軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

349 シトリーの作戦 ②

フィニスを倒したルシアの膨大な魔力をもってしても、装置の製造は重労働のようだった。

魔法陣を起動するには五つの魔法を流し込む必要があるし、同時起動には集中も必要だ。幾度も魔法陣を起動すれば莫大な魔力はまたたく間に減り、疲労で淀みのなかった魔力操作にも乱れが生じてくる。

セレンや《星の聖雷》のメンバーも助力できればよかったのだが、魔導師にはそれぞれ得意とする術というものがある。装置製造の魔法陣は五つの魔法を流し込む必要があるが、中でも火の魔法はかなり強力なものを流し込まなくてはならない。

同時発動だけならばともかく、精霊人は種族的に火の魔法が苦手だ。セレンは火の魔法を使えないし、《星の聖雷》のメンバーの中でも使えるのはクリュス・アルゲン一人だけだ。

だが、仕事がないわけではない。代わりに、セレン達は宝石を装置の動力源となる魔石に加工する作業を行う。

動力がなくては装置も動かない。これも、装置の製造程ではないが繊細な魔力操作を必要とされる作業だった。

ルシアがシトリー達が取ってきた硝子を使い切り、セレン達が一通りの処置を宝石に施した時には日もすっかり沈んでいた。

神経を使う作業にセレンも含め皆が消耗していた。万全なのは指示役のシトリーくらいだろう。

だが、表情は決して暗くはない。希望があるからだ。

ルインを助け出した、その偶然にも思えるたった一勝がセレン達を奮い立たせている。

ちょうどそのタイミングで、装置の設置場所を吟味していたメンバー達も戻ってくる。

『狗の鎖』によるルインの奪還を終え、改めてユグドラの外に出て調査に向かったリィズ、エリザ、ティノの盗賊の三人組と、その様子を現人鏡の力で監視し、地図に記していたアドラー達だ。

フィニス程の脅威はなくとも、他の幻影が襲ってくる事も十分に考えられる危険な任務だったが、リィズ達三人には目立った負傷はなかった。

だが、先頭に立つリィズの表情は険しい。装置の製造に力を振り絞り息も絶え絶えになっていたルシアが眉を顰め声をかける。

「…………おかえりなさい。何かありました?」

「いや……今日は幻影が襲ってくる事もなかったし、特にトラブルもなかったんだけど……ずっと見られてるみたいでねえ。気分が悪いのなんのって」

「…………視線を感じましたね。森に入った直後からずっと――」

ぶるりと肩を震わせ、ティノが言う。

結界を張られた時点で相当警戒されていると思っていたが、これまでは視線を感じるなんて事はなかったはずだ。余り穏やかな話ではない。

それがどう転がるかは神ならざる身のセレンにはわからない。だが、状況は確かに動いていた。

セレン達だけでなく、【源神殿】側も。

リィズが舌打ちをして不機嫌そうに言う。

「それで、面倒だから【源神殿】の近くまで行ってみたんだけど、結界の内側からじーっと見てるの。黒い仮面の幻影達が――挑発しても出てこないし。結界につなぎ目もないから入れないし……うぜえ」

「近くまで行ったのか……ふん。相変わらずだな」

「近づかねえとわかんねえだろ。あー、あの目…………いらいらするッ。ルークちゃんなら結界も切れたかもしれないのに、肝心な時にいないんだから!」

ラピスの言葉に、一瞥を投げ、リィズが苛立ったように地面を蹴りつける。

さすがに凄腕の剣士でも空間遮断による結界は斬れないと思うんですが――。

最後に、眠そうな表情でふらふらしていたエリザがふぅと息を吐いて言った。

「今は大人しくしているみたいだけど、相手はこちらの出方を窺っている。あの様子だと、何かあったら即座に襲ってくると思う」

【源神殿】の幻影は強力だ。ルインやフィニスは取り戻せたが、その他にもユグドラの精鋭達が何百人も行方不明になっている。

未だユグドラ側の戦力は幻影達と比較にならないくらい少ない。

セレンの不安を裏打ちするようにシトリーが眉を寄せ困ったような表情を作る。

「それはそれは……また、面倒な事になりましたねえ。装置を起動してから効果が発揮されるまで時間がかかります。しかも、同時に幾つもの装置を起動しないといけません」

そうだ。まだ作戦はフェイズ2――ただの準備の段階なのだ。

「ま、戦ってみないとわからないけど? アドラー、てめえらもちっとは役に立てよ!」

「どうして私達が――と言いたいところだが、わかってるさ。ちょっとは《千変万化》に役に立つところも見せておかないとねえ」

アドラーが酷薄な笑みを浮かべて言う。

クライを思い出しながら、今後の戦いについて想像してみる。だが、全く読めなかった。

セレンは何も知らない。幻影達が何を考え何体存在し、どれほどの戦力を持つのか。そして――現在のユグドラ側の戦力で何ができるのかも。

戦いには時の運もある。ましてや、勝敗を読むだけでなく戦いの流れまでコントロールするなど、ニンゲンよりも高い能力を誇る精霊人でも不可能だ。

クライ・アンドリヒは未だ姿を現す気配がなかった。

一体どこで何をやっているのだろうか? あるいは……今もまだ、全て想定通りなのだろうか?

「エリザお姉さま…………そのお…………つかぬことを伺いますが、足は逃げたがっていませんか?」

「……ずっと、逃げたがっている。これは、負け戦。普通に考えたら、だけど。そのくらい、相手との戦力差は大きい」

「!? …………そ、そうですか…………やっぱりまたそういう戦いなんですね……」

「でも、ここまで来たらもう逃げられない。シトリーの装置に賭け、戦える全員で装置を守りきるしか」

意気消沈したように呟くティノに、いつになく深刻そうな表情のエリザ。

薄々感づいてはいたが、どうやら歴戦の盗賊から見てもあまり勝ち目のある戦いではないらしい。

だが、エリザの言う通り、どちらにせよ前に進むしかないのだ。これは、セレン達にとっては、世界樹の暴走を止められなかった不名誉を挽回する最後のチャンス。

この状況で避けねばならないのは《嘆きの亡霊》に降りられる事だ。そうなれば、たとえ《星の聖雷》が残ってくれていたとしてもどうしようもない。

特に《千変万化》の協力は必須だ。皆の顔を順番に確認して、できる限りの威厳を込めて言う。

「私も……これでもユグドラの皇女、戦闘経験はそこまでありませんが、ミレスの力を借りれば【源神殿】の幻影を相手にしても戦えるでしょう。ルインも目が覚めたら共に戦ってくれるはずです」

《嘆きの亡霊》がここにやってきたのは仲間を助けるためだ。だが、シェロの呪いを解くのと世界樹の暴走を止めるの、どちらが楽かは考えるまでもなかった。

セレンの表情を見て、シトリーは小さな笑みを浮かべる。

「ふ……そんな心配しなくても、私達は降りません。クライさんが撤退を決めるまでは、ですが――ウーノさん、地脈の状況はわかりましたか?」

「はい。大雑把ではありますが、地脈同士が交わっている部分はチェックできたと思いますー。大きな見落としはないはずですー。調査はやっぱり、狗の鎖を使うより、人ですねー」

ウーノが周辺一帯の地図を広げる。世界樹を中心とした地図には今、赤い線が何本も描かれていた。

森の中を歩くリィズ達を現人鏡で確認して作ったものだろう。

シトリーがそれを受け取り、セレンが手渡したユグドラの書庫に眠っていた地図と比較する。

「セレンさんから貰った五百年前の地脈地図とも大まかに一致しますね」

「まだぐるりと一回周っただけですからねー、主たる地脈は描けたと思いますが、保証はできませんー。何周かすればもっと正確な地図を作れると思いますがー」

マナ・マテリアル攪拌装置についてセレンは原理も必要な条件も何も知らない。

その手の技術はユグドラが上などといっても、ユグドラの民は地脈を動かそうなどという大それた事を考えたことはないのだ。

シトリーは数秒間考えると、首を横に振った。

「………………いえ。とりあえず一度、このデータで設置場所を計算してみます。せっかく検証の機会を頂いたのです。お姉ちゃん達が視線を感じていたというのならば、余り時間もない。セレンさんも是非、意見をください。これがうまくいくかどうかで世界の命運が決まります」

§

改めて、今回の肝となる装置に関する説明を受ける。

マナ・マテリアル撹拌装置。

それは、その名の如くマナ・マテリアルの流れを撹拌する装置らしい。

シトリーは地脈を川、マナ・マテリアルを水、装置を障害物に例えた。マナ・マテリアル撹拌装置を使えば水の流れを妨害し、一つのところに本来貯まる以上の水量を集める事ができる。

マナ・マテリアルは水のように円滑には流れないし、地脈や装置も多少の性質の違いはあるが、ここで重要なのはその装置が本来、マナ・マテリアルの円滑な流れを妨害し、一箇所のマナ・マテリアル量を増加させる事で宝物殿を強化するための装置だという事だ。

シトリー・スマートはマナ・マテリアルの性質とその装置を使って地脈という川を枝分かれさせようとしている。それは、理論上可能なだけの、前代未聞の作戦だった。

「地脈はマナ・マテリアルの通り道です。ならば、人工的にマナ・マテリアルが通る場所を作る事ができれば、それは地脈と呼んでも差し支えないはずです。川を開削して支流を作るように――」

ユグドラでは地脈に流れるマナ・マテリアルを転用して様々な術式を発動させている。ユグドラを囲む強力な結界もそうだし、神樹廻道を構築しているのもその力によるものだ。

マナ・マテリアルに関する研究を制限しているニンゲンの世界と比べればその技術は発展しているだろう。

マナ・マテリアル撹拌装置の大体の機能は聞いた。シトリーの打ち立てた作戦は、セレンから見ても決して不可能ではない、と思う。だが――、

「そりゃ、強化はやりましたが、宝物殿の弱化はやったことはありません。でも、間違いなく可能なはずです。理論上は!!」

拳を握り、熱弁するシトリー。

絶望的な力を持つフィニス相手に戦い続けたルシアも凄まじかったが、シトリー・スマートはそれに輪をかけてどうかしていた。

何しろ、世界の滅亡が目の前に差し迫っているこの状況で、一度も試したことのない装置の使い方をしようとしているのだ。

そして、今に至るまで作戦の詳細を説明しなかった理由を、セレンは理解した。

きっと、後に引けなくなるタイミングまで、待っていたのだ。

理論上はと言い続けていたはずだ。これは紛れもなく、実験と呼ぶべきものだった。

しかも、装置を設置する場所も非常に難しい。シトリーは適切な位置に設置すればと言っていたが、適切な位置が存在しているのかも怪しいものだ。

地脈の構造は場所によってそれぞれだ。つまり、装置の設置場所も大まかなセオリーに基づく他なく、起動してみなければうまく動くかはわからない。

セレンも作戦には賛成したが、まさかここまで不確定要素の大きい作戦だとは思わなかった。

そして、いくら非常事態とは言え、それを(恐らく)把握した上でシトリーに全て任せた《千変万化》もかなり肝が据わっている。

シトリーは顔を引きつらせるセレンの前で、まるで自分に言い聞かせるかのように力強く言った。

「私を信じてください! 理論上は、いけますッ!」