。

その甲斐あってか、だんだんと実力が人々に認められるようになり、イアンは純粋に嬉しかった。

きっとお爺さまは、自分を奮起させるためにあんなことを言って亡くなられたのだと、あれから4年ほどの月日が経って、前向きに捉えられるようになっていた。

それなのに。

「向いてないんじゃない?」

セントリオール皇立魔法学園に通い、迎えた夏のバトルフェスタ。

相手は三年A組、生徒会長も務め、二年生の時には冬の大会を制しているビル・メス・ゴードン。

彼に負かされ、尻をついたイアンに降りかかって来たのは、あの時と同じ言葉。

一瞬、時が止まったように錯覚した。

言葉が出てこなかった。

試合後、どうやって寮に戻ったのかも思い出せないくらい、イアンは衝撃を受けた。

そして、彼はまた考える。

自分が弱いから、向いていないと言われるのだと。

「ハッ」

——強く。もっと強くならなくちゃいけない。

イアンは雪の中、一心不乱に素振りをする。

心頭滅却すれば、寒さなんて感じない。

赤い髪には雪が乗って、熱で溶けた水滴が頭から伝う。

白い息を吐きながら、重い模擬剣を片手で真っ直ぐに振り下ろして構えることを繰り返す。

「イアン様!!」

彼は自分の名前を呼ばれて、ピタリと動きを止めた。

横を向くと、黒い傘を差した女子がひとり。

「グラノーリ?」

コートを着込んだラゼがイアンに歩み寄った。

「こんな雪の日に、温度操作の魔法を使わず、身体に膜も張ることもせず、何をやってるんですか?! 風邪引きますよ?!」

彼女は傘をイアンの頭上にかかるよう突き出した。

「オレは滅多に風邪ひかないから、気にしなくていいよ。もう少しやりたいから先に戻って」

彼は真剣な表情で告げる。

ラゼはイアンが剣を振るうことを、そう簡単に止めないであろうことを悟った。

最近、彼を見かける度にずっと剣を振るっていることを彼女はちゃんと覚えていた。

軍にいれば部下を育てるのに、そういう場面はよく見かけるので印象に残っていた。

彼女はハァと白いため息を漏らす。

「イアン様が今やっているのは、自分の身体を壊す自傷行為ですよ」

ラゼはわざと厳しい言葉を選んだ。

こういうタイプは強く言って聞かせないと、聞く耳を持たない。

イアンは表情を険しくして、ラゼを見下ろした。

「これも訓練の一環だから。自分のことは自分が一番わかってる。グラノーリは戻ってろよ」

「嫌です」

イアンは前騎士団長の孫。

ラゼは、あのおじさんに世話になったこともあったので、その孫のイアンがこんな事をしているのは止めたかった。

即答されて、彼はムッとする。

「提案があります。ここで勝負して私が勝ったら寮に戻ってください。イアン様が勝てば私も、もう何も言わずに戻ります」

すかさずラゼが提案した勝負に、イアンは目を見張った。

この間の大会で、彼女は初戦負け。

正直、三年生も交えたトーナメントで勝ち上がっていった自分に勝てるとは思えない。

だがそこでふと、ラゼはあのアディスに勝っていることも思い出す。

あの試合が果たしてどれくらい真剣に行われたものかは分からないが、もしかすると、もしかするかもしれない。

そろそろ相手が欲しいと思っていたところだ。

彼は勝負を飲む事にした。

ルールは簡単。

相手を戦闘不能に追い込めば勝ち。

魔法の使用は肉体強化以外は無しで、剣術での勝負になる。

ラゼは転移魔法で自分の模擬剣を用意すると、重いコートを脱ぎ、髪も適当に束ねてから軽く身体を動かす。

「お待たせしました。私が勝ったら寮に戻ってもらいますからね」

「わかってる」

イアンは頷いて剣を構えた。

ラゼは小石を拾うと、それを空高く投げる。

その間に剣を構えた。

小石がちょうど二人の間に落ちた時が始まりの合図だった。

イアンが最初に剣を薙ぎ、ラゼはそれを受け止める。

初手くらい防がれるのは分かりきったこと。

彼はすぐに第二撃を放つ。

ラゼはそれも防いだ。

そこでイアンは眼光を鋭くした。

この二撃で分かる。

彼女は女だからといって、弱くなんかない。

まるで大木にでも打ち込んでいるような感覚がした。全く重心がブレていない。

彼は肉体強化で、さらに重い一撃をラゼに入れる。彼女は次も防ぎ切り、すぐに反撃に回る。

その動きは流れるようで全く無駄がない。

確実に急所を狙って繰り出される剣撃たちに、イアンはゾクリとした。

本能が「彼女はヤバイ」、そう告げている。

無意識に剣を握る手に力がこもっていた。

「ハァ!」

自分が振るう剣は、全て彼女に受け止められる。ラゼは真っ向勝負だとでも言わんばかりで、避けるということをしなかった。

前に、前に。

ラゼの目は獲物を捉えている。

そして、彼女はついにイアンの懐に剣を置いた。

どう見ても、イアンの負けである。

その勝負はきっと五分にも満たなかっただろう。

しかしながら、イアンはその数分がとても長く感じた。

自分はずっと彼女の掌の上でころがされている、そう錯覚するくらい、自分の技には手応えが無かった。

「終わりでいいですね?」

ラゼの茶色い瞳は鷹の目のようだった。

イアンは力なく剣を下ろす。

彼女も満足した様子で、イアンから離れて雪の乗った剣を横に振るった。

「戻りますよ。はぁっ、寒っ!」

ラゼはわざとらしくぶるりと肩を震わせ、コートを着る。

いつもはボリュームのあるイアンの髪が、濡れてペタンとなっているからか、彼の表情は見えない。

でも、イアンの握る拳から、ラゼは彼が何かしら思い詰めているのを察した。

かける言葉が見当たらず、彼女は無言で彼に傘を差す。

イアンは俯いたまま言った。

「…………オレは、弱いのか?」

活発な彼からは想像もつかない、小さな声。

ラゼはその顔を見て驚いた。

悩みのなさそうなイアンも、そんな辛そうな顔をするのかと。

きっと、ヒロインことフォリアであれば、「そんなことない!」と彼を励ましたことだろう。

いや。

これは本来であれば、そういうイベントだった。

試合に負けて傷心しているイアンを、ヒロインが慰める。

これこそが、正しい道であった。

だが。

残念ながら、ただ今イアンと向き合っているのは、ラゼ・グラノーリだった。

何故か剣術勝負をして彼を負かし、さらに傷をえぐった彼女という人間は、軍に所属し、子どもの身ながら部下を統率してしまうような奇人。

「はい。私よりは確実に弱いですね」

事実をそのままダイレクトに告げてしまった。

イアンの表情は益々崩れる。

もしここにラゼの部下がいたなら、「代表に勝てる奴なんかほぼいないんだから、落ち込むなって!」と彼を励ましてくれたことだろう。

しかし、そんな人は勿論いないわけで。

「というか、ずっと気になってたんですけど。イアン様は、何で剣をやめないんですか?」

彼女を止められる人もまたいなかった……。

可哀想なことに、イアンはトドメを食らわされたのである。