軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5:都合よく使われていた少女

「ふむ、君が報告にあった聖女殿か。私は魔導統治国の導師、魔導塔主フライン・ブロウだ。一応この国の最高責任者になる」

塔主は冷たい印象の青灰色の目を眇めてルルディを捉えた。

「ルルディと申します」

もう聖女ではない。貴族や王族に対して無礼がないようにと、国で習わされた淑女の礼を取る。庶民の簡素なワンピースドレスではサマにはならないけれど、相手は国家元首だ。ルルディの中で最高の敬意を払う。

「修道院住みの孤児、災害時に怪我人を癒したのを認められてアドール中央神聖教会所属にされる。そこで頭角を現し筆頭聖女となる。経歴に相違ないな」

「……間違いございません」

ルルディは頭を下げたまま答える。

「ああ、礼はもうよい。楽にしなさい」

知らず息を止めていたルルディは、細く息を吐きながら姿勢を真っ直ぐに正した。

「テオドルスよ。お前、いつも事後承諾はやめろっつってるだろ。マルジャラン王家を無視すんなよ」

塔主はテオドルスに対して砕けた口調で非難した。

やはりいきなり自分を連れ出したのはまずかったのかと、ルルディは心の中で冷や汗をかく。

「偉大なる我が導師よ。もう帰国の挨拶を済ませて王城を出ておりましたし、過重労働させられていた、不遇の少女の保護を最優先にしたまでです」

テオドルスは淡々と大袈裟な口上を述べて、塔主の睨みなど意に介さない。師匠のフーゴも弟子の態度を咎めないとは、大丈夫なのだろうか。

「……まあいいけどよ」

ブロウはあっさりと流す。

(いいんだ!?)

ルルディは内心で思い切り突っ込んだ。

「魔導の資質なのを知っていながら、あの国はこきつかってたんだな」

「いえ、王太子の反応を見るに、聖女と信じて疑っていなかったようです。王家は単に無知の可能性があります」

「……マルジャランは魔導を蛇蝎の如く嫌っているからな。有り得るか。まあ正式な抗議文書を送っておいたから心配はいらん」

「ありがとうございます」

テオドルスが軽く頭を下げたので、慌ててルルディもそれに倣った。

「それにしてもアドール教本部は本当に腹立つな。本人に事実を伝えず、魔導力保持者を聖女に仕立て上げるなんて。聖者の真似事ができるなんて相当の力量の持ち主だぞ」

「孤児なら国が魔導協会に連絡して、魔導士の修行をさせるのが不文律としてある。魔導士となって国に帰るか魔導島に残るかは、本人の意思で決めるんだ」

小声でフーゴがルルディに説明してくれた。

「マルジャランはアドール教以外認めていないから、異端児として迫害される。だからマルジャラン出身者で母国に属する者はいない」

(そうなんだ。魔法なんて見た事がないのはそのせいなのか……)

ルルディは納得した。

「責任を持ってルルディはテオドルス預かりの身とする。いいな。フーゴも協力しろ。早く適性を見出すように」

こうしてルルディは魔導島に住む事になった。

__魔導島と呼ばれる〈魔導統治国〉

多くの魔導士たちが住む国で、母体は魔導協会である。“永世中立国”を宣言した、出自を問わない人々で構成される多人種国家だ。

かつて魔導力を持って産まれた者は、その力を恐れられ迫害の対象でもあった。かまどに火を着けたり畑に水を撒いたりと、便利な生活魔法を使える程度の弱い魔導力しか持たない者も悪魔憑きと呼ばれ処刑されていた。

それは同時に気に食わぬ普通の人々を『魔導力を隠し持っている』として、濡れ衣を被せて処分できる方法にもなった。いわゆる“魔導士狩り”である。魔導力なしの人間が被害に遭う方が圧倒的に多かった。一方で攻撃魔法を使える者の多くは兵器として国に召し上げられ、家族などを人質に取られ否応なく酷使された。

そんな理不尽な状況に、虐待される魔導士たちを救うべく一人の男が立ち上がった。ある国の魔導将軍と恐れられた男である。彼は密かに各国の魔導兵士と通じ、謀反を起こした。彼らはどこの国にも属さない未開の無人島に拠を構え、魔導士の保護を掲げた魔導協会を設立し、独立国を宣言する。こうして不可侵国家が出来上がった。

魔導力を駆使して、政治の中枢機関である魔導塔が建てられた。その隣には研究棟が幾つかあり、利便性を追求した魔道具の開発や、攻撃、防御魔法の研究開発をしたりと、各専門の魔導士たちの職場となっている。

島の南側に存在する山はほぼ手付かずで残されている。島への上陸を許されている商人たちの中には『麓付近をなぜ開拓しないのか。魔法で更地に出来るのに』と不思議がる者も多いらしい。

島の面積が有限なのだから居住地を広げてはどうか、農地も広げられるのではないか、との意見だ。

「山の開拓をしないのはどうしてですか」

素朴に質問をする少女をテオドルスは厭わない。

「山に降った雨が低い地に流れて川となり、湧き水になる。自然の恵みを無駄に破壊するのは愚かだと考えているんだ」

しばらく身体を休めて生活に慣れたらいいと言われ、ルルディはここ数日、島の散策を日課としている。遠出はテオドルスが馬でやって来てはルルディを前に乗せ、案内をしながらこうして様々な説明をしてくれる。

自然破壊は一瞬で、復元には途方もない時間が必要だ。攻撃魔法を使える魔導士は一般人よりそれを身に沁みて知っている。

「川の水は海に栄養素を届けて海藻などが生える。それをエサに魚も増えるんだ」

「そうなんですね」

修道院でも教会でも聞いた事のない話だ。ルルディにとっては全てが真新しい知識である。

「君はどのくらいの教養がある? 王太子妃候補だったから教育が大変だったんじゃないか?」

テオドルスの忌憚ない問いにルルディは目を伏せた。

「……いえ、全く教育は受けておりません。習ったのは貴族や王族に対しての礼儀作法くらいで。テーブルマナーさえも知りません」

教会の聖食堂で、貴族の食べ方を真似して覚えた似非マナーである。随分馬鹿にされて笑われた。

「読み書きは出来ます。経典の写経も修行の一部だったし」

だから複雑な文章も読める。しかし古代文字で書かれた聖典などは全く読めない。

皇族のテオドルスは教養豊かだ。彼との差が恥ずかしくなって、ルルディは段々と小声になる。

テオドルスはラフィタル大帝国の第二皇子として十四歳までは国にいて、高齢で退職した元宮廷魔導士長から魔導の基礎を教わったらしい。成人した十五歳で魔導士として生きると決めて国を出たと、フーゴから聞いた。

『皇太子である兄の立場を危うくする存在になりたくなかったようだ。ただ国側は反対してな。皇位継承権の放棄は認められず、有事の際にはラフィタルの皇族として魔導国より優先するよう誓約させられている』

自分の事はあまり話そうとしないテオドルスの話を、フーゴは『あいつの立場を知っておいた方がいい』と語ってくれた。

……つまり、戦争になれば魔導士として参戦せよと言う事だ。これは魔導士の戦争不介入の立場を脅かすものではないかとルルディは思った。

『魔導士だって普通の人間だ。母国や世話になった国を守りたい。その感情を否定すれば、多人種を抱える魔導国家の根本が揺らぐ。傭兵参戦は許可されないってだけだ。ルルディだってマルジャラン王国に大切な人がいるだろ?』

「いませ……、いえ、修道院のある故郷が攻撃されるなら、守りに行きたいです」

王都は防衛都市であり都民も守られるだろうから心配ない。しかし王族や貴族たちはおろか、少し前まで住んでいた教会を守りたい気持ちすら皆無なのだとルルディは自覚する。

(私、彼らを恨んでいるんだわ)

ルルディはそんな自分を薄情だとは思わなかった。それだけの扱いをされてきたのだから。