軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

350 シトリーの作戦③

「装置の設置には少し時間がかかります。また、設置した装置は効果がしっかり発動するまで守りきらねばなりません。【源神殿】からどの程度の干渉があるのかは予想できませんが、それぞれに装置を守る事ができる戦力を割り振る必要があります」

シトリーが地図を出して説明する。地図には幾つかのマークがつけられていた。

世界中から集まる無数の地脈の交点――特にマナ・マテリアルが集まる要点と呼ぶべき点だ。

相当厳選したのだろう、交わっている点は幾つもあるが、マークがついているのは特に多くの地脈が集まる地点のみだった。

地図を確認し、リィズが眉を顰める。

「シト、世界樹を挟んで南側にしかマークがついてないみたいだけど、地脈って北からも繋がってたでしょ? 北は放置すんの?」

「戦力が足りなすぎるから、集中しようかなって。南側だけでもどうにかできれば、【源神殿】の力は半減するから。北は後から対応してもいいし」

確かに、セレン達の戦力は余りにも少ない。各個撃破されるくらいなら戦力集中するのは悪くない案に思える。

「【源神殿】攻略作戦のフェイズ2では装置の設置とその防衛に全力を尽くします。とりあえず南に設置してみて効果を測定します。マナ・マテリアルを逃がす道を作るには同時に装置を起動する必要があります。起動する装置の数的にも、それぞれ最低限の人数で防衛しなくてはなりません。東に逃しましょう」

シトリーの指先が世界樹の下、数キロの辺りを、西から東になぞる。

こうして改めて言葉にされると、余りにも大それた作戦に思えてならなかった。

ウーノが半信半疑の表情でシトリーを見る。

「…………こんな事、本当にできるんですかー? 南側から流れ込むマナ・マテリアルって事は、単純に全世界に巡るマナ・マテリアルの半分が集まっているって事ですよねー? 逸らしたマナ・マテリアルをどこに捨てるかって問題もあります」

マナ・マテリアルを視認できるからこそ、そのエネルギーの莫大さがわかるだろう。世界樹に流れ込むエネルギーはユグドラがなるべくコストをかけて発動するように設計した神樹廻道を維持して余りあるものだ。

ウーノの指摘に、シトリーはこほんと咳払いをして答えた。

「逸らしたマナ・マテリアルはそのまま外への地脈に流します。しばらくは問題ないはずです。理論上はうまくいくはずですが、正直、読み切れていない部分はあります。しかし、まずは【源神殿】はどうにかしなくてはなりません」

どうやら【源神殿】をどうにかした後は根本的な解決に向けて進まねばならないらしい。

シトリーが早口で言う。

「問題は装置を設置する場所です。私の計算では、どう絞っても、最低でも八箇所、どうしても設置しなくてはならない場所があります」

八箇所。その言葉に、部屋中がしんと静まり返った。

それは、余りにも多い数だった。現在戦えるメンバーはセレンを除けば《嘆きの亡霊》の六人とティノ、《星の聖雷》の六人、《千鬼夜行》の三人の十五人。その中には戦闘力が低いメンバーも含まれているだろう。それで八箇所という事は、一箇所につきたった二人以下で防衛しなくてはならない。

相当入念に準備しなくては死人が出るだろう。皆が沈黙する中、口火を切ったのはアドラーだった。

唇を舐め、記載された点のうち、中心近くの一点を指す。

「考えても仕方ない。《千鬼夜行》はここを担当するよ。ユデンもそろそろ復帰するから、まあ妥当なところだろう」

命がいらないのだろうか? あの百足は確かに恐ろしい戦闘能力を誇っていたが、あの時にはいたアドラーの軍はほぼ壊滅している。

アドラーの言葉に、シトリーは笑みを浮かべて言った。

「そうですね……どこを防衛するかは早いもの勝ちにしましょう。中心を、現人鏡で周囲の様子を確認できるアドラーさん達が担当するのは理に適っていると思います」

その言葉を皮切りに、《嘆きの亡霊》が、《星の聖雷》が、それぞれ話し合いを始める。

防衛にはバランスも大切だ。少なくとも、魔導師は前衛と組むべきである。

「《嘆きの亡霊》は私とエリザちゃんとティーで盗賊三人、錬金術師一人、魔導師一人、聖騎士一人、かあ。私で一つ、ルシアちゃんで一つ、アンセム兄で一つ、エリザちゃんで一つ、ティーとシトで一つで合計五つ守れる?」

「!? お、お姉さま? それはさすがに無茶では!?」

「……無理。攻撃力も必要」

「複数の装置を一つのチームで守るという手もありますよ?」

とんでもない事を言い出して仲間に窘められるリィズ達。

一方で《星の聖雷》の方も前途多難のようだ。ラピスが仲間達を見回して難しい表情で言う。

「連携的には三・三で分けられるが……それ以上割ると戦力に不安が残るな。メンバーを分けすぎて装置を守りきれなかったら本末転倒だ」

「私達は《嘆きの亡霊》と違ってソロで戦えるメンバーはいないからな、です」

「《嘆きの亡霊》の盗賊と我々の魔導師でチームを組むという手もある」

「そもそも、全ての装置が同時に攻撃されるとは考えにくい。危険なのは――それぞれ隣の設置場所と距離がある両端、か。この二点は最高戦力を置く必要があるかもしれんな」

シトリーの計算した装置設置場所は地脈の交点を元に割り出されており、均等な距離をおいて設置するわけではない。《星の聖雷》の言葉通り、特に危険なのは最西端と最東端に存在する二点だろう。

宝物殿から近いし、それぞれ隣の装置から離れていて襲われても助力を求めにくい、危険な場所だ。

セレンは大きく深呼吸をすると、覚悟を決めた。一番東の一点を指して言う。

「私は――ここの装置を守ります」

「…………大丈夫ですか? 私はセレンさんを計算に入れていませんが――」

シトリーが目を瞬かせる。こちらを愚弄しているかのような言葉に一瞬苛立ちを感じたが、すぐに思い直す。

実際にセレンはまだこの作戦で役に立てていなかった。

セレン・ユグドラ・フレステルはユグドラの皇女にして旗頭だ。これまでは表に出ることすらほとんどなかった。絶対に死ぬわけにはいかなかったから――。

「大丈夫です。この作戦が失敗したらもう挽回はできませんから」

「…………わかりました。今は一人でも戦力が欲しい。ですが、そこは一番の激戦が予想されます。誰とチームを組みたいですか?」

その言葉に、セレンは目を細めた。セレンは決して戦えなかったわけではない。戦う力を持ちつつも、戦わなかったのだ。それは必要な事ではあったが、耐え難い事でもあった。

腕を組み、自信を持って宣言する。

「舐めないでください、ニンゲン。私一人で十分です。私には――ミレスがいる」

守護精霊、開闢のミレス。確かに正気を失い一度はセレンを呑み込んだが、その力は絶大だ。純粋な攻撃力はフィニスに劣るが、それは向き不向きの話。

ミレスはユグドラの戦士達が、決して死ぬわけにはいかない皇女に残す事を選んだ精霊なのだ。今度こそ、皆のために戦い抜いてみせる。

「……わかりました。ユグドラの皇女のセレンさんがそこまで言うのならば、信じましょう。残り六カ所の配分ですが――」

「――後、五点だ」

そこで、懐かしい声が聞こえた。

胸が詰まる。急に聞こえた声に、シトリー達が入り口の方を見る。

そこに立っていたのは、懐かしい漆黒の魔導師衣に身を包んだ一人の精霊人だった。

精霊人の中で黒の衣装を好むものは少ない。更に、燃え盛る炎のような怪しい赤の瞳を持つ者は、ユグドラではただ一人だけだ。

かつてユグドラで最強の一人とされた魔導師にして、呪術師。

頭を押さえ目を細めて入ってきたその高位精霊人は、自分に集中する視線を順番に見返し、口を開く。心地の良いハスキーボイスが耳を打った。

「長い……夢を見ていたようだ」

「ルイン!! …………意識が戻ったんですね!」

「はい。セレン皇女。ご無事で何よりです。記憶は曖昧だが、戻った時の事はよく覚えている。そしてどうやら、とても……タイミングが良かったようだ」

ルインは二百年前と何一つ変わらなかった。幻影に長く取り込まれていたようだが、動くのにも支障はないようだ。

その身からユグドラ屈指と言われた懐かしい静謐な魔力を感じる。ルインは好奇の視線も気にせずにずかずかと中心までくると、地図の一点に手に持っていた小さな杖を突き立てた。

「目覚めて早々申し出るのもなんなんだが――西は僕に任せて貰おう。僕と終焉のフィニスに」

いきなり何を言い出すのだろうか。

絶句するセレンの前で、その言葉に呼応するように、空中に枯れ草色の雫が垂れる。

雫はまたたく間に貯まり、ミレスそっくりの形を成すと、ルインの後ろにゆらゆらと隠れた。

「どうやらフィニスも、恥じているようだ。恥ずかしくて、セレン皇女に姿を見せられない、と。まさか、終焉のフィニスが恥ずかしがりだとは思わなかった。だが、僕も、何もしないではいられないな。ユグドラの皇女が戦いに参加するというのに――」

「ルイン…………もしかして、フィニスの力を使えるのですか?」

「…………はい。どうやら、仮面に呑み込まれている時に交わした契約が生きているようです」

信じられなかった。契約とは、力の貸し借りとは、双方の合意だけでうまくいくものではない。術者にも精霊にも相性というものが存在する。

これまで、フィニスと契約を交わせた精霊人は存在しなかった。その枯渇の権能が、自然と共に生きる精霊人の性質とは致命的に合わなかったのだ。

運命に導かれているかのように、状況が好転している。流れがきているのを感じた。

これならば、【源神殿】も本当に攻略できるかもしれない。

と、そこでセレンは目を見開く。

「……しかし、ルイン。今起きたばかりなのに――貴方は本当に状況をわかっているのですか?」

ルインが肩を竦め、入ってきた扉の向こうを示して言う。

「あぁ。彼に聞いたよ。参戦を認めてもらえるだろうか?」

「…………やぁやぁ、おはよう」

扉の陰から、《千変万化》が覇気のない声をあげながら現れる。

どこに行ったのかと思っていたが、ルインと一緒にいたのか。

あるいは、ルインが目覚めたのも、このニンゲンの想定通りなのだろうか?

「クライさん……!」

「なんか事情を知りたがっていたから、軽く話しといた。戦いたいんだってさ。いいんじゃない?」

これから実行される困難な作戦を全く感じさせない、余りにも軽い言葉。

もしかしたら仲間の内誰かが命を落とすかも知れないのに――いや、それどころか全滅する可能性だってあるはずなのに、その声色には一切の不安がない。

相変わらずやる気のなさそうな《千変万化》に、リィズが拗ねたような声で言う。

「えー、でも、ねぇ、クライちゃん。突然出てきて一番美味しいところをかっさらうってずるいと思わない? 私やティーだって沢山幻影と戦いたいのに!」

「!? わ、私は別に…………」

ティノが尻すぼみに小さな声で言うが、リィズは聞いていなかった。声高に主張する。

「それにい! 私はいいとしても、クライちゃんの分がなくなっちゃうじゃん? セレン皇女が危険な東を取るのはまあ許したとして、ルインに同じくらい危険な西をあげるのはなんか違わない?」

まさか、《嘆きの亡霊》にとっては危険な場所に配置されるのはご褒美なのだろうか? セレンは少しでも自分達で負担しようと思ったのだが――。

ルインが険の込められた視線を受け、眉を顰めて言う。

「………………そうだな。そういう事なら、僕は西でなくても構わない。どこに割り振られても全力を尽くそう」

譲歩するルインに《千変万化》はきょろきょろと周りを見回すと、これみよがしとため息をついた。

「や、やれやれ。危険な西はルインに譲るよ。そんなところ興味ないし……」

「そうだな。《千変万化》、そろそろあんたの力を見てみたいところだ。色々話し合っていたが、一応はリーダーなんだし、どこを守るか選ぶ権利があると思う。どう思う?」

《千変万化》の台詞にアドラーが言葉を被せた。確かに、今回の作戦を立案したのはシトリーだがそれを許可したのはクライだ。リーダーとして選択の権利くらいはあるだろう。

クライ・アンドリヒに与えられた認定レベル、レベル8とは英雄の証なのだという。

そしてついでに、フィニスを倒したルシアの兄だ。その佇まいからは強さは感じないが、セレン同様一人で一箇所を守ると言い出しても不思議ではない。

どうやらアドラーの提案に異論のある者はいないようだ。シトリーが装置設置予定の八点にチェックをつけた地図を《千変万化》に手渡す。

《千変万化》はしばらく黙ったまま地図を見下ろしていたが、やがてシトリーを見て言った。

「選びたいのはやまやまだけど、ここまで進めたのは皆だし皆の活躍を取るのもなー」

「まぁ、クライさんが入ってしまうと簡単になってしまいますからねえ……」

簡単に……なってしまう?

それは、信じられない言葉だった。今回の作戦は防衛だ。単純に戦闘能力が高いだけでなんとかなる類のものではない。

目を見開くセレンの前で、ニンゲンは慌てたように言う。

「か、簡単?? い、いや、そういうつもりじゃないし、そんな事全然ないんだけど――ねぇ、シトリー。僕の言いたいことはわかるだろう? 僕はどれも選ぶつもりはない」

「…………なるほど。わかりました、クライさん」

どれも選ばない……?

どういう事だろうか? これまでこのニンゲンは指揮に専念してきたが、今回に限ってはそんな余裕はないはずだ。

真意が……わからない。皆が静まり返る中、シトリーが浮かれたような声で言った。

「どれも選ぶつもりはない。つまり――クライさんは北側を担当する、と、そういう事ですね?」

「うんうん、そうだね! ……………………え?」

先程とは別の理由で、皆が唖然としていた。

北側を担当? 北側を担当と、今言ったのか?

北側から繋がっている地脈の数は南側とほとんど変わらない。装置を設置する場所の計算は済んでいないが、似たような数になるだろう。

全員でなんとか南側の守備を固め守りきろうという話をしていたというのに、たった一人でそれと同じ数を守ろうなどふざけているとしか言いようがなかった。そんな事、フィニスを使役したルインにだって絶対に不可能だ。

それとも、襲われない確信でもあるのだろうか? だが、何かしらの手を打って襲撃者を減らす算段があったとしても――めちゃくちゃだった。物理的に守る範囲が広すぎる。

これまで共に活動してきたメンバーからしてもその言葉は異常だったのか、ルシアが引きつった表情で確認する。

「…………兄さん、今度は何をするつもりですか? 一人で守れる範囲ではありませんよ? そんな馬鹿げた事やるくらいなら、私達と一緒に戦ってください」

「戦う!? ………………い、いや、戦うのはちょっと…………まぁ…………その…………僕にもやりたい事があってね。余り期待されてもあれなんだけど、守るというか、なんというか……そう。時間稼ぎくらいはできると思うんだけど…………どう?」

時間稼ぎ。その単語に、少しだけ皆の表情が和らぐ。

襲ってくる幻影を全て薙ぎ倒すなどと言うよりは現実的な言葉だ。

それでも、襲いかかってくる幻影の大群から広範囲をカバーして装置発動までの時間を稼ぐというのは尋常な事ではないが――。

その言葉を吟味していたアドラーが含み笑いを漏らす。

「くく…………面白いじゃないか。それでこそ、数多の伝説を打ち立てた《千変万化》だ」

「実は設置する装置は南の分しか用意してないんですが…………まあ北側に幻影を引きつける事ができれば作戦の成功率も上がりますね」

「クライちゃんに相応しい派手な活躍じゃない?」

シトリーが手のひらを合わせ、にこにこと言う。リィズも先程とは打って変わって上機嫌だ。

どんな方法を使うつもりなのかはわからない。だが、ここまで指一本動かすことなく状況をコントロールしてきたこのニンゲンの事だ。今回も何かしらの策を用意しているのだろう。

セレンは大きく深呼吸をすると、声を抑え懇願した。

「ニンゲン、こんな事を言える立場にはない事はわかっているのですが……一つお願いがあります」

「え? …………まだあるの?」

目を瞬かせ不思議そうな表情をする《千変万化》。

北側を《千変万化》一人で担当する。それが可能か不可能かは置いておいて、それは世界樹の暴走を止めるという最終目標を果たすに当たって大きな後押しになるだろう。

だが、一つだけ問題があった。

「その……できれば、なんですが、引きつけた幻影は倒さずにこちらまで連れてきて欲しいのです。全ての幻影を連れてきて欲しいとは、言いません。ですが……その……行方不明になっていたユグドラの民が乗っ取られている可能性があって――」

ウーノの推測が正しければ、ユグドラの戦士を助けるには枯渇の力で相手の幻影の部分だけを消し去る必要がある。

そういった幻影が何体いるのかはわからない。もしかしたら助かるのは特に力が強いルインだけで、他の者達はもう助けられない可能性もある。

だが、どうしてもセレンは諦める事ができなかった。

幻影を倒さずに時間稼ぎをするのと倒してしまうの、どちらが楽かなど考えるまでもない。圧倒的に後者の方が楽だ。殺す気で襲ってくる相手をいなすのは相当な実力差がなければ難しい。

引きつける側も命がかかっている。ふざけるなと怒られても文句は言えない。

顔を伏せ、身を縮めてお願いするセレンに対して、《千変万化》はにこにことしながら言った。

「ああ、そんなことか。いいよいいよ、全然構わないよ。うんうん、乗っ取られてる可能性があるから、ね。わかるわかる。安心して、僕は敵を倒さない事にかけては右に出る者はいないから。てか、最初から倒すつもりないし」

「!? か、感謝します!」

余りにもあっさり受け入れられた事に、一瞬言葉を失う。

獲物を倒さない事の難しさはハンターが一番良く知っているはず。どれだけ自信があればこんなにあっさり了承できるのだろうか? セレンの身勝手な要求にも眉一つ動かしていない。

それどころか、最初からそのつもりだったとは――。

ここに至ってもまだセレンは《千変万化》の佇まいから何の凄みも感じ取れなかった。

だが、その何も考えていない笑顔が今はただただ頼もしい。

ついこの間まで、ニンゲンがこんなに頼りになるなど知らなかった。

ずっとニンゲンは身勝手で恐ろしいものとして扱ってきたが、全てが終わったら、ユグドラもニンゲンとの交流を始めるべきなのかもしれない。

「じゃあ、後はよろしくね。僕は……色々やることがあるから……」

ニンゲンは中途半端な笑顔でそう言い切ると、足早に部屋を出ていった。