軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23:舞踏会の裏方、やります

適応力の高いルルディは、すぐグェダショック王国の生活に慣れた。

「……と言うか、魔人国の生活水準、高くないですか。魔導島並みに」

その感想は魔人族を馬鹿にしたものではない。

今まで訪れた人間国、獣人国と比べて、魔導島は下水道、浴場も完備の清潔さに、利便性が高い交通網もある。人間界では最先端の文明を誇る。

未開の島を一から開拓したからこそ可能で、便利に暮らせるよう公共の箱物や治療院などは行きやすいし、誰でも安く利用できる。建国時から変わらない国の方針で、魔導力を主流にしているから可能なのである。

「違う、逆なんだ。魔人国の良いと思った部分を模倣しているのが魔導島だ」

テオドルスの返答に目を丸くしたルルディだが、すぐに納得する。

(それもそうか。全国民が魔力持ちだから魔導具も浸透しやすいわ)

「大通りには街路樹に吊るされた夥しい数のランプがあるだろう? 暗くなると自動的に光る。これを真似て魔導島も島中に街灯を設置した」

「ああ、そうなんですね。あれは便利です。夜道も足元が安心」

テオドルスとルルディは雑談しながら慣れた道を歩き、ジュンの画廊を目指す。

ノエルとは会えていないどころか、広場での演芸活動をやめたのか見掛けもしない。王都を出てはいないはずなのだが……。

街中で見慣れぬ人間が詮索しすぎると、衛兵に怪しまれるかもしれない。ルルディとテオドルスは魔人国に興味のある商人見習いを演じている。

兄妹設定はジュンに「無理でしょ」と一笑に付され、「じゃあやっぱり恋人で!」とルルディが押し切った。

弟子には甘いテオドルスが「君は本当に仕方ないな」と苦笑するのを見たジュンが、これは案外バレない設定だぞ、と内心驚いた初日の食事会から五日経つ。

ジュンは上司の柔らかい表情はあまり見た事がない。弟子である〈解呪士〉に心を許しているのがよく分かる。

半分観光のような日々に、ルルディは魔人族の魔導書や薬学書などを買って宿屋で研究しつつ、外出時は大手を振ってテオドルスの彼女ヅラを満喫している。

テオドルスは魔導具屋を回って、魔導島で活かせる物がないか探していた。そんな二人を宿屋の夫婦は、食堂の常連客である美術商を頼って渡来した、魔導具の買い付けが目的の若手商人夫婦だと勝手に解釈している。

「こんにちは、ジュン!」

「いらっしゃい! テオ、ルル」

ジュンの画廊は、一階で絵画や彫刻を展示しており、二階は居住スペースだ。今日は画廊の定休日なので、友人が遊びに来た形でジュンは二人を迎え入れる。

独り身の気安さで自由気ままな生活を送っているようなジュンだが、故郷、すなわち魔導島には妻子がいる。子供五人を抱えており、近所に住む妻の母親が孫の面倒を見に通ってくれている。

魔導大国グェダショックに諜報員として潜入中の彼は、五年の契約で単身乗り込んでいる。引き受けた理由は簡単だ。魔導国出向は危険手当が大きいからである。給金はそのまま魔導島の妻の元に入り、妻子と離れて寂しいものの、ジュンはジュンで、こちらで給料が出るから生活は楽だ。

今の住まいの画廊は一般人の所有物件になっているが、実は魔導島の公的住居で歴代の諜報員が住んでいる。前任者は雑貨屋を営んでいた。

どうせなら趣味の絵画収集をしたいと、ジュンは画廊にした。偽装ではないのでちゃんと営業はしている。

「ノエルですけどね、有力貴族の別邸に住んでいます」

ここではジュンも上司のテオドルスに部下として接する。

「王都に居ないのか?」

「いえ、王都内ですが、今はその貴族お抱えになって、弾き語りではなく、貴族の楽団を背後に自慢の歌や踊りで、サロンを沸かしているらしいですよ」

「お抱えか……」

「サロンに潜入は……?」

「ルル、それは無理だ。魔人の貴族の集まりだからな。彼女は各地を旅する〈魔導士〉だと公言している。人間の珍しい〈魔導士〉の演者に会えるとあって、その貴族のサロンは、皆が招待状を待ち侘びるほど大人気だそうだ」

ジュンはルルディの呼び名はルルのままだ。

「ではやはり宮廷舞踏会しかないか」

「そうですね。給仕服を手に入れたらすぐ連絡します」

グェダショックの魔導国諜報員はジュン一人しかいない。魔人国にも当然国色がある。グェダショック新王国は魔人国の中で真っ先に奴隷制度を廃止した国で、表立っての人間や獣人の差別が少ない。落ち着いた国なので諜報員と言うより魔導国的には駐在員に近い。だから一人派遣しておけばいいと判断している。

ルルディの初めて訪れた魔人国がグェダショックで良かったと、テオドルスは密かに思っていた。

治安の悪い貧国などでは、ルルディみたいな娘はすぐ誘拐の対象になる。人間国や獣人国でも同じ傾向があるが、ルルディは実力のある〈魔導士〉だ。回避能力がある。しかし魔人国では相手が異質の魔法を使う。対抗できるかどうかは未知で危険だ。

ノエルが逃げ込んだのがそんな国なら、テオドルスはルルディの同行を認めなかったし、おそらくブロウも任命しなかった。

そこはノエルも同様の考えだったのだろう。平和な国に入り、しかも〈魔導士〉と明かした上で上層部の興味を引いたのだ。それこそ長年で培った処世術が功を奏しているようだ。

〈聖女〉時代のルルディは舞踏会など参加した事がない。〈魔導士〉になってからは、仕事の返礼として招かれた他国の舞踏会には何度か参加した。

必ずテオドルスがパートナーで出席し、ルルディからすればあれらの招待は“ラフィタル帝国第二皇子”目当てだ。〈解呪士〉を呼べば漏れなく美形皇子が着いてくる、みたいな。

だがそれでも良い。お姫様みたいなドレスを着て、隣にいる黒のタキシードスーツ姿の師匠を独り占めしているから。

それが、今回裏方として舞踏会に参加するとは思わなかった。

(参加とは言わないか……)

王宮使用人の手解きで、ひと通り給仕の訓練はした。服飾業の男性が二人の衣装も準備して宿屋まで届けてくれた。

どちらも人間でジュンの協力者の立ち位置だが、彼らはあくまでジュンの友人として世話を焼いてくれているらしい。ジュンが魔導国の諜報員とは知らない。

ジュンは「愛嬌と金があれば人を動かすのは簡単ですよ」と真顔で嘯く。人当たりの良さの裏でこの冷淡さよ。

「ジュンさんの正体知ったらショックですよね。上手く利用されているなんて」

「人たらしの芸当は私には無理だな」

「師匠ってば愛嬌はおろか、愛想もありませんもんね」

「ほんとに君は失礼だな」

「そこもいいんですよ。鋭利な美貌と相俟って、かっこいいんですから!」

ルルディは時折こうやって直球を投げてくる。

「そ、そうか……」

媚を売るのではない彼女の言葉は、本心だと感じられるので嫌な気はしない。しかし反応に困る。

そして宮廷舞踏会の日、「ドキドキします。怪しまれたらどうしましょう」とルルディは直前まで落ち着きがなかった。

なんせ国一番の格式の舞踏会だ。さすがにルルディも緊張する。

ホール給仕はそれなりの容姿と振る舞いが必要で、紛れ込むにあたり、「皇子なテオドルス様はともかく、平民のルルも所作に問題はないね」とジュンに感心されたのが救いだ。

夜会や舞踏会では、洗練された容姿端麗な人間や獣人が細やかな給仕するのが喜ばれる。

「仕事を真面目にしていれば人目を引く事はない。堂々としたまえ」

相変わらずテオドルスは冷静で、ルルディの頭を撫でた。対人距離が広いテオドルスがここまで近づく相手は、弟子の自分くらいだとルルディは実感していて、それが嬉しくてくすぐったい。

「は、はい、頑張ります」

温かい師匠の手がルルディを元気付ける。彼女は白のヘッドピースに触れ、整えた髪が乱れていないか、確認する振りで照れを隠した。