軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

396 囚われの雷帝

都市の中心付近から広い範囲に存在しているコード第一エリア。都市で最も栄えるエリアに存在する居城で、アンガス・コードはジーンからの報告に鼻を鳴らした。

「やはり、《雷帝》はノーラの手に落ちるか」

「間違いないでしょう。何しろ、他に対抗馬がいません。ノーラ王女の敵対者への苛烈な制裁は知られていますから」

ノーラ・コード。それは、王位継承戦でアンガスにとって最大の敵になりえる妹の名前だ。

傍若無人で王族の権限を振りかざす事に慣れきった乱暴者。人の下につくことを良しとせず、アンガスと敵対している事を公言している、度し難い人物だ。

アンガスは王位継承に備えて、前々から、各方面から精強な兵隊を集めてきた。ノーラも王位継承戦に備えていたのは同じだが、方針は真逆だ。

あの女は、兵隊を外から集めず、鍛える事にした。コードに存在していた無数のトレーニング関連の機能を紐解き分析し実験を繰り返した結果完成した彼女達の兵隊は、元コードの市民でありながらも機装兵と同等以上の能力を誇る。

コードの外の各組織にカードを送り兵隊を補充する策を主導したのはアンガスだ。だからこそ、サーヤとカイを取るのはアンガスの方が早かった。だが、監獄に関する権力においては、ノーラとアンガスはほぼ互角だ。いや、僅かだがノーラ・コードの権力の方が深く浸透しているかもしれない。

だが、仮にそうでなくとも――アンガスには、あの危険な《雷帝》を御する術が思いつかなかった。

仮面は既にカイとサーヤに使ってしまい、既にない。それなしで《雷帝》を傘下に置くのはかなり危険だ。

コードには魔術の構築を散らすための機能が設定されているが、コードのバリアを貫通するほどの雷魔術の使い手を完全に封殺できるかは未知数だった。実際に、前回探索者協会と戦った際は敵方でもっとも強い魔導師の魔術は完全には封じきれなかったという記録が残っている。

先に取らない限り、相手に取られるのは防げない。

近衛の任命は早いもの勝ち。それはアンガスにもどうしようもない近衛周りのルールの一つだ。

「解放申請が通っていないと聞いたが?」

「次は通ります。ノーラ王女は、説得の方針を諦めたらしいですからね」

コードには相手の行動を強制する多種多様な道具が存在するが、総じて言える事は、強制して戦わせた戦士は自らの意思で戦う戦士よりも弱いという事だ。

ノーラ王女が説得を試みていたのは、それが理由だろう。そして、それ故に申請は通らなかった。

解放申請は、解放した場合に予想される危険度が一定のラインを下回らないと通らない。《雷帝》は捕縛された状態でもノーラ王女の誘いに全く乗る気がなかったという事だ。

だが、説得を諦めた。ならば次は道具による意思の封殺がくる。

ノーラ王女も、アンガスがカイとサーヤに使った白面を持っているはずだ。それを使えば、コードのシステムは《雷帝》を解放できる段階にあると判断するだろう。

「ふん……焦ったか。意思なき《雷帝》ではサーヤとカイには勝てん。奴の作った騎士団など言わずもがなだ」

サーヤとカイは強い。サーヤの能力は既に確認済みだが、カイについても――その肉体は、高度物理文明が想定していた人の限界を突破している。

まず間違いなく、高度物理文明時代のトレーニングでも、カイレベルの戦士の育成は想定していない。個体としての類まれな才覚が不可欠だし、物理的なトレーニングには限界がある。そもそも高度物理文明では人よりも兵器が代わりに戦っていたのだから、それで機装兵に匹敵するレベルの戦士を生み出せた時点で称賛するべきだろう。

カイはまだ完治していないが、それでも既にアンガスが揃えた配下の中ではトップクラスの能力を誇っている。サーヤとカイがいれば《雷帝》も敵ではない。

しかし、面白くない話なのは事実だった。

「だが…………奴に《雷帝》を与えるのはなるべくならば避けたいな。何か方法はないのか?」

今のところ、ノーラとアンガスの間にはそれなりの差が存在するが、圧倒的な格差というわけではない。もしもノーラが他の王子と同盟を結んだり、監獄の最下層に収監されている他の連中を手なづけたりすれば、勝負はわからなくなる。

《雷帝》はあのノーラにとって起死回生の一手になり得る。少しでも可能性があるのならば、潰しておかねばならない

「王族に対抗し得るのは王族しかありません。クラス8の権限ならば他の貴族が解放した罪人の所有権を移す事も簡単ですので」

「近衛にせねばならぬな。王族の、近衛に。私の権限では、嫌がらせしかできん」

王族の近衛は特別な立ち位置だ。近衛という立場は都市規則で守られており、他の権限の影響を受けない。王族の権限は市民を一方的に罪人認定したり、他の機関に所属している者を引き抜いたりする事もできるが、そういう権利は王族の近衛にだけは通じないのだ。

《雷帝》をノーラの手に落ちないようにするには、なんとかして《雷帝》を他の王族の近衛にしなくてはならない。

「だが、容易ではないな。《雷帝》は危険過ぎるし、ノーラへの敵対を厭わぬ気骨のある王族など思い当たらん」

コントロールできない《雷帝》を近衛に入れるなど自殺行為。巨大なコードの威容を見てまだ弓引く事を選ぶあの男ならば都市システムの防御を貫通し、主を殺し得るのだから。

あの男を引き入れられるような王族には心当たりがなかった。そもそも、顔が好みという理由で執心するノーラが少しおかしいのだ。

難しい表情をしているアンガスに、そこで、ジーンが声を潜めて言った。

「一つだけ……心当たりがあります。ノーラ王女以外にも、《雷帝》の情報を集めている陣営があるようです」

「…………ほう、どこの陣営だ?」

初めて聞く情報に難しい表情をするアンガスに、ジーンが答えた。

「アリシャ王女の陣営です。その近衛達が最近他のエリアまで足を運び、こそこそ情報を集めている、と。ノーラ王女が警告を送った、と」

「なんと……スペアの陣営か。それは…………面白いな」

アリシャ王女は王位継承権を持つ者の中で唯一、警戒に値しない存在だ。

上級貴族達がコードの王族に何かあった時のために王に話をして作って貰ったスペアであり、コードの片隅に幽閉されていると聞いていた。

王が変われば、現在の王族はクラス8ではなくなる。クラス8は王の子に設定されるクラスだからだ。そうなれば、アリシャも用済みになる。

スペアの存在には、アンガスの陣営の上級貴族も一枚噛んでいる。コード王により権限を凍結されているアリシャの近衛が何故今更《雷帝》の情報を集めているのかはわからないが――。

「ノーラに取られるくらいならばスペアにくれてやった方がいいな?」

「解放申請が通りますかね?」

「緩くしてやればいいだろう。スペアの役割は既に終わりつつある、今事故が起こったところで問題あるまい?」

「……仰るとおりです、殿下」

ジーンがにやりと笑みを浮かべる。

王族の権限ならば監獄の解放基準を少しばかり緩める事もできる。ノーラがそれをしなかったのは、危険過ぎるからだ。

監獄の解放基準は都市システムが安全性に配慮して設定しているものだ。意図的に緩められた基準に意味などない。それを忘れる程ノーラの目は曇っていなかった。

だが、アリシャ王女の近衛にするのならば、その基準はどうでもいい。むしろ危険な状態の《雷帝》を解放するメリットすらある。

他の派閥の近衛を攻撃する事はコード王が禁止しているため、今はできないが、制御が利かず暴れる《雷帝》をやむを得ず処理する事ならば今でも可能だ。カイとサーヤを使ってもいいし、そういう状態ならば機装兵も攻撃に使える。

《雷帝》の能力はアンガスが王になった後にも有用だ。少々もったいないが、ノーラの手に落ち、大きな障害となるくらいならば、王位争奪戦が始まる前に処分してしまった方がいい。

判断は一瞬だった。ノーラも焦っている。交渉による解放を諦めると決めたのならば、すぐに《雷帝》を手駒にするために動き出すだろう。ノーラ・コードはそういう女だ。

「喜べ、近衛。貴様に貴族位をくれてやる。権限変更、クライ・アンドリヒをクラス6へ」

己がクラス6になったと知れば、疑問を抱きつつもスペアの陣営はすぐに《雷帝》を助けるべく、動き出すだろう。それがアンガスによって仕組まれた罠だとも知らずに。

アンガスは口元に笑みを浮かべ、ジーンに命令を出した。

「ジーン、スペアの補佐をする。ノーラを足止めするぞ。奴らが申請を行うその僅かな時間だけ、監獄周りの規則を変える。準備をしろ」

「御意に」

§ § §

狭い部屋の中。自分が幸せであると全身で表現しながら、おひいさまがチョコバーを貪っている。

どうやらゼブルディア謹製のチョコレートバーはおおいにコードの姫のお気に召したらしい。五本入れたチョコバーは瞬く間におひいさまのお腹の中に収まった。

チョコ友ができてしまった。ティノ以外では初めてである。

おひいさまがオリビアさんに反抗した時には驚いたが、もう気にしない事にした。そもそもオリビアさんが不敬だったのだ。

口元をチョコで汚しながらおやつを貪るおひいさまは、普段よりも更に幼く見える。

唇の周りをぺろりと舐めると、おひいさまはこちらを見て言う。

「もっと」

「……もうおやつタイムは終わってるでしょ、食べ過ぎは健康に良くないよ。また明日ね」

「…………」

おひいさまがしょんぼりしながらも引き下がる。素直だ。

しかしまさか、マーチスさんの店で屑品として扱われていたこの時空鞄と常備しているチョコバーがこんなに喜ばれる日が来るとはね。この時空鞄、余りに意味不明すぎて名前すらついていなかったのだが(屑宝具にはよくある事だ)、そろそろ名前を考えてもいいかもしれない。

一人で食べるチョコバーもおいしいが、複数人で食べるチョコバーは更に美味しい。扉ごしだが、声も通じるようになったし、これからの生活がさらに楽しくなりそうだ。

膝を抱えてちらちらとこちらを覗く、感情豊かなおひいさまを微笑ましく眺めていると、今度はクール達の一団が大慌てでやってきた。

やれやれ、皆騒がしいな。オリビアさんに何か言われたのだろうか?

目を瞬かせる僕に、クールが息を切らせて叫ぶ。

「はぁ、はぁ。大変、です。クライさん! ノーラ王女が、クラヒさん獲得に向けて、本格的に動き出しました」

「……君達の情報収集、王女にバレていたみたいだよ」

指摘してあげると、ズリィが素っ頓狂な声をあげる。

「!? あんた――い、いや、あなた、知ってたの!? それ先に言ってくれていたら変に刺激せずに済んでたのにッ!」

「おいおい、今更なんて事を言うんだよ、旦那。報連相はしっかりするぜ、最低でもなあ?」

なんでって……僕もたった今、オリビアさんに聞いたんだよ。ルシャが涙を滲ませて言った。

「ど、どうしましょお、本物さん! まだ全然目処が立っていないのにい、ノーラ王女はお兄ちゃんを洗脳するつもりですぅ!」

「…………ピンチ」

そうだねえ、ピンチだねえ。

エリーゼの表情はいつもと変わらないけど……マイペースさも本物並だ。

だが、僕にも策などない。こんなに落ち着いているのは、クラヒがいいように洗脳されるとは思えないからだ。なにせ、クラヒは妹狐や狐のボスと正面からやりあえる実力者なわけで、圧倒的弱者の僕が心配など烏滸がましい話なのだ。

そもそも、クラヒを解放するには階級がね……貴族以上じゃないとまず解放申請すらできないわけで――。

と、僕はそこまで考えたところで、大きな星のついた自分のカードを取り出し、確認した。

…………あれ? 星幾つあったら申請できるんだっけ? 大きな星は小さな星6つ分だから……もしやこれ…………足りてる?

僕は目を瞬かせると、おひいさまの方を見て確認した。

「おひいさま、監獄に友達が収監されているんだけど、助けてもいいかな? いいヤツなんだけど」

クール達が困惑している。膝を抱えていたおひいさまが僕を見て、こくこくと頷いた。

ふむ……おひいさまからも許可が出てしまった。

僕は立ち上がると、ざわつく《嘆きの悪霊》の面々に、大きな星のついたカードを見せて言った。

「それじゃ、おひいさまの許可も貰ったし、クラヒを助けに行こうか」