軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

361 戦の後

精霊人の故郷、ユグドラ。深い森の奥に作られ神秘に守られたその都市は自然豊かな美しい都市であると同時に、ほとんど住人のいない寂寞とした都市だった。

だが、今そんなユグドラは大いに沸いていた。避難していたという精霊人達が一斉に戻り、ずっと人影のなかった通りでは宴の準備がされている。

精霊人は火を嫌う。代わりに宴を彩るのは水と風と、草花だ。

装飾そのものには派手さはなかったが、集まってくる全員が見目麗しい事で知られる精霊人である事もあり、その様子を見ているとお伽の国に迷い込んだような気分になってくる。ハンターになってから世界各地色々な場所を訪れたが、こんな光景は初めてだ。

行方不明になっていたユグドラの戦士達。その最初の一人が戻ってきたのは黒き世界樹の動きが止まり、僕達がユグドラに戻ってからしばらく経った後だった。

それからも次から次へと、ユグドラの戦士達は戻ってきた。黒き世界樹がマナ・マテリアルを吸い上げぶん投げた人達だ。無事を確認する余裕はなかったのだが、どうやら問題なかったらしい。

宝物殿の弱化作戦に成功した後に訪れたさらなる吉報に、ユグドラは一気に沸いた。それは、ユグドラにやってきてからほとんど姿を現さず、稀にみかける事があっても一度も言葉を交わす事はなかった人間嫌いのユグドラの民達が、手のひらを返し一斉に戻ってくる程のレベルだった。

セレンが眩しいものでもみるように目を細め、すっかり明るい雰囲気になったユグドラを眺めて言う。

「奇跡です。ニンゲン。これは、奇跡なのです。まさか、ずっと諦めていた者達が戻ってくるなんて――感謝の言葉もありません」

「あはは…………運が良かっただけだよ。お礼を言うならあの黒き世界樹に言いなよ」

なんというか、何もしていない僕からすればかなりの戸惑いがあるのだが、結果良ければ全て良しだ。笑顔が戻ったのならば何よりである。お礼なんていらないよ、いや、本気で。

ルインが腕を組み、深々とため息をついて言う。

「黒き世界樹…………不吉な名前だ。世界樹を模倣しようなど、何たる罰当たり……本来ならば看過できない事だが、助けられた以上は怒りを呑み込むべきなのだろうな」

「今は細かい事を言うのはやめにしましょう。《千変万化》、貴方の事を信じて、エリザからの手紙を無視しなくて、本当によかった。たった一月にも満たない時間で貴方は全ての問題を解決してくれました。我々ユグドラの民は皆、この恩を決して忘れないでしょう」

いや……僕が解決した事、ある? まぁ結果だけ考えればうまくいったのかも知れないが、恐ろしい事に生産的な行動を取っていた記憶が何もない。

シトリーにお礼を言ってください。

なんだか僕の功績になっていそうなので咳払いをして誤魔化す。

「いや、まだ全てが解決したわけじゃないから……」

とりあえず結果的に地脈の操作はそれなりにうまくいったみたいだし、行方知らずになっていたユグドラの戦士達も戻ってきた。だが世界樹の暴走の問題が完全に解決したわけではないし、まぁ世界樹の破滅はまだ先の話だからいいとしても、忘れてはいけない一番の問題は、ルークの解呪がまだ終わっていない事だ。

てか、リィズ達ルークの事、完全に忘れてない? 信頼しているのかもしれないけどさ。

セレンが僕の言葉に真剣な表情で頷く。

「そうですね…………《千鬼夜行》の動向も気になります」

「…………いや、そっちは気にならないよ。もう彼らの力もいらないし」

作戦途中で怖気づくかあるいは僕の無能に愛想がつきて逃げていったのだろう。余り興味はない。消えてくれた賊はいい賊だ。

「…………ニンゲン、貴方がそういうのならば、そうなのでしょうね。とりあえず今は食事と休息を取り、英気を養いましょう。ユグドラの戦士が戻った今、我々の使える戦力も増した。ユグドラの兵士は一騎当千の戦士ばかりです。全員、貴方の指揮に従います」

揃って行方不明になったのに一騎当千とは、自己評価が高すぎるな。だがまぁ、指揮するつもりもないし、面倒な事は言うまい。

「うんうん、そうだね。必要になったら頼らせて貰うよ」

「他にも――戦い以外でも、我々に何かできる事があったら、言ってください。恩人達に何かできることはないかと私に話しかけてきた者が何人もいるのです」

「そうだなあ…………別にないけど」

強いて言うなら探索者協会の支部を作らせてくれたらガークさんにも顔が立つが、ずっと来訪者を拒絶していたユグドラにそれを望むのは酷だろう。シトリーやルシア達に精霊人秘蔵の書物を見せてくれたりしているみたいだし、これ以上欲しい物は特にない。そもそも僕達は別に君達を助けようとして来たわけじゃないんだよ。

過分な評価と些細な罪悪感にしくしく痛む胸を押さえていると、リィズとエリザを中心に、ユグドラの斥候達で構成された宝物殿調査部隊が戻ってきた。

最初はティノ、リィズ、エリザの三人だけで調査していたのに、随分大所帯になったものだ。

「クライちゃーん、結界消えてたよ!」

「プレッシャーが減っていた。宝物殿の消滅までは望めそうにないけど…………幻影の姿もほとんどなかったし、今ならば侵入できる」

…………本当に宝物殿を弱らせられるとは、シトリーは本当に凄いな。今回はできるシトリーだったか。

結界が消えたのは朗報だ。後は宝物殿に侵入してセレンにルークの解呪をしてもらうだけだ。

宝物殿に残っている幻影達もシトリーの作戦で弱っている事だろう。問題は、鏡越しにこちらを覗いてきたという神の幻影だけだ。

「エリザは神の幻影は残ってると思う?」

「…………消えている可能性は高い。ボスはマナ・マテリアルが足りなくなったら真っ先に消えるから――でも…………」

「でも、何?」

僕の問いに、エリザはむき出しになった脚を手のひらで撫でると、困ったような表情で言った。

「………………でも、とても…………嫌な予感がする」

…………エリザの嫌な予感は当たるからなあ。ユグドラにやってきてから色々あったのにまだこれ以上なにかあるのだろうか? 今すぐおうちに帰りたい……。

「クライちゃん、私達は侵入の準備は万端だよ? ティーもやる気満々だし、今夜にでもいけるけど? どうせなら何か起こる前にさくっと攻略した方がいいんじゃない? 今なら相手もまだ混乱してるだろうし……」

まぁ、そういう考え方もあるなあ。いや、でもまあすぐに出るってなると事前準備の時間もそれだけ短くなるわけで…………。

僕は《嘆きの亡霊》のリーダーだ。リィズ達とハントを行う機会は最近めっきり減ってきたが、なんだかんだ僕がいる場合、最終決定は僕が下す事になる。

「シトリーは?」

「クライちゃんの意見に従うって」

リィズもティノも、ユグドラの戦士の皆さんも、全員が僕の決定を待っていた。

まあ正解のない二択と言えば二択だ。

そして、僕はこういう二択を強いられた場合、大体後回しにするのであった。

行方不明になった人々が戻って喜んでいるところを、すぐに戦いに赴く必要はあるまい。準備だって必要だし、少し休みたい。

まあ、僕は解呪には同行しないけどね……沢山人がいるし、許されるよね?

「そうだな…………いや、明日にしよう。時間をあければ状況も好転するかもしれないし……何かあっても問題ないように、準備しておいて」

リィズも確固たる根拠があってすぐに出ると言っていたわけではなかったのだろう。

僕の決定に疑念を抱くこともなく、リィズが元気よく言う。

「りょーかい! クライちゃん、ところで……私にも活躍の場、くれるよねえ? ねぇ? この間の呪物関係の騒ぎでも私ばっかり大したことなかったし、皆、ずるくない? ティーなんてしょっちゅうクライちゃんのお供してるみたいだし」

「お、お姉さま!? そんな事は…………」

なんでそんなに大変な目に遭いたいんでしょうか? 僕から見れば今回もリィズは偵察やら何やらで大活躍していると思うんだけど、それだけでは足りないとでも言うのだろうか?

それに別に、リィズをお供にしたくないわけではないのだ。ただ、いつも最前線にいるリィズといつも最後尾にいる僕が噛み合っていないだけで……。

僕はリィズの頭に手を乗せると、せめてハードボイルドな笑みを浮かべて言った。

「まぁ、明日大暴れしてもらうから……楽しみにしてなよ」

§

ユグドラの宴はしめやかに始まり、日が暮れるまで続いた。

豪勢な料理が出るわけでもなく、大騒ぎをするわけでもない。静かに食事を楽しみ、友や家族と語らう。それは、自然との調和を尊ぶ精霊人ならではの文化なのだろう。お祭り好きのリィズは少し物足りなそうだったが、まぁまだ戦いが終わったわけでもないし、たまにはこういうのもいいだろう。

たった数時間で、ユグドラの民達からの扱いは古くからの友のように変わっていた。僕の所にもひっきりなしに人がきたが、リィズ達やラピス達もずっと囲まれている。

話をしてみた感じ、ユグドラの民も帝都の民と余り変わらないようだった。

どうやら実は初めての人間の来客に興味津々だったらしく、人間の文化についてや僕の住む帝都の事、そして僕達《嘆きの亡霊》がこれまでこなしてきた依頼の話など、色々話をする羽目になった。

もしかしたら、ガークさんから頼まれていた探索者協会の支部を置かせて貰うという話もあながち夢物語ではないかもしれない。

その辺に歩いていたユグドラの人から貰った飲み物(ノンアルコール)を飲んでいると、火照った顔をしたシトリーが近づいてくる。

「クライさん。楽しんでますか?」

「ああ、そっちは?」

「はい! 皆いい人ばかりで――沢山参考になる話も聞けました! 他種族との交流はハンターの醍醐味ですね」

どんな時でも勉強に余念がないねえ。そういう勤勉なところが、錬金術師としてのシトリーの腕前を支えているのだろう。

僕も本来ならばリーダーとして、ユグドラの民達と交渉して何か一つくらい有益な話をまとめるべきなのだが、いかんせんやる気が……。

「今回は色々失敗してしまいましたが、本当にいい勉強になりました…………次はクライさんの手を煩わせる事がないように頑張ります!」

「? いや、別に煩わせるだなんて……迷惑がかかったわけでもないし、むしろ僕の方こそシトリーの事を頼ってばかりで申し訳ない」

まぁ、今更だけどね。もはや《嘆きの亡霊》が巻き込まれる事件は僕では手に負えない域に達しているのだ。これから先もシトリーだけでなく、皆に迷惑を掛け続ける事になるだろう。

さっさと引退したいなあ。

「いえいえ、そんな…………そうだ! 今回の件の報酬の交渉、どうしましょう? セレンさんもクライさんの恐ろし――凄さを理解できたみたいですし、大抵の要求は通ると思いますが……」

……ほとんど何もやっていない僕のどこらへんに凄さを見出したのか気になるなあ。

「んー、要求、か。特に思いつかないなあ……シトリーから見ればユグドラの技術は宝の山なんだろうけど、僕から見るとねえ」

まず基礎知識が不足していて彼らから何かを学ぼうとしても何を言っているのかよくわからない。うちのメンバーは一流揃いなので各分野何度も教えを受けた事はあるのだが、ついぞ身につくものは一つもなかった。ベースとしての能力が違いすぎる。

シトリーは僕の言葉に笑顔のまま硬直していたが、しばらくしてヒソヒソ声で言った。

「…………クライさん。なんなら、物じゃなくてもいいんですよ? 例えば…………お嫁さん、とか。ずっと未知の国だったユグドラで配偶者を見つけて連れ帰ったら、皆がクライさんに一目置くでしょう」

…………たまにシトリーってとんでもない事言うよね。

「いやいや、さすがにそんな人身売買みたいな――」

「クライさんはユグドラの恩人です。今ならばどんな綺麗な子も選り取り見取りですよ? 意外と精霊人の方々も情熱的ですからね。熱視線を感じませんか? セレンさんも止めはしないでしょうね」

その言葉につられ、周りに視線を向ける。精霊人は老若男女、美男美女ばかりだ。

人里にはほとんどいないので出会う機会もないが、結婚したい種族では間違いなくぶっちぎりでナンバーワンである。人間を見下す高貴な態度も人気の理由の一つだというのだから業が深い。

軽く周りを見回しただけで、何人もの精霊人と視線が合う。にこりと笑いかけてきてくれる子もいる。確かに好意は持たれているみたいだ。つい数時間前までは道端で遭っても目を背けてきたのに、変化が凄すぎてついていけない。精霊人の嫁ねえ……。

しかし、ミレスに呑み込まれていたセレンを助け出した時にも思ったのだが、精霊人は両極端すぎるな。

しげしげと周りを見回していると、シトリーがむっとした表情になっていた。

いや、嫁なんて探すつもりはないよ!? シトリーが変な事を言うから見てしまっただけだ。

「ま、まぁ、興味はないかな。今は、ほら、やることもあるし……」

「……向こうは、クライさんに興味津々みたいですが。お兄ちゃんでもモテるレベルですからね」

アンセムは文武両道のナイスガイだ! モテて当然だろ! …………と言いたいところだが、アンセムは懐も深いが身体が大きすぎるからな。確かに彼がほぼ初見の人々に囲まれるのは珍しいかもしれない。

しかし興味を持たれるのは嬉しいが、少し困る。先程まではなんとも思っていなかったのに、そう言われると妙に視線が気になってきた。

考えすぎかもしれないが、こういう時はさっさと逃げるに限る。

「…………ごめん、シトリー。ちょっと席を外すね」

「あ……!」

シトリーに謝罪し、足早にその場を離れた。視線を避けつつ、人のいない方に向かってユグドラを歩いていく。

特に目的地を決めていたわけではないが、いつの間にか、僕はユグドラの端にある公園まできていた。

ユグドラ屈指のパワースポット。ルークの解呪作戦の前にセレンが瞑想していた場所だ。

静かな水音に、冷たい空気。街灯などない事もあり、自然溢れるスペースには誰一人いない。

熱が収まるまで少しこのあたりで時間を潰すとするか……。

念の為、後ろを確認するが誰もついてきていない。ほっと一息つき、前を向く。

そして――一瞬、心臓が止まりそうになった。

いつの間にやってきたのか、暗闇の中、すぐ目と鼻の先に三つの人影が立っていた。

顔は仮面で覆われ、漆黒の外套を羽織っていたが、背格好に手に持つ武器で誰なのかはわかる。

「アドラー………………生きていたのか」