軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47 レベル8

サンドゴーレムがゆっくりと体勢を変え、こちらを向く。

巨大な剣と盾で武装したその威容は死神のようにも見える。

どうやら、雑魚幻影で有名なサンドゴーレムでもボスになると相当な力を得るらしい。その巨体が倒れてきただけで僕はぺっちゃんこになるだろう。『結界指』は無敵ではないのだ。

なんでいつもこうなんだ……僕は。

絶望する前にげんなりする。思えば、ハンターになってから僕はひどい目にあってばかりだ。

お花見に行っていきなり宝物殿が現れた時など死ぬかと思った。まぁ、僕は何か変な花粉のせいですぐに昏倒してしまったので目が覚めた時は全て終わっていたのだが。

ゴーレムが何気ない動作でその剣を持ち上げる。漆黒の剣が月を隠す。

そして、そのまま、まるで威嚇でもするかのように剣を地面に振り下ろした。

凄まじい風圧が僕とリィズを襲った。世界が崩れ去るかのような轟音が僕の全身を叩きつける。

当たってもいないのに『結界指』が一個発動してしまった。やばい。

業者に頼んででも『夜天の暗翼』をチャージしてから来るべきだった。

簡単な宝物殿だったし、リィズがいるから油断していた。

リィズは眉を顰め、耳を塞いでいた。僕の前にいて、衝撃をその身に直接受けたはずなのにその体勢は揺らがない。

ぶつぶつ呟いている。

「……チッ。出力が高い……受け止めるのは無理、か。新型? 幻影、じゃないよね……『アカシャ』、か。相変わらず面倒な物を――」

アカシャって何? ゴーレムの名前かな?

巨大サンドゴーレムが円柱の頭に手をつき、思い切り足を曲げた。まるで人間のような動作に、思わず一歩後退る。

そして――突然空が暗くなった。

巨大なゴーレムが大きく跳び、月を完全に隠したのだ。鈍重そうなシルエットに反した身軽さ。

僕があっけに取られている間に、ゴーレムが眼の前十メートル程の位置に着地する。

隕石でも降ってきたかのようだった。眼の前に突如現れた怪物の迫力に意識が麻痺していた。

まだ立てているというその事実を、自分で自分を褒めてあげたい気分だ

月の光の下、その威容が明らかになる。リィズの言ったとおり、そのサンドゴーレムは全身が金属に見える装甲に覆われていた。一見するとゴーレムではなく全身を武装した重騎士に見える。

異なるのはサイズだけだ。女性にしても小柄なリィズはもちろん、男である僕と比較しても倍くらいの体躯がある。

僕も何度かゴーレムを見たことがあるが、ここまで巨大な物を見るのは初めてだった。

剣は黒く、その刃に沿うように奇妙な赤の文様が奔っており禍々しい。

盾はこちらの顔が映るくらいに磨き上げられており、その巨躯の大部分を覆い隠せるくらいに大きい。白狼の巣で出会った狼騎士もヤバそうだったが、このゴーレムは更に強そうだ。最近の幻影は鎧を着るルールでもあるのだろうか?

その頭部には眼に値する器官がなかった。いや、そのゴーレムには生体じみた器官が何一つなかった。

狼騎士はなんとなく眼を狙えばいいんじゃないかとかわかったが、この化け物にはまるで隙がない。

まぁ、あったとしても僕にはどうしようもないんだけど。

ここは専門家のリィズさんに判断を仰ぐ他ないだろう。

リィズは全く想定していなかった怪物の出現に高揚していた。

相手が人だろうが虫だろうがゴーレムだろうが関係ないらしい。いつもより半音高い声で僕に尋ねてくる。

「ねぇクライちゃん。本当にティーにやらせるの?」

厳しすぎる師匠だった。トレジャーハンターの実力に容姿はあまり関係ないが、普通に無理だろう。

いや、リィズでもかなり難しいのではないだろうか。

そう言いかけた瞬間、まっすぐ立っていたゴーレムもどきの身体がわずかに傾いた。金属同士の打ち合う高い音が響き、その両足の隙間からティノが着地するのが見えた。

後ろから蹴りつけたらしい。アグレッシブすぎる。

ゴーレムが面倒臭そうな動作で後ろを振り向く。ティノが今にも消えてしまいそうな、泣きそうな声で言った。

「ますたぁ……無理です」

「……うんうん、そうだね」

チャレンジするまでもないよね……。

ゴーレムが振り向きざまにその剣で地面を薙ぐ。剣圧に地面が抉れ、跳び退き確かに斬撃を回避したはずのティノが吹き飛ばされ、地面をバウンドする。

まともに受ければ真っ二つにされてもおかしくない一撃だ。一瞬その光景に息が止まったが、どうやら致命傷ではなかったらしく、すぐに立ち上がった。

「ふむふむ、なるほど……」

もっともらしく頷く。わかっていたことだが、……どうやら見掛け倒しではないようだな。

大きく速く重い。レベル1宝物殿で出ていい幻影ではない。ちゃんとルール守ろうよ。

ゴーレムはティノにはあまり興味がないようで、追撃することなく僕達の方を向いた。

リィズがゴーレムから視線を外さず、短く聞いてくる。

「私がやる? クライちゃんがやりたい?」

地獄の二択かな?

いやぁ、やりたいのは山々だがティノが心配だからなぁ! しょうがないね。

「僕はティノを連れて逃げるからリィズやって」

ゴーレムの動きは確かに速いが、この大きさでリィズより速いってことはないだろう。リィズなら一人残されても簡単に逃げられるはずだ。

情けない僕の言葉に、リィズは小さく笑みを浮かべた。一緒に宝物殿を探索していた頃によく浮かべていた久しぶりの表情。

そして、リィズが躊躇うことなく、自分よりも遥かに大きな怪物へと身を翻した。

§

盾を構えた巨大なゴーレムがまるで圧されたように後退する。

それを成し遂げているのが、その半分程の身の丈もない女の子だなんて、実際に眼で見なければ信じられないだろう。

削岩機でも使っているかのような連続した音が夜空に響き渡っていた。

音の正体は蹴りだ。全身を隠せる程巨大なゴーレムの盾。その中央を、リィズの蹴りが連続で穿っている。声は出していないが、背中からその気迫が伝わってくる。

結界指が発動しないか心配になる程凄まじい音。

一撃一撃が蹴りならざる威力を誇っていた。まさに化け物だ。そしてしかし、レベル8宝物殿を攻略できるハンターの蹴りを受けてまだ無傷の巨大サンドゴーレムもそれに負けず劣らず化け物だろう。

ってか、近くでよく見ると金属っぽい。サンドで出来てないんだからもうサンドゴーレムじゃないよね……。

僅かに曲線を描いたその幅広の盾は恐ろしい硬度を誇っていた。

金属製のようなので蹴りで破れないのは当たり前なのだが、リィズの膂力はもはやその域にない。並の盾だったら破壊されていてもおかしくないし、受けきれなくなってもおかしくない。

だが、サンドゴーレムの動きは止まらない。受け止めるのに慣れたのか、蹴りを受けながら、右手に握った剣を振り下ろす。

大地を震わせる程の威力を誇る刃は、確かに存在していたはずのリィズの真上から落ち、そして空振った。

刃がごつごつとした地面を深く穿ち、地面が震える。怒鳴り声がサンドゴーレムの後ろから放たれる。

「おら、ティー。さっさと逃げろよッ! クライちゃんを待たせるんじゃねえッ!」

「は、はい。お姉さまッ!」

いつの間に後ろに回ったんだよ。

遠目に見ていても気づかないのだ、それと相対していたサンドゴーレムからすればいきなり対象が消えたに等しいだろう。

予想通り、速度はリィズが圧倒しているようだ。これならなんとかなる、か?

ティノが地面を蹴る。サンドゴーレムはそれに注意を払わなかった。

後ろに回ったリィズを振り向くこともなかった。

――その頭は、ただ一人何もせずに佇む僕に向いていた。

ゴーレムの足元近くが一瞬発光する。刹那の瞬間、僕の視界は白で染まった。

凄まじい熱が全身を叩きつける。白一色に染まる視界の中、ティノの悲鳴が聞こえた。

攻撃を受けたことに気づいたのは、暗闇が戻ってからだった。

ゴーレムが動揺したように後ろに下がる。地面を踏む足元付近が赤く輝いているのが見えた。

どうやらいきなり放たれた熱線か何かが僕に直撃したようだ。そして、それを結界指が防いだらしい。

最近のサンドゴーレムやばいな……遠距離攻撃までできるのか。雑魚じゃないのかよ。今のも、さっきの振動も、一つ間違えれば死んでたぞ。

何故かゴーレムは二度目の攻撃は放たなかった。その場で硬直している。まるで無防備に熱線を受けて無事な僕に驚いているかのようだ。

もちろん、幻影のゴーレムに感情なんてないはずだから気の所為だろう。

鈍い音が響き、ゴーレムが跪く。リィズが後ろから足を蹴ったらしい。

「クライちゃんに、熱線なんて効くわけねえだろッ! このクソザコがッ! 魔法系攻撃なんて、とっくに超越してるんだよぉッ!」

そうか。僕は魔法系攻撃を超越していたのか……それは初耳だな。

激しい金属音と共に、ゴーレムが痙攣するようにがくがくと震える。ちょっと面白くなって笑ってしまう。

なんとか手をつき、体勢を立て直そうとするが、全く動けていない。リィズの蹴りがそれを許さない。

先程盾を蹴っていた時よりも勢いが増している。僕が攻撃されたのが腹に据えかねたのだろう。

できれば攻撃を受ける前になんとかして欲しかったが、贅沢はいうまい。

ってか、やばくね? 全然ダメージ受けてないんだけど、あのゴーレム。

頑丈な幻影はリィズの天敵だ。

彼女の戦い方――というか盗賊の戦い方は、素早い身のこなしで翻弄し、急所を突くことである。

リィズはめちゃくちゃ強いが、こういう急所がどこにもないような相手はとにかく相性が悪い。

蹴りで巨大なゴーレムを跪かせる時点で相当凄いが、ジリ貧だ。ゴーレムに痛覚や疲労があるとも思えないし、ダメージを与えられなければ倒すことはできない。

ゴーレムが後ろから攻撃を受けながらも、その右手に持った剣を振りかぶる。

そして、僕に向かって振り下ろした。

僕とゴーレムの距離は十メートル近くある。いくらなんでも届くわけがない。

油断しまくりな僕に、しかし巨大な剣の切っ先は本来のリーチを越えて襲いかかってくる。

あいつ、剣投げやがった。そう理解したその時には『結界指』が巨大な剣を弾き飛ばしていた。命中率良すぎない?

眼の前が真っ暗になりかける。今更死を覚悟した心臓が早鐘のように鼓動する。

守られている事は理解していても、死の気配に慣れることなどあるわけがない。

僕は今、二回『死んだ』のだ。

弾かれた剣が地面を数度跳ね、土埃をあげて止まる。

僕は手足の震えを隠し、腕を組んでリィズの真似をしてニヒルな笑みを浮かべてやった。

「物理系攻撃なんて通じるわけがないだろ。僕はレベル8だよ? 回避なんてする必要もないね」

まぁしようとしても出来ないんですが……。ハードボイルドだったかな?

ゴーレムの動きが再び止まっている。おいおい、まさかレベルを聞いてビビったのか? 最近のゴーレムは進んでるなぁ。

残った結界指の数は4つだ。また新たな攻撃を受けない内にさっさと逃げてしまおう。……足が動かない。

「ますたぁッ!」

タイミング良く、ティノが息を切らせて飛び込んでくる。

ゴーレムの眼の前を突っ切ったのに攻撃されないなんて、これが日頃の行いの差なのか。僕なんて何もしてないのに攻撃されてるのに。

動揺しているのか、飛びついてくるティノを抱きとめ、落ち着かせる。

双眸にはじんわり涙が浮かび、顔色は蒼白で髪も乱れ、装備も汚れているが怪我などはないようだ。

右手にもしっかりと見つけた宝具を持っている。ハンターの鑑だな。

しかしこうして後輩に頼られると何とも言えない優越感が湧いてくる。震えていた足に力が戻る。

なんとしてでもこの後輩を守らねばならないという使命感すら感じる。

この後輩、僕より数倍強いんですがね。

「てぃいいいいいいッ! いつまでクライちゃんに抱きついてんだころすぞッ!?」

「ッ!?」

確かに隙だらけだったが、戦場で弟子に言うことじゃない。厳しい師匠だ。

ティノが雷に撃たれたかのように震え、ゆっくり離れる。まだ泣きそうな顔をしている。

が、後は逃げるだけだ。どうせ泣きそうな状態でもティノの足は僕と同じくらい速いだろう。

ゴーレムが再起動する。諦めたのか、後ろを振り向き、リィズに向かって腕で薙ぎ払う。

リィズがあろうことかそれを足場に飛び上がり、ゴーレムの頭を蹴り飛ばす。

巨体がバランスを失い地面に倒れる。リィズも蹴りの反動で大きく後ろに跳び、華麗に地面に着地する。

リィズが一人いると安心感があるな。僕はひらひらとそちらに手を振った。

「リィズ、ここは任せたよ」

「はぁい。……てぃー、しっかりやれよ。殺すぞ」

「は、はいッ! お姉さまッ!」

さっきからティノ、「はい」と「お姉さま」と「ますたぁ」しか言ってないな。

ゴーレムが身を起こす。頭部を蹴飛ばされても堪えていないらしい。あれほど蹴られた脚部にも目立った破損は見られない。あれに弱点はあるのだろうか?

僕はその前に堂々と立ち塞がるリィズを確認すると、ティノの手を引いて遠慮なく逃げ出した。

§ § §

何だこの化け物は……。

ノトはゴーレムを通して水晶玉に投影された映像に戦慄した。

ノトがその弟子たちと生み出した迎撃システムは戦略級のゴーレムだ。

金に糸目を惜しまずに研究に研究を重ね生み出されたそれは、最高級の宝具を幾つも購入できる程の金がかかったが、ゴーレム技術の最先端を走っている自信があった。

この世の神秘を解き明かす『アカシャの塔』が使役するに相応しい代物だ。

今の所一体しかいないが、王国の正規騎士団など相手にならない。高レベルなハンターを複数人相手にしても十分圧倒できるだろう。

陸戦型ゴーレム『アカシャ』はあらゆる状況を想定し作られている。

全身を覆う特殊装甲には関節部を含め隙は一切なく、高度物理文明の砲撃すら耐えうる。

右手に握った主兵装、『真理の剣』は魔術と極めて高い親和性を持つ希少金属で出来ており、魔術によりその切れ味を増強している。

内蔵する膨大な魔力により生み出された膂力で放たれた斬撃は打ち合った剣ごと両断するだろう。

防御兵装である『断界の盾』はソフィアのアイディアだ。

全身を特殊合金の装甲で覆った隙のない『アカシャ』にとって、盾など本来不要なものだが、強固に主張したため採用することとなった。

装甲よりも一段強度の高い金属でできており、特に防刃に特化した性能を持っている。どんな宝具を使ってもそれを貫くことはできまい。

他にも素早い盗賊を想定した光線魔法の射出や、内蔵魔力を噴出し一時的に障壁を張る機能など、過剰とも言える機能が詰め込まれている。

知識や研究を重んじる『アカシャの塔』からも高すぎると苦言を呈された程だ。

絶対に負けるわけにはいかない。非常事態を想定しての最終防衛システムだ。

相手がレベル8の認定を受けているハンターでも負けるわけがない。

しかし、その自信は数分の攻防で木っ端微塵に砕かれていた。つい先程まで性能に絶対の自信を持っていたノトの弟子たちもその光景に青ざめている。

アカシャを相手に一度も攻撃を受けることなく渡り合う『絶影』も驚異的だが何より――

「ありえない……物理攻撃も魔法系攻撃も効かない、だと!?」

回避されたのならばわかる。防御行動を取ったのならばまだ納得できる。

だが、千変万化はそれを無防備に受けた。にもかかわらず――無傷。

熱線は単純な攻撃だが回避しづらく、上級攻撃魔法並の威力を持っていた。高レベルのハンターでもまともに命中すればひとたまりもない。

『真理の剣』の投擲だってそうだ。単純であるが故に防ぎづらい。

「な、何かの宝具では!? アカシャの攻撃を受けて無傷の人間なんているわけがないッ!」

「だが、二回だ。一度なら結界指を使った可能性もあるが、そう何度もアカシャの攻撃を防げる宝具があるのか!?」

「魔力障壁の可能性は――ない、か」

「術を使った様子はない。クソッ、どんなからくりだ」

混乱と得体の知れない者を見た恐怖からざわつく弟子たちを見て、そのあまりに無様な様子に、ノトは嘆息する。

未知を前に、好奇心よりも恐怖を感じている。好奇心が、知識欲が足りていない。

こんな時に頼りになる二番弟子と三番弟子はゴーレムの操作のため研究室に残っており、一番弟子はいない。

何より既に、気づかれるはずがなかった使い魔の監視を看破されている。それも、付近を見張るのに使っていたサンドラビットだけでなく、ある程度外側の監視に使っていたサイモスまでも、だ。

アカシャは精神的な支柱でもあった。

弟子の一人が恐怖のあまりに震える声をあげる。アカシャの製造に特に熱心だった弟子だ。

ゴーレム技術に精通し、アカシャの性能に自信を持っているからこそ、この状況に耐えきれないのだろう。

「この表情を見ろ。この余裕を見ろ。まるで攻撃してみろと言わんばかりの無防備な佇まいをッ! ほ、本当だったんだ……俺達を、どうでもいい。取るに足らないものだ、と」

「ただの偶然だ。忘れよ。まだアカシャが……負けたわけではないッ! 研究は成就しつつある。今は奴らがゴーレムにかかっている隙に退くのだッ、いいな?」

動揺する弟子たちを一喝する。だが、その言葉に説得力がないことをノトは理解していた。

偶然などという単語で済ませるには状況が出来すぎている。

弟子たちがノトの強い言葉に、冷静さを取り戻す。

言い合っていた所でどうにもならないという事を理解したのだろう。

「し、しかし、千変万化は――ウサギの飼い主は巣穴の中だ、と――既に、ここも――」

「……この近くにサンドラビットの巣が幾つあると思っている」