軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18*牽制

「本当にあのクソ狸ども、早くくたばらないか」

ゼール・イレ・モルディールは盛大に顔を歪める。

定期的に開催される星教徒たちの会合に参加してみれば、軍部に対する悪口ばかりで反吐が出る食事会だった。

屋敷に戻って開口一番に、それまで押さえていた愚痴を吐き捨てる。

『人間の尊厳を穢している』

『そもそも、命を張るのが彼らの仕事だろう。おぞましいものを摂取することを選ぶより、なぜ潔く散ることを選べないのか……』

『我々とは思考回路が違うのです』

『まあ、仕方ない。根本的に立場が違う。たとえ十を犠牲にしても、千を救うために取捨選択を迫られる私たちの苦労など理解できないでしょうさ』

昔からあの場所は変わらない。

時が過ぎて人が入れ替わったところで、深く根付いた信仰と思想は簡単に揺れることはなかった。

確かに、人とは違う生物の抗体を得ることは、人の何かを変えてしまった可能性はゼロではない。

その行為に危機感を持つこと自体は間違いではないと思える。

しかし、それは自分の思考を限りなく押し殺して客観的にみればの話で、ゼール自身の意見としては全く同意できない――というものだった。

「口に出す言葉には気をつけてくださいよ。猊下。早死にしますよ」

「それを阻止するのがお前の仕事だろ。ハンス。あとその呼び方はやめろと言っている」

「はいはい。わかってるよ。ゼール」

護衛騎士のハンスは、呆れた溜息を吐いた。

ゼールはこの若さで枢機卿になった鬼才だが、変わり者と表現するのがしっくりくる男だ。

よくもまあ、この態度でここまで生き抜いてこれたものだと逆に感心する。

「……あの狸ども、フォリアがいるから余裕ぶっていられるが、彼女がいなければ今頃どうなっていたことか」

「さぁ……。まあ、人としての尊厳を守られたのでは?」

「ハッ! そのまま潔く散ってくれた方が好都合だったな」

皮肉にあふれた言葉を並べ、ゼールは自分の部屋に戻った。

ソファに腰掛け、服を緩めて、ゼールは先ほどまでの胸糞悪い会話を振り返る。

『軍部は勝手が多すぎる。此度の戦争とて、結局、あの国の内乱で終結した。賠償金もそこそこで、一体何をやっているのだか』

『わたくしたちが進言して聖女の派遣を決めなければ、こちらの優位性すら示すことができなかったでしょうね』

『自分たちの功績を見せびらかしたいのでは? 軍部には騎士団の華やかさはございませんでしょう?』

『はは。せっかく設けた「狼牙」という称号も、生きた伝説では今後の価値も下がるでしょうにな』

あの言葉には、それまで適当に話を聞き流して高級料理を嗜んでいたゼールの手も止まった。

男の言葉に合わせて、嘲るような笑みを交わす光景は異様で。歪だった。

(…………歴代の『狼牙』の死因はなんだった……?)

考え過ぎだろうとは思ったが、どうにも胸騒ぎがしていた。

「ナグフォード。フォリアの近況は?」

「今日も届いていますよ。どうぞ」

屋敷の留守を任せている執事長を呼びつけて、ゼールは日課になっている聖女視察の日報に目を通す。

そして、そこにあった内容に目を見張った。

「…………リッカ・バウメルが負傷した?」

これはただの事故だったのだろうか。

報告書には、偶然少年が手に取ったトラップに気が付いて庇ったとある。

「それと、お耳に入れたい話がございます」

「どうした……」

ゼールはナグフォードに耳を貸す。

「先日ニューリス卿が亡くなった件について、狼牙の関与が疑われています」

「――――馬鹿な」

あまりにも突拍子もない話だ。

「あのお方は、薬の副作用に耐えられなかった。嘆かわしいがそれが事実だ。何故、そんなデタラメが――」

「どうも、彼女が移動魔法の使い手だということで、犯行が可能だったのではと……。騎士団の上部が圧をかけてるようです」

「……何故、狼牙を狙う必要が……」

頭痛がしてくる。ゼールは頭を抑えて、ただでさえ面倒な会合に出て疲れている脳を捻った。

「――つまり、軍部に対する牽制ですね」

状況を把握したアディスは結論した。

「もともと騎士団は元老院の息がかかった人間が出世するようなところだ。それに対して自分たちの手が届かない軍部に彼らは不満があった。――で、今回は本格的に手綱を取りに来たってところでしょう」

彼の前にいるのは自分の父親であり、この国の宰相を勤める男だ。

屋敷に帰って来たウェルラインに、食事をする間もなくアディスは畳み掛けていた。

「…………それで? だからなんだ」

「ひとつ聞かせてください。――彼女を聖女視察に同行させたのは、こうなることを予想していたからですか?」

アディスはウェルラインから視線を離さない。

答えを聞くまで、彼の部屋を出る気はなかった。

「私はただモルディール卿の頼みに応えたまでだ。それと、愚息に忠告しておくが、何事も憶測でものを言うべきではないな」

「そうですか。ありがたく胸に刻んでおきます」

ウェルラインが答えをはぐらかすことは予想していた。

アディスが確認したかったのは、ラゼが誰の指示で視察に同行したのかということ。今の答えを聞ければ、目の前のこの男が敵でない限り、元老院の思惑で任務に着いたという可能性は低いだろう。

それに、自分の考えが正しければ、この男は彼女を国外に逃したのだと思う。面倒ごとに巻き込まれる前に。

「それでは貴重なお時間をいただいて、すみませんでした。俺はこれで」

「――待ちなさい」

暇を告げたところ、彼をウェルラインが呼び止める。

「……何か……」

振り向いて尋ねればウェルラインは小さく息をついた。

「この件には首を突っ込むな。お前のような新米が相手にできる話じゃない」

「…………やはり把握されていたんですね」

「当然だろう。部下を守るのは私の責務だ」

「…………」

――まただ。まだ子ども扱いされている。

ずっとそうだ。自分の知らないところで、この男は何も言わずに物事を進めている。

そして、いつも問題から自分を遠ざけようとする。

アディスは自分の気を落ち着かせるために、ひと呼吸置いた。

そして、まっすぐ自分の父親に向けて告げる。

「俺はもう、守られてばかりの子どもじゃいられないんだよ。父さん」

お節介だと思うウェルラインの行動も、自分やバネッサのためなんだろうということも、アディスには分かっていた。

それを理解できないほど、子どもではなかった。

そして、ふと考えるのだ。

良くも悪くも、無条件にこうして自分を守ろうとしてくれる人が、ラゼにはいるのだろうかと。

ウェルラインがどれだけ彼女を大切に思っていたとしても、果たして、自分の家族より彼女を優先するのだろうか? ――たぶん、できないだろう。

「守りたい人がいる。たとえ何があっても、その人の味方として隣にいられる自分でありたい。だから、愚かと言われても、何もしないなんてことはできないんだよ」

ウェルラインが言うことは正しいのだろう。

しかし、そんなことは分かった上でやるのだ。やらなければならないのだ。

「それじゃ」

言いたいことはすべて言った。

ウェルラインも、二度は彼を引き止めなかった。

「……一体、誰に似たんだか……」

アディスが去った後の部屋に、ウェルラインの独り言だけが静かに響く。