作品タイトル不明
289 マリンの慟哭②
武帝祭の会場でも張られていたが、結界魔法というのは発動に時間も準備も必要とされる分、強力だ。複数人の神官が稀少な触媒を幾つも使い、時間をかけて張る。それらは精密作業であり、個人の卓越した技量が必要と言うよりは平均的な技量を持つ複数人のコンビネーションが求められる。こういう分野においてハンターは神官達に及ばない。
光霊教会の神官達の手で粛々と準備が進んでいた。
今回の作戦で用いられる『積層結界魔法陣』は本来平面で描く結界魔法陣を立体的に構築する事で影響力を大きく向上させる最新式の術式らしい。
その分、構築には通常の魔法陣以上の触媒と時間、技術が必要とされるようだが、その辺りは今回は心配ないのだろう。
僕は宝具については詳しいが呪物についてはそこまででもない。教会の説明は僕にとっても非常に興味深いものだった。
例えば、強力な呪いは対象を狂わせるだけではなく、実体を成すというのも今回初めて知った事だ。
今回の作戦はとてもシンプルだ。積層魔法陣の中で『マリンの慟哭』の封印を解放、結界魔法や魔術によって実体化した呪いの動きを縛り付けている間にアンセム達神官のグループが聖なる御技によって対象を完全に消滅させる。浄化技術が発展し、呪物を圧倒できるだけの戦力を用意できたからこそ可能な作戦だ。
儀式の場を無駄に訳知り顔で観察していると、巨大な門からフランツさんが招集した追加戦力の騎士達が入ってくる。
それも、剣と盾で武装する一般的な騎士ではない。白銀色の鎧で身を固め、その手に抱えられていたのは一抱えもある銃火器だった。
以前【白狼の巣】でウルフナイトが担いでいたものよりは小型だが、細長い砲塔はどこか先進的な印象を受ける。
その数、二十五人。異様な騎士達に神官達がざわめく中、フランツさんはこちらにちらりと視線を向けると、ハードボイルドな笑みを浮かべた。
「くくく……魔性を退ける特殊加工をした銀の弾丸を一秒で約五十発も射出する金食い虫兵器を使った実験部隊だ。プリムス魔導科学院が開発した時には莫大な資金を使って馬鹿な真似をと思ったものだが、何が役に立つかわからんなッ! これならば呪いなど一溜まりもあるまい、《千変万化》!」
「…………ヨワニンゲン、お前、私が見ていない間にフランツに何かしてないよな? です」
「人間は本当に野蛮だな……あのような無粋な部隊を作るとは」
銀の弾丸ばらまく部隊って、帝国って一体何なんだ……。
銃火器系は余り流行っていない武器だ。理由は単純で、魔物や幻影は弾丸を数発ぶち込んだところで動きが止まらないからである。
それならばマナ・マテリアルで強化されたハンターがぶん殴った方が手っ取り早く強いし、そもそも火薬を使って射出する弾丸というのはハンターや強力な魔獣にとって遅すぎる。加えて弾切れまで生じるとなると、余り広まっていないのもやむを得ないだろう。
おまけに銀の弾丸ともなると、本当にめちゃくちゃお金がかかりそうな武器だなあ。
だが、確かに魔獣のように分厚い表皮など持っていない相手に対しては有効なのかもしれない。
ラピスの表情が珍しく露骨に曇っている。弓矢を使った狩人も多い精霊人にとって銃火器は余り好ましくないものなのだろう。
何故か自信満々のフランツさんの指示で、騎士達の配置が進んでいく。一糸乱れぬ動きで二手に分かれると、積層結界魔法陣の外に隊列を組んだ。
二部隊に分けて十字砲火を仕掛けるつもりだ。殺意が高すぎる。
作戦会議は紛糾に紛糾を重ねた結果、最終的にフランツさんの意見が受け入れられた。彼等が正規の騎士団だという事もあるが、ガークさんがその意見を後押ししたというのも強いだろう。
この作戦の柱となるのは光霊教会の神官達のはずなのに、どうしてそんなにやる気なのかさっぱりわからない。
「…………リーダーが余計な事言うから」
「相手が相手だ、備えはしておくに越したことはない」
ルシアのため息に、アークが返す。安心感はうなぎ上りである。
「うんうん、確かにアークの言うとおりだ。備えは無駄にはならないしね」
「…………」
腕を組みうんうん同意を示すと、周りが静まりかえる。僕が何か言う度に変な空気になるのやめて欲しいんだけど……。
と、そこで教会の建物から、複数の神官とアンセムを伴い、神父さんがやってきた。
こうして見ると、アンセムは本当に目立つなあ。歩くだけで地面が揺れている。
神父さんは一直線でフランツさんの近くまでやってくると、後ろに続いていた神官の人達が大きな箱を目の前に置く。
呪物が入っているのかと思わず一歩後退るが、そういう訳でもなさそうだ。
「本来ならば使う予定はなかったが――教会の宝物庫に眠っていた宝具です。フランツ団長の不安を少しは解消できるでしょう」
神父さんが唇の前に人差し指を立てて厳かに言うと、箱を開ける。
中から出てきた物に、僕は目を見開いた。自然と感嘆の吐息が漏れる。
「これは…………!」
中に入っていたのは――虹色の光沢の鎖だった。太さは親指程だが長さは箱いっぱいに溢れるくらい長い。
鎖型宝具は最も種類の多い宝具の一つである。僕のコレクションにも幾つかあるし、能力も様々なのだが、このタイミングで持ち出してきたという事はきっと――。
「銘を『 光の柱(シールドブレス) 』…………実体のない相手にも通じる光を編んだ鎖。対象を捕縛する光霊教会の所持する宝具の中でも特別な品です」
「へー……ちゃんと相手を捕縛してくれる鎖なんて珍しいね」
「!?」
鎖の宝具ってネタ系が多いからな……なまじ種類が多いから滅多に有用なものは出てこない。僕の持っている『狗の鎖』も相手を追いかけて縛り付けて捕まえてくれるが、ちょっと力がある相手だと解けたり壊されたりしてしまう哀れな奴だ。
まぁそれでも相手を追いかけてくれない『猫の鎖』よりは大分マシなんだけど……。
断りを入れて鎖に触れる。持ち上げると、細いのにずっしりと重い。確かに金属なのに、手触りはまるで絹のように滑らかだ。それだけでこの宝具が現代では再現できない代物だという事がわかった。
しかし長い鎖だなぁ。
「リーダー、何かわかりましたか?」
アンセムを通して交渉したら売ってくれないかなあ……無理?
鎖を持ち上げ、光に透かす。眉を寄せ、至近距離から鎖を検分する。ハードボイルドな表情を作ってはいるものの、僕は何ら生産的な事を考えていなかった。
うっとりするほど美しい鎖だ。能力は余り面白みがなさそうだが、僕は別に能力で宝具を評価しているわけではない。僕はただ、宝具が好きなのだ。
この鎖、図鑑にも載ってなかったな。どのくらい長いんだろうか?
これがプライベートだったら端っこを持ってルシアをぐるぐる巻きにしたりするところだが、このタイミングでやるべきではないという事くらいわかっている。
もう少し触っていたいところだが、これ以上いじっていると何か言われかねない。僕は後ろ髪を引かれる思いで鎖を置くと、深く息を吐いた。
さすが天下の光霊教会、色々な宝具を持っている。
「うん、いい感じだ。強度も足りている? んじゃないかな?」
「…………何故疑問形なのだ?」
複数の神官にアンセムにルシアにアーク、銀の弾丸を浴びせかける実験部隊に宝具の鎖。絶対の布陣だ。
「不安要素がなさ過ぎて逆に不安だな」
「…………あ、相変わらず、適当な事を言う奴だな、です!」
クリュスはいつもの僕を知らないからそう言うんだよ。皇帝の護衛の時に巻き込まれた事などクライ・アンドリヒの事件簿の一片でしかないのだ。
神父さんは大きく数度頷くと、息を呑んでこちらを見守っていた周囲を見回して言った。
「それでは……《千変万化》のお墨付きも頂いたところで、儀式に入る準備をしましょう。アンセム」
「……うむ」
アンセムがいつもより心なしか重々しい声を上げて頷く。
それじゃあ僕は念のために安全な場所から見物させて貰おうかな。
§ § §
着々と進んでいく儀式を見て、《星の聖雷》のリーダー、ラピス・フルゴルは不満を吐き出すように息を吐いて言った。
「ふん……下らぬ催しだったな。まさかとは思ったがそう簡単に見つからぬ、か」
「だが、なかなか面白い、です。呪いに対してあんな火器で対抗しようだなんて、森では絶対にありえないぞ、です」
「余りに無粋過ぎる。あのような物理的な手法では封印済みの呪物の浄化はできても突発的な事態には対応できん」
光霊教会の存在は 精霊人(ノウブル) の間でも広く知られている。精霊人が扱う魔術は術理が異なるが、彼等の奉じる光霊が莫大な力を持っているのは明らかだ。場合によっては精霊人達の扱う術よりも有効な場面もあるだろう。
敷かれていく術式も見慣れぬものだが、効果に疑いはない。呪いという不確かなものに対して余りに機械的な対応だが、特に懸念点も及ばない。
『マリンの慟哭』に込められた呪念がどれほどの強さなのかは不明だが、教会の行った試算も妥当である。これならば呪いがどれほど暴れても準備した戦力で対応できるだろう。
もしもラピス達が呪いに対抗するならばもう少し個々人の力に寄った対処になるだろうが、それは文化の違いと言うべきだ。
だが、本命の方は空振りだった。
「やはり人里にはないんじゃないのか、です」
共にやってきたクリュスが目を瞬かせ、進みつつある儀式に視線を向けながら真剣な表情で言う。
「あれをかすめ取ったのは間違いなく人間だ。あれは人の命を求めている」
「もう数千年も前の話だ、です。それに最近は被害が出ていない、です」
呪いの精霊石の伝説は人間の間でも知れ渡っている逸話である。
だが、それが伝説ではなく事実だと知る者は余り多くはない。精霊人は好んでその事を語ったりしないし、良かれ悪しかれ、人は寿命が短すぎる。
かつて、まだ精霊人と人の間に友誼が結ばれていなかった頃、人と精霊人の間で大きな戦争が起こった。とある精霊人の治める森が焼かれ、精霊人の女王が殺され、女王の証たる真紅の宝玉が奪われた。
人間に対する余りにも強い怨嗟が宝玉を呪われたものにした。尊き血の精霊人による呪いが込められたその宝玉は人の手を渡り、殺された精霊人の数百、数千、ともすると数万倍の人間を殺しながら今も世界のどこかを巡っている。
精霊人ならば精霊人を殺し宝を盗んだりしない。死に瀕した者の念がどれほどの強さを誇っているか知っているからだ。まさしくそれは、欲深い人間が相手故の悲劇だ。
その宝玉を取り戻し精霊人の森に返すのは精霊人達全員の悲願だ。
時代は移り変わり、戦争は殆ど起こらなくなった。争うよりも遥かに効率のいい資源の存在が明らかになったためだ。
人々は反目をやめその注意をマナ・マテリアルに向けた。精霊人と人間の戦いも終わり、まだ仲良くとまではいっていないが、こうして人里に降りる精霊人も出てきている。
だが、かつて奪われた宝はまだ戻っていない。
クリュスの甘い考えに、ラピスは鼻を鳴らした。
「自然と消え去るものか。長く生きた我々の怨念というのはそう簡単に失われるようなものではない。込められた呪念というのは言わば、固定化された渇望だ」
決して癒える事のない乾き。焼き付けられた人への怨嗟はたとえ何千何万の人を取り込み呪い殺しても消える事はない。
その念を浄化するには破壊か交渉か、外部からの干渉が不可欠だ。
今回、マリンの慟哭に対して教会が行おうとしているように――。
「封印された呪物と聞きもしやと思ったが……教会の手にあるのならば返還される、か。連中は危険性を知っている」
昨今被害が出ていないのは恐らく封印されているからだろう。だが、封印といってもあそこまで強力な呪物を封じ込めるとなれば相手は相当な手練れに間違いはない。
「でも、全精霊人が長年探し求めても見つからなかったものだし、そう簡単に見つかるわけが――――あー、ヨワニンゲン! そんな所に上って何してるんだ、です!」
クリュスが真面目な声から一転、素っ頓狂な声を上げる。
《千変万化》が高い門の上部、装飾に腰をかけ足をぶらぶらさせていた。両腕を上げ抗議するクリュスを見下ろし、お気楽な表情で言う。
「…………高見の見物?」
「ふざけるな、です! 皆真面目にやってるんだからヨワニンゲンもたまには真面目にやれ、です! そんなんだからフランツは――」
あの男は……恐らくこの件については何も知らないな。
クリュスが呪いの精霊石について言及した時に浮かべたぽかんとした表情は本物だ。どうやらレベル8ハンターにも得意不得意はあるらしい。
まったく、一体何が楽しくてあの《放浪》のエリザはあの男に付き合っているのだろうか?
教会の手の者が何人も連なり、鎖で厳重に封のされた箱を運んでくる。『マリンの慟哭』の入った宝箱だろう。
ラピス達の目の前で、宝箱が魔法陣の中央に設置される。緊張に身を固める人間達を見て、ラピスは組んでいた腕を解いた。
本命には当たらなかったが――お手並み拝見、といこうか。