軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

338 新たなる作戦

クリュスの発言に、場が静まり返る。無数の視線がにこにこしているシトリーに向けられていた。

犯罪、犯罪ねぇ………………た、確かに!

マナ・マテリアル操作関係は研究だけでもゼブルディアで最も重い罪に問われるし、他の国でも大抵禁止されている。しれっと案を出すから全然気づかなかったわ。

だが、冷静に考えて、シトリーは何かと卒のない子だし、罪に問われるような研究をするような子ではない。ないはずだ。余り重い罪になるような事はやらないんじゃないかな……多分。

彼女は顔が広いし、プリムス魔導科学院を始めとした各機関に顔が利く。きっと特別に許可を貰って研究したとかだろう。シトリーが最初に案を出した時も誰も指摘しなかったし……。

「まぁまぁクリュス、落ち着いて。シトリーが許可もなく違法な研究なんてするわけないだろ、そもそもいくらシトリーでもそんな研究、一人でこっそりするのは難しいだろうし……」

「…………十罪に違反してるんだぞ、です。どこの誰がそんな研究、許可するんだよ、です」

ごもっともな意見だな。僕もちょっと想像がつかない。

クリュスが胡散臭いものでも見るかのような表情でシトリーを見る。シトリーは自信満々に胸を張って言った。

「そりゃもちろん…………クライさんです!」

!? 僕に何の権限があるって言うんだよ……それに許可なんて出した記憶はない。

クリュスが愕然とした様子で僕を見る。

シトリーを見るが、全く嘘をついているような様子はなかった。どうやら心の底から僕が許可を出したと思っているようだ。

頭の回転が早く記憶力も優れているシトリーにそんな表情をされると、なんだか僕が間違えているような気さえしてくる。

もしかして忘れているだけで許可、出してた?

…………。

過去の自分すら信じられずに沈黙する僕に、クリュスが眉を顰め口を開きかける。そこで、セレンが割って入ってきた。

「待ってください。経緯はわかりませんが、今は法など気にしている場合ではありません。世界に破滅の危機が迫っているんですよ!?」

「……早くて後、百年後だよ」

「そう! たった百年しかないのです! それがたとえどれほど危険でも――できることはやるべきでしょう」

いや、まぁ、そういうつもりではなかったんだけど……。

セレンの目は使命感に燃えていた。最初はさっさと帰って助けを呼ぼうと思っていたのに、どんどん外堀を埋められている気がする。

その言葉に感化されたのか、《星の聖雷》のメンバーたちが口々にセレンの言葉に追従する。

「セレン皇女の言う通りだ。今はニンゲンの作ったルールに囚われている場合か」

「ユグドラの崩壊を……神の顕現を黙ってみているわけにはいかん。ニンゲンにも大きな被害が出かねん」

「そ、それは………」

口ごもるクリュス。そこで、とどめでも刺すかのように、ラピスがこちらを見て言った。

「それに……ふん。何を心配している、クリュス。この男はあらゆる事件に首を突っ込み全てを収めて見せた《千変万化》だぞ? 貴様が我々に言ったんだ。この男は信頼に値する、と」

「はぁ!? そ、そんな事言ってない、です!」

クリュスが素っ頓狂な声をあげて僕を見る。いつ、どうやって僕は彼女の信頼を得てしまったのだろうか? 酷いことに巻き込んだ記憶しかないのに……。

僕は過去の自分すら信頼できていないのだが、そこまで言われたからには信頼に応えられるよう最善を尽くすしかない。

小さく肩を竦めると、僕は笑みを浮かべたまま静かに待っている幼馴染に言った。

「どうやら話はついたようだね。シトリー、説明、頼んだよ」

「はい。お任せください! クリュスさんも、心配ありません。理論上はうまくいくはずです。必要な装置もその構造も全て私の頭に入っています! 装置の用意はないので、作るところからやらなければなりませんが!」

理論上は、か。構造は頭に入っている、か。作るところから、か……前途多難だなぁ。

きらきら輝く瞳。拳を強く握りしめ、言い切るシトリー。リィズがこそこそと話しかけてくる。

「クライちゃん、シト、なんか変なスイッチ入っちゃってるけどこれ大丈夫かなあ?」

今回のシトリーはダメな方のシトリーなのか大丈夫なシトリーなのか、判断が難しいね。

§

かくして、マナ・マテリアル攪拌装置を利用した地脈の移動作戦が始まった。

セレンの屋敷の一室。大きな木のテーブルを中心とした簡易の作戦室で、シトリーが作戦を説明してくれる。

「少し時間がかかりますが、神を相手にするよりはずっと楽なはずです」

そう前置きをした上で提示されたシトリーの作戦は単純明快だった。

この星を巡る地脈の中心――世界樹。過剰に蓄積したマナ・マテリアルにより顕現したレベル10宝物殿【源神殿】は、今尚流れ込んでくる膨大な力によって保たれている。

つまり、流れ込む力さえどうにかできれば宝物殿は徐々に力を失い、最終的には消失する。それは、極稀に大規模な地殻変動などで地脈の位置が変わった際などに実際に発生している現象でもあった。

「これまでの研究で宝物殿についてわかっている事があります。強力な宝物殿程、マナ・マテリアルの供給が滞った時の消滅速度が早い。そして、宝物殿にマナ・マテリアルの供給がなされなくなった時、宝物殿は幻影をマナ・マテリアルに戻して場を保とうとする。【源神殿】は現時点でかなり長い時間マナ・マテリアルを蓄積しているようですが、流れ込むマナ・マテリアルが減れば幻影も強力な結界も保てないはずです。理論上は! ですよね、クライさん?」

「うんうん、理論上は、ね」

「うーむ……」

「理論上は」を連呼するシトリーに、アンセムがどこか不安げな唸り声をあげる。

だが、他に名案もないのだ。他のメンバーも文句は言わないみたいだし、信じるしかない。

「私が所属していた研究所で開発されたマナ・マテリアル攪拌装置は地脈に流れるマナ・マテリアルに作用し、本来地殻変動でしか発生し得ない地脈の変化を再現します。必要なのは二つ――撹拌装置の作成と、フィールド調査です。装置を埋める場所は私が計算しますが、その場所を適切に導き出すためにはフィールド調査を行い大地に流れる力を知る必要があるのです」

そしてどうやら、簡単な仕事というわけでもなさそうだな。

セレンが世界樹を中心とした周辺の地図を持ってくる。

世界樹の周りを囲んでいるのは森だ。マナ・マテリアルも相応に濃いし、魔物や幻獣も出現するはずだ。調査を行うのも簡単ではないだろう。

戦力も《嘆きの亡霊》と《星の聖雷》だけだ。出発前は心強いと思っていたが、戦力に比例してやることの難易度が上がるの、本当に勘弁して欲しい。

「チームをわけましょう。フィールド調査するチームと、装置の製造をするチーム。装置の製造は私にしかできないので、私と、サポートをしてもらいたいのでルシアちゃんは製造チームです」

その言葉に、ラピスが仲間達をちらりと確認し、地図に視線を落とす。

世界樹は本当に大きかった。どのくらいの範囲を調べるのかわからないが、幻獣魔獣に対応しながらでは歩くだけでも一苦労だろう。

「ということは、他のメンバーが調査か。だが……これほどの範囲を調べるには人手が足らんな」

「そもそも、大地に流れる力を計測するってどうやる感じ? なんとなく力が強いところくらいはわかるかもだけど、正確な情報が必要なんでしょ? 私やティーには難しそうなんだけど?」

「いや…… 精霊人(ノウブル) にも難しい。魔力は見えるがマナ・マテリアルは見えない」

「そこまで厳密な数値は必要じゃありませんが――うーん……現在の地脈の大雑把な位置くらいは必要ですね」

「周辺の魔物はどうする? です。さすがにここまでマナ・マテリアルの濃い場所だと現れる魔物の力も半端ないぞ、です」

完全に置物になっている僕の前で侃々諤々の論争を始めるシトリー達。

早速課題が見つかったようだが、議論を重ねれば解決策も見つかるだろう。仲間が優秀だと本当に助かる。

まぁ僕はその区分けだと製造チームかな……戦闘力もないし、マナ・マテリアルの流れを見る目を持っているわけでもないし、そもそも割と方向音痴だ。ここまで調査に適性のないハンター、なかなかいないよ? 製造チームでできる事も応援くらいだろうけど。

と、そこでちょっとトイレに行きたくなって立ち上がる。

話し合いの最中に申し訳ないが、どうせ議論に参加していないし名案が浮かぶわけでもない。僕はいなくてもいいだろう。

「ごめん、ちょっと出てくるよ。すぐ戻ってくるから」

早足で部屋を出て、トイレに向かう。

トイレは玄関のすぐ近くだ。大木の上に作られたセレンの屋敷は帝都でよく見る邸宅のように広くはない。

すでにユグドラに来てから何度もこの屋敷にはお邪魔している。

鼻歌を歌いながらトイレにたどり着き、扉に手をかけようとしたその時、不意に玄関の扉が勢いよく開いた。

「待たせたようだね、《千変万化》」

大きな音に思わず固まり、ゆっくりそちらに視線を向ける。

そこにあったのは、見覚えのある、そして二度と見たくなかった顔ぶれだった。

人数は三人。先頭に立ったのは、野性味溢れる格好をした女だ。

背に負った漆黒の槍。鋭い双眸に唇に塗られた黒いルージュ。

僕が【源神殿】に置き去りにしたはずの賊――アドラーは双眸を細めにやりと笑みを浮かべると、右手に握った手鏡のような物を持ち上げ、声高く叫んだ。

「ふふ……喜びな、あんたに私の師匠をやらせてやるよ!」