軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

58 手遅れ

「そういやシトリーさ、最近忙しかったみたいだけどもういいの?」

優秀なトレジャーハンターは別の顔を持つ事が多い。

うちのメンバーで言うのならば魔導師として卓越した力を誇るルシア、回復魔法を修め四肢の欠損すら癒せるアンセム、そして錬金術師としてあらゆる知識を修めたシトリーは様々な機関から声がかかっており、多忙だった。

変な二つ名を受けてしまってからは、ラウンジにもほとんど顔を出さなかったはずだ。

といっても、彼女の研究室の一つはそもそもクランハウスの三階にあるわけで、僕の元にはちょこちょこ来てはいたのだが、最近入ったクランメンバーの中にはシトリーの顔を知らない者もいるのではないだろうか。

「いえ……実は、最近、入り浸っていた研究室で……首になってしまって……」

「!?」

隣を歩いていたシトリーの何気ない言葉に表情に出さずに驚く。

シトリーは優秀である。変な二つ名がついているので敬遠される事もあるだろうが、その技術はかつてこの帝都で『最優』と称された程だ。

門前払いを食らうのならばともかく、首になるなど信じられない。

友人として慰めの言葉の一つも掛けてあげるべきだろうか。

なんというべきか迷っていると、シトリーが思案げな表情で続ける。

「……まぁ、首というよりは……研究室が……なくなってしまったというべきですけど。なんというか……もう! ……クライさんの知っての通り、です。私の力不足でした……恥ずかしいです」

シトリーが頬をかすかに染め、恥ずかしそうにうつむく。

なるほど……所属していた研究室が潰れたのか。僕は勝手に納得した。

最近の帝都の景気は悪くないが、潰れる商会だってなくはない。錬金術はまさしく金を生む学問だが、それだって金になる研究とならない研究はあるだろう。

シトリーは天才だが神ではないわけで、錬金術師であって商人ではないわけで、全てを上手く回せるわけではないわけで、どういう事情かは知らないが一人優秀なメンバーがいた程度ではどうしようもない状態だったのだろう。

知っての通り……というのはよくわからないが、もしかしたら僕が知っていて当然の大きな研究室の話なのだろうか。

「まぁ、そういう事もあるさ。失敗から学べばいいんだ。シトリーなら次はもっと上手くやれるよ」

「……そう、ですね」

「錬金術師のことはよくわからないし、どこの研究室が潰れたのかも知らないけど……シトリーの事は知ってる」

頭が良く器用で好奇心旺盛で努力家でそして――若干変わっているが才色兼備の女の子だ。

僕から見ると、ちょっと物事を深く考えすぎるきらいがあるように見えるが、それだって欠点ではないだろう。僕が考えなさすぎなだけであった。

「……そうでした。クライさんは何も知らない。ですね」

「なんなら続きをクランハウスの研究室でやってもいいし……」

「!?」

何気なく出した言葉に、シトリーが顔を上げ、こちらをじっと見つめてきた。

何かおかしな事でも言っただろうか?

確かに僕は部外者だ。シトリーがやっていた研究の事なんて知らないし、説明されても理解できないだろう。

だが、クランハウスの錬金術師用の設備は最先端のものが揃っている。揃えたのはシトリー本人だ。部屋も広めにとってあるし、不足はないはずだ。

まぁ、設備以外の理由で研究を続けられない可能性も十分有りうる……が……。

シトリーはしばらく迷ったようだったが、にっこり笑みを浮かべて言った。

「……ありがとうございます。でも、クライさんに迷惑を掛けちゃいそうなので、やめておきます」

気にしなくていいのに……そう言いかけて、ギリギリで止めた。

僕とシトリーは互いに遠慮をするような仲ではない。迷惑を掛けちゃいそうというのならばそれは、本当に迷惑を掛けかねない危険な実験なのだろう。

例えば、設備が足りていなかったり一人でやるにはあまりにも手が足りていなかったり。

力になれないのは悲しいが、素人が余計な事を言うべきじゃない。

シトリーが手を合わせて明るい声で言う。

「それに、大丈夫です。すぐに次の研究室を見つけるので。次はもっと上手くやります」

「うんうん、そうだね。まぁ、ゆっくりやりなよ。身体を休めるのも大切だ」

シトリーならすぐに次の伝手も見つかるだろう。僕にできる事はなさそうだ。

結局出てきたのは適当極まりない慰めの言葉だったが、シトリーちゃんは嬉しそうに頷いた。

§

ラウンジには日中にもかかわらず見覚えのある顔ぶれが揃っていた。

恐らく『白狼の巣』の異常調査という大きな仕事を終えたばかりだからだろう、皆今日はお休みのようだ。

トレジャーハンターなどといっても、毎日宝物殿に赴くわけではない。宝物殿の探索には事前準備は不可欠だし、装備のメンテナンスや体調を整える必要もある。

足跡のラウンジはそんなハンター達にとって憩いの場だった。同じクランの仲間と情報収集もできるし部外者もいない。食事や飲み物に金もかからないとなれば時間を潰すのには格好の場所だ。

シトリーが目を細めまるで値踏みでもするかのようにラウンジをぐるっと見回す。

「なんかここに来るのも、久しぶりです……」

『嘆きの亡霊』も定期的に皆でご飯を食べに行ったりしているが、基本的にラウンジは使わない。他のパーティに喧嘩をふっかけ始めるからである。

もちろん止めるんだが、仲間内で険悪な空気を作るくらいなら外に行ったほうがいいという悲しき判断であった。特にルークの剣が軽すぎる。

「『 星の聖雷(スターライト) 』はいないみたいですね」

「……上位パーティは忙しいからね」

そう言えば『 星の聖雷(スターライト) 』は白狼の巣の探索にも参加していないんだったな……すっかり忘れていた。

たむろしていたパーティがぽつぽつと僕の姿に気づき始める。訝しげな表情をする者、顔を顰める者、目を輝かせる者。こちらに手を振る者。

シトリーが思案げな表情で指を折っていた。

「 魔導師(マギ) の数は……八人、か。 魔力回復薬(マナポーション) はハイクラスの物が十ダースと三本あるから……」

「 魔力回復薬(マナポーション) ってめちゃくちゃまずいよね」

「はい。この世のものとは思えない味ですね。効果に比例してエグ味が強いので。慣れてないと意識が飛びます」

魔力回復薬(マナポーション) とは読んで字のごとく魔力を回復させる力を持つ 魔法薬(ポーション) である。

宝物殿の探索や、強力な魔物や幻影との戦いにおいて極めて有用な品だが、味が悪いという致命的な欠点があった。

それも、ただまずいわけではない。命懸けの状況でも飲むことをためらってしまうくらいまずいのだ。

昔ルシアが飲んでいたものをちょっとだけ分けて貰ったことがあるが、舌に触れた瞬間に意識を失い、気がついた時には数時間が経過していた。

味は覚えていないが、死ぬほどまずかったということだけは何故か実感している。

魔力回復薬をためらいなく飲める事は魔導師にとって一流の証らしい。

それ以来、魔導師は僕にとって尊敬すべき対象だった。魔導師って凄い。

「清掃業者が必要かも知れないです」

「いつもピカピカだけど?」

「これから……汚れると、思います。恐らくここにいる皆さんは……最上級の 魔力回復薬(マナポーション) を飲んだことがないので……」

そんなにやばいのか。っていうか、頼むの無理じゃね?

僕が彼らの立場だったらそんなまずい薬を飲んでまで他人の宝具をチャージしようとは思わない。

シトリーも同じ事を考えていたのか、やや申し訳なさそうに続ける。

「チャージする物に優先順位を……つけていただけると」

「とりあえず『 結界指(セーフ・リング) 』かな。十四個ある」

「……無理です。それだけで『 精霊人(ノウブル) 』の魔導師が十四人必要です」

まぁ、なんとなく予感はしていた。業者を使っても結界指のチャージには莫大な金がかかるのだ。

大抵の魔導師では足りないくらいに魔力を食うらしい。しかし困ったなぁ。

「どうしても?」

「……脳をいじれば、あるいは」

シトリーが思案げな表情で言う。つまり……無理ってことだな。

ルシアが帰るまでは常に誰か側につけておくしかない、か。

と、その時、奥の方のテーブルで見覚えのある女の子が声をあげた。

いつもどおり黒を基調にしたジャケットにハーフパンツ。膝下まで覆った黒のブーツは彼女の武器でもある。

最近は死にそうな表情をしているようなイメージが強かったが、今日はリィズと一緒じゃないので元気そうだ。それはそれでどうなんだろうか。

「ますたぁ! 何故こんなところに……何かあったんです……か――ッ!?」

ティノが顔を綻ばせ、僕の所にふらふら近づきかけたところで、足がピタリと止まった。

視線が僕の隣のシトリーに向けられている。信じられない物でも見るかのような表情で数歩後ろに下がると、掠れた声でその名を呼んだ。

「シ……シトリー……お姉……さま?」

「ティーちゃん、久しぶり」

「ヒッ!」

蛇に睨まれた蛙のように固まるティノに、シトリーちゃんが悠々とした足取りで近づく。

ティノはリィズの弟子である。リィズから度々酷い目に遭わせられているが、どちらかと言うとティノが苦手としているのはシトリーの方だった。

逆にシトリーの方はティノの事を気に入っているようだが、まぁ色々あるのだろう。

シトリーが目を輝かせ、その場に立ち尽くすティノの至近まで近寄る。

「ティーちゃん、元気? また強くなった? お姉ちゃんに酷い目に遭わせられてない?」

「は……はい。大丈夫、です」

「もしも酷い目に遭わせられたら、私の方から言っておくよ?」

「だ、大丈夫です。ほ、ほんとうに、大丈夫です」

優しげなシトリーの声色に、ティノがぞくりと身を震わせた。泣きそうな表情で僕を見る。

……うんうん……そうだね。

シトリーちゃんがどこか妖艶な仕草で唇を舐め、ティノの頬に手の平を当てる。

まるで検診でもするかのようにその黒の双眸を覗き込む。声がいつもと比べて興奮している。

「辛くなったら、いつでも言ってね? 私に任せてくれたら……お姉ちゃんに師事するよりもずっと簡単に、ずっと強くしてあげるから」

「ッ……」

「死にそうな思いをしながら、鍛錬する必要もない。ティーちゃんの資質だったら間違いなくそれができる。今すぐにでも、私の推薦で、『 嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ) 』に入れてあげてもいいよ?」

「シトリー、お姉さま……ッ! 近すぎ、ですッ!」

シトリーの指がティノの頬から滑り落ち、首の内側をなぞり鎖骨に触れる。

左腕は背中に回され、ティノの退路を断っていた。『錬金術師』のシトリーと『盗賊』のティノでは身体能力には差があるはずだが、ティノの細身の身体は震えるのみで一歩も下がる気配はない。

まるで抱き合っているかのように密着するシトリーとティノ。

その異様な雰囲気にラウンジ中の視線が集まっているが、シトリーは気にすることなく恍惚とした声をあげる。その鼻が小さく動き匂いを嗅いでいる。

手が顔を真っ赤にするティノの肩に触れ形を確かめるかのようになぞると、そのまま上腕に移り、下に降りていく。

指先が肌に触れる度にティノの身体が小さく震えていた。

「実戦の中で鍛えられた上質な筋肉。華奢な骨格に研ぎ澄まされた五感。ハンターとして、盗賊として特化した健康的な肉体。血も肉も骨も、才能に溢れ、研鑽されている。ああ、クライさん。どうして――お姉ちゃんにじゃなくて、私にくれればよかったのに……完璧にしてみせたのに」

「ッ!? ますたぁ、助けてください……」

「シトリーって弟子取れそうにないよね」

なんか人を見る目が実験動物を見る目なんだよなぁ。

その手が容赦ない動きでティノの身体を弄っていく。その胸元を揉み、腹部を撫で、ハーフパンツから伸びたむき出しの太ももに触れる。

まるで蛇が蛙を飲み込みゆっくり消化しているかのようだ。

その度にティノが震え、か細い声で助けを呼ぶ。

「輝いている。ああ、とっても可愛い。ティーちゃんが男の子だったら交配も簡単だったのに、女の子だから――失敗しないようにしっかり、 番(つがい) は選ばないと……」

ああ、これもうだめだわ。僕はそこでようやく間に入った。

「そこまでにしておきなよ。ティノはあくまでリィズの弟子なんだから」

「…………はぁ……そう、でしたね」

シトリーが身を離すと、限界だったのか、ティノの膝が砕けくたりと崩れ落ちる。

よほど怖かったのか、日頃凶悪な幻影を相手に一歩も退かないティノが泣きそうだった。

冗談でもなんでもなくセクハラである。目も当てられない。

シトリーが名残惜しそうな声をあげる。

一つの事に集中すると他の事に目がいかなくなるのは昔と同じである。

「でも、もしも、お姉ちゃんの許可があったら、いいですか?」

「ダメ」

「…………ティーちゃん本人がいいと言っても、ですか?」

シトリーが床にぺたんと座り込んだティノを流し目で見る。

頬はもちろん、首筋まで真っ赤になったティノが捨てられた子犬のような目で僕を見上げている。

そもそも、被害者のティノがいいと言うわけない。

僕は考えるまでもなく即答した。

「ダメ」

「…………パーティのためでも、ですか?」

「ノー」

こればかりはノーだ。常識的に考えてノー。

僕はシトリーを犯罪者にするわけにはいかない。そんな事になったら故郷のスマート家の皆様に顔向けできない。もう手遅れな気もするが……。

よくわからないがシトリーの問いを切って捨てるたびにティノの目が感動したように潤んでいく。ごめん。うちのメンバーが本当にごめん。止めるの遅くてごめん。

肩を落とし、意気消沈するシトリーの背中を叩く。

「さ、今は宝具のチャージだ。手伝ってくれるんだろ?」

「……そうでした」

シトリーが顔を挙げる。その時には先程までの消沈した様子は残っていなかった。

切り替えの早さは姉並だ。

ぐるりとこちらに注目している他のパーティの面々を見て、艶然と言った。

「ティーちゃんを見て鼻の下伸ばしていた皆さんに手伝ってもらいましょう。ここからが『千の試練』です」