作品タイトル不明
26、満願
リッカ・バウメルの仕事はただの荷物持ち。
支援物資の運搬が終われば、役目はもうない。
それでも旅の終着点まで着いて行ったのは、彼女が聖女と年近い皇国の娘だったというのと、秘密裏にはもうひとつの役目を担っていたからだ。
その事実を知っているのは、彼女に命令を下した皇国軍部の宰相と、彼女に護衛を依頼した枢機卿と他数名の関係者のみ。
――の、はずだった。
「ラゼちゃん、ラゼぢゃんッ! どうしてっ、なんで、こんなっ!!」
雨が降りしきる森の中。
必死になって傷を塞ぐフォリア・クレシアスの眼下にあるのは、口元から吐血がこぼれて焦点の合わない目で天を仰ぐ彼女の姿だった。
◆◆◆
視察は順調だった。
途中、シュカ・ヘインズとの話で狼牙についてフォリアが苦しそうな顔をしているのを見た時には、申し訳なくてどうしようもない気持ちになったが、それでも、フォリアが反論してくれたことが嬉しかった。
四年ほど前は、貴族だらけの学園に通わされることになって面倒だと思っていたけれど。
彼女と……彼女たちと出会えたことは、間違いなく感謝していた。
フォリアの隣で護衛しているのが自分ではないことに、少しの不満を抱きつつ。
それでも、彼女を守れるだけの距離にいられることに、意味があった。
旅の最終目的地である魔物化した被害者たちの隔離された北部の森にたどりついて。
結界で押さえ込まれた患者を戦闘不能にして、フォリアが浄化魔法で人の姿に戻していくのを安全な場所で待っていた。
それから二週間をかけて、フォリアは結界内に隔離されていた患者たちを治し続けた。
そして、最後の最後に、それは待ち構えていた。
「……封印?」
「結界魔法と違って、完全に相手を封じるための魔法だ。一番奥に、俺たちではどうしようもなかった人……いや、人だったのかも怪しい化け物がいる」
森の麓に置かれた石造りの山城を拠点にして、夜はきちんと休息を取る習慣ができていた。
夕食は基本的に、集まれるだけの人で食べるのがお決まりになり、思った以上に懐かれたソルドに誘われて、リッカとハルルも食堂の端に座っていた。
身体強化の延長で聴力も多少いじれるので、ハルルとふたりで耳を澄ませていれば、そんな内容がフォリアとシュカの口から聞こえてきた。
「どこから出たのか、分からないことだらけのやつだ。俺たちは生物兵器として、向こうの大陸から来た魔物だと分析している。……が、正直それすら分からない」
「……そんなに、他の害獣や患者さんとは違うんですか……」
「ああ。明らかに違う」
シュカは神妙に頷く。
「とにかく、あれも浄化させるしかないだろう。できなければ、永遠に殺すこともできないまま封印されているしかない」
「……どんな状態でも、最善を尽くします。それがわたしの仕事です」
「……あんたには感謝してる」
そこまで言って、シュカはこちらを振り返った。
急に視線がぶつかってピクリと反応したのは、正面に座っていたハルルだ。
足音がどんどん近づいて来て、止まったのは自分のすぐ後ろ。
リッカは横目でちらりと彼を見上げる。
シュカの目当ては、ハルルのようだ。
「皇国軍中尉。そっちの知恵も借りたい。この中じゃ、一番魔物には詳しいだろ」
「……へぇ。そんなにヤバイんだ」
初めてシュカがハルルに協力を仰いだ。
最終地でもう終わりが見えているというのに、彼がハルルに声をかけた行動には重みがあった。
「協力すんのは別に構わねーけど。俺、リッカさんを守るのが第一優先なんだよなー?」
「えっと。あたしのことなら、ここで待っているので……!」
「いやいや。それでもしリッカさんの身に何かありでもしたら、オレ、国に帰れねぇっすよ」
渋ってみせるハルルに、シュカがリッカを見下ろす。
「あれに近づけるよりは、ここの方がはるかに安全だと思うが」
「えぇ? そう? 聖女サマが一番護衛固いでしょ?」
「当然だろ。この中で唯一、死ぬことが許されていないのは彼女だ」
さらりとストレートな物言いをするシュカだが、ハルルも引く気はないらしく。
「オレはリッカさんのそばを離れる気はない。それだけは譲れない」
まあ、リッカとしては、聖女の近くにいた方がいざという時に動きやすい。
しかし、どう考えても足手纏いにしかならないのだから、その提案はいくらなんでも通らないのでは……。
そう思って、困った顔をして行く末を見守っていると。
「……分かった。ただ、万が一の時は優先できないぞ」
「んじゃ、交渉成立だな! オレもリッカさんを優先させるから、そこは恨みっこなしってことで!」
本人の意思は関係ないそうだ。
目の前で話が決まって、リッカは小さく息をつく。
「……リッカおねぇちゃんには、ぼくがついてあげるよ」
「ありがとう。ソルドくん……」
その様子を隣で見ていたソルドが気を遣ってくれるから、リッカは肩をすくめて苦笑した。
――この時、多少無理を言っても行かない選択をしていたら、違う未来もあったのかもしれない。
「………………ぇ」
その日。
森を進んで封印しているというソレの元まで、リッカは聖女と共に足を運んだ。
そこで魔法陣の上で氷漬けされた、更にその上から鎖やらなんやらで封印が施されているらしい、化け物に対面する。
そして、変貌してあられもない姿になった、その化け物の顔を見て、彼女の呼吸が止まった。
――いや。気のせいだ。そんなはずはない。そんなことがあるわけがない。
瞬時に自分に言い聞かせたが、冷や汗が止まらない。
その化け物を見てから明らかに様子が変わったリッカに気が付けた者は、誰もいなかった。
「見ての通り、額の魔石が角のように肥大化している。人らしい形はしているが、これまでのやつとは強さが桁違いだ」
「……バルーダにもこんなヤツいねぇよ。まあ、魔石の純度からして、相当食ってるらしいことは分かるけどな」
透き通った真っ赤な角を見て、ハルルは嗤う。
魔石は、接種した肉の分だけ透き通っていくとされている。
美しく透き通った状態からして、かなり食べているのだろう。
「一体、どこから湧いて出てきたんだかー?」
ハルルの呟きはもっともで、ここまでの魔物がこの大陸にいるなんて到底信じ難く、気味が悪いことだった。
「昨日説明した通り、浄化魔法をかけるには一度封印を解く必要がある。…………正直、今までで一番危険度の高い仕事になる。このまま放置して、浄化以外での方法を見つけるのもひとつの手だ」
「問題を先送りにするだけです。わたしも次、いつまたここに来られるかはわかりませんから、今やるべきです」
「……そうか」
最終確認を終えて、手筈通り人員が配置につく。
ハルルはシュカと前線に。
リッカは聖女の一歩後ろで彼らを見守る。
「結界を解きます! カウント!――3、2、1!!」
一時間かけて魔法の解除をしていた使い手たちが、合図をした次の瞬間。
「G、AMILARAZEEEELIDOOOO!!!!」
封印から解き放たれた化け物が、咆哮をあげた。
ビリビリビリッと。
その声量に肌がひりつく。
何かをさせる前に、一秒でもはやく止めなければと。
培ってきた経験則が継承を鳴らしている。
しかし、その反面、リッカの中では異なる感情が支配していた。
「おねぇちゃん?」
「……………………」
「……大丈夫だよぉ。今度はぼくが守ってみせるから」
隣にいたソルドが、顔面蒼白のリッカに気が付いた。
魔物に恐れを抱いたのだと彼は理解したが、実際は違う。
役を演じることができないほど――ラゼ・シェス・オーファンは混乱していた。
「…………ぅ、そ、だ……」
ほんの僅かにこぼれた声は、視察隊の攻撃とその魔物の声でかき消される。
封印からの解放後、一斉にそれに攻撃が向けられた。
あくまで浄化するために、無力化するのが目的だ。
「そんじゃ。――まずは、これはどーかなっ!」
前線に立つことを許されたハルルは、容赦なく水球で息を止めにかかった。
全身を大きな水の塊で塞がれたソレは、ぶくぶく泡を吐きながらもがいた。
「お……?」
かと思えば、急に静かになって動きが止まる。
しかし、気を失っているのとは違って、意識を失っているようには見えなかった。
どうやら、呼吸を切り替えたらしい。
「――来るぞ!!」
シュカの声が響いたかと思えば、ソレの身体が変形して、棘のようなものが全方位に向けて飛び出した。
「クッ! なんだ、この魔物は……っ!」
「しっかり弾けよー、騎士様?」
「ミザロっち前出すぎ! ちゃんとリッカさんの近くに居てくれよな!」
「……るさい。一緒にくたばれ」
各々、攻撃をかわしてすぐに体制を立て直す。
乙女ゲームの世界だったらしいが、これではまるでどこぞの死にゲーみたいなボス戦だ。
「絶対に外に出すなよッ!」
「身体には触れるな! 毒をもらうぞ!!」
「守備をとにかく固めろ! 隙を見て、押さえつける!」
「やつの動きについていけない者は下がりなさい! 邪魔よッ」
素早い動きに場が乱されるだけになるのを避けると、残ったのは視察隊の中でも実力者ばかりになった。
「全然、体力削れてる気がしねーんだけど」
「弱音を吐くな、中尉。今のままでは聖女様の魔法範囲に届かない!」
ゲームの世界なら、体力ゲージでわかりやすいだろうが、ここではそうはいかない。
物理的に抑え込もうとしても、怪力で抜け出される。
殺すより生け捕りのほうが遥かに難しい。
ハルルはもちろん、シュカも黒焔を用いればもっと簡単に倒せるはずなのに手こずっている。
毒や麻酔系の魔法まで使っているのに、どれも順応してしまうのが厄介だった。
一体、それからどれだけ時間が経っただろう――。
「GAMILAAaaaAAAA!!!!」
威嚇して吠えるソレは、受けた攻撃の分、ますます強くなっている。
「ッ――。多少手荒になっても、治せるな! 聖女!!」
「――はいっ」
フォリアがシュカに答えると、攻撃はより一層激しいものへと変化した。
身体が変形して伸びる部分は、容赦なく切り落とされ、腕らしきものと脚の部分が燃やされる。
「RAZEEEeeELIDOooaaO!!!!」
痛覚があるのだろうか。
悲鳴を上げる、その声を、ラゼは聞いていられなかった。
再生が追いつくか追いつかないかの、絶妙なバランスが、ソレの動きをようやく止めた。
「――今だっ!」
「浄化します!!」
フォリアが魔法を発動する。
ふわりと彼女の髪が浮いて、ソレを中心に魔法陣が淡く光る。
希望の光が、変貌した男を元の姿に戻していく。
「ァ、ア、カミ、ラ。ラゼ、リ、ド――――」
その言葉を理解できたのは、その場のふたりだけ。
愕然として、大きく目を見開いたハルルが勢いよくラゼを振り返る。
――カミラ。ラゼ。リド。
はっきりと、そう言った。間違いなく。
男の名前は、レグス・ナギ・オーファン。
皇国軍人であり、魔物討伐部隊に所属していた大佐であり――。
ラゼ・シェス・オーファンの実の父親だった。
十数年ぶりの再会は――ほんの一瞬で。
「――!? か、身体が!?」
「崩れている!? 魔物だったということか!?」
「いやっ、でも……浄化後の姿は……っ」
浄化されたというのに、レグスの身体は魔物と同じように崩れていく。
ラゼを振り返ったハルルは再びレグスに視線を向け、人の身体に戻った後サラサラ足元から消えていく彼を見てから、もう一度ラゼを見返す。
――その姿を、ラゼは何も言わずにただ見ていた。
目を逸らすこともできた。
それでも、一度として忘れたことのない家族写真のまんまの父親の顔から、目が離せなかった。
「…………ぁ、あ、みら、らぜ、りど……」
天を仰ぎ、その目は自分たちを探し続けていた。
魔物討伐の任務で行方不明になってから、十年が経った。
その間、ずっと。
この人は家族の名前を叫びながら、魔物に染まってしまったのだろう。
今となっては、もう、愛する妻と息子はこの世にはおらず、今ここにいる娘といえば、抱きしめにすらいけないというのに。
「………………」
いつか、こんな日が来てしまうかもしれないと。
父親の痕跡を探すために、魔物討伐部隊を志願した時点で、頭では分かっているつもりだった。
しかし、まさか、こんな……。
こんな状況で、父親と再会するとは思っていなかった。
「……みら、ぜ、り、ど……」
最後まで自分たちの名前を呼んで、レグスの肉体は灰が風に吹かれたように消えていった。