軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

318 道標

馬車を使い街を渡り歩く事、五日。エリザの案内で辿り着いたのは、大きな森の前だった。

ゼブルディアの南方の国境線になっている山脈。その麓に広がる大樹海だ。地図によるとそこまで広くはないようだが、鬱蒼と茂る木々はまるで人間の侵入を拒んでいるかのようで、木々の間にはかろうじて馬車が入れる程度の隙間はあったが、お世辞にも道と呼べるようなものではなかった。

地面もでこぼこしていて、馬車を使っても宝具なしでは快適ではいられないだろう。そもそも、無理矢理分け入っても途中で行き止まりに当たる事は明白だ。

バカンスの時にも山は上ったが、あそこは古いとはいえ、道があった。今回立ち入る大森林はバカンスで通り抜けたものほど危険ではないようだが、魔物は少なからず生息しているだろう。地脈は基本的に森林や山脈に奔っている事が多い。マナ・マテリアルは生物をより強化するから、こういった手つかずの自然は大体どの国でも存在している。

強力な魔物が生息していると評判の旧道と、そこそこの魔物が生息している獣道、どっちが安全だろうか?

答えは……どっちも危険、でしたー!

馬車を下り、アンセムの影に身を隠しながらこそこそ周りを確認する。

というか、ここまだ帝国の領土なんだけど……ユグドラって帝国の内部にあったの? ユグドラには巨大な樹――世界樹が存在するという話だけど、遠目で確認する限りそんな大きな樹は見えなかったし――。

目を瞬かせていると、馬車と並走し少し肩で息をしていたティノが恐る恐るエリザを見上げて尋ねた。

「あの…………エリザお姉さま。ユグドラってゼブルディアにあったんですか? ここはまだ帝国の内部ですが……」

「ふん…………くだらん質問だ。同じ精霊人ですら滅多に招き入れないユグドラが人族の国にあるわけないだろう」

エリザの代わりに、後ろからついてきていたラピスがすこぶる不機嫌そうに言う。

むっとしつつも口を噤むティノ。同じ疑問を浮かべた僕としては放置してはおけない。

「いや、僕はいい質問だと思うよ? ユグドラは伝説の国だし、場所を知らないのも無理はない」

「…………ヨワニンゲン、お前どこまで知っているんだ、です」

クリュスが眉を顰めツッコミを入れてくる。

いや……何も知らないよ。だから場所を知らないのも無理はないって言ってるだろ!

エリザがいつも通り、気だるそうにため息をついて言う。

「ユグドラは帝国にはない。だけど――道は存在している。招かれなければ――精霊人の導きがなければ立ち入れない、道が」

「『神樹廻道』――度重なる戦争の末、ユグドラの王族は地脈の力を活用した新たなる移動手段を生み出した。どの森からも繋がる見えない道だ」

「…………地脈の活用――さすが魔法の民、魔導技術が進んでいますねえ……帝国だと地脈の力を使った研究は完全に違法なのに」

シトリーが感心したように唸る。選ばれし者にしか通れない見えない道、か。冒険譚の王道だな。

森は危険なものだしいい思い出もないが、安全性が担保されているのならば話は別だ。

「久々にピクニックするのも悪くないね……」

「神樹廻道には侵入者を阻むため、強力無比な魔獣幻獣が大量に生息している。既に絶滅した魔獣や表の世界では滅多に出てこない神獣。何しろ、存在するのが地脈の上だからな。そこらの宝物殿などとは比べ物にならん。もちろん、案内を受け正しい道を歩けば問題はないが…………」

嫌な事言うなあ……もうちょっと早く言えない? ピクニックとか言っちゃったんだが?

リィズがラピスの言葉に、目を輝かせる。どうやら魔王とやらを逃してしまったため、消化不良らしい。

「ふーん。面白いじゃん。ねー、クライちゃん? あえて正しい道を進まないなんて手もあるんじゃない?」

「…………今はルークがいないからなあ」

「ルークちゃんがいないから取り分が多くなっていいんじゃん。ねぇ、ティー?」

君、とんでもない事言うね。一応、急がないとルークが石化から戻れなくなる可能性もあるのだが、どうやらリィズはその可能性を全く憂慮していないらしい。…………まぁ、ルークだからな。

「それで、《放浪》。既に話は通してあるんだな?」

「…………当然」

エリザがどこか腑に落ちなそうな表情で、ちらちら自らの長い脚を見下ろしながら言う。

信じてるよ……まぁ、信じられなかったとしてもここまで来た以上は行かない選択肢はないけど。

何しろ、リィズやシトリーがやる気だ。ルシアについてはすまし顔だが、兄の僕にはテンションが上がっているのがわかる。僕一人では帝都に戻る事すらできない以上、もう一蓮托生だ。

ティノだったら付き合って一緒に帰ってくれそうだけど、魔王が出る可能性もあるからな。

そこで、エリザが腰に下げていた小さな袋を外し、手のひらの上でひっくり返した。

中から出てきたのは、きらきらと虹色に輝く細長い宝石だった。半ば辺りに革紐がくくりつけてある。

数は六。エリザは《嘆きの亡霊》のメンバーに順番に宝石を渡すと、自分でも一つ取り、僕に一つ手渡して言った。

「それが、 導(しるべ) 。案内人もつけてくれるはずだけど――それがあればユグドラまで迷う事はない…………はず」

へー、この石が導、か。一体どういう理屈で導いてくれるのだろうか?

目を瞬かせ、ぽけーっと話を聞いている僕に対し、リィズが革紐をつまみ上げて言う。

紐に吊り下げられた宝石はゆっくりと回っている。

「もしかして、これって方位磁針…………?」

「………………そう」

なるほど、そういう風に使うのか。相変わらずリィズは察しがいいな。

明らかに磁石ではないのだが、僕の持つ宝具にも不思議な力で道を示す物がある。つっこむのは野暮というものだろう。

ラピスが難しそうに眉を顰めて確認する。

「噂に聞くユグドラの鍵、か。我々の分はないのか」

「………………これは、道を示すだけ。後ろからついてくれば迷う事はない」

案外ユグドラへの行き方というのも単純らしい。

エリザの言葉に、後ろからじーっと宝石を見ていた《星の聖雷》の一人がボソリと言う。

「…………あの騎士団長に協力を申し出さえしなければ、我々に与えられた物を……」

「…………いやー、君達では精霊人の女王を説得するのは難しかったと思うけど……ねぇ?」

「…………な、なんだと!?」

《星の聖雷》のメンバーが気色ばむ。だが、そもそもエリザが女王の説得に成功したのも半分くらい幸運のようなものだ。

人間相手に 番(つがい) なんて単語、プライドの高い精霊人ではたとえ策の一環でも出せまい。マイペースなエリザだからこそあの場であんな言葉を出せたのだ。…………冷静に考えると、番発言を受けて消滅するってけっこう失礼じゃない?

同意を求められたエリザは困ったように眉をハの字にしていた。

そう言えば、精霊人は同族意識が強いというが、エリザと《星の聖雷》が一緒にいるところは余り見たことがない。仲が悪いというわけではないだろうが……ここで仲間割れをするのも良くない、か。

僕は小さくため息をつくと、もらったばかりの方位磁針を差し出した。

「まぁ、ここで言い争っても仕方ない。僕の分で良ければあげるよ」

善意で言ったのに、クリュスがぎょっとしたように僕を見る。

後ろに控えていた他の精霊人達の表情が引きつっていた。美人揃いなので揃って怖い表情をすると迫力があるのだが、あらゆる存在から怒られている僕からすれば細身なだけで減点だ。

「…………ヨワニンゲン、お前、本当に人を煽るのうまいな、です」

「…………ふん。《千変万化》、誤解するな! 侮辱するな! 情けをかけて欲しいわけでは、ない。それは王族から認められた証――貴様から受け取っても意味などないわッ!」

ラピスがぞっとするような声色で言う。別に情けとかそういうわけではなかったのだが……方位磁針なんて持っていても二度と使わないだろうし、そもそもうちは六つもあるわけで――。

だが、いらないというのならばしょうがない。ポケットに石をしまい、ぱんぱんとコートを叩く。

「欲しくなったらいつでも言ってよ」

「ッ…………《放浪》、案内人とやらとはどこだ!?」

「森の中」

「ならば、さっさと待ち合わせの場所まで行くぞ! 《千剣》を戻すのだろう!」

思わず背筋が伸びるような凛々しい声で叫ぶラピス。なんだか今回は《星の聖雷》がやる気だな。

そこで、僕はこのタイミングでもなければお披露目できそうにない宝具を持っている事を思い出した、ぱちんと指を慣らし、みみっくんに一つの宝具を吐き出してもらう。

「そうだ、導きと言えば、こんな宝具もあるよ!」

「む…………それは…………羅針盤か? です」

取り出したるは、手のひらサイズの羅針盤型宝具。針から外側まで全て黒い石でできていて、針に赤で奇妙な模様が刻まれている。

高レベルの宝物殿では人間の持つ方向感覚が全く役に立たない場所がある。そういった際に正しい道を示してくれる『事もある』羅針盤型の宝具は宝具の中でも特に需要の高いアイテムだ。

「!? クライちゃん、まだそれ持ってたの?」

リィズが、意気揚々と僕が持ち上げた宝具を見て顔を顰める。シトリーも困り顔で、ルシアなど頭痛を堪えるかのように額に手を当てていた。アンセムの顔が見えないのが救いだろうか?

クリュスが目を見開き、大げさな声をあげる。

「羅針盤型宝具…………ま、まさか、それはあの有名な安全な道を指し示すという――ッ」

ノリがいいなあ。さすがツヨノウブルだ。

羅針盤型宝具と一口に言っても、それには幾つかの種類が存在する。

どんな場所でも正確に方位を示すという単純な効果のものや、正しい道という漠然とした指針を示してくれる極めて有効なもの、特定のアイテムや場所を示し続けるものなど、示す場所によって値段が大きく変わってくるのだが、これは羅針盤型宝具の中でも他に例を見ない一品だ。

まだ針が回り続けている宝具をクリュスの手のひらに置くと、僕はにやりと笑みを浮かべていった。

「ふっ、甘いな。その逆だよ――」

「……は? ぎゃ……逆……?」

「指し示す方向に行くと不幸が待っている、『 愚か者の道標(ルーザーズ・サイン) 』だ」

この世界に羅針盤型宝具は数あれど、危険な道に導く宝具というのはほとんど存在しない。そもそも、そんなもの作る技術力があるなら、安全な道を指し示す羅針盤を作るだろう。

そういう意味で事故、魔物、幻影問わず行っては行けない道を示してくれるこの宝具は希少な品だと呼べるだろう。

「!? そ、それ、何に使うんだ、です……」

クリュスが上ずった声をあげる。ティノなど蒼白の表情で目を逸している。

「いや、持ってきただけ。別に使わないけど……」

自慢しただけだけど。ちなみに、好戦的なリィズ達がこの宝具には嫌そうな表情をしているのは、最初に試しに使った時に散々な目に遭ったからだ。

「む……………………つ、使いようによっては役に立つかもな、です……向いている方向に行かなければいいんだからな、です」

精一杯のフォローをしてくれるクリュス。

その時、手の中の宝具のくるくる回転し続けていた針がぴたりと止まる。その針の先は――僕達が今まさに進もうとしている方向を示していた。

「……お、おい、これって…………………。です」

「……まー余り気にしないで。危険な場所を避けていたらハンターなんて務まらないよ」

「あ……」

宝具を取り上げる。何を隠そう、僕がこの宝具を持ち歩いていないのは――この宝具の針がまるで示し合わせたかのように僕の行きたい方向を指し示すからなのだ。

そもそも、この針は方角は示してくれるが距離は示してくれない。不幸などと言っても度合いや性質にも差があるわけで、その方角を避けていたら何もできない。

というか……こんなもの使ってなくても僕はいつだって不運だよ。

エリザが頻りに足を確認しながら、億劫そうに言う。

「クー、そんな物騒なものしまって、先に行こう。待ち合わせ場所までは…………だいぶ危険」

なるほど…………その神樹廻道とやらは案内されれば安全だけど、そこに入るまでは危険なわけね、了解了解。

森の中から子どもの悲鳴に少しだけ似た奇妙な鳴き声が聞こえる。見え透いた結果だ。もう何もかもが面倒くさい。

僕はすてばちな気分で小さくため息をついて言った。

「まだ僕が出る程のものではないな。クリュス、ラピス、やってしまいなさい。あ、雷の術は是非、なしの方向で……」

§

行動を共にするのは久しぶりだが、《星の聖雷》の実力は僕が思っていたよりも高かった。

元々精霊人のポテンシャルの高さは知られているが、同時に彼等は人間と共に戦う時に本気を出さない。

だが、今回のラピス達はやる気満々のようだ。

得意不得意はあるだろうが、殲滅能力はクラン上位のパーティである《黒金十字》を越えているだろう。魔導師パーティの本領発揮という奴だ。

風や水の属性の攻撃魔法は木々を抜け、森を傷つけなかった。それでいて襲い掛かってくる魔獣を的確に撃退している、威力の高さや範囲だけを追求してきたルシアには見習っていただきたい。

「今回は随分やる気だね」

「借りは作らん。ふん……」

僕の問いに、ラピスがむっとしたように応える。どうやら今回のラピス達は少し冷静さを欠いているようだ。

後ろから素材を回収しながら付いてきていたシトリーがつんつんと肩をつつき、凄く嬉しそうに言う。

「どうやら呪石の件でのけ者にされたのが相当堪えたみたいですね。クライさんに媚びないから悪いんです」

…………何を言ってるんだ、この子は。別にのけ者にしてなんてないし……。

行軍の際、一番弱い僕は大体後ろにいる。いくらアンセムがいるとはいえ、前線に出ていたらいくら結界指があっても足りないからだ。そうなると自然と僕のいる場所の近くには後衛――魔導師がいる事になる。

シトリーの言葉はともかく、どうやらラピス達は借り? を、僕のサポートで返すつもりらしかった。周りを精霊人に取り囲まれ守られている人間など、世界広しといえどそうはいないはずだ。

「伏せていろ、ニンゲン!」

「レベル8なんだからふらふらするんじゃない! ニンゲン!」

「ニンゲン、射線を塞がないで!」

口々にぶっきらぼうに言葉をかけ、魔法を撃つ精霊人達。クリュスとラピスを除いた《星の聖雷》のメンバーからこんなに声をかけられるのは初対面以来かもしれない。

「全く、皆急にヨワニンゲンに媚びて…………そんな見え透いた手を使っても無駄だぞ、です! 見苦しいからやめろ、です!」

クリュスが腕を振り上げ、仲間達を叱っている。

媚びてる? 本当にこれ、媚びてるの? ところで実は…………彼女達の名前が……その……わからないのだが。

「…………はあはあ、しかし、ほんっとうにヨワニンゲンと一緒にいると、酷い目にばかり遭うな、です。いくら森の中でも、普通こんなに沢山魔物出ないぞ、ですッ。わざとやってるんじゃないだろうな、です!」

「そう……? いつもとそんなに変わらないけど……」

「ッ!? 完全に、麻痺しているだろ、ですッ!」

術を使いながら歩き回ったせいか、クリュスの顔は真っ赤だった。魔力はまだ枯渇していないようだが、枯渇しなければ疲労は感じないというわけでもない。ラピス達、他の精霊人の表情にも疲労が見える。

同じように魔法を使っていたが涼しい顔のルシアがため息をつく。

「リーダーは魔物に好かれているから……」

好かれているなら狙われないのでは? 僕、いつもけっこう真っ先に狙われるんだが……。

先んじて危険を察知するためにリィズと並んで先頭に立っていたエリザがこちらを振り返る。ずっと魔物センサーが反応しっぱなしだったせいか、表情に疲労が滲んでいる。

「少し……休憩を入れよう。想像以上に……魔法を使いすぎている」

「エリザちゃん真面目ねえ。いーい? クライちゃんと一緒にいるときにそんなに気を張ったら疲れるでしょ? どうせ襲われるんだから、遠くまで見る必要はないの!」

「クー…………」

ぼんやりとした目で見られても何を言いたいのかさっぱりわからん。

みみっくんの上に座り、小休止にする。こうしてみると、うちのパーティと他のパーティの差が顕著だった。

しっかり腰を下ろすなりして休んでいる《星の聖雷》と比べてうちのメンバーは随分元気だ。

リィズはティノを連れて先を見に行ってしまったし、シトリーとルシアはここまで倒した魔物の素材の分別を始めている。うちのパーティはなぜだか襲われる機会が多いので、休憩時間を使って戦利品を整理しないと大部分を捨てて先に進む羽目になるのだ。

「クー、私も先を見てくる。見張ってて」

エリザが後追いでリィズ達の消えていった方に向かう。見張っていてとか言われても困るな……僕の危機察知能力マイナスなんだが?

だが、今回は天性の魔導師であり、天性の狩人でもある精霊人が大勢いる。皆警戒しているようだし、何の心配もいらない。

大きく欠伸をしながらなんとなく一つの方角を指し続けている『導』を見ていると、ふと後ろから声をかけられた。

「ニ、ニンゲン…………それ、貸してもらっていいか?」

震え声をかけてきたのは、フードを被った女の子だった。名前も知らないし見覚えもないが、《星の聖雷》のメンバーの一人だろう。

緊張したような眼差しの先にあったのは、ゆらゆら揺れている導だ。

何だ、やっぱり欲しかったのか。まったく、精霊人というのはプライドが高いんだから……。

「もちろん構わないよ。僕が持っているよりよほど役に立つだろうしね」

導を放り投げる。名も知らぬ女の子は慌てたようにそれをキャッチすると、ぺこりと頭を下げ、声をかける間もなく、小走りで今通ってきた道を逆走していった。

「……やれやれ、いくら慣れていたって単独行動は危険なんじゃ………」

道を逆走していったけど、何かあるのだろうか? 精霊人も《嘆きの亡霊》と同じくらいフリーダムだな。

ほとほと呆れかえっていると、仲間達のケアを終えたクリュスが近付いてきた。

「ヨワニンゲンは本当にどんな時でものんきだな、です」

「まぁ……慣れてるからね。それよりも、君達の仲間が向こうに走って行ったけど、一人で離れたらさすがに危険なんじゃない?」

僕に指摘されるとか、なかなかないぞ。

クリュスは僕の言葉に目を瞬かせると、ラピス達の方を見て行った。

「はぁ……? 全員あそこにいるぞ、です。何の話をしてるんだ、です?」

……………………あれ?