軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

355 《千変万化》の作戦

光が上がった場所――シトリー達が装置を稼働させている今回の作戦本部にたどり着く。

セレンが到着した時には、既にほとんどのチームが揃っていた。ほぼ同時に、正反対の場所で装置を守っていたルインも到着する。

本部もまた、戦いの跡が色濃く残されていた。

セレンが守っていた場所程ではなくとも、それなりの数の幻影が襲撃を仕掛けてきたのだろう。紙袋を被った異質なシトリーの使い魔が幻影の死骸を運んでいた。

そして、それだけで終わりではない。

獣型の幻影が数体、接近しつつある。数が控えめなのは、まだ様子見の段階だからだろうか?

だが、鏡で確認した幻影の数を考えると、幻影達が大挙をなして襲ってくるのは時間の問題だろう。アンセムの結界が張られているが、長くは持つまい。

しかめっ面のシトリー。その顔を見た瞬間、セレンは衝動的に声をあげていた。

「どういう事ですかッ! 装置が粉々になってしまいました!!」

冷静を保たねばならないというのはわかっていたが、言葉に出さずにはいられなかった。

今回の作戦は世界の命運を決めるものだったのだ。

シトリーはため息をつくと、目盛りと針のついた装置を持ち上げて言う。

「実験は完全に失敗です。原因は地脈のマナ・マテリアル量が想定を遥かに超えていた事ですね。装置は正常に動作しましたが新たな流れを作るところまでいきませんでした」

逼迫した状況。四方から接近してくる幻影の気配の中、シトリーは落ち着いた声で説明を続ける。

「これは私達が装置と一緒に生み出したマナ・マテリアルの測定器です。針が右に振り切れてるでしょう? これは、この地脈に流れるマナ・マテリアルの量が私達が研究時に想定していた『地脈が許容するマナ・マテリアル』の上限を超えているという事を意味しています。簡単に言うと、あのマナ・マテリアル撹拌装置はこれほどの量のマナ・マテリアルに耐えうる力を持っていません。見積もりが甘かったと言えばそれまでですが地脈関係は未知の要素も多いので――まぁ、仕方ないですね」

この場所に設置された装置はまだ破損していなかった。よく見ると、この場所の地脈に流れるマナ・マテリアル量はセレンが守る地点よりも少しだけ少ないように見える。

セレンが設置した装置も最初は問題なく稼働していた。もしかしたら本当に装置が処理できるかできないかのぎりぎりのラインだったのかもしれない。幻影を倒した直後に破損したので、幻影が死んで発散されたマナ・マテリアルで限界を超えてしまった可能性もある。

だが、どちらにせよ今のままではどうしようもない事には間違いない。

「で、でも、なんとかなるんですよね!? 確か、装置は調整が利くと――」

装置製造の魔法陣のパラメーターを変える事で装置のサイズや性能を変えられると、確かに言っていたはずだ。

だが、セレンのすがるような言葉に、シトリーは首を横に振った。

「無理ですね。そもそも、今回、私は手に入れた材料で作れる範囲で最も強力な装置を作りました。材料を節約したりして失敗したら目も当てられませんから……ルシアちゃんも、装置を作るのには相当な魔力量を要求されたはずです」

「…………道理で…………どんな魔導師でも作れるという割には、消耗が激しすぎると思ったわ」

渋い表情をするルシア。どうしてこの状況でまだ落ち着いていられるのだろうか?

ラピスが一度鼻を鳴らし、シトリーに確認する。

「ふん……なるほど、な…………一応聞くが、装置の改造はできないのか?」

「……すぐには難しいでしょう。研究をやり直さなくてはなりませんし、共に研究した仲間達は監獄に――いや、なんでもないです。単純に見えますが、一流の術者を集めて研究してようやく開発したものなので……」

マナ・マテリアル関連の研究の難しさはわかっている。ユグドラだって守りの魔法を作るのに長い時間を掛けたのだ。

泣きたかったが、泣いている場合ではなかった。

このままの方針でいくにせよ変えるにせよ、ここで粘っても得はない。

消耗の少ない内に撤退するのだ。

一箇所に集まったためか、この地点に接近する幻影の数はどんどん増えてきている。こうしている間も土の兵隊に突撃させているが、足止めにもならない。

ミレスは強いが、無敵ではない。消耗もするし、攻撃の瞬間は防御が疎かになる。先程は勝てたが、百体二百体に囲まれたら押しつぶされる可能性もあった。

魔導師は貧弱だ。幻影の攻撃を無防備に受ければ一撃でやられるかもしれない。こちらを一撃で屠れる幻影の群れと戦い続けるのは余り賢いとは言えなかった。

「撤退…………します。後の事はユグドラに戻ってから考えましょう」

うまくいかないものだ……いや、今までがうまくいきすぎていたのか。

まだ神が覚醒するまで百年の時間がある。それだけ時間があれば装置の改良もきっとうまくいく。

戻って防衛に力を割く。今打てる手はそれが最善。

今回の失敗が藪をつついて蛇を出す結果にならないかだけが心配だが――。

「…………依頼達成率百パーセントと聞きましたが、あの《千変万化》も失敗するんですね」

ミレスを正気に戻し、ルインを取り戻してみせたその腕前を余りにも信用しすぎていた。

《千変万化》もニンゲンなのだ。失敗の可能性がある事も考えるべきだった。

だが、あの飄々とした余裕の態度も悪いと思う。あるいはこの状況を知ったらあのどこか締まりのない表情も崩れるだろうか?

シトリーが目を瞬かせ《嘆きの亡霊》の仲間達と顔を見合わせると、不思議そうな表情で言った。

「…………いえ、クライさんは失敗しませんよ。今、失敗したのはクライさんじゃなくて私です」

「…………え?」

慌てて周りを確認する。まだ《千変万化》は戻ってきていなかった。他にも、《千鬼夜行》の姿も見えないが――。

その時、近くに生えていた大樹から人影が落ちてくる。

エリザ・ベックは地面にひらりと着地すると、シトリーを見て言った。

「シトリー、幻影達が――逃げていくみたい。いや――逃げていくというよりは、新しい目標を見つけたような――」

§ § §

風を切って、森の中を器用に飛ぶ。ただでさえ凄かったティノのカーテクは少し見ない間にさらなるレベルアップを遂げていた。

乱立する木々の間を高速ですり抜け、たまに進行方向を塞いでいる枝葉も前でカーくんを運転しているティノが振り払っているので、僕にはその欠片すらぶつからない。

みみっくんと僕とティノを乗せていてもカーくんの速度はかなり速かった。もしも僕が一人でカーくんに乗せてもらえたとしても、僕が操作していたら樹にぶつかっていたかもしれない。

カーくんを操作するティノの横顔はどこか逼迫していた。呪物騒ぎで酷い目に巻き込んだばかりだし、そんな表情をされるのも無理ないだろう。

だけど言い訳させてもらうと……今回はリィズにスパルタされるより僕と一緒に逃げ回った方が楽だと思うよ……。

「なんて強い……気配ッ! 大きく回り込んでいるはずなのに! ますたぁ、視線を……感じます。これが――レベル10宝物殿なのですね!」

「…………うんうん、そうだね」

声から感じる恐怖。だが、ティノの身体はもう震えていなかった。

覚悟を決めたのだろう。絶体絶命の状況でこそハンターの真価が現れるのだ。

そして僕は全く視線を感じないんだが……もう何も言うまい。

ティノは絨毯を操り、たまに方向転換しながら前に進んでいく。目の前の少女が数年前まで荒事とは無縁だったなどと誰が信じられようか。唯一、僕の方が優秀だった宝具使いまで負けつつある。

やはりティノを同行させてよかった。この森の中、似たような光景ばかりで僕一人では北側にたどり着く事すらできなかっただろう。

「ますたぁ……その……たどり着いたら、私は何をすればいいですか? 情けない話ですが……その……私も、全力で戦うつもりですが、もしかしたら、【源神殿】の幻影相手では、力不足かもしれないです」

「うんうん、そうだね。でも、大丈夫。今回の目的は時間稼ぎだし、戦いには当てがある。なんならティノはみみっくんの中に隠れててもいいよ」

僕も多分隠れる事になるだろうからね。しかし、レベル10宝物殿の幻影相手に全力で戦うつもりとは、ティノも随分度胸がついたものだ。

僕の提案に、ティノがびくりと動きを止める。そのまま、何度か深呼吸をしていたが、やがてこちらを振り返り意を決したように言った。

「いえ…………私も、ますたぁに選ばれたからには、今回こそ期待に応えて見せますッ!! 隠れてばかりでは立派なハンターになれませんッ!!」

「…………よ、よく言ったね。ティノ、偉い偉い」

なんだか、やる気満々のようだ。

そして心が痛い。隠れてばかりだから僕は立派なハンターになれないんだなあ。

ティノはいつだって僕の期待に応えている。今回も期待以上の絨毯捌きだ。

正直、道案内から運転まで全てティノ頼みです。

「そ、そんな、ますたぁに褒められる程では――この辺りから北側に入ります。どこに下りましょう?」

ちょっと頬を染めながらティノが教えてくれる。

目的地に入ったのか……まったく気づかなかった。やれやれ、これだから森は――。

ちょうど少し開けた場所に差し掛かる。装置を置くスペースもあるし、この辺でいいかな。

シトリーからは好きにやっていいと言われている。今回の本命はシトリー達の方だし、少しでも幻影の目を引きつけ、シトリー達の負担を減らす事ができれば僕としては大金星だろう。

「じゃあここで下ろして貰おうかな」

「!? え? こ、ここですか?」

ティノが目を見開きぎょっとしたような顔で僕を見るが、絨毯を指示通り下ろしてくれた。

ここから先は時間との勝負だ。

「僕は準備するから、ティノは【源神殿】の方を警戒して!」

「!? け、警戒も何も【源神殿】はすぐそこで――――い、いえ、なんでもありません。わかりました」

「もしも幻影が寄ってきたら足止めしておいて。倒してもいいよ」

「ふぇ!?」

ティノが変な声をあげる。僕はささっとみみっくんに近づくと、装置の引き出しを頼んだ。

みみっくんが一抱えもある大きさのマナ・マテリアル撹拌装置を吐き出してくれる。

見れば見るほど奇怪な装置だ。構造自体はシンプルに見えるが、どうしてこんな装置で目に見えないマナ・マテリアルを操作できるのだろうか? この世界は不思議でいっぱいである。

まぁ、装置の仕組みに興味はない。僕にとって重要なのは起動方法だけだ。

好きにやっていいとは言われてるけど、一応起動時間はシトリーに合わせることにする。時計を確認するとまだ少しだけ時間があるようなので、続いて今回の切り札を出す事にした。

ティノがちらちらとこちらを確認している。何をするつもりなのか気になるのだろう。

僕はみみっくんにハードボイルドな声で指示を出した。

「みみっくん、この間入れた呪物を出してくれ」

「!? 呪物!?」

ティノが素っ頓狂な声を出す。僕はティノが驚いてくれた事に満足した。

僕の手持ちの宝具にレベル10宝物殿の幻影を相手にできるようなものは存在しない。

だが、宝具に限らなければ――ある。

先日の帝都での騒動の原因の一つ。一度はアーク含めた複数の超高レベルハンターを相手に対等に渡り合ってみせた、人の生み出した最悪の呪い。

騒動後は成り行きで僕の手元に残された最強の呪物が。