軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97 秘密

《 始まりの足跡(ファースト・ステップ) 》、クランハウスの最上階。クラン構成員の中でも事務員とクランマスターにのみ立ち入りを許されたクランマスター室で、僕はにやにやしながら机の上を見下ろしていた。

机の上では五センチほどの小さな人型が五体、かけっこを繰り広げていた。

人型はまるで人間をそのまま縮めたかのように精巧だった。

それぞれ、格好は魔導師、僧侶、剣士、盗賊、錬金術師で分かれており、ローブや鎧で細かいところはごまかしているが、自分でもよくやったと褒めてやりたい気分である。

発熱している腕輪を擦りながら、人型達に机の縁をそろそろと歩かせてみる。

それらは、実体のある人形ではなく、手に入れたばかりの宝具――『踊る光影』を使い、僕の生み出した幻だった。机に引かれたコーナーラインや小さな山もまとめて幻である。

最初はうまく形や色を設定できなかったのだが、ここ数日の練習で僕はそこそこ精巧な人型の幻を出すことに成功していた。

もともと、宝具自体にある程度イメージを補完してくれる機能がついているのだろう。

だが、それでもこうして練習が形になるのはとても楽しい。見た目賑やかな事もあり、有用かどうかはともかくとして――趣味として使うならこれ以上楽しい宝具はなかなかないだろう。

幻の一つを人差し指で突っつくと同時に、腰を抜かすような動作をさせる。他の幻達に抗議させるような動作をさせる。自分で全部操作しているのだが、まるで僕が小人の精霊達を使役しているかのようだ。にやにやが止まらない。

誰かにお披露目したい気分だが、こんなお人形で遊んでいる事を知られたらハードボイルドなイメージが崩れてしまうので出来ないのが残念だった。

続いて追加で手に乗るくらい小さなドラゴンを出してみる。それも一匹ではない、二匹、三匹、四匹とどんどん増やしていく。もちろんそれぞれ色が違う。

まだパーティについていっていた頃に、ドラゴンとは何度も遭遇している。ちょっと細部は怪しいが、大まかな幻を作るのには事欠かない。

ドラゴンがぱたぱたと僕の頭上を旋回している。集中して、よりリアリティのある飛び方を模索してみる。

この宝具の唯一の弱点はその範囲が一メートル二十センチである点だ。もうちょっと広ければ遊びの幅は更に広がっただろうに。有効範囲の広い上位互換が存在するのか気になるところだ。

幻影なので物理的な障壁には影響を受けない。ドラゴンを操り窓を通り抜け外に飛ばしたところで、範囲外になって空気中に溶け消えてしまった。

「軟弱なドラゴンだな」

まぁ、ドラゴンのせいではないのだが。

ニヤニヤしながらドラゴンを飛ばして遊んでいると、いきなりクランマスター室の扉が開かれた。思わずびくりと身体を震わせる。エヴァだ。

僕にはやるべき仕事などないが、子供じみた遊びを見られると気まずい。慌てて飛ばしていたドラゴンを消す。

ぎりぎり間に合わなかったのか、眼鏡の中でエヴァの瞳が大きく見開かれていた。

「!? ???? な、なんですか、今の?」

「……なんでもないよ。いきなり入ってきたから驚いただけだ」

リィズが突然飛び込んでくるのは慣れているが、エヴァがノックもしないのは珍しい。

僕の言葉に、エヴァが目を不思議そうに瞬かせた。

「え……? ノック、しましたけど」

……ドラゴン飛ばすのに忙しくて全然気づかなかった。やはりこういうのはこの部屋でやるべきではないな。

何の用事なのかは聞くまでもない。近づいてくるエヴァの手にはうんざりするような量の手紙があった。

もともと《嘆きの亡霊》は他の高レベルパーティと比べると貴族からのコンタクトが少なかったのだが、オークションでグラディス卿と関わって以来なぜか来る手紙の数が増えていた。

どうも不思議なことに、界隈では僕がエクレール嬢を救った風な話になっているらしい。救ったのは僕じゃなくてアークだろ……。

成り上がりの野望を抱いていたり、コネクションを求めているハンターならば貴族からの手紙もありがたく受け取るのだろう。だがあいにく僕は引退したい系ハンターである。丁重にお断りするだけだ。

本当にやばくなったらゼブルディアから逃亡することも視野に入れている。

椅子に座り直し呼吸を落ち着けていると、ふとエヴァの目線が机に向けられているのに気づいた。もっと具体的に言うと――消し忘れた小人の幻に。

エヴァが顔をあげ、僕を見る。まるで正気を疑っているかのような目つきだ。

小人が慌てたように机の上をわたわたと走り、机の上からこちら側に飛び降りる。僕は小さく咳払いし、椅子の上で脚を組んでふんぞり返った。

「……で、なんだっけ?」

「??? それでごまかせるとでも? 今のなんですか!?」

エヴァが後ろに回り机の下を覗き込むが、既に小人は消している。見つかる訳がない。

僕はハードボイルドのついでに、ミステリアスも目指すことにした。両手を組み合わせ、ニヒルに笑ってみせる。

「ふっ……僕にも秘密くらいあるんだよ」

「それは…………知っていますが……」

エヴァが頻りに首を傾げつつも、自分を無理やり納得させるかのように大きく頷いた。

気を取り直したように一度咳払いし、

「今回は貴族からの手紙が多めのようです。できれば一度目を通して頂けると――」

机の上で、先程まではいなかった僕そっくりのミニチュアが手紙を受け取ろうと両手を頭の上にあげているのを見て、エヴァの表情が強張り、ゆっくり僕の方を見る。

頷いてやると、恐る恐るその両手の上に手紙を乗せようとして――手紙の重さでミニチュアクライがぺっちゃんこになった。

エヴァの顔がさっと青ざめ、急いで手紙を持ち上げるが当然その下には何も残っていない。ミニチュアクライはまるで幻のように消えてしまった。

幻のようにっていうか……幻だからな。

「え?? あの? 私――」

「ああ、気にする必要はないよ。で、なんだっけ?」

珍しくおろおろするエヴァに、僕は穏やかな笑顔を返した。これ、凄く楽しい……。

§ § §

『ゼブルディア南西退廃都区』。まともな人間ならばまず立ち入らない薄暗い路地の一角で、リィズ・スマートは苛立たしげに舌打ちした。

「……あー、はぁ。魔術結社ってこれだからやだやだ。正面から立ち向かって来ないんだから……」

「生き残ってる違法魔術結社は大体用心深いから……アカシャの塔はその中でも特別厄介だと思うけど……」

答えたのは、目元まで深くフードを被りできる限り顔を隠したシトリーだ。

リィズ達は、オークションで競り合った情報を元にアカシャの痕跡を探っていた。

オークションで競り合った相手を調べ、続いて出品者を調べ、最後に『アカシャ』を競り落としたハンター――グレッグに接触していくものから探りを入れていった。

リィズ達、《嘆きの亡霊》は犯罪者集団を相手取るのに慣れている。レッドパーティに絡まれるのは日常茶飯事だったし、犯罪組織や魔術結社を潰すのもこれが初めてではない。

だが、今回の相手はこれまでリィズ達が相手取ってきた小物たちとはレベルが違っていた。

リィズの前に、三人の体格のいい男が跪かされていた。

実戦で鍛え上げられている肉体は大量のマナ・マテリアルを吸収した者のみが放つ威圧感を纏っており、使い込まれた鎧の上からでもその実力が見て取れる。道端に転がった黒色に塗られた短剣や刀、杖は高品質でもしも新品で買おうとするのならば一千万ギールはゆうに超えるだろう。

帝都はハンターの聖地だ。だが、光があれば闇もまたある。

男たちはリィズが僅かな糸を辿って見つけたハンター崩れの仕事屋だった。暴力を含めた法に抵触する仕事を請負い暗躍する、対人戦闘に長けた闇のハンターだ。その実力はハンターの平均を大きく超えており、度々帝都の探索者協会では問題になっている。

だが、リィズから言わせてもらえば、その男たちはただの落伍者だ。ハンターの本分を忘れ、魔物や幻影、凶悪なトラップが犇めく宝物殿から逃げ、より弱者から搾取する事を選んだ負け犬だ。

別に弱者から搾取する事を否定するわけではないが、そんな日頃格下のみを相手にしている敗北者など恐れる理由はない。

跪かされた男達は、その両腕を後ろに縛られ、頭には紙の袋が被せられていた。表情は見えないが、その肉体は明らかに緊張に震え、汗と血の混じった悪臭が空気の通りの悪い細い通路に立ち込めている。

相手は常に警戒を怠らず複数人で徒党を組んだ正真正銘のプロの仕事屋だったが、叩きのめすのは簡単だった。探す方が苦労したくらいだ。

だが、せっかく苦労して居所を見つけ、死なないように丁寧に丁寧に制圧・捕縛し、尋問した結果得られた情報はリィズが期待したものとは異なっていた。

依頼者に繋がる情報を何も持っていなかったのだ。

依頼方法は手紙であり、報酬は前払い。もしも物を奪取できれば依頼主が現れたのだろうが、今からそちらに作戦を切り替えた所でもう遅いだろう。

嘘をついている様子もない。

高レベルハンターであるリィズの殺意を受け、沈黙を保てる者は多くないし、シトリーが口を割らせるために禁制のポーションを打っている。名前や家族構成、経歴などの個人情報はぺらぺら吐いたので耐性があったとも思えない。

ここ数日の探りが無駄になったことですっかりテンションの落ちてしまったリィズが、シトリーに愚痴る。

「あんたさぁ、一員だったのに何も知らないってどういうこと?」

「完全に分業されていたし、もうちょっといるつもりだったから……」

リィズの言葉に、シトリーがフードの下で困ったような表情を作った。

『アカシャの塔』という魔術結社は秘密主義だ。

追放された優れた魔導師がそれぞれ独自の理論に沿って研究を進めているが、それぞれ研究室同士に交流もなければ詳しい情報も入ってこない。連携には専用の人員が割り当てられ、メンバーが知っている情報は基本的に所属している研究室内部の事だけだ。

シトリーはノト・コクレアの一番弟子として幾つもの研究に参加したが、ノト研究室の外に出る事はなかった。いつかは外にまで手を伸ばすつもりだったのだが、ノト・コクレアの研究は『アカシャの塔』でも高く評価されているものであり、設備も予算も豊富で新たな研究室を探す必要性が薄かったのだ。もしもクライからの帰還命令がでなければ今でも嬉々としてその研究に従事していただろう。

だが、こんな事になるのであれば少しずつでも情報を集めておくべきだった。室長であるノト・コクレアならばまだ何か知っていたかもしれないが、その元大賢者は記憶を失い今は大監獄に収容されている。どうにもならない。

相手は長きに渡り世界の敵として君臨している巨大組織だ。いくらリィズとシトリーが強くても、それに立ち向かうには腕力などとは違った影響力が必要だった。

ゼブルディアの上層部に根を張っているのは確かだが、苦労して調査し糾弾したところでどうにもならないだろう。そういう事態になった時、恐らく法はリィズ達の味方ではない。

死地を恐れているわけではないが、そこまで興味が惹かれない。

リィズは猫のように大きく欠伸をして、あっけらかんと言い切った。

「もう飽きた。諦めよっか? 時間もったいないし、グレッグももう安全でしょ、多分。私、チキンにかまってる暇なんてないんだよねえ。クライちゃんのおかげでゴーレムは手に入ったんだから後はどうでもいいし」

「お姉ちゃん……もお、いつも飽きっぽいんだからッ!」

「新しい材料が欲しいなら三人捕まえたんだから、これ使えばいいんじゃね?」

リィズが既に抵抗の気力を失っている捕虜三人を顎で示す。シトリーがムっとしたように反論した。

「どうやって運ぶの!? ここから研究室まで運んだら目立つでしょ? 大体、次の検体は魔導師タイプが欲しくて――」

「知らない。その辺で捕まえれば?」

「そんな――お姉ちゃんだって、パーティのルール知ってるでしょ!?」

《嘆きの亡霊》のルールは三つ。

皆、仲良くすること。

一般人への手出し禁止。

民主主義。意見が食い違ったら多数決で決める(ちなみにリーダーが五票持ってる)

ちょっと慎重すぎるきらいはあるが、合理的なルールだと思う。

そして二番目のルールがある限り、シトリーは一般人に手を出すことはできない。アカシャの塔に参加した時だって、シトリーは人体実験のために攫われてきた退廃都区の一般人に直接手を出すことはなかった。それが原因で元師匠のノトから『まだまだ甘い』と評価された事もあるが、それはシトリーにはどうしようもない事だ。

退廃都区の住人の濁った眼が、路地の外から、建物の窓から、リィズ達の起こした騒ぎの結末を観察している。

やきもきしている妹に、リィズは名案でも思いついたかのように、笑顔で両手をぱちんと叩いた。

「……よし、決めた! ちょっと悔しいけど、クライちゃんに頼も?」

「…………」

「大丈夫、クライちゃん優しいしぃ、今回の事だってきっと予想ついているだろうから。シトが怖いなら、私が謝って頼んであげるぅ! そうすれば無駄な時間使わずに済むし、クライちゃんとデートする時間にできるし、ティーを鍛える時間にできるしぃ、名案じゃない? 決まりッ!」

シトリーが何も言わないうちに、リィズはさっさと一人で結論を出し、自信満々に腕を組んだ。

その笑顔を見ながら考える。

本音では――リーダーに迷惑をかけるのはなるべく避けたかった。だが、時間をかけることで結果的に迷惑に繋がる可能性もあるし、既にハンターになってから何度も何度も迷惑を掛けている。昔から事あるごとに相談しているのだ、今更、厄介事一つ持ち込む事を恐れるような仲ではない。

しばらく悩んでいたが、名案は出ない。結局シトリーが至った結論も同じだった。

二人の意見が食い違った時、大体辿る結果でもある。

妹の表情から結論を読み取り、リィズは大きく背筋を伸ばすと、三人の捕虜を指した。

「で、こいつらどうする?」

「うーん、持ち帰るわけにもいかないし……」

リィズの問いに、シトリーは改めて捕虜三人を見下ろした。

腕を縛られ自白剤を打たれ満身創痍だが、しばらく待てば心はともかく、身体は復活するだろう。

本音を言えばどうでもいい。研究室は遠いし、持ち帰るにはリスクが高すぎる。恨みを買ったが、それもまた《嘆きの亡霊》にとっては今更である。

唇に指を当て、シトリーが目を瞬かせる。

「殺して放置しておけばここの住人が寄ってたかって集まって、明日には骨の欠片も残らないと思うけど……」

「ふーん。じゃーそうしよっか?」

まるで今日の晩ごはんでも決めるかのような何気ない口調。

どこからともなくカタカタと音が聞こえ始める。

紙の袋の中だ。歯が噛み合う音。

声をあげないのはそこまでする気力がないせいだろう。だが会話は聞こえているのか、その身体はどうしようもなく震えていた。

その日常会話でもしているかのような何気ない口調に本気を感じ取ったのだ。

この二人は自分たちの命をなんとも思っていない。殺意なしに手を汚せる人間だ、と。

跪いた三人の身体がゆらゆらと揺れる。その時、シトリーはいいことを思いつき明るい声をあげた。

「あ、でも待って、お姉ちゃん。殺すよりも手下にした方がいいかも! ちょうど手を汚すのに慣れている部下が欲しかったし、キルキル君にするには粗悪すぎるけど、捨てるよりも再利用した方がいいと思わない?」

「えー? 手下? 私、弱っちい手下なんていらないんだけど?」

「じゃー私が三人とも貰うから! あ、でも……本人の意思を聞いて、ダメだったら処分するしかないけど……でも、クライさんは殺すのあまり好きじゃないみたいだし……」

シトリーが跪いた三人の前に周り、その剥き出しになった首筋に軽く触れる。紙袋の中から息の詰まる音がした。キルキル君の被った紙袋と異なり、目の穴の空いていない薄汚れた紙袋からは何も読み取れない。

呼吸を落ち着け、シトリーは優しく問いかけた。その後ろからリィズが茶々を入れる。

「ねぇ、皆さん。仕事屋を続けながらでもいいので……私の部下になってくれませんか? もちろん無理は言いません。やる気があれば、ですけど」

「えー、やだよねえ? シトの部下なんて。人生お先真っ暗だし――死んだほうがマシっていうかぁ……ねぇ? おい、なんとか言えよ。この役立たず共がッ!」