作品タイトル不明
第31話 雑用令嬢、見つかってしまう④
「ちょ、ちょっと、顔を上げてください。いったい何が……」
「森で仲間がモンスターに襲われたんです。ポーションも飲ませたんですけど、ほとんど効かなくて……このままじゃ死んじまう。あんたの料理なら治せるって聞いて……!」
男性の声は震えていた。
彼自身のケガは今すぐどうこうなりそうなほど致命的ではなさそうだったけど、その声色は相当に切羽詰まっている。
どうやらよほどの緊急事態なのは間違いなさそうだった。
「わかりました。すぐに準備を――」
「ちょっと待った」
その声に、私は振り返りかけた足を止めた。
廊下の奥から旦那様が歩いてくる。表情は落ち着いていたけれど、目だけはまっすぐ男性を見ていた。
「話は聞こえていた。その格好、君はギルドの冒険者か?」
「あ、はい。そ、そうです……」
「そうか。それにしては初めて見る顔だな」
旦那様は男性の姿をまじまじと眺める。
「え? あ……あ~いや、それはたぶん、自分が隣の領地の所属だからかと……」
「隣? それがなんでまたうちの領内で活動を?」
「いや、それがですね、実はこっちに昔からの友人がいまして……。そいつが今回の依頼をどうしても手伝ってくれって言うんで、わざわざ山を越えて来たんですけど……」
男性は傷が痛むのか、若干苦しそうに言葉を紡ぐ。
「……ふむ。それはまた、なんとも災難だったな」
旦那様が同情するように言うと、男性は引きつった笑みを浮かべた。
「は、はい。本当に……」
「だが、もしそうだとすると気になることがある」
旦那様の声が、ほんの少し低くなる。
「君はなぜアイカの存在を知っている? アイカのことは領内でも厳重に口止めしている。よその冒険者なら、名前も料理のことも知るはずがない」
「……!」
言われて、私も男性を見る。たしかにそうだ。
先日旦那様の親友であるフレット様から王国側の情報をいただいたこともあり、今の領内では旦那様の名のもとに戒厳令が発令されている。
私の料理で怪我を治せることなんて、外の冒険者が普通に知っているのは違和感がある。
男性は一瞬だけ言葉に詰まった。
「そ、それは……」
けれどすぐに、床に手をついて頭を下げる。
「す、すいませんでした! それについてはその……友人から聞いたんです! あいつが『ここだけの話だぞ』ってこっそり教えてくれて……!」
「それはつまり、友人が禁を破ったということか?」
「は、はい! でもっていま死にかけてるのもそいつなんです! 治療が終わったら本人に確認してもらって構いません! 口止めを破った罰も、俺も一緒に受けます! だから今は、どうか……!」
額が床に触れそうなほど深く頭を下げる。
その腕から落ちた血が、玄関の床に小さな跡を作った。
「旦那様……」
私は旦那様を見る。
旦那様はまだどこか男性を疑わしげに見つめている。たぶん、今の弁明にも完全には納得してなさそう。
けれど、少なくとも目の前の男性が傷ついていることは事実だった。そしてもし本当に森で誰かが倒れているなら、一刻を争う。
しばらく沈黙したあと、旦那様は短く息を吐いた。
「……そうだな。詳しいことは、その親友とやらを救ってから伺うとしよう」
「あ、ありがとうございます、領主様! 恩に着ます!」
男性はまた額を床につける勢いで頭を下げた。
私はすぐに奥へ向かう。
「では、私は救援用の常備食を持ってきます」
「ああ。俺は馬を回してくる。その間にアイカは支度をしておいてくれ」
「はい!」
頷いたところで、男性がはっと顔を上げた。
「あ……お、お待ちください!」
旦那様の足が止まる。
「どうした」
「あの、襲ってきたモンスター自体は、なんとか俺たちで倒しました。だから現場に残ってる危険は少ないと思います。ですが……本来討伐する予定だった別のモンスターが逃げまして……町の方へ向かったんです」
「町に!?」
思わず私の喉から声が出た。
街道の先には町がある。もしそこへモンスターが入り込めば、大きな被害が出るかもしれない。
旦那様は眉を寄せる。
「数と種類は?」
「中型の牙獣系が数体……ランクは少なくともB以上かと」
「…………」
旦那様は腕を組み、深く考え込むように床を見つめた。それから諦めたように呟く。
「……仕方ない」
旦那様は私を見た。
「わかった。それならアイカは彼とともに先に現場へ向かってくれ。こちらが片付いたら、俺も急いで迎えにいく」
「わかりました」
町には大勢の人がいる。
けれど、森で倒れているという人も命の危機にある。
どちらも急いで対処しないと取り返しのつかないことになってしまう――迷っている時間はなかった。
私は救援用の包みを取りに走り、そのまま男性とともに屋敷を出た。
***
その後、森の入口近くまで馬で移動すると、そこからは徒歩になった。
木々の間を抜ける道は細く、馬で進むには足場が悪い。案内役の男性は傷のせいか少し足取りが重かったけれど、それでも先を急ぐように歩いていた。
「あの、これ、よかったらあなたも」
私は持ってきた包みを差し出した。
「え、いいんですか?」
「もちろん。あなたも怪我をしているようですから」
中に入っているのは、あらかじめ作っておいた治療用のクッキーだ。
男性は一瞬目を丸くしたあと、包みを開けてクッキーを頬張った。
「……すごい! ホントに傷が治っていく!」
裂けていた腕の傷が、少しずつふさがっていく。
それを見て、私も少しだけ息をついた。
「よかったです。でも、まだ無理はしないでくださいね」
「へ、へへ……助かります」
男性は自分の腕を見下ろしながら笑った。
そのあと、何か小さく呟く。
「…………たしかにこりゃあ、大金払ってでも手に入れたがるわけだ」
「え?」
「あ、いえ! こっちです。もう少しで着きます!」
男性は慌てたように前へ出た。
私は包みをしまい直し、その背中を追う。
やがて、少し開けた場所に出た。
「あ、ここです」
男性が立ち止まる。
けれど、そこには誰も倒れていなかった。
瀕死の冒険者などどこにもいない。倒したというモンスターの死骸もない。それどころか、そもそも戦闘があったらしき痕跡すら見当たらない。
風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。
「あの、これはどういう……? お友達はどこに……」
「――フハハ。いやぁ、よく来たな。アイカよ」
背後ではない。
声は、木々の陰から響いた。
そこにいたのは四人。
ソルヴェイン王国が誇るSランク冒険者パーティー《金の盾》の三人と、それを従えるギルドのマスター――ガルド・バルディオスだった。
「…………」
もう二度と会うことはないと思っていた顔が、そろって森の中でこちらを見ている。私は言葉を出せず、動くこともできなかった。
その間に、私を案内してきた男性が軽い足取りでガルドの方へ駆け寄った。
「旦那!」
「うむ、ご苦労だったな」
ガルドが袋を放り投げる。
男性はそれを両手で大事そうに受け取り、じゃらっという中身の音を聞いた途端に顔をほころばせた。
「うっひょお! あざっす!」
男性はにやにやしながら私へ振り返る。
「へへっ、悪いな。あんたのおかげで稼がせてもらったよ。しかも治療代まで浮かせてもらっちまって」
そう言って軽く手を振ると、男性は森の奥へ走り去っていった。
「まさか……」
「ああ、あいつはワシが金で雇った。お前をこうしてここへ連れてくるためにな」
ガルドは満足そうに笑っていた。
重傷の友人も。町へ逃げたモンスターも。
全部、嘘だったのだ。
すべては私を屋敷から連れ出し、旦那様と分断するための罠。
「ど、どうして……?」
かろうじて出た声は、自分でも頼りなく聞こえた。
「決まっておる。お前を連れ戻しに来たのだ」
「連れ戻す……? 私を、ですか?」
「おお、もちろんだとも。他に誰がいる?」
あまりにも当然のように言う。
その態度に、逆に私の背筋はひどくざわついた。
ギルドにいた頃のガルドは、いつも私を厄介者みたいに扱っていた。理不尽に怒鳴られ、雑務を押しつけられ、何かあれば真っ先に責められた。
それなのに今は、まるで孫娘を愛でる祖父のように優しい表情をしている。
わからない……何も。
「アイカよ。ワシはお前に謝らねばならん」
ガルドはゆっくりと語り出した。
「お前は下級とはいえ貴族の娘だ。一方で平民であるワシはそれを妬ましく思い、ついツラく当たってしまっていた。今になって思えば、実に愚かなことをした」
「…………」
「だが、お前がいなくなってから気づいたのだ。お前がどれほどギルドに貢献してくれていたのかをな」
声だけ聞けば、心から反省しているようにも聞こえた。
けれど、その理由が私には見つけられなかった。
いくらあれから時間が経ったとはいえ、果たしてこの人がこんな風に考えるだろうか。
「お前も知っているかもしれんが、このところのうちのギルドはボロボロだ」
ガルドの言葉に、フロストーレ様から聞いた話が頭をよぎる。
王国側のギルドがうまく回らなくなり、モンスター被害が広がっているという話。
「聞くところによると、今のお前はアルグレイン辺境伯のもとで給仕として働いているそうじゃないか。報酬はいくらだ? 倍……いや、三倍出すことを約束しよう」
「…………」
「それだけではない。お前が追放になった横領の件、あれもワシの力で揉み消してやる。なに、ギルド長であるワシが動けばどうとでもなる。ワシは議会にも顔が利くからな」
……自分で追放しておいてよく言う。
そんな言葉が喉まで出かかった。
ただ、それよりどうしても先に別の疑問が浮かんでしまう。
いったいなぜ彼は急にこんなことを言いだしたのだろう?
それも、わざわざこんな手の込んだ真似までして私に会いに来て。
その答えは、すぐにガルド本人の口から出た。
「だからアイカよ。お前の作る“モンスター料理”を、またワシらのために役立ててくれ」
「!」
……やっぱり。
もしかしたらと思ったけど、ガルドは私の料理のことを知っている。
でも、そこには変わらず「どうして」という疑問が付きまとう。
ギルドにいた頃は知らなかったはずだ。知っていたなら、きっとあんな扱いは受けなかった。追放だってされなかっただろう。
誰から聞いたのか。何がきっかけだったのか。
ただその辺の事情はともあれ、この状況における問題は一つ。
ガルドは大きく両手を広げた。
「さあアイカ、答えを聞かせてくれ。国に帰るか、ここに残るか」
「私は……」
正直なところ、答えなんて悩むまでもなかった。
だいたい、あの王国での日々に戻りたい要素なんてない。罪をもみ消すと言うが、そもそも濡れ衣を着せたのはそっちだろうに。
けれど――。
「もっとも、ソルヴェイン王国はお前の生まれ故郷だ。国ではお前の両親も心配しているぞ」
「……!」
ガルドの笑みが一層深くなる。
――両親。
あの追放の日から、私は家族と離れ離れになった。
別れの挨拶もできず、追放された身……それも表向きには死人扱いのため、直接手紙を送り合うこともできない。
ここに来てから、帝国での生活にはもうすっかり慣れた。旦那様も、騎士団の皆さんも、いろんな領民の方たちだって私にとてもよくしてくれている。
……それでも、遠く離れた家族のことを想わなかった日はない。
ガルドの口元がわずかに歪む。
勝った、とでも思っているような顔だった。
そんな中で、私は静かに口を開いた。
「――お断りします」