軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

440 嘆きの亡霊は引退したい⑨

探索者協会本部。前回来た時よりも随分騒々しくなってしまった、白亜の建物の喫茶店。

ようやく諸々の事情聴取から解き放たれ、僕はそこにある卓の一つで、のんびりと欠伸をしていた。

前回ここにやってきたのが、本当に随分前の事のようだ。僕がコードにいたのは恐らく一月とかそこらのはずだが、なんだか随分とあの都市にいたような気がする。

対面に座っていたカイザーが、コーヒーを片手に言う。

「やれやれ、そのお手並み、拝見させてもらったよ。さすがは名高い《千変万化》、やる事がぶっ飛んでるね。まさか難攻不落の空中都市を物理的に落としてしまうなんて」

「しかも探索者協会本部の近くまでデリバリーするなんて、とても親切」

本気なのか嫌味なのか、真剣な表情でサヤが同調する。

レベル9認定試験は結局、混乱のまま幕を閉じた。

コードの墜落とそこから避難してくる市民の人々の処理と、カイザーやサヤが捕縛したジーンに雇われていた犯罪者の傭兵達に(どうやら、二人はジーン軍と接戦を繰り広げるノーラさん達の間に入ってノーラさん達に助力し、大暴れしたらしい。さすがはレベル8だ。やはり操られていたというのは演技だったのだろう)、探索者協会本部は一時機能停止するほどの状況に追い込まれた。

各国の協力もあり、今は多少、落ち着いたようだが、平常運転に戻るにはしばらくの時間が必要だろう。

コードが落ちた原因について混乱の中で有耶無耶になった。今回依頼を受けた三人の中で一番内部評価が高かったらしい僕は、本部に呼び出され色々調書を取られたが、そもそも僕は元々頼まれていたコード王族の保護は全うしているのだ。

少しばかり保護する人間が多くなってしまったのは認めるが、後は個人の領分ではない。探索者協会の仕事である。

さすがの僕も、今回ばかりはまずいと思った。いや、いつもまずいとは思っているのだが、浮遊都市を落とすのはこれが初めてだ。

王塔を脱出してから都市が綺麗に消滅していくのを見ている間も死ぬかと思ったし、落下地点の目と鼻の先に何故か見覚えのある探協本部の建物を見つけた時は悪夢を見ている気分だった。

不幸中の幸いだったのは、コードの墜落が想像以上に緩やかで、墜落したにも関わらず死者が出なかった事だろう。どうやらあの都市は崩れ落ちるその瞬間まで人命に配慮していたらしい。

落ちてしまったコードに関する諸々は探索者協会や諸国の裁定待ちである。だが、きっと、うまいことやってくれる事だろう。全てを放り投げるほど探索者協会は無責任ではないはずだ。

と、そこで僕は一つ、解決していない事があるのに気付いた。カイザー達を見て恐る恐る確認する。

「…………そう言えば、平和主義の王族に無理やり言う事聞かせていた貴族達ってのは――」

「?? 何を言ってるんだ、君は?」

「?」

不思議そうな表情のカイザーとサヤ。

…………仕方ない、真相究明は諦めよう。もともとそんなに興味があるわけでもないし、何にしても仕事は終わったのだ。

肝心のレベル9認定試験の結果だが――まだ出ていなかった。

目標となる王族の保護は無事達成できたものの、大事にし過ぎたのだ。

レベル認定試験の合否というのは、目標達成は前提であり、その他の加点減点を加味して結果が発表される。

僕はレベル9には興味なんてないが、カイザーやサヤからすれば合否は気になるところだろう。

僕はヘマをしたが、カイザーやサヤはちゃんと仕事をしているのだ。

なんというか、連帯責任とはいえ、こう、申し訳ない事をしてしまったな……。

そんな事を考えていると、カイザーが深々とため息をついて言った。

「しかし、今回は自分が如何に狭い世界で活動していたかを知らされたよ。たった一人でコードを落とした《千変万化》の手腕もだが、《夜宴祭殿》の力にも驚かされた」

「別に……それに、クライの駅でのアドバイスがなかったら、朝に能力を発動できなかった」

「????? ………………ま、まぁ、役に立ったなら何よりだよ」

どうやら何だかわからないが僕のアドバイスが役に立ったらしい。アドバイスをした記憶すらないんだけど、それは言わない方がいいだろう。

しかし、たった一人でコードを落とした、か…………いや、確かにそうだけど、僕だって落としたくて落としたわけではないんだよ。うっかり落としてしまっただけで……。

ため息をつき、前回は食べられなかった特大のパフェをスプーンで掬い、口の中に入れる。コードでは体験できなかった痺れるような甘さが脳天を突き抜け、僕は思わず目を細めた。

この強烈な糖分を果たしておひいさまは気にいるだろうか? コードの王族達は今、探索者協会に保護されているが、外を歩けるようになったら帝都を案内してあげるのもいいかもしれない。

きっと、あの好奇心旺盛なおひいさまならば、帝都ゼブルディアも気に入るはずだ。

「そう言えば、私はレベル9認定試験の結果が出るまでここにいるつもりだが、クライはどうするんだい? いや、認定に値すると言うつもりはないが、結果を知らねば帰れないからな」

「あぁ……僕は帝都に戻るよ。随分空けちゃったし、お土産も持っていかないと――後、レベル9認定は…………どちらにせよ、辞退しようと思うんだ。最後の最後で大きなヘマをしたしね」

「……クライ、貴方が辞退したら、私達の立つ瀬がない」

いや、そんな事はないと思うよ。結果的に僕達は王族を皆助け出した上に、各国の監獄がぱんぱんになるくらいの数の犯罪者を捕縛する事ができた。大物も何人もいたようだし、聞いた話では武帝祭でも暗躍していた組織――狐のボスを二人も捕まえたらしい。

そんな恐ろしい連中が潜んでいたとは、本当に出会わなくてよかったと胸を撫で下ろすばかりである。まったく。

久しぶりに解放された気分でのんびりしていると、ふと久しぶりの声が聞こえてきた。

「いたいた、クライちゃーん、迎えにきたよ!」

聞き間違えようがない、元気いっぱいの声。目を見開き、声の方向を見る。

そこにあったのは、なんだか懐かしいリィズ達、《嘆きの亡霊》のメンバーの姿だった。

ユグドラを探索していたはずなのに、もう飽きたのだろうか?

……いや、そりゃ一月も空けていたら探索も終わるか。しかし、ここけっこう遠いのに、よくもまあ迎えに来たものだ。

一人での依頼も終わってみれば気楽で悪くなかったけど、そろそろ《嘆きの亡霊》のリーダーに戻らないとな。

おひいさま達は探索者協会の保護を受けている。別れを言えないのは寂しいが、生きていればまた会う事もあるだろう。

「じゃあ、仲間達が来てしまったから今日はこの辺で……楽しかったよ。またね」

僕は、コードで手に入れたお土産類――ノーラさんからもらったサプリや強化装身具やトニーさんから貰った小クモ、クラス7の証である市民カードなどなどの記念品――の入った袋を持ち上げると、わざわざこんなところまで追いかけてきてしまった幼馴染の元に向かうのだった。

§ § §

何故こんな事になってしまったのだろうか?

元アリシャ・コード侍従長、オリビア・デルシアは、あてがわれた部屋の窓からコードとは全く異なる町並みを眺めながら、深々とため息をついた。

コードが墜落する。そんな事、一月前のクライと出会う前のオリビアが聞いたら――いや、三日前のオリビアが聞いたとしても、ふざけた冗談だと鼻で笑っていただろう。

だが、現実にコードは墜落した。

都市システムは停止し、それまでシステムにより生み出されたビルは崩れ、これまで生み出されてきた道具の大半がシステムとの接続を失い役立たずになった。

突然コードが下降を始めたあの瞬間を、オリビアはこの先ずっと忘れないだろう。

幸いな事に、都市の墜落で死者は出ていないようだった。恐らくそれは、コードが最後まで市民達を守ろうとした結果だろう。

だが、結局のところ、オリビア達からは最強の都市システムが失われた。

外の世界には何もない。思考だけで呼び出せる端末も、豊富な物資も、安全も、一月前までは疑いすらしなかった輝かしい未来も。

墜落したコードの市民達は探索者協会に保護を受ける事になった。

さすがに市民全員が入れるようなキャパシティは街になかったのでまだ大半がコード跡地で暮らしているが、とりあえずはなんとか生活しているらしい。今のところはそこまで不自由なく暮らせているようだが、これからどうなるのかは完全に先行き不明だった。

こうなってしまえば、クラスなどいくら高くても意味はない(尤も、オリビアはクラス1に落とされたままだが)。

コードの墜落の原因はわかっていた。クライ・アンドリヒだ。あの疫病神のような男が、これまで以上の無能を発揮してコードの機能を停止してしまったのだ。アリシャ王女に捕縛されたジーンが叫んでいたので、間違いないだろう。

だが、クライ・アンドリヒの事を弾劾する自由すら、オリビアにはなかった。

全て、オリビアが悪いからだ。

自分の仕事を全うするためとは言え、クライを見つけ近衛にしたのは間違いなくオリビアである。

つまりそれは、コード墜落の発端はオリビアにあるという事。

今のところ、その事実を知る者は少ないようだが、それが公になればオリビアは他の市民達にどんな目に遭わされるかわからない。都市システムが生きていた頃ならばシステムが守ってくれたが、今のオリビアを守る者はいないのだ。

秘密を共有する仲間にして、恐らくオリビアと同じくらい罪深いアリシャ王女の世話係。執事長のジャンが確認してくる。

「オリビア。これからどうするか、決めましたか?」

「……知らないわ。私達に何ができるっていうの?」

オリビア達は外の世界の事を余り知らない。

親の親のそのまた親の代からコードで生きてきた。コードでは生存は都市システムにより保障されており、何をやってもいいし、やらなくてもよかった。そんなオリビア達が突然外の世界に放り出されて一体何ができるというのだろうか?

恐らく市民達の中にも恐慌を起こしている者は少なくないだろう。

探索者協会も、突然の大量難民への処置については、結論を出しかねているようだった。

もともと外から入ってきた傭兵達はほぼ全員捕縛されたようだが、生粋のコードの住人達の扱いは宙ぶらりんのままだ。

「……コード跡地に戻るという手もある。しばらくは物資ももつでしょう」

ふと出されたジャンの言葉に、オリビアは頭をがりがりと掻く。

確かに、食料はある。高度な武器や道具はないが、物資もある程度はある。それは、都市システムが、墜落後の市民達がある程度生きていけるように配慮した結果だ。

だが、それもしばらく最低限の生活を続けられる程度――市民達が新たな道を見つける時間を稼ぐためのもので十分とは言えないし、補充もされない。あんな所に戻っても未来などないし、次の道を見つける自信もない。

そもそも探索者協会が市民達をどう扱うのかの決定次第ではあるが――。

外の世界は最悪だ。食べ物こそそこまで差がないが、不便すぎる。ここ数日、オリビアは安心して寝ることすら出来ていない。

また思考が袋小路に入ろうとしたその時、扉が勢いよく開いた。

入ってきたのは、アリシャ・コードだった。

アリシャの様子は都市が墜落した後も何も変わらなかった。もちろん落ちた直後は多少慌ててはいたが、オリビアのように引きずったりはしていなかった。

思えば、当然かもしれない。

彼女はたった一月でオリビアからの処分を待つ身から、次代コード王最有力候補に駆け上がったのだ。

それはアリシャ本人だけの力ではなかったが、その身にコードの王族としてのポテンシャルが秘められている事に疑いの余地はない。

アリシャは疲弊しているオリビアを見ると、これまで見たことのない笑顔で言った。

「オリビア、私は決めました。私達は、ハンターになります。だから、今すぐ準備して」

「は……はい?」

「なんですと?」

何をいきなりおかしな事を……隣のジャンも唖然としている。

ハンター? 今、おひいさまはハンターと言ったのか?

コードにはトレジャーハンターはいなかった。探索者協会が存在しないし、基本的に市民は都市の外には出られなかったのだから当然である。

トレジャーハンターがかつてのコードの敵だったというのもあるだろう。オリビアはこれまでハンターになろうと考えた事など一度もなかったし、探索者協会に保護された後もそんな事思いつきすらしなかった。

一体どうしてこのおひいさまは突然そんな事を言い出したのだろうか?

状況が全く理解できていないオリビアに、アリシャが物わかりの悪い子どもに説明するかのように言う。

「クライが、何も言わずにいなくなっちゃったの! だから、私はハンターになって探すの! きっと自分で世界を見て回って、見つけてみせろって事だから――」

「……そんなわけ、ないでしょう。あの男は何も考えていませんよ……」

絶対に考えていない。あの男は無能である。一流のハンターらしいという話は既に知っているが、その情報を聞いても全く信じられない。

オリビアは、クラス1に落とされてからずっとあの男の動向をチェックしていたし、ジャンの力を借りて過去の様子もより詳細に調査していたのだ。

まぁ、今更そんな事言っても意味のない事なのだが――。

「……それに、もうコードの階級制度は崩壊したんです。なんで私が――」

「何か不満でもあるのか? オリビア」

「ッ!? ノ……ノーラ様!?」

慌ててその場に平伏する。アリシャに続いて入ってきたのは、ノーラ・コードその人だった。

堂々とした動作に、鋭い目つき。オリビア同様、都市システムの加護は失っているはずなのに、その様子はコードにいた頃と全く変わっていない。

続いて、同じく何一つ中にいた頃と変わらないトニー王子が入ってくる。

「余りいじめてやるなよ、ノーラ。そいつらもコードの市民なんだからな」

「ふん……わかってるわ。こいつらが勝手に平伏しただけだ」

本来ならば、眼の前に在ることすら恐れ多い王族二人の姿に、心臓が凄まじい勢いで鼓動を始める。

都市システムを失ったとしても、彼らはコードの市民にとって決して逆らえない君臨者だ。

生まれてからずっとそういう教育を受けていたのだから、頭では都市システムはもうないとわかっていても、反抗などできるはずがない。

続いて、ザカリー王子が部屋に入ってきた。部屋に入るなり、眼を眇めオリビア達を威嚇してくる。

「おい、てめえら。アリシャに酷い事をしたら殺すぞ。わかったな?」

「ひっ……」

「ザ、ザカリー、駄目だよ。市民には優しくしないと。君がそういう態度だと、君についている下級民と市民の戦いが起こるかもしれないじゃないか。そうなったらアリシャが悲しむ」

「…………チッ」

後ろからついてきたモリス王子の言葉を受け、舌打ちをするザカリー王子。

一体どういう事だろうか。こんな狭苦しい部屋に、コードの王族が一人を除いて集まるだなんて――。

そして、状況がわからずただ平伏する事しかできないオリビアとジャン達の前に、最後の一人が入ってきた。

アンガス・コード。元、次代コード王最有力候補。市民達の大半がその王位を疑っていなかった、最も王座に近い者。

アンガス王子はオリビアとジャンを見ると、はっきりと言った。

「オリビア、ジャン。私達がハンターになる準備をしろ。これは命令だ。わかったな?」

「ッ……承知、しました…………し、しかし……ハンターになって、一体何を――」

アンガス王子にまで言われてしまえば、選択の余地はなかった。だが、おかしな話である。

探索者協会やトレジャーハンターは元コードの敵である。最もコード王に近いと言われていたアンガス王子にとって、ハンターになるなど論外なはず。

しかも、アンガス王子はトレジャーハンターであるクライによって追い落とされている。

だが、アンガス王子は理由なくしてそのような命令を出すような性格ではない。

震え声で出されたオリビアの問いに、アンガスはつまらなそうに鼻を鳴らして言った。

「愚問だな。私はアリシャとは違うぞ。新たなる都市の種を探すのだ。そして、新たなコードを起動する。初代王に出来たのならば私にもできよう」

「!!」

予想外の言葉に、オリビアは思わず身を起こし目を見開いた。ジャンも同じようにアンガス王子を凝視している。

新たなるコード。

ここ数日ずっと前途について不安で眠れぬ夜を過ごしていたが、そんな事一度も思いつきさえしなかった。

アンガス王子が髭を撫でて言う。

「お前達程度の者にその大任を与えるのは、私の優秀な部下達には既にコード跡地の市民達の統制を任せているからだ。コードがなくなっても、コードの王族には市民を導く義務がある。もちろん成功した暁には相応の地位を用意しよう。わかったな?」

「…………よくもああも無様なところを見せておいて臆面もなく偉ぶれるものだな、兄上。そう上手くいくとも思えんが――仮に王杖と都市が見つかったとしても王になるのはお前じゃないぞ」

「いちいちつっかかるな! わかっている!」

新たに言い争いを始めるアンガス王子とノーラ王女。トニー王子がそれを含み笑いをしながら見ている。

ザカリー王子とモリス王子は我関せずの態度を貫き、アリシャは何を考えているのか、にこにこと無垢な笑みを浮かべている。

その光景に、オリビアは自分の中に存在していた不安が解消するのを感じていた。

コードの王族とは市民達にとってコードの象徴にして、希望である。

彼らがその意志を失わない限り、コードはなくならないのだ。

オリビアはジャンと共にもう一度平伏して答えた。

「御意ッ……」