軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話 雑用令嬢、懇願される

「……ご、ごちそうさまでした///」

食後。一心不乱に食べ進めたことに今更恥ずかしさを覚えたのか、やや照れくさそうな表情で騎士様が両手を合わせる。

「いやぁ、恐れ入った。まさかモンスターの肉がここまで美味とは知らなんだ……。いや、というかそもそもどうして俺は平気なんだ? もしや魔法? それとも何か特殊なアイテムの効果とかだろうか?」

「いいえ、ちょっと違いますね。そのどちらでもありません」

「違うのか? ではなにが……」

小さく否定した私を、騎士様がさらに不思議そうに見上げてくる。

私はそこでようやくきちんと事情を説明した。

「たしかにモンスターの肉が瘴気で危険なのは常識です。でも、実は特殊な下処理をすることで、その瘴気をきちんと無害なレベルまで中和できるんです」

「瘴気を……中和? そんなことができるのか?」

「できますとも。例えば、複数の薬草といっしょに煮込む――とか」

ニヤリと不敵に笑ってみせた私の姿に、何かを思い出した騎士様がハッとする。

「……なるほど。さっきのアレはそういうことだったのか」

「瘴気の抜けたモンスターは、ただの獣と同じです。それどころか普通の獣より栄養価も高くて、旨味も強いんですよ」

「だからか。道理でとてつもないウマさだと……」

ちなみに、私がその事実に気づいたのは偶然だった。

ある日、ギルドで仕入れ担当もこなしていた私に、マスターであるガルドが突然こう言ったのだ。来月から材料費を大幅に削減する、と。

しかも予算を超えた分は給料から天引き。でも料理の質を落とせば、今度は冒険者たちが怒り狂う。完全な板挟みだった。

そこで目をつけたのが、討伐後に捨てられていたモンスターのお肉。

爪や皮はよく素材として使われるが、肉はほとんどが廃棄される。

食べられないなら――食べられるようにすればいい。

そう考えた私は、薬草や処理方法を変えながら何度も試し、やっとの思いで瘴気を抜く調理法を見つけた。

つまりなんてことはない。

私の編み出したこのモンスター料理は、単なる苦肉の策でしかないのだ。

けれどそう苦笑した私に対し、騎士様はふっと笑ってこう言った。

「……いやはや、とんでもない努力家だな、君は。尊敬に値する」

「え?」

まさかのひと言に固まる。

尊敬だなんて……そんな言葉、これまで誰からも一度だって言われたことがなかった。

つぅーと頬を伝う感触に気づいて、私ははっとした。

慌てて袖で目元を拭う。

「え、あ……す、すみません、急にこんな……。でも、今までそんな風に褒められたことなんて一度もなかったので、つい……」

そう言いながらも、一度溢れた感情は止められなかった。

気づけば私は、これまでのことをぽつりぽつりと話していた。

自分が王国の貴族だったこと。

冒険者ギルドで雑用としてこき使われていたこと。

そして、ギルドの金を横領したという冤罪で追放されたこと。

その間、騎士様はずっと黙り込んでいた。

焚き火の炎を見つめたまま、じっと何かを考えている様子で。

やがて私が話を終えると、彼はゆっくりと口を開いた。

「……なるほど。君の事情はよくわかった」

さらに続ける。

「それなら、 う(・) ち(・) に(・) 来(・) な(・) い(・) か(・) ?」

「……え?」

うち……って?

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はリスティン・アルグレイン。この土地で辺境伯をやっている」

「アルグレイン……」

それってたしか、王国と国境を挟む帝国の領地の名前じゃ。

しかも、私が追放される予定だった場所の……。

……そっか。私、知らないうちに追放先の領主様に助けてもらってたんだ。

「で、でも……どうして私を……?」

「そりゃあもちろん、こんなにうまい飯なら毎日だって食べたいからな」

言いながら、騎士様――もといリスティン様はどこか照れくさそうに笑った。けれどすぐに表情を引き締め直す。

「……まあ、というのは半分冗談の半分本気で、ちゃんとした理由もある。実のところ、さっき料理を食べてから妙に体がうずいていてな。血がぽーっと熱くなって、疲労まで一気に消えた。しかも魔力の巡りまで明らかに良くなっている」

「え?」

「おそらくだが、魔力を多く含むモンスターの肉を食ったことで、俺の肉体が強化されたんだろう」

「肉体が、強化……?」

どういうこと? なんでそんなことが……?

「もしや知らなかったのか? ……まあでも、作る側はある意味仕方ないか。まして君は騎士でも冒険者でもないわけだし。しかし食べる側は普通気づくはずだと思うが。今まで誰かに指摘されたことは?」

「いえ、そのような話は……」

ギルドの冒険者たちは料理をただ貪るだけで、感想なんてほとんどなかった。

けれど今になって思えば、食事のあと彼らはいつも妙に元気だった気もする。

単にお酒で酔っぱらった勢いだと思っていたけど……もしやあれは料理の影響だった?

「ふっ、やれやれ。どうやら君がいた場所は、よっぽどマヌケの巣窟だったらしいな」

リスティン様が呆れたように肩をすくめる。

そして話を戻す。

「先ほども言ったが、この辺りは昔からモンスターがやたらと多い土地でな。そんな危険な場において、料理で戦闘力をパワーアップできる存在はとてつもなく貴重な戦力だ。それこそ、並の騎士では束になっても比べ物にならないほどに」

「戦力……」

ついこの間まで、ただのギルド職員だった私が?

今日の今日までまともにモンスターと戦った経験すらないのに?

「ああ、俺の目に狂いはない。だからアイカ、どうか俺といっしょに来てくれ。君が必要なんだ……頼む!」

そう言うや、彼はガバッと前のめりになって私の手を取った。

「もちろん、来てもらうからには何の不自由もさせない。住む場所はこちらで用意するし、給料だって元の5倍……いや、10倍出そう!」

「10倍!?」

「ああ! あ、そうだ! どうせなら俺の屋敷に住み込みはどうだ? こう見えて一人暮らしなので、部屋もたくさん余っている!」

「え、あ、いや……」

ひ、一人暮らしって……それは逆にいろいろマズいんじゃ。

「……どうだろう? ダメ、か?」

互いの息が掛かりそうな距離で、彼が真剣な眼差しで見つめてくる。

だが実際のところ、私の答えはもう決まっていた。

というか、そもそも迷う理由がない。

何年もギルドにこき使われ、挙句の果てには濡れ衣で追放されて行く宛もない。

そんな私を雇ってくれる上に、給料に住むところだって与えてくれるんだもの。こんなの受け入れないほうがどうかしてる。しかもどっちも破格の条件だし。

もっとも、今の私にとって条件はさほど問題じゃなかった。

必要とされている――ただそれだけで充分だった。

胸の奥がじんわりと熱くなる。

長い雑用の日々で凍りついていた心が、少しずつほどけていく。

「……承知しました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いしますね――“旦那様”」

これが、私と旦那様の出会いだった。