軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

71 金策

宝具店を出て、足早にクランハウスに向かう僕に、ティノが控えめな声で尋ねてくる。

「ますたぁ……その……お金が足りなかったのではないのですか?」

「ようやく出会えたんだ……あの宝具を見逃すわけにはいかない」

確かに僕は借金をしている。だが、この機会を逃せば『 転換する人面(リバース・フェイス) 』が眼の前に現れることは二度とないだろう。

犯罪に最適な『 転換する人面(リバース・フェイス) 』の所持が違法ではないのは、宝具の所持自体を違法にしてしまうと、ハンターが宝物殿から宝具を持ち帰るのに支障が出るからである。

ゼブルディアはトレジャーハンターの力により発達した国だ。宝物殿で発見される宝具は鑑定士でもなければ能力の判断がつかない。命懸けで持ち帰った宝具の違法性が発覚し捕縛されてしまえば、ハンター達は誰も帝都に宝具を持ち帰らなくなる。

『 転換する人面(リバース・フェイス) 』に限らず、帝国はあらゆる宝具の所持を法律で認めている。

だが逆にそれは――所持が罪にならないだけであって、違法性の高い宝具が店頭に並ぶかというとNOだ。まともな思考をしていれば、使用が罪になる宝具を売ろうなどとは思わない。

店舗に並ばない宝具を手に入れる手段は限られている。ましてや、僕が生きている間には再出現しない可能性すらあるのだ。

これは千載一遇のチャンスである。親を質に入れてでも入手すべきだ。

「……ティノさ……その……さ、貯金いくらある?」

「!?」

「いや、参考だ。ただの参考までに、だよ。シトリーに借りるから大丈夫だ。うん、大丈夫」

しかしついこの間借金について話し合ったばかりだ。タイミングが悪すぎて胃がムカムカする。

「ますたぁ……そ、そこまで――」

ティノが身を引き、愕然とした表情で『あの宝具は、ますたぁがそこまで言うほどの代物なのですか? 以前、持っていた気持ち悪い仮面に少し似ていますが……』などとつぶやいている。これが甘味処を一人で回るため、などと言ったらどんな顔をされるだろうか。

大丈夫。シトリーから借りれば大丈夫だ。いくら便利な違法宝具でも、そこまで高額になるとは思わない。

シトリーちゃんは錬金術師である。その名のごとく、金を作るのだ! 何をやって稼いでいるのかは知らないが、億単位の金をぽんと出せるような人間だから大丈夫なのだ!

いつかクライ・スマートになることになりそうな気がして凄く怖い。

クランハウスの前には大型の馬車が止まっていた。

黒く磨かれた如何にも金がかかっていそうな馬車だ。引くのは黒い毛色の立派な体格の馬が二頭、まるで威圧するかのように周囲に視線を向けている。

車体には交わる三本の剣を模した紋章が刻まれていた。

ティノがそれを見つけ、怪訝な表情を作る。

「グラディスの家紋……? かの家はハンターを嫌っていたはずですが……」

グラディス伯爵。世間知らずの僕でも知っている。ゼブルディアに所属する力を持つ貴族の一人だ。

ゼブルディアの『剣』とも呼ばれ、長きに渡り帝国を守ってきた武家である。

所有する領地はそこまで広くないが領内に多くの宝物殿を擁し、配下の騎士団を定期的に送り込む事によってハンター顔負けの強力な兵を多く持つという。宝物殿の多いゼブルディアでは、騎士団の面々は皆、大なり小なりマナ・マテリアルを吸収しているが、グラディスの有するそれは格が違うらしい。

僕達、《嘆きの亡霊》はあまり貴族とかかわり合いにならないように気をつけているので、詳しくは知らないが、ティノの言う通りハンター嫌いな貴族の代名詞とも言える家だ。

以前どこかのパーティで当主と顔をあわせた事があるが、射殺すような凄い眼で睨まれたのを覚えていた。

通りすがりの人が皆、訝しげな表情で馬車を見ているのも、かの家がハンターを目の敵にしているのを知っているからだろう。

また面倒事だろうか? ハンター嫌いの家の馬車がどうして事もあろうに《足跡》のクランハウスの前に止まっているのだろうか?

嫌がらせで来たわけではないだろう。だが、何か依頼があって来たとしても、まずは探索者協会を通すのが筋なはずだ。

ティノがじっと僕を見上げ言葉を待っている。

今忙しいっていうのに、面倒くさい。土下座したら帰ってくれないかな。

そんな不敬な事を考えていると、ふとエントランスの扉が開いた。

「お見送り、ありがとうございました。エクレール様。グラディス卿によろしくお伝えください」

「うむ。気にする事はない。ハンターはあまり好かぬが、武人は別だ。アーク、またそなたの剣を見る事ができる日を楽しみにしている」

「あッ――」

現れたのは、アークと白いドレス姿の女の子だった。周囲には警備のためだろうか、磨き上げられた軽鎧を装備した騎士が何人も囲んでいる。

待望の姿に思わず出かけた声をぎりぎりで止める。共に現れた女児が明らかに貴族階級だったためだ。

僕は幼馴染と違って貴族に楯突く程喧嘩っ早くないが、学がないし育ちもあまり良くないので貴族がいる場ではなるべく黙るようにしていた。

少女が、いきなり声を上げかけた僕をじろじろと見上げる。シミひとつない白い肌と透き通るような青の眼は将来少女が美しく育つことを保証しているが、その目付きはどこかこちらを見下した傲岸不遜な物だ。

年齢は十に入ったかどうかだろうか。僕達はその頃はハンターになるのに夢中だったが、この年でここまで鋭い眼差しをするとは、貴族の教育というのはさぞ厳しいものなのだろう。

純白のドレスは普段着のようで、自然体に着こなすその姿は確かに上に立つ者特有の威容があった。

装飾がほとんどないドレスと、腰に帯びた装飾過多な短い剣がその少女の由来を示している。

甲高い声で、少女が命令してくる。

「何だ、貴様は? 邪魔だッ、そこをどけろ」

「ま、ますたぁになんて口――むぎゅッ!」

前に出て反射的に噛み付こうとするティノを後ろから抱きしめ、右手で口を塞ぐ。あからさまな厄介事に首を突っ込もうとするなんて、リィズちゃんかな?

穏やかな笑顔を浮かべたまま道を開けようとする僕に、アークが爽やかな笑みを浮かべながら余計な事を言った。

「ああ、クライ。今帰ったよ。グラディス卿のご厚意で馬車まで出してもらって……彼女は卿のご息女のエクレール様だ」

また新たなハーレムかな? いくらなんでもこの年齢はダメなのではないだろうか。まさかアークにロリコンの気があるとは思わなかった。

出そうになる軽口を全力で抑える。ダメだ、まだ言ってはいけない。当のご息女の前でそんな事言ったら僕の首が飛んでしまう。

僕とアークは割と仲が良く軽口を叩き合う関係だが、そのご息女とは今出会ったばかりなのだから。

しかし、アークを呼んだ貴族はサンドライン侯爵――ハンターに対しても穏健派だったはずだ。何故事もあろうにグラディスの息女を持ち帰ってきたのだろうか? ……当主を連れてくるよりはいいけどね。

エクレール様は、アークの言葉を聞き、目を剥いた。足元から頭の先まで睨めつけるように見る。

「…………貴様が、あの《千変万化》か。お父様からよく話は伺っている」

言葉と態度は仰々しいが、声は子供特有の甲高いものだった。

いくら僕でも子供の言葉に怯えたりはしない。

エクレール様がはきはきした口調で続ける。周りを守っている騎士たちの表情が強張っていた。

「お父様の仰る通り、存外に弱そうな男だ。貴様がこのアーク・ロダンを越えたハンターだなど、とても信じられん」

「…………」

「探索者協会も落ちたものだ。金で地位でも買ったか? 薄汚いハンターめ、恥を知るがいい」

「…………」

「…………ここまで言われて、何故何も言わん? 貴様にプライドはないのか?」

お嬢様が、何故か一歩退いて、不気味な物でも見たかのような表情で問いかけてくる。

僕は止めていた呼吸を再開し、なるべく不敬に聞こえないように穏やかな声で言った。

腕の中のティノが身じろぎしているが、それは無視だ。

「僕は育ちが悪く、礼儀も知らないのでなるべく口を慎むようにしているのです」

「ッ!? ん…………えっと………………こほんッ! う、うむ。よ、よい心がけだ」

エクレール様が出鼻をくじかれたかのように左右を見回し、小さく咳払いして言う。

貴族の機嫌を損ねてもメリットは何もない。僕は権威を盾に利益を貪れる立場ではないし、この少女が言うようにプライドもないので土下座で済むのなら土下座するのだ。……土下座するからお金貸してくれないかな。

エントランスで待機していた品のいい初老の男が小さな声でエクレール様に言う。

上下ともに黒の執事服で固めた男だ。恐らく、彼女のお目付け役なのだろう。

「お嬢様、そろそろお時間です」

「う、うん!」

その言葉に助けられたかのように、エクレール様が勢いよくアークを見上げる。

「では、アーク。また相見えようぞ。グラディス領を訪れる時は、当家に連絡するがいい。また剣の稽古をつけてくれッ!」

貴族のご令嬢に剣の稽古とは、アークも苦労していそうだ。

言いたいことだけ言うと、最後にエクレール様は僕をきっと睨みつけ、お付きの者たちを伴い馬車で去っていった。

嵐のようなご令嬢だ。大人になったらリィズのようになるのだろうか……ならないか。

ようやく呼吸が戻る。物珍しそうにこちらを窺っていた野次馬達が離れていく。

アークは馴れ馴れしく近づくと、物腰柔らかに謝罪の言葉を出した。

「連絡もせず、いきなり馬車で乗り付けて悪かったね。どうしてもと言われてしまって断りきれなかった」

アークだ。アークだ。カードで言えばジョーカーである。これで厄介事が起こっても全て解決できる。できればあまりクランハウスを空けないで欲しいところだ。

「ちょうど良かった。アークさ、お金貸してくれない?」

「え?」

《 始まりの足跡(ファースト・ステップ) 》最強を誇る男は、間の抜けた表情で僕を見た。