軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

454 弱点

あまりにも暴力的過ぎる。恐怖を与えるのはレディ側なのがルールなのに、まったく分をわきまえていない。

暴かれた入口を使い、敵が――サヤ・クロミズが、幽霊教室の中に入ってくる。

レディはとっさに指を鳴らした。転がっていたモンスター・ディギーの姿が消失する。

「ここは…………」

「ルシア、警戒して。私が前に出る」

ルシアにサヤ、そしてサヤが率いる異形の存在。イレギュラーにも程がある。

まさか、入口をこじ開けられるような存在が人間にいるなんて。

だが、こうなってしまった以上は仕方ない。幸い、二人を除いた調査員達は幽霊教室に二の足を踏んでいる。

レディは他の邪魔が入る前に、もう一度指を鳴らした。

扉が勢いよく閉まり、サヤ達二人と他の調査部隊を遮断する。

そして、レディは即座に幽霊教室と学院の第66教室に存在していた繋がりを削除した。

これで二度とこの扉は使えない。だが、もう二度とサヤにこじ開けられたりはしないだろう。何しろ、扉それ自体を破壊してしまったのだから。

どちらにせよ、この幽霊教室は広まりすぎた。そろそろ消すつもりだった、問題はない。

そして、ここは宝物殿【星神の箱庭】。

うまいこと侵入したと思っているかもしれないが――ここは言わば、レディの腹の中だ。

「ッ!? サヤ、扉の向こうが――」

「遮断された。ルシア、気を付けて」

ルシアが叫ぶ。たった今破った扉の向こうにある光景――そこにあったのは、既にルシア達がいた校舎ではなかった。

夜のゼブルディア魔術学院。

だが、時間が経過したわけではない。

ここには、表の世界と違い生徒達も教師もいない。

外の世界を模し、しかし致命的に異なる――異界の学院にして、レディ達の狩りのフィールドである。

ここは、帝都の裏側、星神が恐怖を知るために生み出した宝物殿【星神の箱庭】。

暗闇を睨みつけ、ルシアが吐き捨てるように言う。

「…………最悪ッ」

レディも完全に同意である。だが、この宝物殿に足を踏み入れたのは自分達だ。

ルシアの目が初めてレディを捉える。

一番の問題は異界の扉をこじ開けたサヤという女だが、ルシアもルシアでかなり厄介そうだった。

レディにはその身から迸る力が見えていた。

恐らく、あのモンスター・ディギーの自信を喪失させたヒューよりも格上だ。これまで攫ってきた学生達とは格が違う。

ルシアの目はレディを敵か味方か判断しかねていた。レディがゼブルディア魔術学院の制服を着ているためだ。

だが、味方の振りをするのは無理だろう。サヤには以前同じ姿で外にいるところを見られている。

彼女達は二人とも厄介な相手だ。しかし、その恐怖の対象を知る事ができれば、星神の帰還も大きく近づくに違いない。

宣戦布告の意味を込めて微笑みかける。とりあえず、初手としてどろりとした血の涙を流してみた。

レディの持つ情報が正しければただの女子供ならば悲鳴の一つもあげるインパクトがあるはずだ。

あいにくここにやってきてからこれに怖がった人は殆どいないが――。

「ッ!?」

ルシアの目が大きく見開かれ、表情が強張る。予想外の反応に、レディは思わず真顔になった。

サヤの方は眉一つ動かしておらず、感情もみだれていないのに、ルシアの方から強い感情の波を感じる。

レディ達の目的にして大好物――恐怖の感情だ。

もしや、ルシアはレディが想像している程強くないのだろうか?

試しに、ルシアに向かって手を伸ばす。びくっとするルシアに、レディは首を傾げ、か細い声で問いかけた。

「おねえちゃん……わたしを、たすけにきて、くれたの?」

「ッ!?」

「危ない、ルシアッ!!!」

「ッ!?」

本当にサヤが邪魔過ぎる。神隠しを始めてから最高の手応えを感じたその瞬間、サヤに従う異形の存在が襲いかかってくる。

幸い、宝物殿に潜り込んできたのは三体程度だったが、あまりにも厄介過ぎた。

か弱い少女の姿をしているレディに、異形の人型が思い切り腕を振りかぶる。

一体この生き物は何なのだろうか? とっさに後ろに下がるレディの眼の前すれすれを影のような人間の拳が通り過ぎる。

そして、拳はそのまま教室の壁に突き刺さり容易く貫通した。遅れてひびが入り、壁がばらばらになる。

レディは強化されているはずの壁を紙切れのようにぶち破るその怪物に呆然とする事しかできなかった。

サヤが訝しげな表情で言う。

「パワーが……上がってる……?」

「!? なんでこんなの連れてきたの、おねえちゃん!?」

思わず悲鳴のような声をあげるレディ。

この宝物殿は恐怖の観察のために存在する宝物殿なのだ。レディ達以上の恐怖の存在なんて連れてきてはダメなのだ。

こんな存在、モンスター・ディギーでも逃げ回りかねない。

異形の存在から、さらさらという奇妙な音が聞こえ始める。砂が零れ落ちるような奇妙な音だ。お手本にしたいくらい恐ろしい。

しかも異形は三体もいる。外にはもっといるだろう。ルシア一人だったら大歓迎なのに、最悪だった。

ダメだ、せっかくいいお客さんが来てくれたのに逃げるしかない。

レディは両手を振り上げ、血をドロドロ流しながらよたよたとルシアに近づいた。

「おねえちゃあああああああああああああんッ!」

「ッ!!」

怖がっている。悲鳴は上げていないが、私を、怖がってるッ!

だが、後退るルシアとレディの間に、サヤが入り込んでくる。その手にはいつの間にか金属製の警棒が握られていた。

サヤはレディを見ても何の感情も浮かべていない。

いや――正確に言えば浮かべているものはある。

苛立ちだ。サヤは無言のまま、綺麗なフォームで、血みどろのレディに向かってためらいなく警棒を振り下ろした。

この宝物殿はレディ達のホームグラウンドだ。大抵の攻撃は通じない。

だが、直感的にわかった。

その警棒はきっと――レディに甚大なダメージを与える、と。

「ッ!?」

素手で幽霊教室の扉に干渉してみせたその力。その力が、警棒にまで適用されているのだ。

警棒が命中する寸前に、ぎりぎりでレディは存在を霧散させた。

警棒が空を切って空振る。軽い痛みがレディに奔る。

信じられなかった。存在をばらばらにして逃げたはずなのに、かすっただけでダメージがあるなんて――。

サヤが油断なく周囲を見回し、舌打ちをして警棒をしまう。

「ちっ……逃げられた。後少しだったのに」

一刻も早くこのサヤを追い出したい。

ダメなのだ。レディ達の世界に、怪物相手に戦う騎士とか、妙な能力を持つ女とか入ってきてはいけないのだ。

レディ達に必要なのはこのルシアみたいな、まっとうに恐れてくれる人だけなのだ。

身体を霧散させるのは最終手段だ。この状態になると、ほぼ全ての攻撃が通じないが、しばらくほとんどの力を使えなくなってしまう。

だが、ここまでしなければきっとサヤはレディを完全に消滅させていただろう。

レディは逃げる前になんとか意識をルシアの耳元に近づけると、その耳元で囁いた。

「さようなら、やさしいおねえちゃん」

「っ!?」

「そこだッ!!!」

震えるルシア。即座にサヤがルシアの耳元を警棒で薙ぎ払う。

強い痛みがレディに奔る。痛みとは警戒信号、恐らくこの攻撃は大なり小なりレディにダメージとして蓄積されているのだろう。

最悪だ。本当に最悪だ。レディは誰にも見えない涙をぽろぽろ流しながら、その場を逃げ出した。

§ § §

「ええええええええええ!? レベル8ハンターが来ていたのか!?」

ルークお兄さまの嘆きの声が《始まりの足跡》クランハウス三階フロア、錬金術の研究室に響き渡る。

その様子に、シトリーお姉さまが苦笑いで補足した。

「後から確認したんですけど、正確に言うなら、暫定レベル9みたいです。クライさんが譲ったみたいです」

「くそっ! 俺も斬りたかったのにっ……なんだって、いつもこうタイミングが悪いんだッ」

「んー……日頃の行い?」

「日頃の行い……」

師のあまりにもあんまりな言葉に、ポーションをこくこくと飲んでいたティノが少し頬を引きつらせて呟く。

地下訓練場で唐突に始まった前代未聞の模擬戦は大盛況のうちに幕を閉じた。

サヤ・クロミズは強かった。それも、その強さは通常のハンター達の延長線上にはなかった。

原則、見ることも触れる事もできない何かを操る能力など、見たことも聞いたこともなかった。きっとお姉さまが 盗賊(シーフ) 御用達の驚異的な洞察力で気づかなければ誰も気づかなかっただろう。

最近、ティノ自身も実力が上がってきたという自覚を持っていたのだが、まだまだ未熟なのを感じる。それはきっと、心構えの差だ。

マスターと一緒にずっと冒険を続けていたお姉さまは、たまに千の試練を降らせられるくらいのティノとは注意力が違うのだろう。

これまでレベル9ハンターと会った事は一度もなかったが、レベル9というのはあれほどのものだったのか。

目を瞑ると思い出されるのは、サヤが最後に放とうとしたものだ。

サヤの瞳を見ていない状態でも伝わってくる、異様な空気。ティノの直感が正しければ、あれは表に出してはいけないものだ。

もちろんコントロールはできているのだろうが……。

結局模擬戦の結果はお姉さまやシトリーお姉さまも飛び込み、大混戦になっているところでお呼びがかかり、有耶無耶の内に終わった。

お姉さまやシトリーお姉さまが参加してからはサヤも回避行動を取るようにはなっていたが、唯一その模擬戦でわかった事があるとすれば、あれほどの人数を同時に相手にしていたのに、最後までサヤが無傷だったという事だ。

まぁ、回避している時点でただ黙って攻撃を受けるマスターよりは格下だろうけど……。

「でもルークちゃん来なくて良かったよねー、さすがにサヤちゃんが可哀想だし……」

「今のルークさんの斬撃飛ぶからねえ……初見だと受けるの相当きつそうだし」

確かにルークお兄さまがユグドラで体得した斬撃はとても剣技には見えない代物だった。

一体ルークお兄さまの目指す高みはどこにあるのだろうか。

「なぁ、もう一回来ないかな? クライに頼めばいいのか? ずるいぞ、リィズ達ばっかり、レベル9を斬れるなんて――」

「斬ってないから。それにルークちゃんがいないのが悪いんでしょ?」

ルークお兄さまは相変わらずだ。ちなみに、ルークお兄さまが不在だったのは修行しにいっていたかららしい。

普段から鍛錬を怠らないお姉さまだって余暇に買い物に行ったりするのに、ルークお兄さまにはそういうのが全くない。ストイック過ぎる。

「そう言えばシトリーお姉さま、模擬戦でガス使いませんでしたね」

「もうサヤさんの能力は大体わかったから。確かに強いけど、あれならなんとでもできるでしょう? クランメンバーも大勢いたし、ガス使う事もないかなって」

「はまれば強いけど、奇襲にめっちゃ弱いよね、サヤちゃん。さすがに対策くらいはしてるだろうけど」

確かに、サヤ本体の戦闘能力はティノと大して変わらなそうだった。

対人戦闘能力を鍛えているティノと同程度の戦闘力はありそうだったが、認定レベルを考慮するとかなり低めだろう。能力による防御だって、ティノならばともかくお姉さまの神速の攻撃ならば掻い潜れる可能性もある。シトリーお姉さまのガスや、ルシアお姉さまの魔法だってチャンスはあるだろう。

だが、実際にサヤは戦場で長く生き延び、レベル9になっている。ティノは身を震わせて言った。

「奥の手があるんでしょうね……あるいは、もっと強いものを呼び出せるとか……」

「模擬戦で死者を出すわけにもいかないし、戦場ではもっと強そうよね」

「な、なるほど…………」

確かにシトリーお姉さまの言う通りだ。今回のような模擬戦ならばともかく、混戦で『さらさら』に対応するのは無理だろう。

今後の模擬戦は避けた方がいいかもしれない。最後に呼び出そうとしたものだって、見えていない国家機関の職員達がプレッシャーで呼吸もおぼつかなくなるほどのものだったのだ。

お姉さまはそれへの対策として、サヤの瞳に映る姿を見るという手法を導き出した。だが、その手法はサヤ側の対策で簡単に潰されるものだ。

ちょっと目をつぶれば瞳に映る姿なんて関係ないし、そんな状態でも能力は発動していたのだから。

「ティノ、いい経験したなぁ……くぅ……」

「あ、ありがとうございます、ルークお兄さま……」

心底悔しげに言うルークお兄さま。

確かに、今回の模擬戦はいい経験になったかもしれない。こんな安全な模擬戦でレベル9と戦えるなど滅多にない事だ。これも全てマスターの思し召しだろう。

そこで、未だ悔しさを隠しきれていないルークお兄さまにシトリーお姉さまが言った。

「まあすぐ機会が来ますよ。暇ならルシアちゃんの手伝いでもしたらいいのでは? サヤさんもいるかもしれないし」

「!! ルシア!! でも、とりあえず一人で依頼やってみるって言ってたよな? 邪魔したくねえなあ」

ルークお兄さまにブレーキがあった!?

腕を組み難しい表情をするルークお兄さまに、シトリーお姉さまは調合したばかりのポーションを揺らしながら言う。

「今なら気が変わってるかもしれませんよ。今回の案件、ルシアちゃんが苦手なタイプみたいだから」

「? ルシアお姉さまに苦手なタイプなんてあるんですか?」

ルシアお姉さまは、才色兼備、文武両道、ゼブルディア魔術学院に招待され、《万象自在》という二つ名まで与えられた魔導師だ。

魔導師というものは大体万能なものだが、マスターの魔導書を紐解きオリジナル魔法を多数編み出したその力は他の魔導師と比べても抜けている。精霊との契約も交わしているし、周囲の評判も上々だ。

ティノの知る限りルシアお姉さまには弱点なんてないのだが――目を丸くするティノに、お姉さまがおかしそうにいった。

「あー、ルシアちゃんの苦手なタイプねぇ。ルシアちゃんねぇ……ふふ。おばけが苦手みたい」

「おば…………け?」

「怪談とか、昔から苦手みたいで……私は大好きなんだけど」

予想外の言葉に、ティノは一瞬混乱した。

お化け。幽霊。怪談話はハンター黄金時代でそこかしこにリアルの不思議が見つかる今もまだ娯楽として根強い人気を誇っている。ティノだって一つや二つは聞いた事がある。

でも、ルシアお姉さまいつも高レベル認定の魔物や幻影と戦っていて……その中にはグロテスクな見た目もいるし、命がけなわけで――それが、お化けが怖い?

そもそもお化けとはなんだろうか?

つい先日、帝都の教会で戦った呪いの品についていた『マリンの慟哭』だって人型をしていたしお化けのようなものだろう。あの時ルシアお姉さまは教会で皆と一緒に攻撃に参加していたはずだ。

そしてシトリーお姉さまの朗らかな笑顔……きっと散々ルシアお姉さまをからかったのだろう。ティノが見ているところではやっていないだけで。

「おう、俺も苦手だぜ、お化けは。斬れねえからな……斬るけど」

「大人数だとまだ大丈夫なんだけどねえ。ルシアちゃん負けず嫌いだし」

ルークお兄さまは平気そうですね……。

しかし、まさかルシアお姉さまにそんな弱点があるなんて…………ルシアお姉さまならパニックでも平気で魔法を使いそうだけど。

ティノも神隠しの噂は聞いたが、確かにちょっと怪談っぽかった。ティノはずっと帝都に住んでいるが、帝都でその手の噂がここまで流行ったのは始めてだ。

「サヤちゃんも同じ案件で呼ばれたみたいだから、一緒に行けば会えるかもしれませんよ?」

「ふーん。模擬戦できるかな?」

「どっちかというとルークちゃんの方が怪談みたいだよね」

一部の界隈では怪談よりも恐れられていると思います……ルークお兄さまは。

特に、剣を持っている相手をとりあえず斬りに行くので剣士や騎士から向けられている感情は相当なものだ。

でも、シトリーお姉さまのキルキル君も怪談より怖いと思います……。

「でもなー、まだ手伝って欲しいって言われてないからなー」

「ルシアちゃんの邪魔するのも申し訳ないしね。でも、少し調べてみたんだけど、けっこう面白そうな事件だし準備しておくのはいいのでは?」

「…………レベル9斬りてえなあ」

「私ももう一回戦いたいなあ。次は絶対にサヤちゃんが呼び出したものをぶっ殺してやるのに」

「私もサヤちゃんの目をじっくり調べてみたいです」

ルシアお姉さま……大丈夫かな。なんなら私が手伝いますよ!

ティノはとりあえずお姉さま達の事を頭から追い出して、ルシアお姉さまの無事を祈る事にした。