軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67 強敵

帝都の中心部にあるトレジャーハンター向けの高級宿の一室に、八人のハンターが集まっていた。

貴族や商人の使う物とは異なり、ハンターを対象とした宿は高級感より質実を取っている。

魔物の素材の保存を可能とする冷蔵室や、ミーティングルーム、血まみれになった武具を洗うための整備室など、宝物殿の探索を続ける上で有用なものがあらかた揃っていた。

家具の一つ一つは力の強いハンターでも壊れないように頑丈にできており、部屋の大きさもパーティで使えるように非常に広い。

以前まで拠点としていたネブラヌベスの宿と比べても非常に充実した設備だったが、上座に座るアーノルドの顔色は優れなかった。

原因は、ガーク支部長から受けた言葉だ。

ぐるりとパーティメンバーを見渡し、どこか低い恫喝するような声で確認する。

「噂は集めてきたな?」

「は、はい。どうやらこの地では有名なハンターのようで――」

汗を掻きながら、パーティの副リーダーであるエイが説明を始める。

《千変万化》。

ガーク支部長が言っていた、《絶影》の飼い主にして、本気か冗談か、アーノルド達に『食いたいから』、という理由で雷竜の討伐を依頼してきたハンターの二つ名。

本来ならば、アーノルドに一方的に殴りかかった女の所属するパーティのリーダーというだけで敵対するに値する存在だが、殴り込みをかけるにはあまりにもリスクの高い相手だった。

雷竜(サンダードラゴン) の討伐はアーノルド達の重ねた実績の中でも最たるものだ。

霧の国で猛威を奮ったかの竜は、確かに国をも平らげるだけの力を有していた。

アーノルド達が挑む前に何組もの高レベルハンター達が撃退に失敗した、まさに――絶対強者。アーノルドがレベル7に認定されたのも、二つ名を与えられたのもその討伐がそれに値する偉業だったからである。

雷竜(サンダードラゴン) 。

巨大な体躯と、強固な鱗。空を縦横無尽に浮遊し、回避が困難な雷のブレスと、並の剣を遥かに超える切れ味を持つ長い刃のような尾を武器とする、竜種の中でも上位に認定された竜。

直接相対したのはアーノルド達、《 霧の雷竜(フォーリン・ミスト) 》だが、その討伐の準備には無数のハンター達の協力があった。

場を整え、機を窺い、万全の装備と対策を打った上で罠に掛けた。

国の滅亡がかかった負けられない戦いだ。万全を期した上で、死闘は数時間にも及んだ。

探索者協会の設定した討伐推奨レベルは7だが、実際に相対したアーノルドから言わせてもらえば、認定レベルが甘すぎる。

運良く討伐は成ったが、一歩間違えればアーノルド達は死んでいただろう。その素材から作った強力な武器を持ち、あれから幾度もの死線を潜った今でも、戦えばただでは済むまい。

宝物殿でどんな苦境に陥っても、あの雷竜よりはマシだと思えば奮起できた。

死骸は解体され、霧の国は潤った。協力したハンター全員に分配しても相応の金額が渡った。

その討伐難度に相応しいかどうかは別として、竜種というのは全身が宝だ。骨や鱗、体内に有する宝玉は当然として、その血肉もポーションの素材として需要がある。

命懸けで得たその素材の一部を食用にするなどまさしく狂人の発想だ。もしもどこかでそれを吹聴するようなハンターがいたとしても、笑い飛ばして然るべき内容である。

だが、その言っている相手が高レベルのハンターだったらまた話は別になる。

「ゼブルディアのハンターといえばロダンが有名だったが――くそっ、レベル8、だと……」

情報を聞き、アーノルドが大きく舌打ちした。

レベル8。雷竜を殺したアーノルドよりも高いレベルに認定された男。

幻影を相手にした命懸けの戦闘を物ともしない《 霧の雷竜(フォーリン・ミスト) 》のメンバーの表情も、どこか不安に歪んでいる。

マナ・マテリアルによる飛躍的な能力向上があるトレジャーハンターは、力量差が大きい。

平均的なハンターとアーノルドの間にはまさしく天と地程の能力差があるが、それはさらに上位レベルのハンターとアーノルドの間にも同様の事が言えるという事を示している。

ネブラヌベス付近には宝物殿が五つしかなかった。

それでも、五つの宝物殿はそれぞれ異なるレベルに認定されたものであり、周辺諸国と比較すれば恵まれた方だったが、あらゆるレベルの宝物殿が無数に揃っている帝都と比べれば雲泥の差である。

この地には、ネブラヌベスの宝物殿で限界まで成長したアーノルド達を更に高める高レベルの宝物殿が幾つも存在している。

霧の国最強と呼ばれた《豪雷破閃》は、この帝都では通用しないのではないか。いや、通用したとしても――そこまで高いランクにないのではないか。

ある程度の予想はしていた事だが、その力故に、畏怖され続けてきた《 霧の雷竜(フォーリン・ミスト) 》にとって、その事実は想像以上に重かった。

認定レベルは必ずしも強さを表しているわけではないが、その《千変万化》が雷竜をおやつ感覚で狩れるのだとすれば、少なくとも――アーノルド達全員よりも上という事になる。

「この地には、あの『 雷竜(サンダードラゴン) 』を食い物にするような連中がわんさかいるのか? だが、酒場には大したハンターはいなかったはずだ」

「で、ですがアーノルドさん。俺が見た《千変万化》は――雑魚のようにしか……」

「……くそっ!」

恐る恐る出されたエイの言葉に、アーノルドは激しく床を踏む。

ハンターにとって舐められるのは致命傷だが、敗北が確定している戦いに挑むのもまたハンターのすべき事ではない。

ガークの浮かべた揶揄するような目付きが脳裏にこびりついている。あの目は――《千変万化》が《豪雷破閃》を凌駕していることを確信している目だ。

雷竜の納品依頼もその一環だろう。

本来の予定ならば、帝都のハンター達に存在感を示し、ネブラヌベス付近で手に入れたアイテムを高値で売り払った後に、腰を落ち着けてこの地の宝物殿を一つ一つ潰していくつもりだった。

だが、最初の一歩で躓いてしまった。

幸いなのは、あれをやったのが有名なハンターだという事だ。

エイ達が聞き込み調べた《千変万化》の情報は、その真偽はともあれ、予想以上のものだった。

曰く、未来を見通す目を持つ男。

曰く、ただの一つもミスなくレベル8に至った男。

曰く、二つ名持ちのみで構成されたパーティのリーダー。

誰もがその名を知り、そして誰もがその実力を知らない、謎多きトレジャーハンター。神のような男だという情報もある。

あの、ネブラヌベスまで名が轟くロダンをも従えているとなれば、その実力に疑いはないだろう。

間違いなくこの帝都でも有数のハンター、それに負けたところでそこまで悪評は広がるまい。

アーノルドは、砕けんばかりに歯を食いしばり、ふつふつと煮えたぎるような怒りと寒気を押し殺し、決定を下した。

「ッ…………様子を見る。まずはやるべきことをやる。態勢を整える。情報が足りていない」

アーノルド達は正々堂々を重んじる騎士ではない。ハンターだ。

強者を相手にするにはそれなりの準備を必要とする。打ち勝とうとするのならば尚更だ。

メンバーの一人がその声に込められた激情に、ぞくりと肩を震わせた。

「あの……雷竜の納品依頼はどうします?」

「挑発に乗るつもりは……ない。正式に依頼を受けたわけでもない」

まずは情勢を見極める事。弱点を探すこと。

二つ名のみで構成されたパーティに巨大なクラン。相手はあまりにも強大な相手だ、だが、だからこそ絶対につけ入る隙はある。

雷竜以来の強大な目標に、金色の瞳が昏く輝く。広々とした部屋に熱気が渦巻いていた。

§ § §

「……一体、どうしてこんな事になっているんですか……?」

借金メモをパラパラ確認したエヴァが震える声で言う。

口元が戦慄き、目が大きく見開かれていた。いつも冷静沈着なエヴァらしからぬ表情だ。

流石の僕も、いつものように椅子にふんぞり返る気にはならず、腕を組み、考える振りをする。

《嘆きの亡霊》の収入は等分だが、宝具や魔物の素材など、手に入れたアイテムの中でパーティメンバーが望むものがあった場合、そのメンバーが適正価格より少し下の値段で買い取り、その分のお金を配るルールになっていた。

まぁ僕達は気心の知れた仲だったし、メンバーの殆どは物欲が薄めだったのでその辺りはなあなあでやってきたのだが、借金が自然と増えてしまったのは、本来のハンターの大きな収入源である宝具の殆どを僕が買い取ってしまっていたからだろう。

お金なんてないので、買い取る度にその分は皆から借金したことになっていたのだが、新メンバーとしてエリザを入れたあたりから一番余裕のあるシトリーが肩代わりしてくれるようになっていた。

完全に甘えている状態である。今まで目を背けていたがこれは非常にまずい……かもしれない。

エヴァは僕の私室に所狭しと並ぶ宝具を知っている。ついでに財布の中身や貯金の額も知っている。半ば秘書扱いである。どうしてこんな状態に陥っているのかも、何となく予測できているだろう。

「いや……欲しい宝具がありすぎて――」

「…………超一流のハンターでもそう簡単に稼げない額ですよ? 次から次へと新たな宝具を持ち込むので、不思議に思っていました……」

「うんうん、そうだね……パーティが攻略する宝物殿のレベルが上がるにつれて持ち帰ってくる宝具も高価な物になっていたから、どんどん借金も膨らんだんだね……」

これまで誰も指摘してこなかったのが不思議なくらいである。あまりにも膨大な額で全く実感が湧かない。びっくり。

エヴァが前髪を掻き上げ、額を押さえる。張本人である僕よりよほど深刻そうな表情だ。

「……たまにクランの運営費を引き出して宝具を買っているのは知ってましたが……すぐ返していたので油断していました」

うんうん……シトリーが穴埋めしてくれたんだね。もう結婚するしかないかな?

動機が……不純過ぎる。

「い、一応聞いておきますが……外部からは借りてませんよね?」

「シトリーからだけだね」

というか、他の人から借りた物もあったのだが、全部シトリーが代わりに返してくれたのだ。

宝具は僕の生命線だ。だからこそ一切妥協していなかったのだ……が、もう少し考えて行動した方が良かったのかも知れない。もう結婚するしかないかな?

エヴァの掛けたスリムな眼鏡がきらりと光る。思案げな表情をしたのは一瞬だった。

すぐに大きくため息をついて言う。

「…………はぁ。まぁ、《 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 》なら、一、二年あれば何とかなると思いますが……利子がなければ」

今の状況でもけっこういっぱいいっぱいなのに、果たして僕は一、二年もハンターを続けられるのでしょうか。

「……甘味処で何とかならない?」

「何言ってるのか全然理解できないです」

「よし、決めた! 借金を返すまで……宝具の購入は控えよう」

決意を込めた言葉だったが、エヴァの目はどこか懐疑的だ。

今まで、ぽんぽん新しい宝具を買って、その度に自慢していたのだ。信用されないのも致し方ないだろう。行動で示すしかない。

ついでにやる気も見せておこうか。

「後……そうだな。僕も副業――いや、そこまでいかなくても、そうだな……アルバイトでもしようかな」

「やめてください」

「そうだな……占い師とかどうだろう。スキルとか知識とか何もないけど当てずっぽうでも何とかなる気がしない?」

「や……やめてくださいッ!」

半ば冗談の言葉だったのだが、エヴァの声は必死だった。その顔は借金額を知った時よりも青ざめている。

ただの提案だったのだが……まぁ、自分のクランのマスターがインチキ占い師を始めようとしたら必死で止めもするか。

そもそも帝都には高い的中率を誇った本物の占い師もいるし、すぐに化けの皮が剥がれて終わりだろう。

「……どこかの商店で売り子でもしようかな」

「やめてください」

「掃除とかどうだろう。ドブさらいとか、人手不足で探協にも依頼が出ている奴、あるじゃん?」

報酬も低いし、ハンターじゃなくてもできる仕事なので受ける者は滅多にいないらしい。

「……やめてください。本当に、お願いします……クライさん、貴方自分の立場わかってますか?」

「ハンターってのは自由なものだ。仕事に貴賤はない。レベル8がドブさらいしてもいい。そう思わない?」

「思いません。リィズさん辺りが大暴れするのでやめて下さい」

なるほど……やってみないとなんとも言えないが、確かにあるかもしれない。

しかし参ったな……そうなると、僕はどうやって稼げばいいんでしょうか。

特殊技能がなく、人並みの能力しか持っていないのにレベルが不釣合いに高い。

煮ても焼いても食えない。ただの無能よりよほど質が悪いのではないだろうか。ゲロ吐きそうだ。

僕にはリィズやシトリーやルシアやティノに貢がせることしか出来ないのか。ゴミクズかな?

「副業というか……ソロで宝物殿に潜ったらいいんじゃないですか? ハンターなんですし」

エヴァも僕に死ねと言っているようだ。

力を抜いて情けない笑みを浮かべる僕に、エヴァが魂の抜けるような長い溜息をついた。

「ほら、そんなに情けない表情しないでッ! …………幸い、元手はありますし、時間をかければ多少資金を増やすことはできると思います。クライさんは何もやらないでください! いいですね? これ以上借金を増やすのもなしです。パーティーの崩壊は金銭トラブルが原因になることが一番多いんですから」

それって僕、何もやってないよね?

……僕にはエヴァに貢がせることしか出来ないのか……。シトリーに借りるのと何が違うのかな?

助かるけど、エヴァにはエヴァの仕事がある。大きくなったクランの運営だけで相当の負担があるはずだ。

それプラス借金の尻拭いなんて、申し訳無さ過ぎる。ダメ人間過ぎる。

「クライさんは自信満々に構えていて下さい。貴方がしっかりしているだけで、私も色々やりやすくなるんですから」

「……エヴァの言うしっかりの基準ってだいぶ低いよね。黙って座ってろって事だよね?」

「…………」

目を逸らされてしまった。曲がりなりにもクランマスターとしてどうなのだろうか。