軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

74 交渉

マーチスさんから、『 転換する人面(リバース・フェイス) 』の持ち主に連絡がついたとの情報をもらい、交渉に向かう。

護衛として隣につれているのは、舌の根も乾かぬ内に持ちかけられた借金の申し出に、嫌な顔一つしなかったシトリーだ。

「大丈夫です。研究は少しだけ遅れますが、予備の資材や在庫のポーションを現金に変えればある程度はまかなえます」

「ごめんね?」

「クライさんは何も心配する必要はありません。本当は嫌ですが、いざという時は銀行でお金を借ります。錬金術師って、融資を受けるのに凄く有利なんですよ……」

「……」

「お姉ちゃんも協力してくれますし……絶対に必要な宝具なんですよね? どんな手段を使っても集めてみせます」

「…………うんうん、そうだね……」

「私達の方は……後回しでいいです。本当は嫌ですが、後回しでいいです」

シトリーがいっそ悲壮感すら感じさせる表情で拳を握る。今更甘味処がどうとか言いだす勇気は僕にはない。

どうやらタイミングが悪い事に、シトリー達も欲しい物があったらしい。

さすがの僕でも、自分のためにシトリーに我慢させるわけにはいかない。申し出を取り下げたのだが、もう遅かった。今日に限らず、シトリーには自分よりも僕を優先しているきらいがあった。

機嫌良さそうにニコニコ笑いながらシトリーが続ける。

「ただし、まずは必要な額を確定させないと……いざという時は持ち主のハンターをどうにかしましょう。交渉は得意です」

その笑顔が恐ろしかった。内に秘めた感情がどのようなものなのか、今日程自分の見る目のなさが恨めしかった日はない。

しかし、どうにかってどうするつもりなのだろうか……できれば穏便に済ませて欲しいところだ。

リィズはわざわざ僕の金策のために宝物殿に行ってしまった。どうやら難易度の低い宝物殿をはしごしてくるらしい。宝物殿のはしごとか聞いたことがないんだが、止める間もなかった。

大きい借りを作ってしまった。僕はヒモかな? ヒモなのかな?

だが、まだ希望は残っている。

うまく交渉の場はセッティングできた。結果次第ではシトリーに無理をさせずに済むはずだ。

直接交渉は諸刃の剣である。欲しい宝具が先に手に入るというメリットはあるが、相手に足元を見られる可能性が出てくる。

交渉で高い金額を出され決裂したが、実際の競売では他に競う者がおらず、結局、交渉で出された金額よりも遥かに安価で落札できたなんて事もままある。

今回のターゲットの宝具は見た目が悪い。普通のハンターならば持ち帰らない事も視野に入れるレベル――相手もさっさと処分したいはずだ。

うまく行けば非常に安価で手に入るだろう。

知り合いだったらもう少し楽だったのだが、今回の宝具は遠方の宝物殿で取れたもので、持ち込んだのも他国出身のハンターらしいので望みは薄いだろう。

「持ち主の方が温厚だったら、手荒な真似はしないで済むんですけど……」

シトリーちゃんの発言がいちいち物騒だ。

彼女は肉弾戦に弱い錬金術師だ。恐らくその発言も冗談なんだろうが、シトリーには冗談をただの冗談では済まさない凄みがある。

空は雲ひとつない快晴だったが、僕の内心は不安でいっぱいだった。

§

交渉の場の指定は、探索者協会帝都支部の隣の酒場――『挑戦者の学び場』だった。

二十四時間三百六十五日、宝物殿帰りのハンター達で賑わうそこは帝都でも最も有名な酒場だと言われており、新鮮な帝都近辺の噂を知るのならばここに来るべし、とされている店だ。

酒や料理の質は良くないが値段も安く、貧窮しがちな新米ハンターが集まって賑やかにやっているのをよく見る。席数も多く、予約も取れるため話し合いにはピッタリの店だ。

僕も何度も来たことがあるが、リィズとルークが出禁を食らってからは足が遠のいていた。

何時からいるのか、昼間にも拘らず飲んだくれているハンター達をかき分け、待ち合わせの卓に向かう。

遠目に席を確認する。卓を囲むハンター達の姿に、僕は思わず脚を止めた。

シトリーも珍しく目を見開き、驚いたように唇に指を当てている。

「あー……これはこれは……」

これは参ったな……。

一縷の望みを掛けて周りを確認するが、待ち合わせの卓が間違っているわけでもなく――そこにいたのは、この間、リィズが黄金亭でぶん殴ったアーノルド・ヘイルとその仲間たちだった。

八人でパーティを組んでいるハンターなんてそんなにいないので間違いない。

この時期、外部から入ってくるハンターなんて腐るほどいるはずなんだが、どうして僕はこう引きが悪いのだろうか……。

こっちの戦力はシトリーだけだ。相手が前衛型のレベル7が相手では、揉め事が起こった時にどうしようもないだろう。

もう帰ろうかな……。

一瞬そんな考えが脳裏を過るが、今回の交渉にはマーチスさんが絡んでいる。忙しい中、わざわざひと手間掛けてこの場をセッティングしてくれたのだ、いくらティノにデレデレしているロリコン疑惑のある爺さんだからといって、顔を潰すわけにはいかない。

そもそも、前面に出たのはリィズだ、もしかしたら僕の事は覚えていない可能性もある……あるはずだ。

そうだ、覚えていないに違いない。僕の顔は自分で言うのもなんなんだが地味だし、座っていたのも一番奥だった。少なくとも、僕がアーノルドの立場だったら――忘れる以前に、記憶すらしないだろう。

立ち尽くしたまま何とか自分を奮い立たせようとしていると、そんな僕の事を気に止めることなくシトリーが卓に近づいた。

つい先日トラブルを起こした相手なのにすごい胆力である。まだ覚悟は決まっていなかったが一人で行かせるわけにもいかず、慌ててその小柄な背中を追う。

接近してくる影に、アーノルドが顔を上げる。相変わらず不機嫌そうな目付きだ。

どうか、忘れていてくれ。そんな僕の決死の願いも通じず、その表情が激しく歪んだ。

隣の取り巻きAが僕とシトリーを見て甲高い声をあげる。

「あ、てめえらは――」

「今日は交渉に応じて頂き、本当にありがとうございます。アーノルドさん!」

その表情にも怯むことなく、シトリーが先制で明るい声をかけた。

双眸が演技ではなく、きらきらと輝いていた。

そういえばシトリーは、アーノルドのような男が好みだった、か……。その輝くような笑顔に消沈するように取り巻きAの声が消えゆく。

アーノルドがこれ見よがしに舌打ちをして、顎で対面の席を指し示す。

僕は緊張にきりきり痛む胃を抑えながら、腰を下ろした。

そして、交渉が始まった。

§ § §

アーノルド・ヘイルは予想外の交渉相手に、どうしていいものか決めかねていた。

初日に酒場で打ちのめされた因縁のある相手だ。だが、すぐさま殴りかかるほどアーノルドは愚かではない。

煮えたぎるような怒りの感情を抑える。何より、今この場にはアーノルドに直接手を下した女がいない。これではたとえこの場の全員を叩きのめしたところで気は晴れない。

アーノルドが黙っているため、声を上げかけた他のメンバーも口を噤んだ。

皆思う所はあるようだが、今は雌伏の時だ。

相変わらず、《千変万化》は得体の知れない男だった。

アーノルドを前にして、平然とした表情。肉体はハンターにしては細身で、筋肉もあまりついていない。あまり強そうには見えない、優男だ。武器も持っていないが、ネックレスにイヤリング、その手には各指にはめられた指輪――。

近接戦闘職ではないのだろうか? 《千変万化》がどういうスタイルで戦うのかはいくら調べても全く出てこなかった。

何にせよ、先日敵対行動を取ったばかりのレベル7の男を前に平然としているのだ、只者ではないだろう。

逆に、連れ立った隣の女は静かなエネルギーに満ちていた。髪の色と眼の色、顔立ちは以前アーノルド達を叩きのめした《絶影》に似ているが、あちらが『動』ならばこちらは『静』だ。

容貌は整い、日に焼けていない白い肌には傷一つない。その一挙一動はしとやかだが、同時にそこには隙がなかった。

擬態はしているが、よく見るとその身に秘めるエネルギーが《絶影》と大きく変わらない事がわかる。

アーノルドにその擬態が見破れたのは、この女の擬態が《千変万化》の物より下だからだろう。

《嘆きの亡霊》のメンバー。間違いなく強者の一人だ。

唇を舐める。

だが、今の立場はアーノルドが上だ。

預けていた宝具について、交渉で買い取りたいと言っている者がいる。

そんな連絡を受けた時は随分物好きがいるものだと思ったが、まさかあの《嘆きの亡霊》だったとは。

もともと、酒代一回分にでもなればいいと思っていた品だ。だが、それを欲しがる者がいるとなれば話は別である。

一部のクズ品を除き、役に立つ宝具というのは高額だ。場合によっては億を超える値段で取引される事もある。

自己紹介を終え、シトリーを名乗った女が笑顔で言った。

「クライさんは、変わった宝具の蒐集が趣味なのです。それで、あのアーノルドさんの宝具も目に止まって――」

「ネブラヌベスからわざわざ持ってきた珍しい品だ。手間もかかってる。そんなに安い値じゃ売れねえ。力がなくても好事家に売れる品だ。そうでしょう、アーノルドさん?」

エイがシトリーの言葉に、にやにやとした笑みを浮かべ、アーノルドの表情を窺う。

なるべく高く売る。相手がアーノルド達を超える高レベルのハンターならば金も持っているはずだ。

エイの言葉はブラフだ。少なくとも、あの仮面はネブラヌベスでは引き取り手がいなかった。珍しいもの好きの貴族でも物は選ぶ。呪われているようにしか見えない肉の仮面なんて欲しがる者がいるわけがない。

シトリーが口元を抑え、困ったような表情をする。

「なるほど……事情はわかりました。しかし、残念な話ですが――この帝都でもあの気味の悪い仮面を欲しがるような者はいないでしょう。クライさんも、どうしても欲しいと言っているわけじゃない」

まだ交渉はジャブの段階だった。

その声を聞き、《千変万化》の眉がぴくりと動いた。

表情が一瞬歪む。それを見て、エイが困惑を浮かべる。

あまりにもわかりやすい表情の変化だった。ポーカーフェイス以前の問題だ。

ここまであからさまだと、本当に動揺したのか、そう見せかけているだけなのか、判断がつかない。

やはり油断のならない相手という事か。

「俺たちも売りたくないと言ってるわけじゃあない」

「恐らく、競売で売るよりもこちらで買い取った方が高くなるでしょう。あの品を競り合う相手がいるとは思いません。それは、高レベルに認定されているアーノルドさんも同じ考えなのでは?」

図星だった。アーノルド達は、鑑定を依頼する時にも、事前にそういう話を聞かされていた。

ハンターも貴族も宝具の購入には慎重だ。

数としてはそこまで多くないが、宝具の中には持ち主にリスクを与える品がある。そして、そういった宝具は総じて『そういう』見た目をしている。

宝具において、見た目が悪いというのは大きなデメリットなのだ。

「フェアじゃねえな」

そこでアーノルドは腕を組むと、椅子の上でふんぞり返った。シトリーではなく《千変万化》を睨みつけ、力を込めて言う。

「あれは、俺たちが苦労して発見した品だ。だが、俺たちはその効果をまだ知らねえ。強力な宝具を二束三文で買い叩かれちゃ、堪ったもんじゃねえ。捨てた方がマシだ」

あの仮面は、鑑定できない可能性もあると言われていた。

宝具の鑑定方法は大きく分けて二種類、存在する。蓄積した情報を元にした調査と、試しに起動してみる試用だ。

前者で判断がつかない場合は後者にもつれ込むが、鑑定士も人間である。明らかに危険な宝具は鑑定不可能品として差し戻される事がある。実際にあの仮面はネブラヌベスで差し戻しを受けている。

アーノルド達が品を持ち込んだ鑑定士は、鑑定士歴数十年、この帝都でも腕利きとして有名な男だ。その男が差し戻すような品となれば、この街で鑑定出来る者はいないだろう。

そうなれば、それこそあの仮面はコレクション目的くらいでしか売れなくなる。

「そっちは効果に想像がついていると見える。このままじゃ、値段をつけられない。どんな力を持っているのか、教えて貰おうか?」

それはただの揺さぶりだった。

情報は金を生む。教えろといって素直に教える者がいるわけがない。だが、それが値段を上げる材料の一つになればいい。

隣のシトリーが呆れたように眉を顰めている。

そして、隣の《千変万化》は真面目な顔で口を開いた。

「それは……言えない」

「ふん……」

予想通りの回答だ。アーノルドが声を荒げ、文句をつけようとしたその時、《千変万化》は困ったような笑みを浮かべ、予想外の事を言った。

「でも一つ言える事があるとすれば――僕の予想が正しければ、あれは、少し危険なんだ。この国の法でも使用が制限されている。さっさと手放したほうがいい」