軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

399 囚われの雷帝④

クール・サイコーは激しく変動する状況を、ただ嵐が過ぎ去るのを待つかのような心境で見ていた。

《千変万化》とノーラ・コードのやり取りに口を挟むような度胸はなかった。他の仲間達も――いつも空気を読まずに遠慮無く突っ込むルシャですら、沈黙したまま二人の会話を聞いている。

ノーラ・コード。表に出てこない王族も少なくない中、激情家として民達から怖れられるコードの支配者の一人。

機装兵とは異なる独自のプログラムで生み出した精強な兵士を率い、第一位の勢力基盤を持つアンガス・コードに表立って敵対しているコードの女帝は、その噂に恥じない威圧感を誇っていた。

先を越された《千変万化》に向けられた慟哭と殺意は、仮にもマナ・マテリアルをそれなりに吸収し、数多の宝物殿をクラヒに引きずり回されるような形で探索しているクール達が気圧される程の濃度だった。

後ろに控えるノーラの騎士達からも、事前情報から想像していた以上の力を感じる。外の定期的に宝物殿での訓練を行っている精鋭騎士団のメンバーと比べても遜色のない力だ。

都市から一切出ていないはずなのにここまで精強な兵士を生み出すとは、コードの有する技術力は本当に恐ろしい。

そして、その女帝相手に普段と変わらない態度を取り続ける《千変万化》の姿は、それ以上に異質だった。

そもそも、《千変万化》は確実にノーラの動きを上回っていた。他の王族を巻き込み、自ら動くことなく先んじて監獄までたどり着く事ができた。

慟哭していた時のノーラ王女の表情と言葉――彼女には《千変万化》がクラヒの解放申請を先に出すのを止める事はできなかったはずだ。にも拘わらず、ノーラ王女に順番を譲ろうとは、一体何を考えているのかさっぱりわからない。

恐らく、王女にとってもその提案は想定外だったのだろう。今のノーラ王女の激情はある程度落ち着いているように見える。

だが、クールにはこうしている間もノーラ王女が全力で頭を働かせているのがよくわかった。

クラス8――王族には、監獄のルールを変える権限がある。

監獄の職員いわく、規約変更には一定のクールタイムが存在するらしいが、最初に会話を交わしていた時に言っていた五分という時間はとっくに過ぎ去っていた。

ということはつまり、現在ノーラ王女は監獄のルールを如何様にもできるという事だ。

状況は一転して、こちらに圧倒的に不利だった。

そもそも、ノーラ王女は情けをかけられるような相手ではない。

市民を人とも思わぬ残虐な性格。その感情の赴くままに市民を何人も粛清してきた最凶の王女。

噂では、配下の騎士達の中には、無理やり市民の中から徴用された者も少なくないらしい。そして、それら市民を騎士として鍛え上げ支配するだけの能力が、彼女にはあるのだ。

同じ王女でも、幽閉されていたアリシャ王女とノーラ王女は立ち位置も性格も全く違う。《千変万化》の述べた洗脳禁止の約束だって本当に守られるかどうか――。

《千変万化》の手腕は本物だ。クール達が足を使い何日もかけて調査以上の事ができなかったのに対し、彼はおひいさまの部屋の前から動かずにそれ以上の結果を出してみせた。

だが、それでも、不安は拭えなかった。クールの目には未だ《千変万化》がただの人間(しかも才能あるタイプではなくどちらかというとクールと同じ側)に見えるのだ。

職員の案内で地下への階段を下っていく。ノーラ王女は連れてきた騎士達に待機を命じたため、今の彼女は一人きりだ。

もしかしたらこのタイミングでノーラ王女を襲撃し無力化するつもりだろうか?

こうしている間も都市機能はノーラ王女を守っているはずだ。クール達が攻撃を仕掛けても無駄だろうが、レベル8の全力ならば都市システムによる守りが間に合わない可能性もあるかもしれない、が――。

と、そこまで黙っていたノーラ王女が、前を歩く《千変万化》に声をかける。

「お前、私に先に交渉させると言ったな? 二言はないわね?」

「え? もちろんだよ。…………あぁ、でも、挨拶くらいはさせてもらおうかな」

「……一応言っておくけど、あのクソ野郎が変えた、ルールは元に戻したわ」

ルールを元に戻した。つまり、監獄のルールは先程まで《千変万化》に有利になるように書き換えられていたという事だろう。トニー・コードのサポートがあった以上、予想できていた事だ。

さっさと案内されていれば今頃、何事もなくクラヒを解放する事ができていたはずなのに――。

ノーラ王女の言葉を理解したルシャが顔を一瞬だけ確かに歪める。

だが、《千変万化》の声色は変わらない。

「え……? あー…………うんうん、そうだね?」

まるで何もわかっていないかのような、のんびりした声に、ノーラ王女が口を噤む。

最下層は近かった。クール達が収監されていた階層を抜け、空気が少しずつひんやりしたものに変化してくる。

いや、実際に室温が変わっているわけではない。

これは――気配だ。

この都市のシステムは賊をどの層に収監するか、危険度で分けて決定している。監獄下層に収監されているのは凶悪犯ばかりだと聞いていた。

つまり、ここから先に囚われているのは、都市システムがクラヒクラスだと判定したものばかりだという事だ。

表の世界でもクラヒ程の実力者は少ない。眉唾ものの噂だと考えていたが、どうやら上層とは比べ物にならない実力者が収監されているというのは確からしかった。

思わず、クールは唾を飲み込んだ。

上層と違い、最下層の部屋はどうやら透明にはなっていないようだ。金属製の無機質な扉が並ぶ通路を歩いていると、何故か鳥肌が立ってくる。感覚がそこまで鋭くないクールでも感じるのだから、他の者達も同じものを感じている事だろう。隣を歩くズリィの表情も険しいものだった。

緊張したように歩く職員。何を考えているのか難しい表情をしているノーラ王女。普段と変わらないのはクライだけだ。

そして、再びノーラ王女が《千変万化》に声をかける。押し殺したような声。

「……お前、《雷帝》とどんな関係だ?」

その問いに、《千変万化》が何気ない口調で答える。

「んー? どうという事もない。ただの――友達だよ」

「ッ!?」

その時、クールは、確かにノーラ王女の表情に動揺が過るのを見た。

最初に飛び込んできた時には燃え盛る炎のようだった目が大きく見開かれ、その視線が左右に動く。

クール達はクラヒと同じパーティのメンバーだ。きっとクール達が同じ言葉を出したとしても、ノーラ王女にそのような反応をさせるのは不可能だっただろう。

再び黙るクライ。ノーラ王女の口元が微かに震え、声をあげる。

先程までの怒りの声とは正反対の、戸惑ったような声。

「クライ・アンドリヒッ……!? こ、この名前は――」

今調べたのだろうか? 動揺を隠さないノーラ王女に《千変万化》が言う。

「? あぁ、嘘みたいでしょ? 実は僕は――彼のニセモノなんだよ」

「偽名――ま……まさか、お前は――雷帝を救うためにッ、この都市にッ!?」

「え……? ………………そんなわけないじゃん。ただの、ついでだよ、ついで」

《千変万化》が中途半端な笑みを浮かべる。

そんなわけない。間違いなく、そんなわけなかった。

《嘆きの悪霊》は誰の意思でもない、クラヒ自身の決定によって、コードを攻撃したのだ。そしてその事を、他のハンターや友人などはもちろん、探索者協会ですら知らない。

クライ・アンドリヒは偽名ではないし、そもそもニセモノでもない。むしろ、どちらかというとニセモノなのはクラヒの方だ。クラヒ・アンドリッヒ自体は偽名ではないが、クール達があえて《千変万化》に寄せるように調整したのだから。

ノーラ王女の表情が目まぐるしく変わる。

そして、職員が唐突に立ち止まった。ノーラ王女の方を恐る恐る見て言う。

「……ノーラ王女、つきました。《雷帝》の部屋です」

ノーラ王女は返事をしなかった。ただその真紅のドレスに包まれていた痩身がびくりと震える。

壁が透明になる。

そこにいたのは――クールがずっと助けるために奔走していたクラヒ・アンドリッヒその人だった。

クラヒの扱いはクール達が受けたものとは隔絶していた。

武帝祭から数ヶ月。鍛え上げられた身体は傷だらけで、その手足は部屋の四隅から伸びた太い鎖で繋がれ宙吊りにされている。

恐らくクール達とは違って、ずっと繋がれているのだろう。体力も精神も限界なのは明らかだ。

ルシャが悲鳴のような声をあげかけ、慌てたように自分の口を押さえる。

先に交渉すると言っていたはずのノーラ王女は動かない。その隣を、《千変万化》が悠々と通り抜け、宙吊りにされたクラヒの前に立つ。

ノーラ王女は何も言わなかった。ただ呆然としたように、前に出た《千変万化》を見ている。

そして、《千変万化》は口元に手をあて数秒考え込むと、クラヒを見上げのんびりと話しかけた。

「やぁ、久しぶり。酷い状態だな。いや、クール達と比べたらまだまだ元気か。彼らは今にも死にそうな顔をしていたからな……」

「!?」

誰も予想していなかったであろう、何の変哲もない、中身の一切ないのんびりとした挨拶。ノーラ王女が息を呑む。

この挨拶に一体何の意味があるのだろうか? クールがそう思った、その時だった。

獄房の中に激しい紫電が散った。

都市システムによるものではない。コードの天敵たる、雷のパワー。《雷帝》と呼ばれる所以であるその力はしかし外で放たれている時と比べて遥かに小規模で、鎖にも壁にも傷ひとつつかない。

職員の表情がこわばり、(そんなわけがないのだが)クライが慌てたように一歩後退る。

俯いていたクラヒの頭が僅かに持ち上がる。その薄く開かれた双眸は一月以上監禁されていた者とは思えない光を宿していた。

乾ききった唇が僅かに笑みを浮かべる。

いつの間にか、ノーラ王女は膝をついていた。呆然と見開かれた瞳。剥き出しになった肩が僅かにふるえている。

《千変万化》が目を丸くしてノーラ王女を見下ろして言う。

「挨拶は終わったよ。ノーラさん?」

ノーラ王女はそのまましばらく固まっていたが、やがて諦めたように顔を伏せて答えた。

「…………………………私の負けね、クライ・アンドリヒ。《雷帝》は好きにするといいわ」