軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 伯爵家との縁談話

「翻訳…が、ご趣味なんですか。いいですね、素敵です」

「ありがとうございます…」

「もし結婚しても、自由にしてもらいたいと思っています」

「えっ…」

「日中は好きなだけ翻訳の時間に充ててもらって構いませんよ」

「でしたら、お引き受けしますっ!」

こうして、私メリンダ・クラークは、ルース伯爵家現当主である22歳年上のシリル様の後妻になることを決めたのだった。

「メリンダ、お前にいい縁談を持ってきたよ」

お父様が私にそう言ってきたのは、先日のことだ。

えっ、お父様って私を結婚させる気があったの…!?

クラーク子爵家の四女である私は、幼少期は田舎で暮らしていたのもあって、子爵令嬢とは思えないほどにのびのびと育った。

上のお姉様たちとも歳が離れているのもあって、かなり自由に過ごしてきた。

デビュタントの際に王都にやってきた私には、貴族社会というものは慣れなくて苦戦したのもあったし、お姉様たちはとっくに遠方に嫁いでいたから、お父様も口うるさく結婚と言ってくることもなかった。

なのに、どういう風の吹き回しだろう?

「そう顰めっ面をするんじゃないよ。相手はルース伯爵でね、お前に合うと思うんだよ」

のんびりした口調で話すお父様は、王宮でそれなりの働きをしている人にはとても見えない。

こののんびり具合は、自分でも言うのなんだが確実に受け継いでいると思う。

ルース伯爵といえば、ご子息が3人いたはずだ。

長男は確か騎士団にお勤めで、婚約者もいた気がする。

ということは、次男か三男だけど、お2人とも私より年下ではなかったっけ?

自分の頭の中にある興味のない貴族情報をなるたけ引っ張り出して、頭を捻った。

「伯爵は仕事でたまにお会いするんだが、とても気さくで柔和な方だよ。本好きで有名だし、私とも波長が合うくらいだから、メリンダの相手もしてくれるさ」

「ちょ、ちょっと待って。本好きって言った!?お父様が言っているのって、もしかして王宮司書長のルース伯爵家当主様じゃない!?」

「ああ、そうだよ。歳はだいぶ離れているが、お転婆のメリンダには年上ぐらいがちょうどいいよ」

「伯爵家当主に嫁がせる気!?無理よ、無理無理っ!」

私は、首と腕を捥げそうなほどブンブン振った。

お父様は何を考えているの!?

のんびりにも程度ってものがあるわっ!

ルース伯爵家は、私ですら名前がパッと思い出せる名家中の名家だ。

代々優秀な騎士を輩出しているし、領地もうちとは比べものにならないほど豊かで、穀物の生産量も多かったはずだ。

我が国はもう100年以上戦争をしていないが、もし戦が起こるとなったら間違いなく国の中枢を支えるお家だ。

…まあ、ここ150年は我が国と周辺の国は友好関係どころか、それはまあ平和な歴史を刻んでいる。

私が生きている間にそれがひっくり返ることもないだろうと思うほどには、諸外国含めて平和で良い関係が続いている。

だからご当主も騎士ではなく王宮司書だし、お父様もお友達になれたんだろう。

だからってねえ!?

…というか、年上って上過ぎやしない?

伯爵夫人って、いつお亡くなりになられたんだっけ。

私が、王都に来るよりも前だったよね…?

だとしたら10年近く男やもめだったはずなのに、今更後妻なんているのかしら。

それに長男が私の2つ上の先輩だったはずだから、ご当主とは20くらい離れているんではない?

お父様ったら、もうボケちゃったのかしら…。

「メリンダなら、本の話にもついていけるだろう?」

「…そりゃ多少は。でも、私の趣味は『翻訳』よ?そんな趣味、許されるかしら」

これだけ国同士が平和だと受ける恩恵は様々だ。

食、ドレス、宝石、技術、文化、数えたらキリがない。

その中でも私が一番恩恵を享受しているのが、『言語』だ!

いろんな国のいろんな言語は、幼い頃から私を魅了してやまなかった。

私を産んだ時にお母様は命を落とし、その頃のお父様は王都での仕事が忙しかったのもあって、私はお姉様たちとは別に領地にいた祖父母に育てられた。

お祖父様が本好きだったのもあって、家には本で溢れかえっていた。

中でも私が好きだったのは、多言語の辞書だ。

いくつもの辞書を持っては、「同じ意味を持つ言葉でも国が変わるとこんなに違うのね!」と心ときめかせたものだ。

辞書と翻訳したい絵本や小説を運んで、原っぱで寝転びながら読み耽ったものだ。

それもほぼ毎日。

おかげで貴族社会に適合できない、ドレスや結婚なんかにも興味のない、翻訳大好きな私が爆誕したわけだ。

だから、お父様は私のことはずっと家に置いてくれるものだと思っていた。

なんなら王都から引き上げて、また祖父母と暮らしてもいいと思っていた。

そうして祖父母から領地の仕事でも引き継いで、独り身で生きていくのも悪くないかと。

「なんだい、今度はしょんぼりして。メリンダの趣味は、馬鹿にされるようなものではないだろう?」

「そうだけど…」

…お父様は、理解があるからいいわよ。

でも、私だってこの趣味があんまり好まれないものだとちゃんと知っているわ。

お祖父様は女に学があっても困らんと止めることはなかったけれど、デビュタント後に通っていた貴族学校で散々馬鹿にされてきた。

「女は嫁ぎ先で上手くやって、夫の機嫌を取るのがやるべきことのくせに」と言ってきた男子生徒の顔に拳を突き出さなかったことを褒めて欲しいくらいだ。

今や平和過ぎて、平民でも学問が開かれ、王宮の下働きにも採用されている。

でもそれは男性に限った話だ。

貴族社会自体は昔ほど厳しくはないが、それでも女性はまだ古い時代を生きているような、そんな現状だ。

他国の辞書にまみれて、社交もせずに家に引き籠もって翻訳し続ける女は、伯爵様もきっとごめんだわ。

「なーに、大丈夫だよ。ルース伯に『うちの娘は翻訳が好きなんです』とお伝えしたら、それは一度お会いしてみたいですねって言ってくださったんだから」

「えっ、お父様、私のこと喋ったの?」

「ああ、『少々変わり者ですが、いい子ですのでよかったら』と言ってあるよ?」

なんてこと…!

もう言っちゃっているわ、しかもお会いすることが決まっているじゃない!

「お父様、早く言ってよ!ドレス、えっ、何から用意すればいいの!?もう〜!」

のんびりなお父様に頭を抱えながら、私は伯爵様にお会いする日までになんとかそれなりの身支度を用意したのだった。

この縁談が、私の人生を大きく変えるものだとは、この時の私は露ほども思ってもいなかった──。