軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話 私の部屋と寝室

私に憧れがなかったのと、後妻なのもあって、結婚式は行わずに婚姻届だけ出すことにした。

お姉様たちを呼ぶには遠方すぎるし、伯爵家の結婚式って豪華そうで落ち着かないし。

シリル様も今更呼ばなきゃいけない相手もいなかったみたいで、結婚式をしないことにも賛同してくれた。

貴族としてそれはどうなんだと言われるかと思ったけど、「メリンダの好きなようにしたらいいんだよ」と言われたので、存分にお言葉に甘えた。

ちなみにあのレストランの日から、お互いに名前で呼ぶことにした。

「旦那様と呼ばれるのは、なんだかむず痒くてね」と、あの笑顔で笑っていたので、素直に従った。

レストランの日に婚約を交わして、3の姫が本当に降嫁してこないことを念入りに確認してから、今日結婚をした。

婚約から日をあけなかったのはシリル様が初婚ではなかったのもあるけれど、日をあける理由も特になかったからだ。

お父様が、「早めにあっちの家のことを教えてもらいなさいよ」と気にしていたのもある。

そりゃあね、早めに伯爵家のことを学んだ方がいいに決まっている。

嫁ぐのが、貴族らしからぬ私なのだから、お父様も心配するってものだ。

シリル様もいつでもおいでと言ってくれたので、このような形となった。

「本当に来ちゃった…」

私はシリル様と一緒に伯爵家の馬車で、ルース伯爵家にやってきた。

婚姻届を出して、そのまま嫁いできた。

…私ももうルースだった、メリンダ・ルースです。

それにしても、うちとは比べ物にならないくらい立派なお屋敷だ…。

一応、肩書きとしては私ここの女主人なのよね…?

な、なんかレストランの時より緊張してきたかも。

「さあ、どうぞ。お手を、奥さん」

先に馬車を降りたシリル様は、私に手を差し出した。

お、奥さん…!

本当に結婚したんだ、うわ、なんか照れるかもしれない!

「ありがとうございます…」

シリル様の指先は少しだけカサカサしていた。

普段、本や紙類ばかり触っているからだろう。

私も、カサカサって思われたかも。

「お待ちしておりました、奥様」

「ようこそお越しくださいました、奥様」

使用人が家の前に立っていて、一斉に礼をされた。

うち、…じゃない実家では、使用人もそこまで多くなかったので、圧倒される。

私は、侍女を連れてこなかった。

人数がいないのもそうだけど、シリル様が「突然のことだから全部こちらで用意するよ」と言ったのをそのまま受け入れたのだけれど、その判断が合っていたのかは怪しくなってきた。

「メリンダ、彼が執事長のフランク。彼女が侍女長のマーサ。何かわからないことがあったら彼らに聞いてもらったら大丈夫だから」

「わ、わかりました!」

「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫。言っただろう?堅苦しいのは苦手なんだ」

シリル様は私の手を取ったまま、屋敷へと入っていった。

中に入ると、確かに立派ではあるけれど、派手さはなくてどちらかというと目に優しい感じだった。

家の中の時間がゆったりしているようで。

なんか、家がシリル様に似ている…。

「とりあえず、メリンダの部屋を案内しよう」

「えっ、シリル様が案内してくださるんですか?」

「もちろん、せっかく可愛い奥さんが我が家にやってきてくれたのだからね」

ひだまりみたいな声音でそう言うので、私の顔が赤くなっていないか心配になる。

後ろからマーサだけがついてきているが、フフッと楽しそうに笑っているのが見えた。

「なんだい、マーサ。楽しそうだね」

「それは、旦那様にございます。奥様がいらした途端、ご機嫌ではありませんか」

「ええ?そうかい?」

シリル様の横顔を見る限りでは、いつもと変わらないように見える。

『いつも』と言えるほど、この人のことを知っているわけじゃないけれど。

「旦那様はもう一生おひとりだと思っていましたのに、急に婚約したと言って帰ってきた日には驚きましたよ」

「それは私自身も驚いたからなあ」

「どこでこんなに可愛らしい方を見つけていらしたのですか」

「私は運がよかったんだよ」

横と後ろから褒められている気がして、体を縮めたくなる。

とりあえず使用人からは、この結婚に対しての不快感みたいなものは感じなかった。

むしろ歓迎されている空気を感じる。

マーサとのやりとりに気安さを感じて、それにもなんだかホッとする。

「マーサには、散々再婚しろと言われていたんだよ」

「そうなのですか?」

「奥様、旦那様は仕事以外にやることのない人なのでございます。ですから、老後が心配だったのですよ」

マーサの口調がまるで母親のようで、つい笑ってしまった。

2人にそこまで歳の差は感じないのに、マーサの方がお姉さんなのかな。

「私は内からも外からも再婚を望まれていたからね、みんなメリンダが来てそわそわしているのさ」

「旦那様を筆頭にですね」

「それはそうさ。息子より先に自分のお嫁さんが来るとは思ってもいなかったからね」

シリル様は、可笑しそうに肩を竦めてみせた。

「ここだよ」

シリル様は一つの部屋の前で止まると、扉を開けた。

実家の自分部屋よりも大きいそこは、柔らかい色で調えられて、調度品も揃っていた。

それと、部屋の真ん中には一人分以上の大きいベッドも。

「こんな素敵な部屋をもらってもいいのですか?」

「もちろんだよ。足らないものがあったら、好きなものを揃えてくれて構わないよ。壁紙なんかも好きな色にしていいし」

「いいえ、十分です。この部屋で翻訳したい…」

「ふふ、書類作業は落ち着いた色の部屋でしたいものね」

マーサが私の持ってきたものを片付けている間に、シリル様は簡単に家の説明をしてくれた。

「基本的に私の書斎と息子たちの部屋以外は、どこに入ってもらっても大丈夫だから」

「わかりました」

「長男は帰ってきたら、夕食の時に紹介するね」

長男のフェルナンド様は、王宮で騎士としてお勤めなので、基本的にはシリル様と一緒で夕食ごろに帰ってくるんだとか。

これからは、夕食は3人で食べるんだろう。

次男のエルウィン様と、三男のアレン様は貴族学校の寮にいるので、この家には長期休暇の時にしか帰ってこない。

あと数年してシリル様が隠居したら、それこそあまり関わらないままかもしれない。

日中は、私しかいないことも多いんだろうな。

兎にも角にも今日から、私より年上の24歳の息子と、年下の18歳、16歳の息子ができたのだ。

そのうちの1人のフェルナンド様とは同居生活なのだから、迷惑かけないようにしなくちゃね。

「あと、もちろん図書室も出入り自由だからね」

「図書室…!」

「もし資料や辞書が足りなかったら、それも買い足してくれていいからね」

「えっ、そんな贅沢な!」

「宝石やドレスの代わりさ。メリンダは、その方が喜んでくれるだろう?」

それは間違いない、辞書セットとかだったら、咽び泣く自信があります。

「不自由にさせないと約束したからね。その約束は、死ぬまで果たさせてもらうよ」

そう言って紫色の瞳が優しく細められて、私は素直に頷いた。

「…辞書だったら、飛び跳ねて喜びます」

「ならよかった。遠慮してはいけないからね?」

シリル様は子どもをあやすように、私の頭を撫でた。

それが優しくて、でもなんだか遠い気もしてもどかしかった。

「それと、これは大事な話なのだけれど」

「はい」

「寝室は別にしようと思っているんだ」

「…レストランの日に言っていたことですね?」

私は真っ直ぐにシリル様の紫を見つめて、その奥から真意を絡め取りたくなった。

「ああ、無理に夫婦になる必要はないと思っている。もちろん家族ではあるし、君のことは大切にするよ」

「はい、伝わっております」

伝わっているに決まっている。

この部屋、使用人の態度、シリル様の気遣い、声、全部が、私を1人の人として大事にしようとしてくれているのがわかる。

「結婚はしたが、私のことは父親ぐらいに思ってくれて構わない。んー、父では子爵殿に失礼かな。まあ、親戚のおじさんくらいに思ってくれるといい」

「シリル様は、うちの父よりおじさんではないと思うのですが」

「はは、ありがとう」

シリル様はもう一度私の頭を撫でて、ゆっくり微笑んだ。

「君にとってよい夫になれるよう、努力するね」

「…それは、私のセリフです」

「そんなことない。君は今のままで十分、素敵だもの」

マーサの片付けが終わると、「疲れたろうから、夕食までゆっくりするといいよ」と言い残して、マーサを連れて部屋を出た。

私はとぼとぼと部屋の真ん中まで歩いていき、ボスンとベッドに腰掛けた。

さすが、伯爵家のベッド、うちのよりふかふかだ。

シリル様とは、『家族』になる。

それはお父様やお姉様たちとのような、あたたかくて、安心する場所になるんだろう。

それは決して悪くない。

そして、シリル様は私に『妻』を求めていない。

他のことは全部なんでも私のいいようにしていいと言うあの穏やかな人が、それだけは譲らない何かがあるように思う。

だったら、私は家族として、その何かを尊重しよう。

妻だけど、妻になりすぎず、家族になろう。

それだってシリル様となら、とても心地のいいものになると思える。

胸の奥が少しだけざわついた気がするものを飲み込んで、私はそう心に決めた。

今日から1人で寝るベッドは、ふかふかで、静かで、広すぎた。