作品タイトル不明
371 その頃の帝都
帝都ゼブルディアを拠点とするハンター達をまとめる探索者協会帝都支部。その支部長室で、大きな椅子に深く腰をかけ、ガークは嘆息した。
「やれやれ……ようやく、呪い騒動の後始末も落ち着いたか」
帝都を揺るがす呪い事件。ゼブルディアの神秘秘術院の予言から端を発した大騒動から、帝都もようやく復帰したように見える。
あの事件は本当に酷かった。被害も大きかったが、騎士団やハンターたちを動員しても被害を食い止められなかったのが責任問題となり、探索者協会はこの一月余り、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
ガークはここ一月、連日連夜休みなく、各所との調整に奔走することになった。
一番の問題点は事件の全てを把握しているメンバーが帝国側にも探索者協会側にも存在しなかった事だ。
結局調査を進めても事件発生の根本原因を究明する事は叶わず、結局、国側と話し合って表向きの理由を作る事になってしまった。
帝国内部に一度蔓延した不安を解消するために、一刻も早く事態を収拾する必要があったのだ。もっとも、ここまで大事になったのに一月奔走する程度でなんとかなったのは、死者が出なかったからに他ならない。
あの事件は死者が百人単位で出ていてもおかしくない規模だった。それが不幸中の幸いなのか、それともあの男が意図してそうなるように計画したのかはわからないが――。
ガークのサポートとして共に休みなく働いていたカイナが疲れたような笑みを浮かべて言う。
「追求を逸らせたのは僥倖でしたね」
「証拠がないからな。死人が出ていないし、功績を考えればクライは誰もつつきたくない相手だ」
帝都の呪い騒動はわからない事も多数存在しているが、わかっている事実もある。
その一つに、最初の騒動――剣聖の道場に呪いの魔剣を持ち込んだのがルーク・サイコルであり、そのルークに魔剣を渡したのが《千変万化》だというものがあった。
本来ならば、その情報だけでクライ・アンドリヒが下手人認定されてもおかしくなかった。ゼブルディアの貴族の中にはハンターを敵視している者も存在しているのだ。
だが、結局、全ての事件は予言に出ていた『九尾の影狐』が暗躍していたのだという事になり、対策を担当していたフランツ・アーグマンが泥をかぶることになった。
正直、本当に組織が動いていたかは怪しいところだ。少なくとも、探索者協会と帝国が共同で調査している限りでは、狐の構成員だと思われていた者達は全員、帝国から消えている。
だが、それを考慮しても、今、全てをクライの責任と断定するのは誰が見ても影響が大きすぎた。
クライ・アンドリヒは皇帝の暗殺を未然に防ぎ、武帝祭では狐の幹部を後一歩のところまで追い詰めた男なのだ。そんな人物を明確な証拠もなく追及すれば帝都が揺れる。
それは、その青年が帝国貴族でもおいそれと手出しできない存在になっている事を示していた。
「クライを呼び出せと言っていた奴らも、ユグドラに向かったと伝えたら黙ったしな」
「ユグドラが呪いの精霊石を探しているらしいって噂はありましたからね。信憑性があります」
「さすがに支部を置かせてもらうって話は現実的じゃねえが……まぁ、少しでも情報が得られれば御の字だな」
精霊人の国、ユグドラ。誰もが存在を知り、しかし誰も行ったことのない、伝説の国。
恐らくそこには独自の文化が、技術が存在しているだろう。その情報には値千金の価値がある。実際にユグドラの情報に賞金をかけている国もあるくらいだ。
ガークもその国についてはほとんど知らないが、だからこそ探索者協会全体でも、ユグドラの情報の重要度は高かった。
未踏の地を攻略するのはハンターの本分。誰もが求めているからこそ、ユグドラの価値は大きい。
持ち帰った情報や技術次第では本当にレベル9も見えてくるだろう。
同じことを考えたのか、カイナが思案げな表情で言った。
「そう言えば、高レベル認定審査会議もそろそろ申請締め切りですね」
「あぁ……そうだな。今回を逃したら一年後だが…………クライが戻らないとどうにもならんな」
探索者協会が発行するハンターの認定レベル。高レベルになると前提や試験が難しくなってくるのは周知の事実だが、レベル8以降は、まず認定試験を受ける前提として、本部の審査が必要になる。
会議が行われるのは年に一度だけ。今年を逃すと次は一年後だ。
「アーク君のレベル8はどうしますか?」
「……アークは幾つかのでかい依頼を抱えている、タイミングが悪いな。それに…………ふん。アークも、今レベル8になる事は、望まんだろうな、奴にもプライドがある」
帝都の若手ハンターのトップ層として、《銀星万雷》のアーク・ロダンと《千変万化》のクライ・アンドリヒは比較される立場にある。
血筋と戦闘能力では恐らくアークが上回っているが、クライと同じレベル8とするにはアークは実績で見劣りしている。
今、アークがレベル8になれば血筋が理由だと考える者が確実に出るだろう。
実際に血筋や権力もレベル認定に於ける一つの要因なのだが、アーク・ロダンはそれを望むまい。
「後はクライ、か。レベル9は…………レベル8とは、段違いできついからな」
ガークも元々はハンターとして二つ名を受け、レベル7まで至った身の上だ。ハンターにとってレベルがどういうファクターなのか理解しているし、支部長になって初めて見えてくる事もある。
アークのレベル8は恐らく通せる。少なくとも、試験も受けさせられないという事はない。だが、クライのレベル9は違う。
レベルは高ければ高い程上がりにくくなってくるが、レベル9認定試験はその中でも別格だ。
「実績は十分だと思うんだが……レベル9は足の引っ張り合いだからな……」
「どこの支部長も皆、自分の支部からレベル9を出したがっていますからね」
レベル8とレベル9には大きな壁がある。レベル8に至れるのはある種の英雄のみだが、その英雄でもレベル9認定試験を受ける段階までいける者はほとんどいないのだ。
ハンターの認定レベルはレベルごとでそれぞれ必要とされるものが違う。
レベル8までは実績と力が必要だが、レベル9認定試験の前提条件にそれらは必要とされない。
実績や実力など、あって当然。
レベル9認定試験を受けるのに必要なのは――高いカリスマだ。
所属ハンターにレベル9の認定試験を受けさせたいと探索者協会の支部長クラスが考えた時に、その挑戦は始まる。
各国で高い信頼度を誇る著名人や探索者協会本部・支部の職員を集め、その者がレベル9ハンターに相応しいかどうか、投票が行われる。
求められるのは、全員の賛成票だ。
各界の著名人達の賛成と、探索者協会の各支部の賛成。誰もがそのハンターにレベル9の地位を与えたいと、そのレベルに相応しいと考えて、初めてスタート地点に立てるのだ。
レベルの高い宝物殿の攻略は実力さえあれば可能だが、推薦となると難しい。少なくとも、一つの国に留まったままでそれを成し遂げるのは不可能に近いだろう。
票を入れた者の名と理由は一般に公開される。
レベル10は特殊なレベルだ。もともと、信頼度という意味での認定レベルは9が到達点なのだ。
クライ・アンドリヒの活躍っぷりは凄まじいの一言だが、国を一つ救った程度ではレベル9にはなれない。
「一度審議に掛けて失敗すると二度目はハードルが上がりますからね……」
「全員の賛成票だからな。普通は通らん。皆が認めざるを得ない功績がなければ、だ」
クライ・アンドリヒには反対票を入れる理由がある。
若さは経験不足と捉えられかねないし、率いるパーティが強力なのでハンターとしての個人の能力を疑問視する者も出るだろう。それをどうにか説得するのはハンターを最初に推薦した者の仕事だった。
各国の貴族に皇族、国を跨る巨大な商会の会長に、各学術機関や研究機関のトップ。
票を与えられるメンバーはその年によって様々だが、幅広い。現在、ガークが認識している《千変万化》の評判では心もとない。
だが、その評判を、ユグドラでの実績は補強できる。
ガークの言葉に、カイナが難しい表情で言う。
「…………まぁ、余りにも実績がありすぎても虚偽だと思われかねませんけど……」
「そこなんだよなあ……事件解決の期間が短すぎるんだ、あいつは。俺だって散々後始末させられていなかったら信じられん」
ガークの見込みでは、ゼブルディア皇帝を味方につけても審議が通るかどうかはかなり怪しいだろう。
トレジャーハンターの名門出身ではない《千変万化》は、信頼を補強する背景が足りない。顔もそこまで広くはないはずだ。
何より問題となるのは探索者協会の各支部長の票だ。
自らの支部からレベル9が出るのは名誉な事だ。支部長にとっても大きな実績になる。
探索者協会の支部長は公平である事が求められるが、支部長となればそれぞれ自らの支部に贔屓のハンターもいるだろう。その眼は自然と厳しくなりやすいし――推薦者との確執で反対票が投じられる事もある。
改めて直面する様々な問題に頭が痛くなりそうになり、ガークはため息をついた。
ガークもレベル9の申請を試みるのは初めてだ。支部長の座を下りてハンターに戻りたい気分だった。
ガークの心情を慮ったのか、カイナが静かな笑みを浮かべて言った。
「クライ君が戻ってこないと申請も無理ですし、今はとりあえず、話だけそれとなく広めておきましょうか。今年は間に合わなくても来年に繋がるでしょうし、ゼブルディア側からも働きかけてくれるかもしれません」
「そうだな。それに…………試験の内容もある」
レベル9認定試験は受けられるようになるまでも長いが、試験それ自体も簡単なわけではない。
前提にカリスマしか求められない分、試験で問われるのは――本人の能力だ。
試験内容は依頼を達成する事だけなのだが、その課題として選ばれる依頼が問題で、各地の探索者協会の支部に持ち込まれた依頼の中から、様々な理由で未達成になっているものが選ばれるのだ。
課題というのは名ばかりで、試練と呼んだ方が適切だろう。大抵の場合、その依頼は高レベルハンターが連続で失敗していて誰も達成できなかった、いわくつきのものになる。
運が悪ければレベル9ハンターが失敗した依頼が選ばれる事もある。
試験内容が依頼から選ばれる以上、その時々で難易度には大きく差が出る。
その事が問題になった事もあるが、探索者協会発足以来、試験のルールが変わった事はない。
実績、力、そして――運。その全てを持ち合わせて初めてレベル9に至れるのだ。
「噂ですが……本部が少し騒がしいようです。特殊な依頼が持ち込まれたのかもしれません」
「…………今回は推薦も見送った方がいいかもしれんな」
レベル9認定試験の課題となる依頼は一癖あるものばかりだ。これまでクライには様々な依頼を割り振ってきたが、あれは十分勝ち目があった。今回は……わからない。
ガークが認識している限り、探索者協会の本部は、長く誰も解決できていない依頼を幾つか抱えている。
探索者協会にはハンターを保護する役割もある。失敗濃厚の危険な依頼を振るつもりはない。他の支部もそうだろう。
だが、何はともあれユグドラだ。ユグドラで何らかの目に見えた結果を出さなければレベル9の推薦は恐らく失敗する。
「クライ君、ユグドラの方は大丈夫ですかねえ」
「…………あいつは相手を煽る悪い癖があるからな。さすがにルークの解呪がかかっているから馬鹿な事はしないと思うが――」
相手は精霊人の皇族だ、プライドはかなり高いだろう。トリッキーな《千変万化》との組み合わせで何が起こるのか、ガークでも予想できない。
帝都を出る直前に鼓舞はしたが、クライの性格は理解しているつもりだ。レベル9に王手がかかると言っても顔色一つ変えなかった。
贅沢は言わない。支部までは望まない。だが、友好くらいは深めてきて欲しい。いや――せめて、怒らせるような事だけは避けて欲しい。
本当に、クライと知り合ってから俺も随分と気が長くなったものだな。
そんな事を考えていたちょうどその時、扉がノックされた。部下が入ってくる。
「支部長、《始まりの足跡》の副マスターから連絡が来ました。《千変万化》が帰還したそうです」
「何だと!? 門を見張らせていただろう。何故エヴァから連絡が来る?」
面倒な事になるのは承知の上で、クライにユグドラへ向かうのを優先させたのはガークだ。
クライが向かったのがユグドラだという事も知れ渡っている。国を始めとした色々な機関がクライの帰還を待っている。
先に身柄を押さえられるわけにはいかない。ユグドラの情報も先にこちらに流してもらわなければ話が違う。
急いで、部下が持ってきた手紙を開封する。中身を素早く確認し、二度読み、三度読み、ガークは顔をあげ、手紙を握り潰した。
「カイナ、レベル9認定試験の申請の準備を頼む。俺はエヴァと話し合ってくる。忙しくなるぞ」