軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

352 シトリーの作戦⑤

【源神殿】最奥、漆黒の祭壇。マナ・マテリアルにより星の記憶から呼び起こされたその場所で、仮面の神、ケラーの意識がふと浮上した。

祭壇の間に控えていた仮面の神官達が神の意識が浮上した事に気づき、ざわめく。

神の顕現には膨大なマナ・マテリアルが必要になる。現在のケラーは意識だけの、非常に不安定な状況だ。

時が来るまで、目覚めるべきではない事はわかっていた。ただ起きているだけで蓄積されたマナ・マテリアルは燃やされ、完全なる顕現の時が遠のく。

ならば、何故目覚めてしまったのか。何がケラーを起こしたのか?

神殿はその中心たるケラーを除いてほぼ完全なる顕現を果たしている。眠りを妨げるものなどそうは存在しないはずだ。

神官は、何かあれば即座に対応するはずの敬虔なる信徒達は、何も言わない。何も、気づいていないのだろう。意識を拡散し、神殿全体を掌握する。

そして、ケラーは自分が目覚めた理由を把握した。

――不吉な予感だ。

何か、よくない臭いがした。それが、神たるケラーの意識を深い眠りの底から掬い上げたのだ。

その予感は言語化できるものではなかった。具体的に、何かの痕跡を見つけたわけでもない。

神殿は盤石だ。今は強力な結界も存在している。

外から入ってくる事はできないし、神殿の内側だけだが空間跳躍の対策も施した。

信徒達も何の違和感も感じていない。

だが、それがただの予感だけだったとしても――信徒達を動かすには十分な理由だった。

たとえそれがどれほど低い可能性だったとしても、ケラーの顕現を邪魔しようというのならば、降りかかる火の粉は払わねばならない。

祈りを捧げる信徒達に神託を下す。

周辺に存在する知的生命体も馬鹿にはできない。最底辺とは言え、この【源神殿】に顕現した信徒達の一軍を打破している。

ケラーが完全なる顕現を果たすまで、兵力はなるべく保たねばならない。ならば、死んでも構わない兵を送ればいいだけの事。

多くの言葉はいらないだろう。

数言の神からの啓示を受け、控えていた信徒達が顔をあげる。

ケラーは戦いの神、力の神だ。その信奉者達もまた、戦うことをためらったりしない。

ケラーは信徒達が戦いの準備を始めるのを確認すると、再び深い眠りに沈んでいった。

§ § §

現人鏡は古い鏡が力を持ち意志を持ち変化した魔物だ。眠りについた魔物の鏡は、探し出すのも調伏するのにも苦労した。

だが、それだけの価値はあった。多少の条件はあるものの、あらゆるものを映し出す現人鏡の力は他に類を見ないものだ。まさか、これまで誰も気づかなかった鏡による監視を看破する者が二人も出るとは思わなかったが、その利便性は何も変わっていない。

この鏡を前に、あらゆる秘密は暴かれる。鏡に映し出された光景――【源神殿】の境界に存在する結界の内側にずらりと立ち並ぶ幻影の軍を見て、共に鏡を覗いていたウーノが息を呑んだ。

「数時間前までは何も居なかったはずなのに……一体どうして――」

その数は百やそこらではない。見渡す限りずらりと並ぶ多種多様な格好をした仮面の軍勢はいっそ壮観だった。

一般的に宝物殿はその特徴からいくつかのカテゴリーに分けられる。幻影が大量の軍を成して襲ってくる宝物殿としては『城型』が有名だが、神殿型宝物殿が城型宝物殿の上位互換だという噂は真実らしい。

鏡越しでも伝わってくる力は本物だった。数、質共に、アドラー達がかつて率いていた軍勢よりも上だ。しかも恐らく、【源神殿】にとってその軍勢は一部に過ぎない。

マナ・マテリアルが尽きない限り増え続ける幻影の軍勢。

まさしく、絶望的な相手だ。絶望的な戦力差の相手と戦う前に、いつもアドラーは高揚を感じる。

神殿型宝物殿と言うこれまでにない強敵相手。ほぼ枯渇している軍勢。普段はいないハンターの味方に、一人でその半数を相手するといい切った《千変万化》。

確信があった。この戦いはきっと、《千鬼夜行》の歴史に刻まれるだろう。

ユグドラの端。人一人いない自然溢れる公園で、アドラーは来たるべき戦いを想い笑みを浮かべた。

「面白いじゃないか。くく……」

「しかし、こんな少数で戦うの久しぶりだなあ」

胡座をかいたクイントが難しい表情をしている。その前には武装した小さなカード兵――クイント軍の最後の一体が控えていた。

《千鬼夜行》の普段の戦いというのは軍勢により押し潰すといった類のものだ。その大部分が数的な有利を確保してのものであり、大群相手に少数で挑むのは慣れていない。

新たな魔物を支配しようにも、それには戦力が必要だ。特に、クイントは三人の中で唯一、切り札たるダーク・サイクロプス、ゾークを失っている。

カード兵は幻影との戦いを生き延びたクイント軍最後の一体だった。決して弱いわけではないが、もともと群れを作っていた魔物であり、一体ではどう考えても戦えない。

「アドラーはユデンが残ってるし、ウーノもリッパーがいるからいいけど、俺は将軍だぞ? 率いる軍が一体って、格好がつかない」

「マナ・マテリアルで強化はされてるんだろ? それに、ユデンの世話をするのに役に立ったじゃないか。おかげで再生がぎりぎり間に合った」

「俺の軍は世話係じゃない!」

星喰百足の生命力は突出しているが、頭のみの状態では何もできない。アドラー達が《千変万化》に弟子入りしている間、休眠中だったユデンの世話をしていたのはカード兵だ。

このユグドラのマナ・マテリアルはかなりの濃度だが、カード兵が食料や水を運んだり、薬草を煎じて作った薬を処方したり、細々した雑事を行わなければユデンの再生は間に合わなかっただろう。

「まぁ、リッパーもいるしなんとかなるんじゃないですかー? クイントはカード兵しかいないんだから、剣を持って一緒に戦えばいいのではー?」

「剣は奴らに取られちまったからな」

クイントは剣士としてもかなりの腕前だ。兵士型の魔物は弱い将軍に従わないから、常日頃から訓練を欠かしていない。単騎としての戦闘能力は《千鬼夜行》随一である。魔物を除けば、だが。

つい先日までは剣を持っていたのだが、最初に《嘆きの亡霊》と戦った時に奪われている。

不貞腐れたように言うクイントに、ウーノが言う。

「返してもらえばいいでしょー? 今は味方なんだから、《千変万化》に直接話せばきっと返してくれますよー」

「!! そうか!!」

「しっかり準備をしないと、調伏できるものもできなくなるからねえ……」

舌舐めずりをして、鏡に映る幻影を見る。どうやら現人鏡の監視を察知できるのは神だけらしく、祭壇を見なければ覗かれる心配はないようだった。

結界の内側で控える軍勢の中にはユデン程強力な個体はいないようだ。ユデン一体でも戦い方によっては十分相手をできるだろう。

もう少し作戦開始が遅ければ回復したユデンを使って軍勢を再建する事もできたかもしれないが、どうせその辺の魔物を集めたところで【源神殿】の幻影相手では死ぬだけだ。

ならば、いらない。そもそも、今回のアドラー達の目的は戦闘そのものではない。

まだ幻影の調伏方法はわからない。だが、今回の作戦はそれを試みるチャンスだ。

もう大人しく《千変万化》の動きを待つつもりはなかった。

シトリーの作戦のフェイズ2が成功すれば宝物殿は弱化し幻影も消える。アドラーは数が欲しいのだ。チャンスは今しかない。

ルインの話から宝物殿の情報を聞いている。

幻影には元ユグドラの民と幻影として顕現した者の二種類が存在しているらしい。

既にアドラーは導手としての嗅覚でそれらを見分ける方法についてなんとなく察していた。

「仮面の色だ……あの男がぶつけてきた幻影達は色々な形をしていたが――皆、金の仮面をつけていたッ! ルインは、黒だったッ! 仮面が神たるケラーへの信仰心を示しているのならば、仮面の色こそが出自の違いだッ!」

幻影などと言っても、相手は知性を持っている。魔物の思考を追うのは導手としての第一歩だ。

ルインとフィニスが周辺を探索していたのは、させられていたのは、偶然ではない。

偶然は読めない。必然だったからこそ、《千変万化》はユグドラの民が変身していた幻影をおびき寄せる事ができたのだ。

仮面の神ケラーがルインを宝物殿の外に出していたのは――最初からそういう形として顕現した眷属達と比べてルインの信用が低かったからだ。

そして実際に、ルインはユグドラの襲撃時に迷い戸惑い、幻影としての力まで剥ぎ取られた。

現人鏡で映しているのは【源神殿】の境界付近だけだが、その時点で幻影達の傾向は明白だった。

外側に黒い仮面の幻影で、内側に金の仮面の幻影だ。数は後者が圧倒的に多い。そして、内部に入り祭壇に近づけば近づく程その比率は顕著になっていくのだろう。

「黒の仮面の幻影は奴らにくれてやろう。《千変万化》が最初に連れていた幻影達も皆、金の仮面だった。あの男はもう普通の幻影なんていらないんだろうし、セレン達が取り戻したいのは仲間だけだ。我々の利益は相反しない」

「で、でもよ、アドラー。どうやって調伏するつもりだ? まだ方法は全くわかってないだろ」

クイントが腕を組み難しい顔で言う。その通りだ。弟子入りしてから《千変万化》は一度も幻影を調伏していない。

だが、アドラーはにやりと笑みを浮かべて言った。

「いや、既に見当はついている。ヒントは――随所にあった」

「!? 本当ですかー!?」

ウーノが目を大きく見開き、アドラーを見る。つい数日前までは一緒に悩んでいたのだから、急にわかったなどと言われたらそんな表情もするだろう。

「前代未聞だ。馬鹿げた方法だが、とても単純だ。ウーノ、私はねえ……現人鏡で《千変万化》の様子を覗いた。そして――見たんだよ」

信じられなかった。だが、道理であった。幻影は魔物と精神構造が違う。死の恐怖もほとんどないが故に、力を見せつけるという魔物と同じ調伏方法は通じない。

ならば、どうすれば彼らを従える事ができるのか?

「私は見たんだ! 《千変万化》が、通信の宝具で幻影とコンタクトを取っているところをッ! ここに来てから、私達は《千変万化》が戦う姿を見たことがない。それが、答えだった! 幻影を調伏する方法は十中八九――言葉による交渉だッ!!」

「!!」

「馬鹿な……いや、あり得るのか? 確かに、幻影相手にそんな事やったことはねえ。奴らは生き物じゃないんだぞ!?」

ウーノが、クイントが、アドラーの言葉に愕然としている。

考えたこともなかったのだろう。アドラーも、そうだった。

必要なのは――発想の転換。単純であるが故に、気づかない。そもそも、言語を理解する知性を持つほど強力な幻影相手に言葉による交渉を試みるなど、頭のネジが数本飛んでいるとしか思えない。

だが、冷静に思い返せば、ユグドラに来て確認したすべてがそれを示している。

ゼブルディア方面に舵を切ってよかった。あの時、《嘆きの亡霊》と遭遇することができて本当によかった。あれがなければアドラー達は今も高みを知らなかった。

シトリーの作戦はそう易易とはうまくいかないだろう。如何なる力で察知したのか、【源神殿】は完全に準備を終えている。

世界中のハンターから忌み嫌われ畏れられている神の幻影。双方に存在する圧倒的な兵力差。

そして、《千変万化》は如何なる策をもってそれに立ち向かうつもりなのか。

《千変万化》の意図や目的も未だはっきり掴みきれていないが、どちらにせよ明日には全てがはっきりするだろう。

アドラーは仲間達を確認し、笑みを浮かべて言った。

「せいぜい我々は好きにやらせてもらおうじゃないか」

決戦の時は近い。