軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

471 移送

フランツさんに連行されるままに馬車に詰め込まれる。僕でも知っている、物々しい重犯罪者を連行するための特別な護送馬車だ。

繋がれているのは屈強なアイアンホースが十頭以上。後ろには金属製の頑丈さだけを重視したような箱形の無骨な護送車両が四つも繋がれているが、これならば軽々と引けるだろう。

フランツさんに案内され、先頭の車両の中を覗く。

馬車の中は貴賓室のような装いだった。ふかふかのクッションつきの椅子にベッド、冷蔵庫までついている。外観とのギャップが凄まじい。

「ッ……特別に、改造させたッ。他に要求はないな?」

「え? うーん、ちょっと待って、考える」

足りないものねえ。

馬車の中を再確認する僕に、フランツさんがばんと壁を叩いて言う。

「か、考えるなッ! これから長旅になるのだ、余計な時間はない!」

…………そういえばそんな事言ってたね。長旅じゃないならさすがにこんなに大げさな用意をする事もないだろう。

護衛も大勢つけるみたいだし……。

「もしかして帝都から出る?」

「出るに決まっておろう! 貴様、どこに連れて行かれるのかわかっているのか!?」

わかっていない。全然わかっていないが、こういう言いぶりだし、僕は行き先をわかっていて当然なのだろう。

なんで僕が説明もなしでどこに連れて行かれるかわかると思うのでしょうか?

だが、一番重要なのは、僕は無罪放免だという事だ。途中でどこを経由しようが、最終的に解放されるなら僕はそれでいい。

僕はフランツさんの言葉を聞き流し、念のために言った。

「外出るなら護衛は多めにつけた方がいいよ。ほら、こういう時って大体酷い目に遭うし」

「ッ…………言われんでもわかってるわッ! 戦力は揃えてある今回護送するのは貴様だけではない!」

なるほど、他にも客がいるらしい。ご苦労な事だ。

まぁでもフランツさんがそう言うなら大丈夫かな…………フランツさんもけっこう偉いみたいだし、帝国軍が責任を持って守ってくれるのだろう。

僕は欠伸を噛み殺すと、何故かカリカリしているフランツさんに言った。

「それじゃ僕は引っ込むよ。後はよろしくね。あ……えっと……アイマスクあるんだっけ?」

「目隠しだッ! さっさと入れ!」

馬車の中に入り、目隠しと耳栓をされる。

無音の暗闇の世界。間もなく馬車が動き出すが、ほとんど振動は来なかった。改造されているという話なので、そのせいだろう。

こんなにも快適だとなんだか眠くなってきた。手探りでベッドを探し、その上にごろんと転がる。ふかふかした感触に、耐えようがない泥のような眠気がやってくる。

僕は大きく欠伸をすると、その感覚に抵抗する事なく身を委ねた。

§ § §

四肢を拘束する特性の拘束衣。念押しのように取り付けられた手錠に足枷は特注品らしく、身体がピクリとも動かせない。

恐らく大量にマナ・マテリアルを吸収し筋力を増強した相手にも耐えられる作りにしてあるのだろう。

おまけに、すぐ目の前から気配がする。見張りの兵士だろう。

完璧な拘束がなされ何の抵抗もできない状況に加えての万全の備えに、元レベル6のレッドハンター、血塗れのジャックは舌打ちをした。

チッ。さすがゼブルディア、ここまで完璧にこの俺様を封じ込めるとは……手慣れてやがる。

血塗れのジャックはゼブルディア帝国などとは比べものにならない小国、ペプリで活躍していた元ハンターである。ペプリは宝物殿の数も少なく高レベルハンターがほとんどいない国であり、レベル6ハンターからレッドハンターになったジャックを危険視し、大国であるゼブルディア帝国に協力を求めた。

ペプリにある高レベルハンターに対応しきれていない監獄など容易く抜け出せると高を括っていたジャックにとって、それは不運だった。

おまけに、出来たばかりの凶悪犯罪者向けの監獄に収監されるなど――。

何もない無骨な馬車。激しい揺れが三半規管を揺らす。目隠し、耳栓をされた状態だが、ジャックには外の様子がなんとなくわかった。出発地点がわかっているので集中すればどのあたりに運ばれているかはわかるだろう。もっとも、それに意味があるかは怪しいが――。

護送車に運び込まれる直前、ゼブルディアの衛兵はジャックにこう言ったのだ。

本来、この馬車はお前みたいな小物に使うものではない、と。ジャックが移送されるのはついでなのだ、と。

馬鹿にしたような口調だが、嘘ではないのだろう。ジャックとてペプリでは恐れられていたが、この世界には更に恐ろしい賊が存在する事くらいわかっている。拘束衣なんてものではとても対抗できない能力の持ち主が――。

この護送馬車で、どんな大物が移送されるのかはわからない。だが、ジャックはこれからその手の連中と同じ監獄に収監されるのだ。

ペプリで活動していたジャックはそもそもアウェーだ、ゼブルディア近辺の犯罪組織との繋がりも持っていない。絶対にその手の連中を怒らせるわけにはいかなかった。

だが、うまく取り入ればこれまで以上の力を得られる可能性もある。最新の監獄がどれほどのものなのかは知らないが、ジャックを小物と断言できるような賊達を大量に封じ込めるなど絶対に不可能だ。

世の中には宝具の拘束衣を素手で破壊するような正真正銘の化け物だって存在するのだから。

問題は衣類含め私物の全てを没収されたジャックには出せる物が余りにもない事だが…………。

座り込み、今後の事を考える。激しい振動と目の前から感じる視線に、一瞬たりとも気が休まる瞬間はない。

ただ思考を巡らしながら激しい振動に身を委ねていると、その時、馬車が大きく揺れ、停止した。

何か起こったのか、目の前の兵士から感じていた視線が途切れる。馬車から飛び出したのだ。

馬車が連続で揺れる。耳栓をしていても聞こえる剣と剣がぶつかり合う音。

「!? ど、どうした! 何が起こっている!?」

唯一使える口で問いかけるが、返事は返ってこない。地面の、空気の震えから、ただならぬアクシデントが起きている事がわかる。

だが、全身を拘束されているジャックには何もできない。

クソッ……襲撃か? 俺をこのまま放置するつもりか!?

ゼブルディア帝国の護送馬車を襲うなど信じられないが――事故なのか? あるいは護送中の大物を奪還しようとしているのか?

どのみち、このままでは巻き込まれて死ぬかもしれない。

身を固くして耐えるが、戦闘の気配はいつまで経っても収束しなかった。何もできない状況に心臓だけがただ早鐘のようになっている。

その時、外から兵士が入ってきて無理矢理手を引かれた。耳栓越しに焦ったような声が聞こえる。

「出ろッ!」

転げ落ちるように馬車から出されるジャック。それとほぼ同時に、目の前に熱風が通り過ぎた。

激しい物音に三半規管を揺さぶられる衝撃。視界は閉ざされているが、気配でわかる。目の前の物が――ジャックが直前まで乗っていた護送車が吹き飛ばされた事が。

悲鳴と怒号。魔法の気配。戦場の臭いに、大勢が刃を交える音。

漆黒で閉ざされた視界の中、無様に転がりながら血塗れのジャックは叫んだ。

「だ、誰か、せめて目隠しを取れッ! おい、聞いてんのか!?」

悲鳴は怒号の中に消えていった。

§ § §

帝都ゼブルディア。皇城に存在する一室で、フランツ・アーグマンは《千変万化》を移送している部隊からの連絡に、しかめっ面で答えた。

「そうか……撃退に成功したか。よくやった。護送馬車を襲おうなど、ゼブルディアも舐められたものだな」

『恐らく、監獄島に収監される前に助けだそうって算段でしょう。監獄島を攻めるくらいなら護送馬車を攻めた方がマシ、と……確かに団長の言うとおり、舐められたものです』

共音石の向こうから聞こえてきたのは、第零騎士団の一人、ヒュー・レグランドの声だ。

神隠し騒動で自らも囚われの身になってしまったが、帝都と宝物殿融合時の混乱の隙を逃さず被害者達を解放した功労者の一人である。

まだ若いが、神隠し騒動での疲労もまだ癒えない内に護送部隊への随行を買って出るとは、驚愕すべきタフネスだ。

監獄への移送は最も狙われやすいタイミングだ。護送部隊が襲われ、移送中の賊が奪還されたら帝国のメンツ丸つぶれなんてレベルではない。その手の任務を担当する第三騎士団から腕利きが選ばれているし、他の騎士団からも人が出されている上に信頼の置ける高レベルのハンター達も参加している。

「誰の手の者かはわかったか?」

『……少なくとも《千変万化》ではありませんね。後、ペプリから送られてきた血塗れのジャックとかいう男も違うかと』

今回の移送部隊はあの男だけでなく他にも他国からの要請で複数の重犯罪者を搬送している。その中にはゼブルディアの外で大きな影響力を持つ犯罪組織の幹部もいるし、恨みを買っている者もいる。

「レベル8の手の者だったら、車両を三つ吹っ飛ばされる程度では済むまい」

そもそも、《千変万化》は自ら監獄島に入ろうとしているのに助け出そうとするのは不自然だ。

「どちらかというと、《千変万化》の命が狙われている可能性の方が高いだろうな」

《千変万化》とそのパーティの戦果は並外れている。仲間をやられた犯罪組織や賞金首達から恨みを相当買っているだろう。

この《千変万化》が逮捕されたというニュースを聞き、千載一遇のチャンスだと報復に動くのもまあ考えられない事ではない。馬鹿げた話である。相手は帝国ですら手を焼いている男だというのに。

『何か手を打ちますか?』

「……不要だ、奴には好きにやらせる。どうせ平然としているんだろう?」

『大騒ぎしているのに馬車から出てきませんよ。寝ているみたいです』

襲撃を受けているのに寝るな!

イライラを止められないフランツに、ヒューが続ける。

『しかし、《千変万化》が無事でも他の囚人達が命を落とすかも……』

「相手は他国の手に負えなかった賊だぞ? 大人しく捕まったから仕方なく監獄島に移送してるんだ。奪還されるのは大問題だが、命を落とす分にはまあ、やむを得んだろう。他国も文句は言うまい」

ゼブルディア帝国は法治国家である。そして、ゼブルディアでは、宝物殿と帝都を融合させるだとか余程の大事を起こさなければ死刑にはならない。これは他国でも同様なのだが、賊を簡単に死刑にすると、捕縛時に死に物狂いで抵抗してきて被害が拡大するからだ。

故に、捕縛の際に誤って殺してしまう事は許されても、武器を捨て大人しく捕まった相手に手を下す事は許されないのだ。

今回移送している賊達も叶うならばさっさと処刑してしまいたい連中ばかりだった。

『しかし、車両は《千変万化》が入れられた一つしか残っていません。他の三人はどうします?』

「どうするもこうするも、《千変万化》と同じ車両に入れるしかなかろう…………これも奴の陰謀か?」

『わかりました。その後はどうします?』

「…………知らん。ただ、奴の自由を妨げるな。賊にも大人しくするよう言っておけ。それが、セレン皇女の要求だからな」

何度思い返しても腹立たしい。とりあえず《千変万化》を監獄島にぶち込む事についてはご納得いただけたが、セレン皇女のその他の要求も厄介極まりなかった。

取り合えず一時拘留のための部屋と馬車は快適に過ごせるように手配したし現時点でもあり得ない特別待遇なのだが、監獄でもそのままでお願いしますと言われても困る。

イーストシール監獄島は重犯罪者を封じこめるためだけに存在する島だ。半ば帝国法からも切り離された特区であり、余りにも危険なため看守の数すら最小限しか置いていない。流刑地のようなものである。

まぁ、だが…………奴は何もしなくてもいつだって快適だからな。

ヒューからの通話が切れる。フランツはキリキリ痛む胃を摩りながら、次の仕込みに入る事にした。

イーストシール監獄島を管理しているオルター侯爵に面倒な根回しをしなくてはならない。万が一、億が一、セレン皇女が監獄島に侵入してしまった時のための対策も打たなくては――。

§ § §

こんな……馬鹿な、こんな事があるのか!?

車両が破壊されたので唯一生き残った車両に同乗して貰う。

そんな言葉と共に通された先にあった光景に、血塗れのジャックは言葉を失った。

その場所は、視界が閉ざされていてもわかるくらい異質な空間だった。よく利いた空調、足裏に当たる柔らかい絨毯の感触、匂いも肌で感じる空気も何もかも違う。まるで――高級なホテルのようだ。

「ッ……どういう事だ。扱いが違い過ぎるぞッ」

小声で呟くジャックに、騎士が馬鹿にしたように言う。

「当たり前だ。この車両に乗せられているのはレベル8だぞ、死にたくなければせいぜい大人しくするんだな」

「ッ…………レベル8、だと!?」

馬鹿な……高レベルハンターはレベルに反比例するようにその数が少なくなっていく。

レベル8ハンターなど、ペプリでは存在すらしていなかった。ジャックはレベル6までは好き放題やっていても成り上がれたが、あのまま捕まらなかったとしてもレベル8には絶対になれなかっただろう。そのくらい、レベル8になるには信頼と実績が必要なのだ。

しかも、そんなハンターがレッドに落ちるだなんて、半ば信じられない。

一体何をしたんだ? 愕然とするジャックに、騎士が大きな声で言う。

「他の連中も、耳栓くらいでは声は聞こえるだろうから言っておく。死にたくなければ大人しくしているんだな。《千変万化》が暴れていないのは、取引の結果だ。レベル8ハンターに普通の手錠や足枷、拘束衣が通じないのは、知っているだろう? だから、我々はこの男の武装を解除していないし、拘束衣も着せていない。規則上、手錠と目隠し耳栓はつけているがな」

馬鹿な……手錠と目隠し、耳栓だけだと? そんなもの、何もないようなものだ。

ジャックだって手錠程度だったら自力で抜け出せる。目隠し耳栓などもっと無意味だ。その程度で高レベルハンターの優れた感覚を封じられるはずがない。

それは、あのハンター大国ゼブルディアがその男の拘束を諦めたと言っているに等しい。後ろで息を呑む音が聞こえた。他の護送されていた連中もジャックと同じ感想を抱いたのだろう。

しかし、不思議だ。ここまで話している最中、《千変万化》と呼ばれたその男は全く反応を示していない。そして、高レベルハンター特有の威圧感と呼べるものが感じられない。

これはどういう事だろうか?

「ああ、《千変万化》は今寝ている。襲撃の時も全く目覚めなかった。まあ、せいぜい機嫌を損ねないように仲良くやってくれ」

冷や汗を掻きながら思考を巡らせるジャックに、その騎士が言った。