軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

438 アリシャの場合②

アリシャ・コードはきっと、生涯、今日という日を忘れる事はないだろう。

今のこの状況がとんでもない危険に満ちたものだという事は解っている。コードの王座は軽いものではないという事も。

だが、アリシャは今、確かに満ち足りていた。

最近は本当に様々な事があった。

新たな興味深い近衛の登場。未知なる食べ物との遭遇。信じられない駄々こねを知り、幽閉から解放された。

コードという都市を観光し、これまで存在だけを知っていた兄姉達に会えた。そして、王が亡くなり、王座を狙う敵が現れた。

ここしばらく、経験の密度は、それまでの生活で得た全てを越えていた。

そして今、最後にアリシャは――戦おうとしている。

まるで魔法使いのようにアリシャの生活を変えてしまった近衛と共に。

アリシャは思う。

どのような結果になろうと、せめてコードの王族として恥ずかしくない冒険にしよう、と。

そして運命の時がやってきた。

既にノーラお姉様達は、ジーン軍の妨害のために出陣していた。クラヒ達も今頃、王塔の入口で戦っている事だろう。

アリシャ達の仕事は、ジーンの陣営がそれらに目を向けている間に、王塔のもう一つの入口から乗り込み王杖を手に入れる事だ。

杖を手に入れればアリシャの勝ち。負ければ全てを失う。アリシャも、優しい兄姉達も。

トニーお兄様が秘密裏に作っていた王塔突入用の道で、トニーお兄様に直して貰った小型のクモに跨る。

後は最高速でクモを動かし、ジャンプするだけだ。うまくいけば王塔の上層階にある飛行用警備機装兵の出口に着地できるはずだ。計算上は。

既に運転は覚えていた。前がアリシャで、後ろが近衛のクライだ。

本来ならば近衛が前に乗るべきだったが、今回は自分で運転すると決めていた。

王位とは自らの手で掴むものだから。

お腹に手を回ししっかり密着しながら、クライが言う。

「おひいさま、ほ、本当に行くの? 怖いなら、待ってもいいんだよ? 誰かがジーンを捕らえてくれるかもしれないし…………」

まったく、この近衛は本当に心配性だ。アリシャはとっくに覚悟を決めている。

今のアリシャは最初に出会った頃とは違う。そして、そのアリシャを成長させたのは間違いなく、自分だと言うのに。

「大丈夫。私には――皆がついてるからッ!」

――そして、アリシャはより良い未来を目指して、思い切り小クモを発進させた。

§

助走台としたビルを跳ぶ。長い滞空時間後、アリシャは無事、目的の上層階に着陸した。

トニーお兄様の作った小クモは凄まじい速度だった。うまくたどり着けたのは、アリシャが運転と同時に都市システムにアクセスして計算し、速度を調整したからだ。

凄まじい金属音。その速度でブレーキなど利くわけもなく、クモが床を滑り、壁にぶつかる前に脱出する。

空中で大きく回転して床に着地すると、最後はモリスお兄様から貰った万能ユニットを起動した。

アリシャの背中から一瞬で生えた節のある金属の腕が壁や床を掴み、急ブレーキをかける。

さすがは都市システムの作れる兵器の中でも最高の品と言えるだろう。手足のように自由に操れるそれは本来、機械類にアクセスし自由に動かすためのものだが、それ以外の用途でも十分に便利だった。

そこで、同乗者の事を思い出し、慌てて確認する。

「ッ!! クライ!」

「あ、あー……平気だよ。死ぬかと思ったけど……おひいさまは大丈夫?」

ぼさぼさに風で乱れた髪。壁に突き刺さったクモのすぐ下に転がっていたクライが、起き上がって言う。この近衛は本当に凄い。本当に魔法使いのようだ。アリシャは身のこなしと万能ユニットでようやく衝撃を殺せたというのに、クライは何もなしで完全に無傷とは。

王塔の中は極めてシンプルで、ただただ漆黒の通路が広がっていた。

王塔は王のための塔。王がいなくなった今、この塔には何もないのだ。新たな王が内部を作り変えるのである。

そして、王座を望むものはこの広い王塔を登りきらねばならない。

残念ながら王塔には近衛機装兵を連れてくる事はできない。都市システムで兵器を呼び出す事もできない。

ここで戦えるのは、己の身と、連れてきた信頼できる人間の近衛だけだ。

クライと共にここに踏み込めた事に、アリシャは僅かに喜びを感じ、すぐにその感情を抑える。

こうしている間も、お姉様達は戦っているのだ。遊んでいる場合ではない。

都市システムにアクセスして王塔のマップを確認する。どうやらジーンはまだ王塔の最上階には辿り着いていないようだった。

王塔の最上階には各フロアを経由しないと行けない構造になっているので、時間がかかっているのだろう。想定どおりである。

これならば追いつける。アリシャは大きく深呼吸をすると、万能ユニットを変形させた。

アリシャの背中に生えた機械の腕が変形し、スマートな翼に変わる。低空飛行での高速移動を可能とするユニットだ。

「クライ、私を背負って。私が飛ぶから」

「…………おひいさま、君、本当にいつの間にこんなに強くなったわけ?」

非現実的な状況だからだろうか。急に褒められ、胸がどきどきした。アリシャは高速移動用ユニットよりももっと凄い物を出す事もできる。都市システムを使うのと同じくらい容易い事だ。

王の崩御に伴い、アリシャの権限の凍結も解除された。今のアリシャはなんだってできるのだ。

都市システムでマップを確認しながら広い廊下を滑るように駆ける。

ジーンもようやくこちらの接近に気づき駆け出したようだがこちらの方がずっと速い。角を曲がればもう追いつく。

壁を蹴って滑るように曲がる。アリシャの目に入ってきたのは――こちらに向いた銃口だった。

憎しみに満ちたジーンの目。向けられている銃は携帯用の焼却銃だ。アンガスお兄様が研究したものだろう。

王塔の中では都市システムの兵器は呼び出せないが、携帯用の武器は持ち込める。

何かを考える間もなく、砲口が眩い光を放つ。

しかし、広範囲を焼き尽くすはずのそれは、アリシャに僅かな熱も感じさせなかった。ジーンが叫ぶ。

「何!?」

「危なッ…………あ、君がジーンさんかな?」

理屈はわからないが、抱えていたクライが焼却砲を防いだのだ。

このまま抜きされば、頂上までジーンは追いつけない。

そう考えたその時、アリシャの足に何かが絡みついた。

身体が引っ張られ、とっさに身を捻り、振り払い、床に着地する。

「そう簡単に、行くと思うか? スペア」

「ジーンお兄様……」

金属の鞭のような物を持ったジーンが笑う。

かつての王と同色の髪と眼。浅黒く焼けたその肉体は細身ながらも鍛え上げられていて、他の王族の誰とも少し違っている。

直接向けられる敵意に震えが奔った。

「事情は聞いた。もうやめて! 皆で仲良くすればいいでしょ!」

「皆で仲良く? 甘っちょろい事を抜かすなよ! この私がコードにたどり着くまでどれほどの時をかけたか――お前が死ねば、全ては計画通りなのだッ!」

ダメだ。話が通じないのはすぐわかった。ジーンお兄様はアリシャと話をするつもりがないのだ。

ジーンお兄様――ジーンは、眼の前の相手は、敵だ。このコードを私欲のために使おうとしている、敵。

本当の王の子だったとしてもそれが許されない事に変わりはない。

ここで倒さなくては。

アリシャは覚悟を決めて構えを取った。ジーンが焼却銃の引き金を引き、舌打ちをする。

「その銃は無力化した。無意味です、ジーンお兄様」

モリスお兄様の生み出した万能ユニットは元々、兵器に接続し操るための物。対面した状態で銃を無効化するなど訳ないことだ。

ジーンが銃を捨て腰に下げていた剣を抜く。

「……チッ。舐めるなよ、ずっと部屋に閉じこもっていただけの女がッ!」

「クライ…………先に行って、王杖をお願い。ジーンお兄様は私が倒す」

「え!? でも――」

クライがアリシャの言葉に動揺する。近衛が残るのが正解だと言いたいのだろう。

だが、ジーンはアリシャが倒さなければいけないのだ。王位争奪戦とはそういうものだった。

「馬鹿め。最上階には王が認めた者しか入れんわッ! 杖があっても王族しか王にはなれん!」

その通りだ。

だが、クライは最上階に入れる。クラス7とは王に直接認められた証なのだ。

確かにクライでは王にはなれないが、万が一アリシャが負けた時の備えになるだろう。

心配性な近衛を納得させるために、アリシャはジーンに叫ぶ。

「ジーンお兄様、私は王になんてなるつもりはなかった。でも、今は違う」

ノーラお姉様に、王位をくれなどと言ったのは、半ば自分の近衛の扱いを勝手に話していた姉への当てつけのようなものだった。

それが、何の因果か、次の王が決まるこの日に、アリシャはここにいる。

「皆の期待を背負っている。皆の協力がある。それに、クライもいる!」

アリシャは立派な王になれる自信はない。だが、沢山の仲間ができた。

何より、クライがいる。その協力があればきっといつか偉大なるコード王になれるはずだ。アリシャは意思を込めて叫んだ。

「皆がいれば、立派な王になって、初代コード王の野望だった世界征服だって成し遂げられるはず! そこをどけ、反逆者ッ!」

「………………あれ?」

クライがこの場にそぐわない間の抜けた声をあげる。だが、そんな事はいい。

アリシャは勝つ。勝って、コードの王族全ての念願だった世界征服を成し遂げ、最強のコードを作るのだ。そして、偉大なるコード王になって、クライに褒めてもらうのだ。

アリシャは息を吸うと、己の近衛に叫んだ。

「クライ、世界を手に入れたら、その時は――半分貴方にあげる」

「…………あ、はい」

おかしい……アリシャの想像していた反応と全然違う。

もっとクライは喜ぶべきなのに――悩む間もなく、反逆者が床を蹴る。まるで鬼のような形相で叫ぶ。

「ふざけるなッ! 貴様のような外の世界も知らない女に、世界など征服できるものかッ! 王になるのはこの私だッ!!」

「するもんッ! クライ、行ってッ!」

「あ、はい」