軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

340 新たなる作戦③

アドラーの掲げた、いかにも古びた鏡が輝きを放つ。鏡面に靄が流れ、続いて像を映し出す。

それは、これまで数々の宝具と触れ合ってきた僕でも見たことのない代物だった。

「これはわからないですよ…………クライさん」

シトリーがボソリと呟く。だが、僕は完全にアドラーの持っていた鏡に目を奪われていた。

鏡が映し出していたのは漆黒の祭壇だった。見ていると心がざわつくような、奇妙な彫刻が全面に施された邪悪な祭壇。その上で、黒い靄のようなものが渦巻いている。

ラピスが息を呑み、鏡を凝視して言う。

「これは…………まさか。世界樹――【源神殿】の最奥、か?」

「『現人鏡』は、持ち主の求めるものを映し出す」

アドラーが事も無げに言う。

使用者の求めるものを映し出す鏡。これまで宝具コレクターとして様々な宝具と出会ってきた僕も知らない代物だ。

何らかの制限があるのかもしれないが、その性能が真実ならば値段のつかない品である。商人も騎士団もハンターも、あらゆる人がそれを求め血みどろの争いを始めるに違いない。

有用性としてはみみっくんに匹敵するだろう。昨今、強力な宝具との出会いは英雄の資質とも言われる。魔物を服従させるだけでも恐ろしい能力なのに、そんな強力な宝具まで持っているなんて――。

アドラーの弟子入りは半ば強制的なものだった。

仲間がいない状況で、《嘆きの亡霊》から逃げ切る程恐ろしい賊に脅されたら受けざるを得なかっただけなのだが、まさか魔物の軍勢以外にもこんな隠し玉があったとは……。

「ウーノ、どうだい?」

アドラーが後ろに立っていた仲間の少女に声をかける。

弟子にして欲しいと言われた時に、メンバーの自己紹介は受けていた。

ウーノ。聖霊使いのウーノ・シルバ。高度な変装で僕から導を掠め取っていた少女は、目を限界まで見開き魅入られたように鏡に視線を向けながら、震え声で言った。

「凄まじいマナ・マテリアルが――力の奔流が、見えます。恐ろしい――こんなに強力な、マナ・マテリアルの収束、見たこと、ありませんッ」

「!! ニンゲン……マナ・マテリアルが見えるのか?」

「ウーノの目は特別製なんだ」

「遠視にマナ・マテリアルを見る目……足りなかったものが…………揃いましたね」

強力な宝具に特別な目、か。アドラー達の要求を受け入れて正解だったようだ。

神をどうにかしなければならないのだから、メンバーは多ければ多い程いい。それが賊なのは問題だが…………まぁ、後から考えよう。

そこで、アドラーの後ろに立っていた最後の一人に話しかける。

僕と同じくらいの年齢の黒髪の青年だ。身長も僕と変わらないが、目つきは鋭く肉体も引き締まっている。

《千鬼夜行》の一人。将軍、クイント・ゲント。初戦時にリィズが倒したという剣士だろう。

僕は小さく咳払いをすると、無言を貫くクイントに話しかけた。

「で、君は何ができるの?」

「う…………うるせえ」

あ、はい。ごめんなさい。

こちらを睨みつけ、僕を押しのけるようにアドラーの隣に立つクイント。どうやら何もできないようだ。

責めたりはしないよ……僕も同じだからね。

だが、まあ何もできないと言っても、リィズの見立てではクイントはかなりの実力を持つ剣士らしい。

あの幻影の群れと戦ってこうして生き延びている事からも実力は明らかだろう。ルークがいれば大喜びで斬りつけたはずだ…………いなくてよかったね。戦いではきっと役に立ってくれるはずだ。

ところで、そこに立たれると鏡が見えないんだけど……とても言える空気じゃないな。まぁ僕が覗いても特に何もわからないだろうけど。

自嘲気味の笑みを浮かべ小さくため息をつき下を向いたその瞬間、アドラーが小さくうめき声をあげた。

「ッ!? こ、これは――!?」

――それは、よそ見をしていた僕にもはっきり理解できる変化だった。

皆の表情が変わる。得体の知れないプレッシャーが室内を侵す。

周りを取り囲み鏡を見守っていたラピス達が警戒したように後退る。

そして、ぴしりと小さな音がした。

鏡から放たれていた光が消える。凍りついていた空気が元に戻る。

ウーノがふらつき、跪く。アドラーが乱暴に鏡をテーブルに置く。

アドラーの顔は青ざめていた。大きく開いた瞳孔。たった数秒で冷や汗でもかいたのか、いつの間にかその全身はぐっしょり湿っている。

何が起こったのだろうか? さっぱり状況がわからずただ目を瞬かせる僕に、アドラーが微かに震える声で言った。

「まいったね…………見られちまった。まさか『現人鏡』の遠視に気づくとは…………いや、違うね。甘かった。どうやったのか知らないが、人間にも――そこの男にもできたんだ。神とやらにできないわけがない、か」

先程までは古びてはいても傷はなかった鏡には今、大きな罅が入っていた。

「ッ…………あれが、我らの敵、か。敵意は……なかった、が――ふん」

「か、完全な、顕現の、前に、意識が、あるなんて――」

いつも余裕を崩さないラピスも、汗で髪が張り付いている。セレンなど今にも倒れてしまいそうだ。

神に見られた、か。どうやら鏡を見ていなかったのは僕だけらしい。

高レベルの宝物殿を多数攻略し、これまで幾度となく命の危機を切り抜けてきたリィズ達の表情もこれまでになく険しい。

見なくて済んだのは僥倖なのだろうが、なんだかとても置いていかれた気分だ。

皆が言葉を失っていた。しばらく待つが誰も口を開く様子はない。仕方ないので小さく咳払いをして口火を切る。

「なんというか……なかなか凄かったねえ」

「よ、よわにんげん、オマエあれを見てその感想なのか!? です。いつもと全く表情が変わっていないぞ、です!」

「え……?」

口ぶりこそいつもとそこまで変わらないが、クリュスもまた明らかに憔悴していた。呼吸も乱れているし、心なしか頬も痩けて見える。【迷い宿】に行った時と似た反応だ。

呼吸を整えたルシアが絞り出すような声で言う。

「精神汚染系の攻撃に……似ています。この程度で済んだのは僥倖でしょう。もしも受けたのが常人だったら……正気ではいられなかったかも」

「…………ちょっと、私が想像していた以上ですね。完全に、認識されました。もう遅いですが、その鏡で神を見るのは、やめた方がいいですね…………どうします? クライさん」

大きく深呼吸して自分を落ち着けようとしているシトリー。

彼女は有能だが、その戦闘能力は《嘆きの亡霊》の中では低い方だ。だからこそ、状況を見極める能力に長けている。《嘆きの亡霊》のブレインは伊達ではない。

視線がこちらに集中する。改めて観察すると、全員が全員似たような状態だ。

アンセムだけは鎧のせいでわからないが、宝具越しに見られた(?)だけで、高レベルハンター達がここまで影響を受けるとは――なんか本当に、僕だけちゃんと鏡見てなくてごめん。普通視線外したりしないよね……。

罅の入った鏡に触れ、持ち上げる。大きな亀裂の奔る鏡面は僕のぱっとしない顔を静かに映していた。

宝具はマナ・マテリアルから成る過去の再現であり、この世界の物質ではない。頑丈で壊れる事もほぼないが、仮に力を失う程に破壊された場合は跡形もなく消える事になる。

初めて聞く宝具だがこの『現人鏡』とやらもそれは変わらないはずだ。罅が入る程度で済んだのは不幸中の幸いだろう。

一体どこで手に入れたのだろうか。何時代の宝具なのだろうか。宝具コレクターとして、未知の宝具には興味がある。是非とも後で色々話を聞かせて欲しいものだ。

大きく頷き、笑みを浮かべ、シトリーを見る。

「よし、まだ使える。シトリー、作戦の続きは?」

僕の言葉に、シトリーが一瞬目を見開き、伏し目がちに答える。

「……そうですね。もしかしたら……今回は私よりも、クライさんが指揮をとった方がいいかもしれません。私の推測が正しければ、あの神の幻影は、万全ではないのでしょうが、すでにかなりの力を持っています。少なくとも、意識が……知性がある。私では力不足かも――」

錬金術師として大成してからはそこまで見なくなっていた弱いシトリーの表情に、目を丸くする。

あんなに自信満々に試したい事があると言っていたのに、鏡越しに見た神とやらはそれを凌駕するインパクトがあったのか。

だが、僕に指揮を取らせるなど自殺行為も甚だしい。シトリーの作戦で力不足になるかもしれない相手が僕の指揮でどうにかなるかい。

シトリーにはなんとかして指揮を取ってもらわねばならない。

しばらく沈黙していたが、うまい説得の仕方は思い浮かばない。とりあえずシトリーを元気づけるように言う。

「……まぁ何かあったら僕が責任取って土下座してあげるから試しにやってみなよ。自慢じゃないけど僕の土下座は神にも効く」

多分、今回の相手も、祈りを捧げられる事はあっても土下座される事はないのだろう。その辺りは【迷い宿】で実証済みだ。

もちろんできればそういう状況になる前に逃げたいけど、最悪の状況になったら躊躇いなく土下座するよ僕は。

僕の指揮を執りたくない気持ちが通じたのか、シトリーは僕の言葉に一瞬目を見開いたが、大きく深呼吸をするとぱちんと両手で自分の頬を叩いた。

「…………クライさんに、土下座させるわけにはいきませんね。それに、ここまで揃えていただいた以上、できないなんて言っちゃダメですよね」

「うんうん、そうだね。何かあったら手伝うから頑張って。どうにもならなさそうだったら早めに言ってもらえると嬉しい」

アークを呼びに行くのにも時間がいるだろうしね。

口元に浮かぶ緊張したような笑み。明るい、しかし少し無理をしているような声。

だが、シトリーはこれまで様々な修羅場をくぐり抜けてきた紛れもない一流のハンターだ。彼女ならばやってくれるだろう。

椅子に座り直すと、シトリーは小さく咳払いをして作戦の説明を再開した。

「こほん。地脈調査はお姉ちゃんやエリザさん、《千鬼夜行》の皆さんに任せようと思います。あの神はこちらを視認しました。危険度は増しましたが、幸いな事にアドラーさんの『現人鏡』があれば現地に出向かず地脈を調査する事も可能でしょう。マナ・マテリアルを視認できるというウーノさんがいれば、セレンさんを私の方のグループに加える事もできます。調査班が調査している間に私は計算と道具の用意をします。ユグドラの持つマナ・マテリアル関連の知識があれば作戦の成功率はより高くなるでしょう」

「…………たかが賊の分際でやべえ宝具持ちやがって。全部終わったらクライちゃんに渡せよ」

苛立ちを全く隠さないリィズの声。一度は敵対した相手と行動を共にするのが嫌なのだろう。

トレジャーハンターは物事を五感の全てで感じるが、視覚からの情報が大きい事は変わらない。アドラーの『現人鏡』は状況によってはそれ一つで斥候の代わりになりうる強力な宝具と言えるだろう。悪用もできそうだ。

僕も数百点の宝具を持っているが、同じ宝具どころか似た機能の宝具すら持っていない。ルシアの魔法でだって再現はできないはずだ。

アドラーはリィズの言葉に眉を顰めると、不快そうな表情で言った。

「宝具…………宝具、か。『現人鏡』をただの宝具なんかだと思ってもらっては困る。あんたらのリーダーが連れているあの宝箱と同様に、ね」

「え……? ああ、みみっくんの事か……まぁ、確かに『現人鏡』はみみっくんに匹敵しているかもしれないな」

どうやらみみっくんも見られていたらしい。常識外の力を持つみみっくんはなるべく隠したかったが、遠視なんてされちゃどうしようもない。

そうだとも。現人鏡もみみっくんも、ただの宝具じゃない。

…………かなりやばい宝具だ。

そもそも、鏡型宝具ってけっこうやばめの能力を持っている物が多いんだけど……。

そこで、僕の言葉に何を思ったのか、アドラーは僕をじろりと睨みつけると、厳しい声で言う。

「誤解されないように先に言っておこう。《千変万化》、今回はあんたに従うよ。こちらがお願いした身だからねえ……だが、それは上下関係を意味するわけじゃない。確かにあんたはなかなかやる。初めて見つけた同格の同類だ。だが、あんたのみみっくん? は強力だが、私の『現人鏡』も劣っちゃいない」

「あ……はい」

疑問がとめどなく溢れてくる。

この人、弟子の意味を少し履き違えてはいないだろうか? 師匠に対する態度じゃなくない? そして……同類って何?

さすがの僕も賊に同類とか言われると少しショックなんだけど……ついでに弟子になって何を望んでいるのかもわからない。

近くでその手腕を見せてくれとか言っていたけど、土下座でも見せればいいのかな?

一度は交戦しているハンター達に囲まれても変わらず喧嘩腰のリーダーに、ウーノが慌てて窘めるように言う。

「まぁまぁ、アドラー様。今回は穏便にいきましょー、クライさんは私達より少しだけ先を行っているみたいですし……」

うんうん、わかるよ。パーティに癖の強い人がいると苦労するね。

アドラーは小さく肩を竦めると、真剣な顔で言った。

「……まぁ、いいだろう。話を戻すよ――私の『現人鏡』を計画に組み込むのは、いい。こっちのお願いを聞いてもらったんだからね。罅だってすぐに治るさ。だけど、一つ問題がある。この『現人鏡』は強力だが――万能じゃない。この鏡に命令できるのは私達やそこの《千変万化》のように力を持つ者だけだし、鏡が映し出せるのは、『ターゲット』だけだ」

「ターゲット? どういう事ですか?」

「あぁ。この鏡が映せるのはある程度限定されたものだって事さ。人や宝物殿の最奥にいる神の姿は映せるが、地図の一地点を映すような事はできない。鏡を使って調査を行うにしても、誰か一人、鏡のターゲットに指定する対象が必要だ」

シトリーの疑問に、アドラーがすらすら答える。宝具の性能の把握は最優先事項とはいえ、よく調べられている。

迂闊に鑑定士に依頼できるような能力じゃないし、自分で確認したのだろう。なんだかちょっとシンパシーを感じるな。

と、そこまで考えたところで、僕は気づいた。

『現人鏡』は強力な宝具だ。ユグドラまでしっかりついてきた以上、恐らく僕達は彼女からずっと観察されていたのだろう。

その上で僕を同類呼びするという事は――もしかして、アドラーって宝具使いでは?

魔物を操る能力も宝具によるものだったりするのだろうか?

そういえば、その手の宝具の噂を聞いたことがある。自分で魔物を躾けたというより俄然説得力のある話だ。

僕は帝都ではそれなりに名の知られた宝具コレクターだし、そう考えると僕への弟子入り志願も納得できる。困るけど……。

リィズが舌打ちをしてアドラーを睨む。

「それじゃ、意味ねえじゃん。結局実際に行かなきゃいけないなんて――クライちゃん、こいつ本当に弟子にする必要あるの?」

「いや、別に現人鏡を目当てに弟子にしたわけではないからね…………」

「……まぁ、セレンさんを現地に連れて行くよりは安心かと。敵がこちらを認識した以上、何が起こるかわかりませんから。足手まと…………戦闘に慣れていない人を連れて行くのは危険です」

高レベル宝物殿の幻影の知性は馬鹿にならない。すでに相手は地脈の力を利用した高度な障壁を張っているが、それ以上の手を打ってくる可能性を考えているのだろう。

相手は神の幻影なのだから警戒してもし足りないという事はない。

「チッ……仕方ねえ。こんなきつい修行できる機会、なかなかないし――」

「待ちなよ」

骨の髄まで盗賊なリィズが声を上げかけたその時、アドラーが待ったをかけた。

眉を顰め、こちらを見て言う。

「私はあんた達のリーダーの手腕を見るために来たんだ。まさかあの神を前に静観を決め込むわけじゃないだろうが――――《千変万化》、あんたはまず、どう動く?」

君、僕の話聞いてた? 僕はシトリーに任せるって言ったんだよ!

監視していたはずなのにどうしてまだ僕にそんな期待するのか理解に苦しむ。

僕の言葉を代弁するようにシトリーが言う。

「アドラーさん、クライさんは私に任せると言って――そもそも、今は調査の段階です。クライさんが出るのはいつも絶体絶命の状況に陥ってからです。まだ早いです」

え? 絶体絶命の状況になったら出なくちゃならないの? アークは?

というか、いつも好きで絶体絶命の状況になってるわけじゃないんだが……。

「あの幻影を前に絶体絶命の状況になったら遅いと思いますがー…………あれはちょっと、私達が率いている魔物達と比べても格が違いますー」

「私達も協力するんだ。あんただけが力を隠すのはフェアじゃない」

やばいハンターパーティとやばい賊が集まっても尚やばい相手なのかあれは。やばいやばい。

しかしどうしたものか。シトリーの言葉を聞いてもアドラーの表情は険しいままだ……力を見せてくれなんて僕は一度も言っていないのだが。

腕を組み、考える。

まぁ正直、手段は沢山あると思う。順当なのはリィズの言う通り、リィズ達、盗賊部隊を派遣する事だが、ルシアに使役する精霊を送ってもらうという手もあるし、アンセムに目立たないよう小さくなって走って貰ったり、絨毯で空を飛んで確認という方法もあるだろう。なんだったら僕は数百年前の情報を元にダメ元で装置を設置してしまおうとか平然と言える男だ。

だが、普段ならばのらりくらりと期待を回避するところだが――そうだな。

深々とため息をつくと、僕はハードボイルドな笑みを浮かべて言った。

「仕方ないな。アドラーに僕の力を見せてあげよう」

「……自信ありげだね。見せてもらおうじゃないか」

アドラーの弟子入りは正直僕にとって余り好ましくない事柄だ。賊を弟子にするなんてハンターとしても人としても言語道断だし、できるだけ迅速に見切りをつけてもらう必要がある。

幸いな事に、僕は今回、沢山の宝具を持ってきている。高評価を得るのならばともかく、低評価を得るのなんて簡単だ。持ってきたこういう状況で使える宝具の内、一番しょぼいものを出せばいい。宝具使いとして格下に見られるのはプライドに障るが、そんなものどうでもよくなるくらいアドラー達は危険すぎる。

何を選ぶか、すでに胸の内は決まっていた。腰にぶら下げていたその宝具をぱちりと外し、テーブルの上に置く。

「え?」

ウーノが目を丸くして、小さく声をあげる。

テーブルに置いたのは僕の持っている宝具の中でも最古参の一つ。『狗の鎖』だった。

鎖がもぞりと動き、その名の如く狗の姿を取る。鈍色に輝く鎖に、先端についた分銅。最初に出会った時に受けた感動は今も覚えている。

最初はカーくんやみみっくん並に言うことを聞かなかった狗の鎖も、ルシアの厳しい躾けによって忠実な下僕になっていた。

指を鳴らすと、『狗の鎖』が後ろ足で立ってポーズを取る。格好いいと言いたいところだが大した大きさではないのでどちらかと言うと少し可愛い。

本来、敵に投げつけて使用する『狗の鎖』。それに指を鳴らしただけでポーズを取らせる。

生きる鎖の宝具は有名だし決して珍しくないが、『狗の鎖』をここまで使いこなしている者はほとんどいないだろう。

大した力もないし、余程の物好きでもなければ長く使うことはない宝具だ。

アドラーが呆然としたような表情で一歩後退る。この一瞬で僕が今やったことの高等さを理解したのだろう。そしてもちろん、同類ならばここまでこの宝具を使いこなすのにどれほどの時間をかけたのかも、理解できるに違いない。

本来の目的でこの宝具を使うのならばここまでできる必要はない。この域に至るまでどれほどの時間をこの宝具に費やしたのか、全く覚えていない。

無駄とは娯楽だ。つまるところ、宝具は僕にとってただの娯楽なのだった。

まさかこんなにしょぼい宝具が出てくるとは思わなかったのか、アドラー達だけではなく、《星の聖雷》やセレンまでもが固まっている。

だが、背に腹は代えられないのだ。それに考えようによっては最小限のリスクで最大の成果を得られると言えるかもしれない。

『狗の鎖』使う必要まったくないけど。

「こいつを地脈沿いに走らせて、それを『現人鏡』で確認して地脈の状況を見定める。どう?」