軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

466 新たなる領域

渦巻く暗い空。地面に突き出した無数の墓標。

叩きつけるような雨の中、サヤ・クロミズは一人で立っていた。

帝都と重なっていた宝物殿に存在していたエリアの一つであり、現在は『退廃都区』にあるゲートから容易に出入りできる『墓地』のエリア。

恐らくこの宝物殿の幻影達が最も力を得られるであろうエリアで、サヤはため息をついた。

水で張り付いた、先祖代々受け継がれている制服。警棒を握る右手に力を込める。

周囲には幻影の気配はない。もともとここを根城にしていた幻影達は皆、逃げていった。

ここにいるのは、サヤが追跡していた者と、サヤだけだ。

曇天とは裏腹に、晴れやかな気分だった。

サヤにとって、来訪者との関係は複雑なものだった。

理由は不明だが力を貸してくれる異形の存在。サヤを除き誰にも見えない、何を考えているのかわからない未知の来訪者。

これまで、サヤが来訪者を攻撃した事はなかった。その必要性がなかったからだ。

だが、もっと早くこうするべきだったのだ。

今ならばわかる。本来ならば交わらない来訪者達の世界に干渉し、来訪者を呼び出す『さらさら』。

《千変万化》によって広げられたその能力の先にあったのは来訪者達への特効能力――つまり、来訪者達の破壊だったのだ。

「出てくるといい、残ったのは、お前だけ」

だから、来訪者達はサヤに従っていたのだ。

サヤの能力がなければこの世界に来訪できず、そしてサヤの能力が自分達にとって甚大なダメージを与え得るものだとわかっていたから――。

全身に満ちる不思議な力は、神隠しの事件で異界を訪れ、そこの幻影を攻撃して初めて気づいたもの。警棒が来訪者を殺す黒い紫電を帯びる。

リィズ達が言っていた事はかなり乱暴だったが、正鵠を射ていた。

人に仇なす者を使役しようとするのならば、上下関係はしっかり刻みつけてやらねばならない。

誰も来訪者にダメージを与えられなかったとしても、ここにはサヤがいる、と。

墓がぼろぼろと崩れ落ち、地面から黒い影があがってくる。

これまでさらさらは相手の強さに比例するように強力な来訪者を呼び出してきた。だが、今回、サヤを裏切ったものは、これまで呼び出してきたどの個体とも違う。

さらさらという音。黒い塊から触手のようなものが無数に生える。

――大きい。

リィズ達から気づきを与えられてから、サヤはサヤを裏切り幻影達側についた者を尽く滅ぼしてきた。

だが、この個体はそのどれよりも強く、巨大で、悍ましく、傲慢だ。

目も鼻も口もない、その姿は、少しだけ蛸に似ている。

表情もないのに、強い侮蔑と嘲笑が伝わってくる。

これまで一度もサヤを助けた事のない、生粋の人類の敵。

こいつが最後だ。そして、こいつを倒せばきっと、大半の来訪者達はもう二度とサヤを裏切ろうなどとは考えないだろう。

何の前触れもなく、目にも止まらぬ速さで触手が振るわれる。

その速度は模擬戦で見たティノ・シェイドのトップスピードを遥かに超えていた。

だが、音速を超えた速度で叩きつけられた触手はサヤの周囲で強く弾かれる。

来訪者が止めたわけではない。サヤを中心に弾ける黒い紫電が一撃を止めたのだ。それは、一部の術者が張る結界に似ていた。

一般的な結界とは違い、来訪者にのみ効果のある力だ。だが、それで十分だった。

サヤに残されている一番古い記憶。顔すらも覚えていない家族からかけられた言葉を、サヤはよく覚えている。

サヤの才能は…………一族を遡っても類を見ない程強い、と。

一撃を防がれた事で、僅かな動揺と強い殺意が伝わってくる。

リィズ達も手伝いたがったが、最後だけは遠慮してもらった。

これはサヤがつけなければならない決着だ。

ゆらゆらと生えた無数の触手がサヤを八方から狙っている。

この裏切り者。強いて名前をつけるのならば――千手とでも言おうか。

帝都にやってきて、サヤは様々な事を学んだ。こいつさえ倒せば、大団円だ。

後顧の憂いなく帝都を観光し、胸を張ってテラスに帰れる。

警棒に黒い光が集まる。少しずつ、この力を操るコツがわかってきた。

目が熱を持っていた。まるで焼けるようだ。だが、サヤにあるのは高揚感だった。

「お仕置きしてあげる。ここなら他に被害も出ない。一対一で、決着をつけよう」

§ § §

やれやれ、どうして謹慎中あんなにダラダラしていたのに、たった一度外に出ただけでこんなに疲労を感じるんだろうか?

全く人間の身体というのは不思議だ。

久しぶりに緊迫感のあるイベントを終え、クランハウスに戻る。

ため息をつきながらクランマスター室の定位置に座る僕に、エヴァが労いの言葉をかけてくれる。

「お疲れ様です、クライさん。どうでした?」

「うーん……まぁ、難しいところだけど……目的は達成できたかな。後はなるようになるよ」

僕が呼び出しに応じたのは僕がやってしまった事について土下座をするためだ。

許されるかどうかはまぁ、余り問題ではない。できる事はやった、これが大事。

世の中の出来事のほとんどは自分の意思ではどうにもならない事でできているのだ。

そもそも、僕はボタンを押してしまったが、あのボタンが具体的に何だったのかはわかっていなかった。スマホに逐一来ていた連絡もぷつりと途切れていたし、そもそも謹慎していた僕はルシアの調べていた神隠しの事件についてほとんど何も知らないのだ。

「まったく、なんだって僕のスマホにメールを送ってきたんだよ……そんなのずるいだろ」

スマホはレアな宝具であり、多数の機能を保持している万能の宝具でもある。そんな宝具にメールが送られてきたら、普通は罠だとは思わない。

僕の宝具好きが体よく利用された形である。まったく、けしからない。

僕は唯一手元に残った冠――隠し部屋の最奥においてあった冠をくるくる回して言う。

「この冠も宝具じゃないみたいだしなあ」

宝物殿で見つかるアイテムが宝具かそうじゃないかは簡単に判別できる。

宝具はチャージした魔力を消費して効果が発揮されるもの、そもそも魔力をチャージできなかったらそれは宝具ではないという事になる。そして、その観点から言うとこの冠は宝具ではない。

せっかく望みの宝具が手に入ると聞いて大喜びしていたのに、踏んだり蹴ったりの結果だ。

「……なんだか元気がないですね」

「まぁ、けっこうリスクを犯したからね、今回は」

幻影は出現しなかったとはいえ、護衛もなく宝物殿に潜入したのはリスク以外の何者でもない。

エヴァにちょいちょい手招きをして、近寄ってきたその頭に冠を被せてあげる。

されるがままに冠を被せられ、エヴァが眉を顰めた。

「…………なんですか、これ?」

「なんだろうねえ」

少なくとも貴金属としての価値はないだろう。宝物殿に貴金属なんて出ないし……。

まぁ、今回は本当に久々に純粋な大失敗だった。自分の無能は理解しているが、こうも間抜けな事をしてしまうと意気消沈もする。今回の事件で逆MVPは間違いなく僕だよ。

そして、こういうミスをするたびに僕は思うのである。

そろそろ潮時かなあ、と。

何故、僕はまだハンターを引退していないのでしょうか?

永遠に謹慎していたい気分だ。無報酬でもいいから。

やるせないため息をついたその時、にわかに部屋の外が騒がしくなった。ノックもなく扉が勢いよく開き、ルーク達ががやがやと入ってくる。

帝都中が大騒ぎしているのに君たちは元気だねえ。

「クライ! さいっこうだぜ! まさか、この帝都が、宝物殿になっちまうなんてなぁ! まぁ、幻影皆逃げていくけど…………次は絶対に逃さねえ」

「思ったより大した事ないけど、街にいる間もマナ・マテリアルが吸収できるのは便利よねえ。そのせいで甘っちょろいハンターが大量発生しそうだけど」

帝都が宝物殿になって喜んでるのはきっと君達くらいだよ。

まぁ、もともと《嘆きの亡霊》は宝物殿の中で普通に寝泊まりしたりしていたからな。

そこで、ルークやリィズに勝るとも劣らない輝く瞳をしたシトリーが指を一本立てて言う。

「クライさん、もしかしたら町中に宝具も顕現するかもしれませんね!!」

「!! うんうん、そうだね!」

「喜ぶなッ!」

ルシアからすかさず飛んでくるツッコミ。嫌だなぁ……喜んでなんていないよ。ちょっとだけだよ。

宝具が出るのは問題ないが安全地帯がなくなるのは最悪である。僕は運が悪いから、下手したらクランマスター室で幻影が顕現しかねない。

「今の事態が誰のせいかわかっているんですか? アンセムさんなんて、教会の仕事で三日三晩働きっぱなしですよ??」

「まぁまぁ、ルシアちゃん。クライちゃんも考えがあってやったんだろうし、アンセム兄は三徹くらいじゃビクともしないから」

珍しいことにルシアを諌めるリィズ…………いや、考えがあってやったわけじゃないよ!?

っていうか、僕がわざとやったみたいな言い方するの、やめてもらえる??

「そうだぞ、ルシア。冷静に考えてみろ。帝都が宝物殿になるなんて、リスクよりメリットの方が高い。そうだろ、クライ?」

やばい。僕がリィズやルークの同類みたいになってる。

エヴァのドン引きした眼差しが心に痛い。

「い、いやいや、ダメだよ! 帝都を宝物殿にするなんて許されない。帝国法でも多分罪になるよ」

「多分じゃなくてそんな事をしたら間違いなく極刑ですよ」

「ゼブルディアは融通ききませんからね。私もあれだけ成果を出して、おまけに証拠がない状態だったのにレベルマイナスになりましたし」

エヴァが呆れたような表情で言う。

彼女は僕がこの騒動の原因である(かもしれない可能性が少しだけある)事をまだ知らない。一方でシトリー達はルシアから話を聞いている事だろう。

「でも、クライさんは功績が桁違いですからね。ユグドラもありますし、帝国側もそう簡単に極刑にしたりはできないはずです」

「…………クライさん、何やったんですか?」

「そーそー、サヤちゃんを呼んだのもクライちゃんみたいなものだしねえ」

シトリーは基本的に僕の味方である。そのシトリーがこんな言い方をするという事は……意外と僕の置かれた状況はまずいのかもしれない。今更どうしようもないんだけど。

さすがにハードボイルドに笑えない僕に、シトリーが朗らかに言う。

「大丈夫ですよ、極刑になったらその時はさっさと帝都から逃げ出しましょう! 大国はゼブルディアだけではありません、私達ならどこの国でも受け入れてくれますよ!」

「ちょっと、シト! 冗談はその辺にしなさいッ! 大丈夫、リーダー。極刑なんてまずありえないので。ガーク支部長だって庇ってくれるでしょう、多分」

「そうだぞ、クライ。俺だって極刑にならないんだから、お前も大丈夫だ!」

ルークはもうちょっと反省するべきだと思う。ってか、意外と自覚あるのね、君。

なんだかくだらないやり取りをしていると、肩の力が抜けてくる。

ため息をつく僕に、リィズがふと思い出したように、目を輝かせて声をあげる。

「そーだ! クライちゃん、サヤちゃんと会った? クライちゃんの言う通り、凄い能力者だったよお。強すぎてちょっとピンチの経験がなかったみたいだけど、今回の件で能力も更に強化されたみたいだし」

「私の新作ガスなら倒せますけどね、多分」

「私はこれからやる予定です。約束してますから」

「俺も! 俺もやる予定だぜ。約束はしてないけどな!」

…………サヤも大変だなあ。まぁ、ほら、意外と相性良さそうだし、これはこれで友達だよね?

あーだこーだ話し合う幼馴染達を見ていると、なんだか昔に戻ったような気がして、何もかもがどうでもよくなってくる。

今回僕は確かに大きなミスを犯した。だが、これまでだって幾度となくミスを犯し、皆の協力を得てなんとかそれを乗り越えここまでやってきたのだ。

今回だって、皆がいればなんとかなるはずだ。

確かに僕にはレベル8としての実力はない。だが、素行はどうあれ、ハンターになって五年強で培われた《嘆きの亡霊》の実力は確かにレベル8に達しているのだから。

もうこれ以上悩んでも意味はない。一旦全ての悩みを頭から追い出す。

結局僕にできる事などないのだ。全てはなるようになる。

僕は大きな欠伸をすると、ようやくにやりとハードボイルドな笑みを浮かべ、目を閉じた。

§

――そして、次に目覚めた時、僕は、見覚えのない部屋の中にいた。

貴族の寝室のように豪華な調度。

状況がわからず、ふかふかのベッドの上で身を起こし、目を瞬かせる僕の前で、がちゃりと鍵の開けられる音がして、扉が開く。

入ってきたのは見覚えのあるゼブルディア帝国の鎧兜で武装した騎士だった。

僕を見下ろし、朗々とした声で宣告してくる。

「クライ・アンドリヒ。国家内乱罪の容疑でご同行頂いた。帝国法に則り、貴殿には取り調べを受ける義務がある。貴殿の実力は知っているが、迂闊な行動は慎むよう、忠告しておく」

………………え?