軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

342 狗の鎖

硝子の回収が終わり、作業場に山と積まれた硝子を見て、シトリーが満足げに頷く。

硝子は割るのこそ時間がかかったが、回収はみみっくんに頼むだけで済んだ。粉々に砕けた硝子の山はきらきらと陽光を受けて輝いていて、少し変わった宝石のようだ。

腕を前に組んで素材を確認していたルシアが小さくため息をつく。満足げなシトリーとキルキル君に比べて、ルシアのテンションは低めだ。

ルシアが杖でとんとんと地面を叩き、シトリーに尋ねる。

「……で、ここから私は何をすればいいの? 製造は私がするって言ってたけど――」

「設計図が――装置を作るための術式があるのです。錬金術ってのは万人のための技術ですからね…………幾つかのパラメーターを変える事で自由に装置を作れるようになっています」

「…………そんな危険な装置を自由に――そ、そうですか……」

親友に向けるものではない、ドン引きしたような表情をするルシア。僕ももうちょっと事の重大さを理解できる頭脳があったら同じような表情をしていたかもしれない。

魔術も錬金術も、この世の真理は難しすぎる。そして僕の身近には危険なものがありすぎる。

シトリーはおもむろにペンを取り出すと、唇をぺろりと一度舐め、地面に複雑怪奇な絵を描き始めた。

得体の知れない幾何学的な模様だ。大きな円を中心に、内部に無数の見た事がない図が書き込まれる。

淀みのない手付き。意味不明な行動を始めた幼馴染に目を丸くする僕を他所に、ルシアがぴくりと眉を動かした。

「これは…………魔法陣? 魔導師なら作れるって、まさか――」

「我々は、材料を元に魔術で装置を加工するための魔術式を考案しました。書は処分され、既に式は私の頭の中にしかありませんが……」

大規模な魔法を発動する際は往々にして複雑な準備が必要とされる。

マリンの慟哭の浄化を試みた時の光霊教会も強固な結界を張るために魔法陣を使っていたが、魔法陣とは簡単に言うと、魔術の設計図のようなものらしい。

僕は余りその手の知識に明るくないが、万人が複雑な魔術を確実に発動できるようにするために生み出されたものだと聞いたことがある。

シトリーの書いた魔法陣――描かれた複雑な模様は全く意味不明だった。文字のようなものも見えるが、一文字たりとも理解できない。

こんな図を元に魔術を構築できるなんて魔導師って凄いなあ。

うんうん頷いていると、シトリーがぱぁっと笑顔になって言う。

「!! わかりますか、クライさん!? この魔法陣に組み込まれた画期的な魔術式が!」

「うんうん、そうだね。とても画期的だ」

なんだかよくわからないけど、シトリーがここまで自信満々な表情をして画期的じゃなかったことはない。

笑顔に引っ張られてとりあえず同意していると、ルシアが恐る恐ると言った様子で声をあげる。

「シト……? …………この魔法陣、発動に五人は必要ですよね? だってほら…………この術式、ベースに五つの異なる魔術が――」

「そう! そうなの! 五人の魔導師で発動する魔法陣なの! そこが画期的なんだけど、やっぱり五人の、しかも息のあった魔導師を揃えるのってけっこう大変で――」

複数人の魔導師が協力して一つの高位の術を発動する。儀式魔法と呼ばれる魔導師の奥義の一つだ。

なるほど画期的な効果を得るには普通の術式では足りなかったらしい。

どんな術なのだろうか? そういえばルシアの魔術をこうして戦場以外でじっくり見るのは久しぶりかもしれない。

「じゃあさっそく見せてもらおうかなー」

「お願いします! ルシアちゃん!」

僕とシトリーの要求にルシアがびくりと身を震わせて言う。

「!?? あ、あのー……私の話聞いてました? 私は、この魔法陣の発動に、五人は必要だって言ったんですよ?」

「え? ……でもルシアの魔力は五人分以上あるでしょ?」

事、魔術に関してルシアは天才である。《星の聖雷》や《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》からの勧誘はもちろん、魔術系学院からのスカウトも途切れたことがない。

圧倒的な魔力量に繊細な術式構築。貪欲に知識を吸収しあらゆる魔術を修めたばかりか、自ら幾つもの新しい術を開発した。まさしく才媛という言葉は彼女のためにある。

僕の言葉にルシアは額に皺を寄せて凄い表情で言う。

「わかっていると思いますが、魔力量は関係ありません。異なる術を二つ同時に使うというのは強いて言うなら左右の手で同時に別の文字を書くようなもので――」

「…………でも君、両利きじゃん」

ルシアは昔から何かと器用な子だった。

不器用なのは、遠縁からアンドリヒ家に引き取られてきたという生い立ち故に何かと我慢しがちという、その性格だけだ。

「えぇ? 確かに両利きですよ、兄さん! 二つまでならなんとかなるかもしれませんが、残念ながら、私には手は五本もありませんッ!!」

「…………そう言われてみればそうだねえ。うーん…………」

道理である。僕も手が五本もある妹を持った覚えはない。

二つならなんとかなるという時点でルシアは魔導師として卓越しているのだろう。

そもそも、ここにはセレンもいるし、《星の聖雷》のメンバー達もいるのだ。シトリーは何故かルシアを所望しているようだが、ルシア一人に任せる必要なんて全くない。

むしろルシアが担当する必要がない可能性すらある。《星の聖雷》のメンバーだけでやったほうが連携も取りやすいだろう。

眉を顰めハードボイルドな表情でそんな事を考えていると、ルシアが耐えかねたように叫んだ。

「あー、あー、あー、もうッ! わかりましたッ! やればいいんでしょ、やれば!」

「へ? いいの?」

「…………なんとかしますよ。兄さんの無茶振りには、慣れてますから」

無茶なんてしなくていいのに……向上心の塊かな?

一瞬で集中し、難しい表情で術式を見下ろし、ぶつぶつ独り言を始めるルシア。こうなってしまうとルシアはしばらく動かない。

シトリーがその様子に何故か満足げな表情で言う。

「魔術を五重起動なんてできるようになったら、いよいよルシアちゃんも人外じみてきますねえ」

他人の妹を人外にしないでください。というか、五つ魔術の同時起動ってできたら人外なのか……。

冷静に考えるとルシアに無茶振りしているのは僕ではなくシトリーなのでは……? 仲が良い分、からかうのもうまいし、シトリーの新開発したアイテムにルシアが振り回されるのはよく見る光景だ。

そこで、それまで黙って話を聞いていたセレンが小さく咳払いをして、シトリーに確認する。

「シトリー・スマート。私にも何か手伝える事はありますか? これでも、魔術には自信があります」

「いえ…………装置の製造には火の魔術も使いますし、そもそもこれはルシアちゃんの試練なので――そうだ、一応、過去に調べたという近辺の地脈の情報を頂けますか?」

「そ、そうですか……わかりました」

シトリーに情報だけくれと言われ傷ついたような表情をするセレン。

どうやら皆やることがあるのに自分だけ仕事がないのが気になるらしい。僕なんて全然気になっていないのに、真面目な事だ。

このまま放置しておくと思いつめそうなので、一応フォローを入れる。

「肩の力を抜いて。こういう時に仲間を信じてどんと構えるのもリーダーの仕事だよ」

「な、なるほど…………そういうものですか」

「何かあったら何かあったって言ってくるから……世界の破滅が迫って焦るのはわかるけど、神を前にしたらたかが一人の人間に――精霊人にできる事なんて、大したことないんだよ」

「…………」

うつむき黙り込んでしまうセレン。どうも彼女は悲観的すぎるな。

美人は美人だが、こうしていつも悲しげな表情をしているのを見るとこちらまで悲しくなってきてしまう。

そこで、僕は前々から考えていた事を思い出した。

「そうだ、セレンみたいな人にぴったりな良い宝具があるんだ! 貸してあげるよ」

「え? 宝具、ですか……?」

「『 完璧な休暇(パーフェクト・バケーション) 』って言うんだけど……」

「完璧な……休暇?」

まぁ僕は快適ではなくなってしまうが、戦闘に参加するつもりも何かやる予定もないわけで、問題ないだろう。

『完璧な休暇』はリィズ達に何度勧めても使ってくれなかった宝具でもある。他の人にもその力を体験して貰いたいと思っていたところだ。

効果は強力なのだが、どうやら皆あのビジュアルが気に入らないらしい……いいじゃん、おしゃれで。

ルークの解呪に向かう際にも着ていたのだが、どうやら名前を知らなかったみたいだな。

「セレンにぴったりだと思う。ほら、さっそく貸してあげるから……シトリー、装置の方は任せたよ」

「は、はい………………それでは、そちらはお任せしますね……」

シトリーが先程とは異なり、少しテンション低めに言う。

何をお任せされたのだろうか? …………ま、いっか。早速セレンに宝具を試してもらおう。もしかしたら宝具仲間が増えるかもしれない。

戸惑うセレンを連れ、僕は意気揚々とその場を後にした。

§ § §

『狗の鎖』が鬱蒼と茂る森の中を駆けていく。その光景を、アドラー達は現人鏡を通して眺めていた。

地脈を流れるマナ・マテリアルは万物を強化する。大地に流れる膨大な力を十分に受けた草木は見上げるほどに成長していて、小柄な狗の鎖は完全に背の高い草の中に隠れていた。

駆けているはずだが、傍目からは藪ががさがさと動いているようにしか見えない。

狗の鎖が出ていって数十分。今のところ、大きな問題は発生していなかった。

その特別な目で鏡を眺めていたウーノが感心したように言う。

「うまく走るものですねー。まさか『生きる鎖』にこんな隠れた機能があるなんて――」

「……使いみちが思い浮かばねーけどな。似たようなサイズでもっと賢い魔物なんて幾らでもいる」

「まったくだね」

クイントの言葉に同意する。

確かに、アドラーが想像していたよりもうまくいっている。だが、それは現段階では問題が発生していないというただそれだけの事だ。

指示を聞いてくれる『生きる鎖』は確かに面白いが、面白いだけである。

そもそも今こうして役に立っているのだって、アドラー達の持つ『現人鏡』あってのものであり、わざわざこの状況で宝具を使う理由にはなっていない。

「御託はいいんだよッ! クライちゃんが楽な道を行くわけがねえだろ。てめーはてめーの仕事をしろ!」

まるでアドラー達の様子を監視するかのように立っていたリィズが舌打ちをして怒鳴りつけるように言う。その鋭い目つきからはアドラー達を警戒しているのが如実に伝わってきた。

然もありなん。アドラー達は別に《千変万化》の味方ではない。ただ、メリットがあるから従っているだけの事。馴れ馴れしくされていたらそれこそ拍子抜けだ。

同じように、警戒を隠していない精霊人のパーティの一人が確認してくる。

「それで……地脈はちゃんと見えるのか、です?」

「そこは問題ありませんよー。もっとも…………まだ宝物殿まで距離があるこの場所でも、尋常ではないマナ・マテリアルの濃度です。強弱を見分けるのは、難しいかもしれませんがー」

世界樹の周りには地脈が密集している。今回アドラー達が見つけるべきは、世界樹に集まる地脈が合流し、一本の大きな地脈となるその点だ。

このユグドラのトップ――ウーノと同じく特別な目を持つセレン皇女の話ではそこには軽く見てもはっきりわかるくらい強い力が集まっているらしい。

鏡を食い入るように見つめていた黒髪の少女――ティノが、隣のリィズを見て恐る恐る言う。

「しかし、全く動物がいませんね…………こんなにマナ・マテリアルの濃い森なのに……」

「ふん……マナ・マテリアルが濃い故、かもしれんぞ。強力な、知性のある幻獣程、警戒心は強いものだ。生態系の頂点が既に変わっている事くらい理解できるだろう」

ラピスが肩を竦めてみせる。これが 盗賊(シーフ) やアドラー達が調伏した魔物だったら状況の不自然さにも気づいただろうが、『狗の鎖』はそれに気づく事なく、前に進んでいた。

恐怖とは危機感だ。それを感じないというのはメリットでもあり、大きなデメリットでもある。

「たとえ知性のある幻獣が逃げたとしても――ここまで静かなのは不自然だ。どちらかというと、『追われた』可能性が高いだろうね」

さすがは神の幻影がいる宝物殿だ。幻影達が地脈の力を利用して宝物殿に結界を張ったというのも前代未聞だが、常識の枠から外れた事が次から次へと起こる。

一度は痛み分けにまで持ち込めたが、もう軍勢はいない。この現象を成した幻影と接敵するのは避けたいところだ。

と、その時、鏡をぼうっと眺めていたエリザがふと何かに気づいたような声をあげた。

「……この子、予定のルートからずれてる」

もう一度鏡を確認する。狗の鎖は迷った素振りもなく、まっすぐ進んでいるように見える。

だが、『現人鏡』から見た画面では分かりづらいが、高レベルの盗賊が言うのだから真実なのだろう。

そもそも、《千変万化》は狗の鎖へ指示を出す時、地図上の線をなぞって調査ルートを提示していた。

あれで本当に大丈夫なのか疑問だったが、どうやら余り大丈夫ではなかったようだ。

一応、道に迷っても帰ってくる事はできるらしいが、大きくルートを外れてしまえば調査の意味がない。

エリザかリィズを調査に出せばこんな事はありえなかった。本当にどうして狗の鎖なんて使ったのだろうか?

眉を顰め考え込んでいると、ふとティノが強張った表情で言った。

「お姉さま…………その……私の勘違いだったらいいんですが、この子…………宝物殿の方に向かっているような…………」

「はぁ…………ティー、あんた今まで何見てたの? もう一度言うけど、クライちゃんが楽な道を選ぶはずがないでしょ!」