作品タイトル不明
287 できる事
帝都ゼブルディアには不穏な空気が漂っていた。
帝都を拠点としない商人達はまるで沈みゆく船から逃げ去る鼠のように帝都を脱出し、どうしても事情があって帝都を出られない者も備えを行っている。探索者協会にはいつもの数倍の数の護衛依頼が持ち込まれているらしい。
占星神秘術院の予言については一般市民には公になっていない。それでも皆が何かを察していた。全ては連日発生している事件が原因だ。
《剣聖》門下が起こした魔剣による暴走事件。ゼブルディア魔術学院で起こった怪物の出現に、プリムス魔導科学院で錬金術師達が起こした違法ポーションを巡る争い。
一つだけでも大事件だが、それが連続で発生しているとなると相当鈍感でもなければ何かが起こっている事くらい察しがつくだろう。
その中の幾つかはフランツの方で箝口令を敷いたが、人の口に戸は立てられない。
連日連夜送られてくる付き合いのある貴族や商人達からの問い合わせに、フランツはもう限界だった。
「くそっ、一体次は何をするつもりだ、あの男! 埒があかんぞッ!」
せっかく『九尾の影狐』の対策本部を作りこれから活動するぞというタイミングで発生した予言。それに対応しようと人を入れた途端、立て続けに発生する意味不明な事件に、それでも消える気配のない予言は完全にフランツの処理能力を越えていた。
いや――フランツでなくてもこの状況に対応する事はできなかっただろう。事の推移が早すぎる上に、一見何の関連性もないのだ。
帝都の治安を維持する第三騎士団と協力して事に当たっているのに全く人が足りていない。前の事件を調べている間に次の事件が起こるのだからもはやどうしようもなかった。
プリムス魔導科学院の事件はその中でも最低だ。
「いちごミルクだと!? 遊ぶんじゃないッ!」
まさしく悪夢だ。帝都における錬金術系最高学府に所属する海千山千の術者達が全員騙され、水筒に入ったいちごミルクに右往左往するなど歴史に残る恥に違いない。
争いに参加した錬金術師達は全員捕縛された。騙されていたなどと供述されても、そもそも件のポーションが違法なものである以上罪が軽くなるわけがない。
そして、その件で《千変万化》をとっちめるわけにもいかなかった。詐欺罪にならば問えるかもしれないが、問い詰めた挙げ句、万一にも「詐欺になるなら本物をあげるよ」とか言われでもしたらまずい事になる。
確かに呪いはやめろと言ったが、他の騒動を起こせと言っているわけではない!
フランツの言葉の真意がわからないでもないだろうに、本当にたちが悪い。
思わず漏れる悪態に、同じ第零騎士団の部下が言う。
「しかし、団長。これだけ事件が発生し解決しても予言が消えないという事は、件の予言の対象はそれ以上の凶事という事です」
「……私はどちらかというと、《剣聖》があれほど危険な物を持っていたというのが予想外だったがな」
様々な宝具や人材が集まる帝都では自ずと危険物も多くなる。魔導師や錬金術師には秘密が多いし、他の貴族だって何を隠しているのかわからない。
そして恐らく皇城の宝物庫にだって――確認すればなにかしら見つかるだろう。
《千変万化》が暴いたのは極一部に過ぎない。
違法な支配薬、ストロベリー・ブレイズは偽物だった。調べによるとシトリーはそれを魔術学院で手に入れたと言っていたらしいが、連中ならば本物を隠し持っていたとしてもおかしくないのだ。
あちこちに騎士団を派遣し事情を確認させているが、結果は芳しくなかった。そもそも素直に話すのならば元々隠し持ってなどいない。
強硬策を取るには何かしらの証拠が必要だった。皇帝の勅命を前面に出せば捜査は不可能ではないが、何度も使えるような手ではない。
「《剣聖》とゼブルディア魔術学院には圧力をかけられるか?」
「帝都の大物ですが……」
「だが、被害が出ている。ストロベリー・ブレイズの方は証拠としては弱いが――」
プリムス魔導科学院については、既に捜査が始まっている。あれほどの大事件を起こし正規の騎士団を何人も昏倒させたのだ、理由としては十分だった。
《剣聖》やゼブルディア魔術学院についても、何の証拠もなしに彼等に敵対するのは余りにリスクが高いが、保持していた物が事件のきっかけになった事をつつけば比較的穏便に倉庫を捜査する事ができるだろう。
他に何か危険物を隠し持っているかもしれない。
肝心の《千変万化》の方は…………まぁ、無理だろうな。ここまでやらかしたのだ、捜査される事など、考慮の上だろう。そもそも、捜査するまでもなく宝具コレクションを見せびらかしそうだし、悪びれなく呪物を押しつけてきそうだ。
と、そこまで考えたところで、ふと恐ろしい想像がフランツの脳裏を過った。
もしかして、《千変万化》は予言の正体を確かめるために、その『神算鬼謀』を十分に発揮してそれらしきものを片っ端から洗っているのだろうか?
「………………ッ」
以前のフランツだったら間違いなく《千変万化》の尋問を命じていたはずだ。
だが、今は違う。ここ数ヶ月、フランツはあの男に関わって散々な目に遭ってきた。既にあの男にはヒューを派遣している。これ以上、あの男に割くようなリソースはない。
「…………今は、教会の件に力を割く。万が一、例の呪物が暴走したら被害者の数はこれまでの比では…………いや、一般人にも被害者が出る」
『マリンの慟哭』は現在所在がわかっている中では最大最悪の呪物である。
太古の魔導師が忌まわしき技術によって産み出したその呪いは四方千里の生命を奪い、ついには産み出した魔導師をも取り殺した。占星院の予言の対象としては最もあり得るだろう。
と言っても、その呪いが猛威を振るったのは遥か昔だ。強固な思念を元に発動する『呪い』は時間の経過で薄まる傾向があるし、教会の持つ浄化や結界の技術も昔と比べて進歩している。
光霊教会の話によると、そもそも、マリンの慟哭の浄化計画は封印術が劣化する来たるべき日に向けて少しずつ進められていたらしい。今回の浄化はその計画が少し早まっただけだ。ゼブルディアが全面的に協力すれば失敗はありえない。
「各組織に協力を取り付けました。アーク・ロダンにも連絡がつきました。《不動不変》もいますし、準備は万端です」
《不動不変》。帝都教会最強の聖騎士。貴族出身でなく、騎士学校への所属歴もないにも関わらず、特例で騎士団への入団を打診された男だ。
戦闘能力と癒しの力を高いレベルで併せ持ったその男はアーク・ロダンに匹敵する逸材だと言われていた。
ついでに、《嘆きの亡霊》のメンバーでもある。そう言えばアーク・ロダンは《始まりの足跡》のメンバーだ。
「………………あの男の交友関係は、どうなっておるのだ」
人間運がいいのか、あるいはあの男と関わった連中が『千の試練』に巻き込まれて成長しているのか――。
頭を振ってそんなどうでもいい疑問を振り払う。どちらにせよ、フランツにできることは変わらない。
帝国の繁栄のために降りかかる火の粉を払うだけだ。
§ § §
呪物の浄化作戦を前に、教会までの道路は通行規制がかかっていた。
作戦については市民には公にされていないようだが、ここしばらく連続で発生した事件のせいか、皆が不安げな顔で検問している騎士達を見つめている。
まだ距離はあるが、ゼブルディアの光霊教会の建物は皇城に次ぐ大きさを誇っている。遠くからでもよくわかった。
質実剛健を体現した皇城とは異なり、突き出た無数の白い尖塔に、シンボルである太陽を模したマークの装飾は非常に洗練されていて、見ているだけで楽しい。
道路のど真ん中をのしのしと歩くアンセムに話しかける。
「なんか教会に来るのも久々だな」
「…………うむ」
アンセムは恐らくゼブルディア教会所属の聖騎士の中で最も有名だ。
理由としては、ハンターとしての認定レベルの高さもあるし、その癒しの力の強さもあるし、人柄の良さもあるしそれにもちろん、身体の大きさも挙げられるだろう。
そして、リィズやシトリーとは異なり、彼の評判には悪評というのが一切なかった。リィズのように大暴れする事もなくシトリーのようにたまに駄目になったりしない彼は《不動不変》の二つ名に恥じない安定感を誇っているのだ。
目を引く彼の近くにいると僕の方に視線が来ないのでまったくありがたい。雷だって落ちてこないし、寄らば大樹の陰とはこういう事を言うのだろうか。
どうやらアンセムが言っていた通り、国と協力して相当な数を動員したらしい。教会までの道には、騎士や神官はもちろんの事、ハンター達の姿まであった。
《剣聖》の時も、魔術学院の時も、トラブルは突発的に発生した。そのせいであんなに大騒ぎになったが、ここまで完璧に態勢を整えていれば何が起ころうが対応できるだろう。
それに、何より今回は――僕がいる。
想像した以上の万全の態勢にほっと息をつき、意気揚々と柱のようなアンセムの脚を叩く。
「まぁ、今回は僕もできる事はやるよ! できる事なんてないけど!」
「…………………………うーむ」
本来だったら呪いの浄化の場になんて絶対についてこないのだが、今回は特別だ。
アンセムがいるし、僕だって学んでいる。朴訥なこの親友のために一肌脱いでやろうではないか。
なにか起こったとしても現場にいたら文句言われないかもしれないし。