軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18、実技の授業は歓声と共に

「よし。少し休憩な!」

「女子も休憩にしましょう」

ヒューガンと、アイーダ・ナン・マートンの声に、A組の生徒は手を止める。

今は動きやすい服に着替えて訓練場にて実技の授業だ。

男子と女子に分かれ、それぞれ剣術と中距離攻撃の魔法習得を訓練中。

「ルベン様、よろしければこれを」

「ありがとう。カーナ」

ラゼの視界には、ルベンに飲み物とタオルを渡すカーナの姿が。

図書館での出来事以降、彼らの呼び方が変わったことに気がついているラゼ。

これは確実に出しに使われた……。

彼女が思うに、ルベンがそう呼ぶように言ったに違いなく、二人きりの時はカーナも「ルベン」と彼を呼んでいるところを目撃してしまって胃がもたれそうな今日この頃。

「ルカ様。腕を見せてください」

「な、何? 庶民が僕に触らないでくれる?」

「触りませんから、傷を見せてください。すぐに治しますから」

また一方では、フォリアが攻略対象である財務大臣の嫡男に世話を焼いている。

(これは天使フォリアの素なんだよなー)

カーナから『ブルー・オーキッド』の詳細が日本語でみっしり書かれた手記を貰ったので、ラゼはそれに則りシナリオの検証をしている。

今のところ、イベントらしきものは全て発生している。

ただ、その内容は時に変化していた。

本来なら殿下とフォリアで起こる筈のことが、カーナに起こったり。逆に違う攻略対象者とフォリアが一緒になったり。

「バグが起きてるのか」

そう考えたって何もおかしくは無い。

まず元のゲームであれば、悪役令嬢カーナさまはもっとプライドが高かったみたいだし、そもそも転生者ではない。

そして他でも無い自分という存在が、ゲームを変化させている。

ここはカーナの言う乙女ゲームの世界ではあるが、もう他のものとして考えた方がいい気がした。

「アディス様、よかったらこれを使って下さい!」

「お飲み物はいかがですか!」

「わたくし、蜂蜜レモンを作って来ましたの!」

(もしかして、これもバグか??)

——二時限連続授業だからと言って、夏でも無いのに蜂蜜レモンを作ってくるのは、もはやバグなのでは?

ラゼは思わず、黄色い声のする方へ呆れた視線を飛ばす。

輪の中心にいる死神の息子もやたらハイスペックだと思えば、どうやら攻略対象らしい。

それもカーナによると、争い事が嫌いなアディスは、皇子の為に実力を伏せて常に一歩引いた立場におり、最初は殿下から気を逸らすために自分が女の子たちを侍らせていたが、実は彼女たちを傷つけないように平等に接していたところが高評価らしく。

そんな彼が不器用ながら一途に惚れ込んでくれるところをもっと見たい! との要望多数で長編ファンディスクのメインを飾るお方だそうだ。

乙女ゲームをやったことがないラゼからすると、今までフォリアの攻略対象だったくせに、ちょっと無理があるような気がしてならないが、ヒットしたそうなので何も言うまい。

(ああ。つまり続編があるせいで、今のシナリオではザース様とフォリアの絡みが少ないのか?)

かなり彼のイベントは、乗っ取られているのでフォリアとの交流は少なかった。

「そろそろ始めるぞ!」

先生たちの声かけで、みな授業に戻って行く。

ひとりで壁に背をつけていたラゼも、訓練場の中心に向かって歩き出した。

「男子はこれから模擬戦なー」

ヒューガンの言葉に、彼女は模擬剣をもった男子諸君を見渡す。

日々屈強な男たちを率いて戦っているラゼからすると、おもちゃの剣をもった子どもにしか見えない。

それでも、その中で異彩を放つのがルベン、クロード、イアン、アディスだ。

残念ながら剣術が苦手なルカを除いた攻略対象者たちである。

「さて。女子もどこまで上達したか試してみましょう。的を用意したので順番に攻撃してみてください」

マートン先生に向き直り、ラゼは先ほどまで練習していた魔法を思い出す。

彼女の得意型は移動。

性質上、近距離戦のほうが得意なのだが、遠距離攻撃ができないことは無い。

名前を呼ばれた者から順番に攻撃を繰り出していく。

「モーテンス」

「はい」

カーナの得意型は氷。

彼女が構えると、突然現れた氷の刃が的を突き刺した。

「おお」

さすがカーナ様。破壊力抜群だ。

技を起動する姿まで美しい。

ラゼは思わず拍手を送る。

カーナは(殿下の婚約者ならば)これくらい出来て当然だと笑うが、こっそりひとりで練習していることをラゼは知っていた。

全く可愛い人である。

フォリアは、攻撃系の魔法全般が苦手らしく、あとでマートン先生に個別指導を受けるようだ。

「「きゃあ〜!」」

テストを終えた女子生徒たちが、男子の応援と銘打って黄色い歓声を送る声が大きくなる。

ラゼは何事かとそちらを見ると、イケメンたちが汗を流して剣を交えていた。

クロード対イアン。

とてもいい勝負をしている。

「グラノーリ」

「はい」

彼女たちがそちらに夢中になっている間、ラゼの番が来た。

彼女は落ちていた小石を拾い、身体強化の魔法を起動し、それを的に向かってサイドスロー。

正直、それだけだとつまらないので、得意型魔法も発動。

投げた小石に高速移動の魔法を使用した。

パン、と分厚い的に穴が開いた音が遅れてやってくる。

「終わりました」

「え? ちょ、ちょっと待って」

小石が速すぎてどこに行ったか目視で追えなかったマートンが慌てて的を確認しに行く。

「う、嘘でしょう? あんな小石で?」

的の中心に狂いなく穴が空いている。

マートンは気がついていなかったが、ラゼが投げる弾丸と化した小石は、的どころか訓練場の先にある裏山の木をも貫通していた。

ちなみにラゼは凄いことをしたという自覚はない。これくらいのこと、彼女にとっては初級レベルだ。

「中ってませんでしたか?」

そんな確認をすると、マートンが詰め寄ってくる。

「あなた、今何をしたの?」

「え……。身体強化した状態で高速移動を付加した石を投げただけですが……」

マートンは絶句する。

やっていることは至ってシンプルだが、レベルが違い過ぎる。

「さ、さすがね。特待生……。もういいわ。ありがとう」

「ハイ」

ラゼは不思議な顔をして頷いた。

「「アディス様〜! 殿下〜! 頑張って〜!」」

小さくなったと思った声援が、さらに勢いを増す。

見てみると、剣を構えたのはルベンとアディスだった。

「お手柔らかに」

アディスはそう言って笑っているが、毎朝素振りをしている人で実力はちゃんとある。

「全力で来いよ?」

ルベンの言葉と共に、ふたりは剣を振り上げた。

どちらも身体強化を使用しており、人間離れした剣撃が飛び交う。

クロードとイアンの試合も目を見張るものだったが、このふたりもなかなか大人顔負けの動きだ。

(いいな)

ラゼは学校では思いっきり全力を出すことができないので羨ましかった。

(……貴族じゃなければ、あの人たち軍に欲しかったな)

大きな戦になると、軍、騎士団関係なく召集されるが、基本的に貴族が多く入団する騎士団には危険度が高い仕事は行かない。

彼らは害獣を狩るのと、人を法で裁くのがお仕事。

危険に乗り込んで問題を解決する軍人とはまた異なる。

「君にも混ざって欲しいな」

「理事長先生?」

ふわりと煙のように彼女の隣に現れたのは、ハーレンス。

それはどういう意味だ、とラゼは彼を見上げた。

「見ていればわかる」

「?」

ラゼは大人しくルベンとアディスの攻防を観戦し、ハーレンスの言いたいことを察する。

「ああ……。ザース様のことですか」

見るものが見れば、彼が手を抜いていることなど簡単にわかる。

さすがは、シアンの頭脳と隣国で「難攻不落の戦乙女」と呼ばれた姫君の間に生まれた人だ。

魔法の起動能力は遺伝するものなので、生まれ持った潜在能力の差が末恐ろしい。

「まあ、そういうことだよ。あれでは折角学園に入っても、さらなる成長が望めない。

そういうことだから、彼を頼めないかな?」

「エ?」

ラゼは思いっきり顔を歪ませる。

「はは。言いたいことは分からなくはないがな。そんな顔をするな。

もともと学園ではなく騎士団に入団するつもりのところを、ウェルラインが無理やり入学させたんだ。

あまり退屈させてやるのも可哀想だろう?」

そんな話は知ったことではない。

なるべく死神宰相の息子とは距離を置いているのだから、そんなことを私に振らないでくれとラゼは言いたかった。

「参りました」

そこで尻餅をついたアディスが、負けを認めるのが聴こえる。

「ほら、負けた」

試合の結果を見て、ハーレンスが困ったように肩を竦めると、

「ヒューガン先生」

彼はヒューガンを呼んだ。

「理事長。どうされましたか?」

ヒューガンは目を丸くしてハーレンスを見た。

彼が授業を観ることは珍しいことではないが、干渉してくるのは滅多にないことである。

「ザースくんとグラノーリくんでひと試合やって欲しくてね。駄目かな、ザースくん?」

「いえ。構いませんが」

なぜ俺が? というのが顔に出ている。

そこは断って欲しかったとラゼは目を瞑った。

「理事長。ルベンには劣りますが、アディスはかなり強いですよ? グラノーリは……」

「何。心配するな。彼女はわたしがオファーしてきた特待生だぞ?」

いやいやいや——。

特待生だからって、何でもできると思わないで頂きたいところだ。

「そこまで言うなら……」とヒューガンも引き下がってしまい、ラゼはとうとう模擬剣を手にすることに。

「グラノーリくん。わかっているね?」

「…………ハイ」

ハーレンスの圧が辛い。

つまり負けるなということだ。

パワハラだと訴えたいところだが、残念ながらこの世界にはそんな概念が無かった。

「いいの?」

向き合ったアディスに、初めてまともな言葉をかけられた気がする。

「大丈夫です。遠慮なくどうぞ」

やると決まればやるしかない。

ラゼは腹を括って、目の前の敵に集中する。

(——へぇ)

彼女のまとうオーラが変わったことに気がついたアディスも真剣な目つきに変わった。

どうやら、理事長が推すだけの実力はあるみたいだ。

彼は剣を握り直す。

「始め!」

異様な雰囲気の中で、ヒューガンが開始の合図をした。

「ッ!」

結果から言うと、勝ったのはラゼだった。

「そ、そこまで!!」

圧倒的な差で負かした彼女は、首元に置いた模擬剣をしまう。

最初は軽く打ち合っていたが、彼女はだんだんと一撃に込める力を増幅させ、最後にはアディスは守りに入るしかなかった。

いつの間にか全員が注目していたその場は、シンと静まり返った。

彼女は一応自分自身にハンデを設け、得意型魔法は一切使っていない。

主に使ったのは、身体強化だけだ。

「ありがとうございました」

ラゼはルベンに負けた時とは違い、呆然としているアディスに頭を下げる。

観戦していた女子たちは、

「ルベン殿下との試合での疲労が残っていたのよ!」

「今のはただのまぐれだわ!」

「アディス様はたとえ庶民でも女性に手出しなんてしないのよ!」

なんて会話をしていたが、ラゼはどこ吹く風でその場を去る。

そんな彼女にカーナとフォリアはすぐに駆け寄ってきた。

「ラゼ! 凄いわ!」

「ラゼちゃん、すごい!! びっくりしちゃった!」

チラリとハーレンスをみると、彼はゆっくりひとつ首を縦に振る。

どうやらミッションはクリアしたらしい。

「ありがとう!」

ラゼはご機嫌でふたりに応える。

(閣下の顔がびっくりしてるところ見られたし、気分がいいわ〜!)

——こんな体験はもう二度と出来ないかもしれない。

ラゼはその日一日とても上機嫌で、気がつけば鼻歌を歌っているのだった。