軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37◆もう一度

リッカ・バウメルの仕事はただの荷物持ち。

支援物資の運搬が終われば、役目はもうない。

それでも旅の終着点まで着いて行ったのは、彼女が聖女と年近い皇国の娘だったというのと、秘密裏にはもうひとつの役目を担っていたからだ。

その事実を知っているのは、彼女に命令を下した皇国軍部の宰相と、彼女に護衛を依頼した枢機卿と他数名の関係者のみ。

――の、はずだった。

「余計なことはしないでくれ。狼牙には共和国で死んでもらう」

男は告げる。

教皇の隣で従順に出世街道を歩いてきた彼は、目的のためなら手段は問わない。

計画に支障が出たとなれば、すぐに切り替え、対処する。

出世を狙う他の聖職者たちには、教皇にくっついて回るだけの虫だとまで言われているらしいが、言われなければ何もできないという評価は大間違いだった。

たとえ、相手が死神宰相の息子だろうと、邪魔なら排除するだけの気概は持ち合わせていた。

ザース邸までの帰り道。

路地に入ったところで襲われたアディスは、転移装置で郊外の地下倉庫に飛ばされていた。

「……なぜ、彼女を」

「お前が知る必要はない。が、冥土の土産だ。教えてやる」

背後から殴られたアディスは、身体をふらつかせながら男に問う。

魔石を使う人間にとって、敵の頭を狙うのは常套手段である。気を失わずに済んだが、こうなると魔法が使えるからと言って、余裕ぶることもできなくなる。

「正確には、アレは殺さない。あれだけの移動魔法の使い手を、やっとあともう少しで手に入れることができるんだ。殺すわけがない」

興奮しているのか、男の顔の近くで手が激しく動く。

「狼牙ほどの使い手なら、召喚の儀式ができる。――本物の聖女を召喚できるんだ!!」

声をあげて、男は言い放った。

「聖女なら、もういるんじゃないのか?」

「馬鹿を言うな!!」

アディスの指摘に、態度は豹変する。

「あれが聖女だと? 親にも見放された孤児が聖女だなんて、馬鹿なことを言うな! 俺たちが呼ぶのは、あんな偽物じゃない、神格の聖女だ。この世に叡智と繁栄をもたらす、本物の聖女ッ!」

捲し立てるように「聖女」「聖女」と連呼する男とは、会話にならなそうだった。

無駄な会話をしている時間なんてない。

ただでさえ時間がないというのに、こいつらのせいで時間をかなりロスしているのだ。

まだかまだかと、焦る気持ちに蓋をして、アディスは耐えていた。

そして――。

『ア、ア。聞こえてるかしら? もう時間稼ぎは終わりでいいわ』

「――! 流石ですね。ジュリアさん」

『フフ、これがワタシの本業だから。――もう到着するわ』

片耳から聞こえてくるのは、頼もしい返答。

彼女の友人は優秀な人たちばかりで、嫉妬すら覚える。

時間稼ぎもほどほどで、この短期間で広範囲から自分を見つけ出してくれたらしいジュリアスは、今回の件で力を貸して欲しいと伝えれば要請すれば二つ返事で協力してくれた。

「待たせたアディス!! 無事か!!」

赤い髪を揺らして一番に駆けつけてくれたのは、ラゼのことを心配して自分に相談してくれたイアン。

「……突っ走りすぎだぞ。ドルーア」

「あぁ、もう。後輩がすみません。ハイン副団長。……急に走り出すんだから……」

どさり、と。アディスの前にいる男と同じローブを着た人間が倒れたかと思えば、イアンの後ろから仲間の騎士が続いて突入してくる。

「い、いつの間に!?」

「どうして騎士がここにいるんだ!!」

混乱する聖女召喚の信者たちは、訳のわからないまま、彼らは現れた騎士たちに応戦していた。

「そいつは、ギルベルト・エン・ハインだ! まともに相手をするな! ――ぐっああッ」

「くそッ! なら、こっちの女から!!」

「ハアッ!! セイッ!」

背中に横向きで携帯している短剣を抜くのかと思えば、彼女は華麗に掌底と回し蹴りを喰らわせる。

その動きを見て、アディスは思い出した。

彼女はひとつ上の学年で、ラゼとも親しくしていたアリサ・フェーバーだ。

「うわぁ。こんな場所があったんですねぇ。どんだけ地下に潜るのかと……」

「どうりで通常の探知には引っかからないはずだ」

「あんまり暴れないでくださいよ、大尉……」

始終静かにしているが確実に怒っているのを察したビクターは、目を離した隙に今にも火を吹きそうなクロスに告げる。

「馬鹿な。馬鹿な馬鹿なッ!」

男は震え上がるほど怒りを露わにしていた。

「なぜ邪魔をする! これは星下の思し召しでもあるんだぞ!!」

『――そんな訳あるか、バカが』

あまりにもストレートな暴言が、ギルベルトの胸元に終われた通信機からから放たれる。

『お前は嵌められたんだ。まんまと一掃されることも知らずにな』

「………………は……」

『あのクソ狸を見誤ったな。せいぜい牢屋でフォリアに謝罪しろ』

ちゃんとフォリアが侮辱されていたのを聞いてしまっていたようだ。あの男を敵に回せば、どう足掻いても表舞台にはきっと出てこられないだろう。

「くそくそくそくそ! お前らこそ、こんなことをしてただでここから出られると思うなよッ!!」

「大人しく裁かれろ。そして二度と彼女に手を出すな」

愕然として震え上がる男に告げて。

アディスは助走を付けると、堪えていた拳を思いっきり男の顔面に叩き込んだ。

◆◆◆

「はやく地上に出ろ!」

「もうここは崩れるぞ! 急げ!」

各方面からの助力があり、地下にいた信者たちとの戦闘は決着がついたが、脱出に使える階段は大混雑だった。

証拠隠滅のために自爆しようとした者が、暴れたせいである。

土魔法の使い手が道を開いてくれているが、一刻の猶予もない。

「アディス! はやく!!」

「――分かってる!」

戦闘で擦り切れた上着はとうに脱ぎ捨てている。

アディスは戦っていた地下倉庫の大きな空間を見渡し、地面に描かれていた魔法陣を目に焼き付ける。

(もし、俺たちが生まれた年にここで儀式が行われていたとしたら――)

儀式は失敗ではなかったのかもしれない。

ラゼやカーナ、そして先読みの巫女。

彼女たちの記憶は、もしかすると――。

「アディス!!」

もう一度名を呼ばれて、アディスは前を向いた。

ただの憶測だ。今更掘り返して彼女たちの記憶について騒ぎ立てるつもりはない。むしろ、他人に知られるべきものではないだろう。