軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

282 駄目な方

「行かない。僕は絶対に行かないよ!」

「まぁまぁ、そういう言わずに――早く徴集してしまいましょう!」

何を言っているのか全然わからん。君、僕と同じく無関係な立場だよね?

シトリーに背中をぐいぐい押され、焼け残った校舎の内、まだ形を保った中央の塔に向かう。

広大な敷地には黒き世界樹の燃えかすが雪のようにつもり、学院の魔導師達がへたり込んでいた。

《深淵火滅》の攻撃の影響が残っているのか、気温がかなり上がっていた。歩くだけでじんわり汗をかいてくる。

……これ、環境破壊じゃないのだろうか? まぁ、確かに僕もこれで全て解決だ、勝った! とか思っていたけど――まさか大勢の魔導師に散々攻撃されても効果がなかったあの巨大な樹を一撃で燃やし尽くすとは本当に恐ろしい婆さんだ。

シトリーがいなかったら何も知らないふりをしてクランハウスに戻るのに……《嘆きの亡霊》のメンバーがいると(結果的に)真面目になってしまうとはどういう事なのだろうか。

完全にやる気を失いながらも、背中を押されるがままに歩いていると、ふと懐の中の共音石が震えだした。

全く、フランツさんも本当に困った人だ。だが、今回の事でわかっただろう、僕などよりも燃やす婆さんの方がずっと強いし役に立つという事が。

起動してさっそく報告を入れる。

「やあやあ、フランツさん。『黒き世界樹』の件なら無事解決したよ」

『ッ!? ……ふぅッ、ふぅッ……そ、そうか、よ、よくやったッ!』

いい報告をしているはずなのに、どうにもフランツさんの語気が荒い。

「今からよくわからないけど、焼け残った塔に徴集しにいくとこ」

『は!? あ!? 徴集!? 何を徴集するつもりだ!!』

それは……わからない。だからよくわからないって言ってるだろッ!

半壊した塔を何気なく見上げ、後ろで今更上がった勝ちどきを振り返る。

婆さんがその部下である《魔杖》のメンバー達を指揮し、灰を集めさせていた。

「油断するんじゃないよ! あの樹は完全に燃やし尽くしたが、吸収された魔力は消えちゃいないッ! あれはただの……魔物じゃない。灰を集めるんだッ!」

目を爛々と輝かせ声をあげるその姿はまるでいにしえの魔女のように恐ろしく、その言葉には言葉だけで人を従わせるような不思議な圧力が込められていた。

さすが帝都のレベル8、燃やすだけではないという事か。

とりあえず、さっそくフランツさんに新情報を報告する。

「……どうやらあの黒き世界樹はただの魔物じゃないな」

『そんな事、知っとるわッ!! ただの魔物がいきなり現れて何重もの結界で守られた魔術学院を破壊するかああああああッ!!』

フランツさんよくテンション持つなぁ。騎士団と言えばエリート中のエリートで全市民の憧れの的だが、フランツさんを見ているとどうやら皆が憧れる程いい物ではないらしい。

「騎士団って本当に大変だよね。自分たちのせいじゃないのに何か起こったら動かないといけないし、守るべきものも多いし」

『!? き、さ、まッ――――ぐぅッ――――よ、予知は、まだ、消えて、おらんぞッ!』

フランツさん、随分調子悪そうだな。そして、まだ予知は消えないのか。

タイムラグでもあるんじゃないの? ゼブルディア最高峰の魔術学院半壊よりも大きな被害ってなかなかないと思うけど――。

と、その時、灰の山を吹き飛ばし、その中からむくりとルシアが起き上がった。

いつ巻き込まれたのだろうか、真っ黒になったルシアはまるで魔法のように一瞬の迷いもなく僕を見ると、むすっとした顔でこちらに向かって歩いてくる。

…………僕が何をしたって言うんだよ。

「ごめん、ちょっとルシアが来たから切るね」

『!? お、おいッ! 《千変万化》、まだ話はッ――』

「クライさん、キルキル君がルシアちゃんを邪魔している隙に行きましょう!」

なんで!?

シトリーの言葉に、後ろに付き従っていたキルキル君が速やかにルシアの前に立ちはだかる。

ルシアは一瞬きょとんとしたが、すぐに先ほどよりもずっと険しい視線をこちらに向けてきた。

「兄さん、シトーッ!」

「クライさん、さぁさぁさぁッ!」

あぁ、僕は……僕は話をしたいのに……!

僕を止める声。《深淵火滅》の号令。キルキル君の咆哮。ぐいぐいといつにない積極性で背中を押され、僕はされるがままに塔の中に足を踏み入れた。

§

怪物が大暴れしていたせいか、塔の中にはほとんど誰も残っていなかった。恐らく魔導師達は皆、あの樹の怪物を撃退するために外に出たのだろう。

シトリーが力を緩めることなく背中を押しながら、テンション高めに教えてくれる。

「ゼブルディア魔術学院といったら、宝の山ですよ! 何しろ、この帝国で最も古くからある、魔術の研究機関を兼ねた学院ですから! 噂では学院の宝物庫にはハンターもびっくりな宝物が眠っているとか――徴集のしがいがありますね!」

「へー、そうなんだ」

……ところで徴集って何の話?

古びた、よく言えば歴史を感じる廊下を歩き、上部に続く螺旋階段を上る。学院の魔導師は皆、空を飛ぶから学院の人間は誰も使わないということで有名な階段だ。

ここに来るのも随分久々だ。だが、最初に訪れた時――ルシアが弟子入りする際の付き添いでやってきた時に受けた感動はよく覚えている。

壁に飾られた学院出身の著名な魔導師の肖像画に、そこかしこに置かれた精緻な竜の石像。そもそも感じる空気が外とは明らかに違うのだが、それはこの学院の空気には所属する教職員や学生の濃い魔力が滲んでいるかららしい。

ルシアは当時から年齢不相応の落ち着きを持っていたが、あの時ばかりは少し緊張していたようだった。まぁ、僕の方が百倍緊張していたけど。

懐かしさに浸りながら歩いていると、ふと背中を押される力が止まった。

シトリーが小さな、しかし隠しきれない興奮を含んだ声で言う。

「あれ? 誰もいない? もしかしてこれは……一つと言わず宝物庫まるごと徴集できてしまう? まさかそういう作戦ですか!?」

「そういう作戦じゃないよ……」

とんでもない言葉である。宝物庫まるごとって、それはもはや徴集じゃなくて泥棒だ。

もしかして君、シトリーじゃなくて髪を切ったリィズだったりする?

……いやいや、さすがの僕でも明るい所でシトリーとリィズを見間違えたりはしないよ。そもそもリィズちゃん、『 盗賊(シーフ) 』なのに物欲ないし……。

シトリーが凄く残念そうな表情をしている。このままでは僕が視線を外した隙にこっそり何かを徴集しかねない。

これ以上よからぬ事を考える前にシトリーの手を引っ張り、階段を上る。

「あっ――」

「さぁ、さっさとルシアの先生に会いに行こう」

…………あれ? ところでどうして僕、塔、上ってるんだっけ? 別にルシアの先生にも用事とかないのに。

いけないな。どうしてもシトリーの勢いには流されてしまう。

先程から、さも当然のように徴集と言う単語を使っているけど――うーん、わからない。これは僕の頭の回転の問題なのか?

事情を確認したいが、どこから確認したらいいのかすらわからん。

「なるほど…………ルシアちゃんの先生から直接、徴集するという事ですね!」

「……シトリーの察しが良すぎるのはある意味、弱点だと思うな、僕」

シトリーの察しが良すぎて何言ってるのかさっぱりわからん。もしかしたら僕の察しが悪すぎるのかもしれないけど……帰りたい。

深々とため息をついた瞬間、不意に足下に輝く魔法陣が展開された。

僕達を中心に広がる奇妙な文字が敷き詰められ描かれた魔法陣に、シトリーが慌てたように周囲を見る。

「これは……!?」

「あぁ……ただの呼び出しだな」

最初にルシアと一緒にやってきた時にも似たような魔法陣を受けたよ。学院の敷地内でしか使えないらしいが、転移魔法陣といって、相手を強制的に呼び出せる代物らしい。

最初は焦ったけど、二回目だから平気だ。

焦るシトリーに説明しようとした瞬間、ふと体の力が抜け、その場に膝を付く。

手にも足にも、力が入らない。同じ状況なのか、シトリーがしなだれかかるようにこちらに倒れてくる。

あれ? これ前の魔法陣じゃない?

そして、声を上げる間すらなく、僕の意識は急速に遠のき、そのまま消失した。

§

気がつくと、僕は真紅の高そうな絨毯の上に座っていた。

まず最初に感じたのは頬に感じるくすぐったい感触だった。

首を傾け、隣を見る。見覚えのあるピンクブロンド――どうやらシトリーが寄りかかっているようだ。続いて手足を動かそうとして、鎖で縛られている事に気づく。

しかし一体何が――いや、シトリーが僕よりも長く意識を失っているなんて珍しいな。

唐突過ぎて頭が働かない。無為な思考をしていると、声がかかった。

「ようやく目覚めたか、ルシアの兄よ」

どこか冷たい印象を受ける女の声。聞き覚えのある声に頭を上げる。

ようやく頭が動き出し、視界に入った光景を処理し始める。

そこは、見覚えのある部屋だった。

天井は高く、どこか神秘的なステンドグラスから光が差し込んでいる。部屋の壁際には床から天井付近までずらりと本棚が置かれ、間に開いた窓からは空以外の何も見えない。

僕たちの周囲を取り囲むように、床に無数の杭が打たれていた。何らかの魔法だろうか? その外には老若男女、魔導師達が何人もこちらを取り囲んでいる。

――そして、僕たちの正面で、ルシアの先生は得体の知れない笑みを浮かべていた。

帝国で最高峰の魔術の城、ゼブルディア魔術学院に所属する教授の筆頭だというルシアの先生は純粋な人間ではない。

見た目はルシアと変わらない少女だ。

後ろに邪魔にならないようにまとめた長い銀色の髪に、金色の瞳。身体の線を隠すような、どこか丸っこいシルエットのローブを着ている。

一見人間のように見えるが、彼女の事を何も知らない者でも、その姿を見れば言いようのない違和感みたいなものを感じ取れただろう。

嘘か本当か――彼女は世にも珍しい、『人間』と『 精霊人(ノウブル) 』双方の血を引く者だった。

肉体は人間と精霊人、双方の特徴を併せ持ち、身長はリィズと同じくらいしかないが、耳の上部が心なしか尖っている。

ただでさえ帝都に住む精霊人は数少ないが、そんな彼女達も誰もその人の事を語らない。

ゼブルディアに咲く奇跡の花。帝位についたラドリック・アトルム・ゼブルディアが引き抜いてきたという帝都最高の魔導師の一人。

人であり、人ではない者。《不滅》のセージ・クラスタ。

圧倒的強者故だろうか? 睨まれているわけでもないのに感じる圧迫感に、僕はとっさに周囲を見回し、慌てて挨拶した。

「おおう…………お、おはよう、ございます?」

一体何がどうなってるの?

混乱する僕をスルーし、ルシアの先生がシトリーに言う。

「その隣のシトリーも、狸寝入りはやめるといい。どうやらルシアから聞いた通りの女のようだな」

「…………ぐーぐー」

シトリーがひしとばかりにしがみついてくる。

僕は全てを理解し、納得し、嘆息した。

「なるほどな……」

盗賊のような言い草をしていたが、どうやら彼女はリィズではないらしい。

ただの駄目な方のシトリーだ。今日のシトリーは駄目な方のシトリーだったようだな。

ルシアだよ! あの時、シトリーに背中を押されず大人しくルシアに捕まっておけば良かったんだよ! 後の祭りだ。

打つ手がなくなり中途半端な笑みを浮かべる僕に、ルシアの先生はそれだけで怖気立つような冷ややかな声で宣言した。

「これより、裁判を始める。ルシアの兄よ。君にはこの栄えある学院を半壊させた容疑がかかっている。何か弁論は?」