軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

279 漆黒の杖

「お疲れ様です、クライさん。本日の護衛は私が担当します! どうか今日は大船に乗ったつもりでいてください!」

「きるきる……?」

シトリーが両手を合わせ屈託のない笑みを浮かべ、強制ダイエットから未だ細身の体躯を保っているキルキル君が首を傾げる。

僕はクランマスター室の定位置で宝具を磨きながら、目の前に並んだポーズを決めるシトリーとキルキル君という謎コンビをしげしげと眺めながら言った。

「なんかシトリーの顔見るの久しぶりな気がするなぁ」

「私もクライさんに久しぶりにお会いできて嬉しいです!」

嬉しいのはまことに結構なのだが……僕は別にシトリーに会えて嬉しいなんて言ってないんだが? いや、嬉しいけどね!

後ろの窓からはぽかぽかとした陽光が差し込んでいた。魔剣騒動から一転、帝都は平和だ。あの騒動は結局権力により闇に葬られたらしい。

シトリーがすすすと自然な動きで回り込むと、上目遣いで言う。

「お姉ちゃんに聞きましたよ、クライさん! また面白いことをやっておられるみたいですね」

上機嫌を体全体で示しているかのようだ。尻尾があったら間違いなく振っているだろう。僕は深々とため息をつくと、磨いている冠型の宝具を見下ろして言った。

「リィズ、不機嫌そうだったけどね……」

後、別に面白い事もやっていないよ…………面白い事もやっていないし、面白くない事もやっていない。つまり、無であった。面白いのはどちらかというとあのヒューって人だろう。

状況に流されて適当な指示を出してしまったのだが、大丈夫だろうか? フランツさんの差し金だったらしいけど……。

変な事に巻き込まれそうな予感にテンションがすこぶる落ちている僕に、シトリーがうきうきと言う。

「くすくすくす……お姉ちゃんは、今日の護衛担当じゃなかった事が不満なんです。自分が後回しにされたってことですから……どうしても外せない用があったらしくて――でも、私も昨日まではずっと忙しかったんです!」

「なるほどなるほど」

全然理解できないけどなるほど……楽しそうで何よりだね! 僕はもう疲れたよ。

だが、いつも黙って事件に巻き込まれると思ったら大間違いだ。

フランツさん曰く、今回の騒動は呪いと関連しているらしい。そして、残念な事だが、呪いと宝具は切っても切れない間柄にある。

宝具は過去存在していたアイテムの再現だ。そして、その出現率はかつて普及していたアイテムであればあるほど、広く知られていればいるほど、高くなるとされている。

呪われたアイテムというのは強烈な思念を受けて生み出されるものだ。その誕生の原理からしてそのアイテムは一品物であるパターンがほとんどで、宝具になる条件とされている『かつて普及していたアイテム』を満たしていない。

つまり、これはどういう事かというと――宝具として極稀に現れる呪われたアイテムは、かつてたった一つしか存在しなかったにも拘らず、宝具として出現してしまう程広く認知されていた恐ろしい品である可能性が非常に高いのであった。

もちろん、僕が持っている宝具のほとんどは安全な品だ。呪われた宝具など一つもないが、万が一にも僕の手持ちの宝具が何かを引き起こしたら今度こそ洒落にならない。

基本的に手持ちの宝具の能力は全て確認済みだが、幼馴染の誰かが偶然手に入れた宝具を勝手に僕のコレクションに混ぜ、その事を伝え忘れている可能性は否定しきれない。

メンテナンスを兼ねて、一個一個宝具を磨きながら能力を再確認していく。僕はちょいちょい手招きしてシトリーを呼び寄せると、にこにこしているシトリーの頭に磨き終えたばかりの冠型宝具を置いた。

シトリーが目を見開き、少し焦ったように言う。

「!! もも、もしやこれが私の呪物ですか?」

リィズも似たような事を言ってたけど……なんで君達そんなに呪われたいの?

「呪物なんて持ってないよ……その宝具もちょっとだけ髪が伸びやすくなるって効果(億品)だし…………これも違う、これも違う……」

磨いた真っ赤な宝石のついたペンダント型宝具をシトリーの首にかけ、ネックレス型の宝具を首にかけ、ネックレス型の宝具を首にかけ、ついでにネックレス型の宝具を首にかける。何個持っているんだよという話だが、マネキン代わりにされたシトリーは頬を染めながらとても嬉しそうだった。

いや、プレゼントしないよ? ……だが、どうしてもというのならば少しくらい分けてあげてもいい。どうせシトリーからの借金で買ったものだ。

「まったく、何でも僕に言われても困るよ。この間大騒ぎしたばかりなのに、皆レベル8に頼りすぎだよ。シトリー、指出して」

これまで少なくない騒動に巻き込まれ、しかもうまく解決すらしていないネームバリューだけのレベル8を、どうして皆そこまで信用できるのか理解に苦しむ。少し考えれば僕が何もしていないのは火を見るより明らかだと言うのに。

心の中でグチグチ呟きながら、差し出されたシトリーの白魚のような指に一つずつ磨いた指輪を嵌めていく。

「! ク……クライさん、この行為に何か意味が!?」

「……いや、別に意味なんてないけど。ルークやリィズはじっとしてないし、ルシアはパンチされるしアンセムは登るのが大変だからなぁ………………嫌?」

「とんでもない!! し、しかし、沢山お持ちですね……」

それに実は僕はずっと、シトリー達が特に着飾っていないのにいつも自分だけ宝具をちゃらちゃらさせている現状に異を唱えたかったのだ。発動させないにしても、たまには装備しないと宝具が可哀想というのもある。

くすぐったいのか、シトリーがむずむずと身体を震わせながら、真っ赤な顔で呟く。

「これはもしや…………プロポーズでは?」

「きるきる……」

情緒不安定な主人に、キルキル君がどこか不安げな声をあげる。プロポーズって……特に意味はないって言ってるだろ!

ピアスは…………穴あけなくちゃならないし、つけなくていいか。

そわそわしているシトリーを落ち着かせるべく話しかける。

「しかし、フランツさんの言ってた予言ってどこまで信憑性があるんだろう? 帝都を覆う影あり、だっけ? 呪いだなんだと言ってたけど、シトリー、何か知らない?」

「……占星神秘術院の予言はよく当たると評判ですから……帝国法では予言を元にして国軍を動かす事が認められています」

当たるのか……しかし、似たような託宣をしていたソラの例もあるから全く信用できないな……あの子は本当にひどかった。

そもそも、呪いとやらが帝都を襲ったとしても大した被害を出さずに鎮圧されるだろう。帝都はなんだかんだいいつつもまだ僕が居座ってるくらいには安全なのだ。

「しかし、そこまで大仰な予言がくだされているとなると――呪いならば、相当深い因縁のある呪いでしょう。腕利きの呪術師程度ではかけられないような――フランツさんが宝具を警戒しているのもやむを得ないかと。帝都周辺で多くの死傷者が出た様子もありませんし、既に検問されているのでそれらしきアイテムが外から持ち込まれる可能性は低いと思いますが。そう言えば、お兄ちゃんも……国からの要請が来て、動員されているらしいです。教会は呪いの専門家ですから」

「完璧な備えだな」

これは呪術の基本なのだが、強力な呪いというのはかけようとしてかけられるようなものではない。

一番危険とされているのは、恨みを持って死んだ者の怨念が呪いとして残されたパターンだ。そして、そういった呪いは極めて強力で、往々にして無差別であり、情報が広まった頃には多くの死者が発生している事が多い。

だが、今回はそのパターンではないのだろう。全て弾いた結果、残った可能性が呪物というわけだ。

帝都はトレジャーハンターの聖地と呼ばれるだけあって、日夜持ち込まれる宝具の数は群を抜いているし、そう考えると、フランツさんから僕の方に連絡がくるのもやむを得ない……のか? いやいや、もっと連絡すべき相手がいるでしょう!

宝具の眼鏡をかけさせ、宝具のストールを肩にかけ、宝具の鎖はどこにつければいいかわからなかったのでとりあえずぐるぐる身体に巻きつけておく。宝具まみれのシトリーの完成だ。

うん、やはり見覚えのない宝具が混じっている様子はない。今回こそ僕は悪くない。

「ク、クライさんの色に染められちゃいましたぁ……もうお嫁にいけません」

そうだ、帝都で事件が起こるとわかっているなら、帝都から出ればいいのでは……?

…………駄目だ、絶対に検問で引っかかっていらない誤解を生んでしまう。じっと大人しくしているのが一番か。

さすがに何もしなければ何も起こらないだろう。

§ § §

ゼブルディア魔術学院。数百年前、時の皇帝が遅れ気味だった魔術分野の発展のために建てた学院は現在、名実共に最高学府としての地位を確かなものとしていた。

円滑な宝物殿の攻略に強力な 魔導師(マギ) は不可欠だ。帝都ゼブルディアの北区に広大な敷地と城のような学び舎を有し、あらゆる分野の魔術研究がなされるその機関は帝都の魔導師やハンターたちにとって憧れであり、帝都で高レベルハンターの魔導師の八割はこの機関から輩出されるとさえ言われている。

その城のような学舎の周囲に立ち並ぶ十二の塔。それぞれ学院の教授が指揮する研究棟の一つで、女魔導士、アンナ・ノーディンは後輩の魔導師に強い口調で言いつけられていた。

「いいですか、注意深く扱ってください! 迂闊に魔力を込めたりしないように!」

「ふふ……わかった、わかったから。しかし、ルシアのお兄さんも律儀ね。かの《剣聖》の秘蔵品を贈り物にするなんて。雷特化のあの杖といい、さすがレベル8の宝具コレクター、入手の方も一流ね」

長い黒髪の後輩魔導師――ルシアが、アンナの言葉にむっとしたように顔を歪める。せっかくの美人が台無しだ。

レベル6ハンター。魔導師、《万象自在》のルシア・ロジェは習得している魔術範囲の広さで知られているが、各研究室の間ではどちらかというとその兄の方がよく知られていた。

ルシアの兄、《千変万化》は最年少でレベル8に至った帝都屈指のトレジャーハンターだ。宝具コレクターとしても有名なその青年ハンターは、女性比率の高い魔術学院の研究室において、訪ねてきたらわざわざ皆が見に来るレベルでアイドル化していた。

似たような若手ハンターで言えばアーク・ロダンがいるが、親族が学院にいるわけでもないアークは滅多に学院を訪れたりはしないのでそちらに人気が寄ってしまうのは仕方のないところがある。

ルシアの持ち込んだ漆黒の杖を見下ろす。数本の蔦がねじれからみついたように形作られた柄に、頭には宝石が輝いている。シンプルな意匠だが、布越しに持っても驚くほど軽い。

能力は不明のようだが、杖の宝具は他の武器の宝具と比べても高値の事が多く、出すところに出せば数千万以上の値がついてもおかしくはないだろう。軽いところも、体力の少ない魔導師にとっては嬉しい点である。

いくら妹の師匠へとはいえ宝具の杖をぽんと贈るとは、随分と気前がいい。強くて、お金持ちで、噂を聞く限りでは少し変わっているようだが、それも決して純粋な欠点というわけではない。ルシアもかなり優秀だが、あの兄あってのこの妹という事だろうか。

「そんなんじゃありません、ただの宝具馬鹿です! それにこの杖も危険物の可能性が――」

「わかってるわかってる、そんな照れ隠ししなくていいから。お兄さんを取ったりはしないから――」

「ッ…………照れ……隠し!?」

じろりと睨めつけてくるルシアの前で、肌に触れないように注意して杖を観察する。

ルシア・ロジェは照れ隠しで嘘をつくような人間ではないし、言うことを聞いておいた方がいざという時に兄の方の覚えも良くなるというものだ。宝具の杖は強力だしステータスにもなるが、生粋の研究者のアンナに必要なものではない。

「ところでこの杖の正体、アンナさんに思い当たる節などありませんか?」

「杖とか余り興味ないし…………ルシアのお兄さんには興味あるんだけど……」

「…………」

宝具の杖にも色々ある。ポピュラーな魔力増幅量の高い杖から、先日ルシアが持ってきた雷属性のみに特化した杖、特定の現象を起こすものまで様々だ。そして、大抵の宝具の杖は使ってみるまで正体はわからない。

本当に極僅か、特徴的で有名な杖ならばわかることもあるが、アンナが知っているような有名な宝具ならば《千変万化》が知らないわけがない。

「しかし、あの《剣聖》が杖の宝具を隠し持ってるなんて、さすが凄腕ね。しかも、大切に何十年も保管していたそれを自ら差し出させるなんて――敏腕ね」

「…………昔から、目ざといので、うちのリーダー」

《剣聖》がずっと誰にも渡さず、存在すら明かさず保管していた杖の宝具。もしかしたら彼にとって剣よりも重要な品である可能性すらある。《千変万化》の交渉能力が海千山千の商人に引けを取らないという噂は真実らしい。

この若さでレベル6にまで至ったルシアも大概天才だが、兄の方は間違いなくそれ以上だ。ルシアが《万象自在》の二つ名を得る一因となった魔導書を作ったのもその兄だというし、なるほどルシアが立派なブラコンになってしまったのも納得である。

「今、その『兄さん』の心を射止めれば全て手に入る上にこんな可愛い妹までついてくるってわけ」

「………………アンナさんではうちのリーダーを御するのは無理ですよ。死にそうになってから後悔しても知りませんから」

「冗談よ、冗談。杖もちゃんと教授に確認するまで指一本触れずに保管しておくから。例え呪われていたとしても大丈夫でしょ」

しかめられたルシアの表情に、アンナは言葉を撤回した。兄を攻略するにはまずこの妹の方を味方につけねばならないらしい。

アンナとて天才と呼ばれた事はあるが、この眼の前の少女は間違いなく自分以上の才の持ち主だ。それと比べれば自分は見劣りするだろうし、おまけに、若く才能があり最年少でレベル8に至ったハンターともなれば、《千変万化》は相当モテるだろう。妹の先輩程度では万に一つも勝ち目はない。

今は少しでも点数を稼ぐのだ。いつかきっとチャンスが来るはず――そんな好き勝手な妄想を繰り広げるアンナに、ふとルシアが言った。

「……アンナさんってこの研究室、長いんですよね? もしかして先生って何か大事に隠し持っているものとかありますか?」

「隠し持っている……物? ……………………そりゃ、魔導師なんだし、学院の教授格にもなれば一つや二つ秘蔵品くらいあるだろうけど――あ、もしかしたら、あれかしら!」

ルシアが目を見開く。この出来のいい後輩は魔術の腕こそ最高だが、余り目を周りに向けていないところがある。研究にハントにと明け暮れていれば、学院の噂話などまず耳に入ってこないだろう。

いつも冷静なルシアを少し焦らせてやろうとこれみよがしときょろきょろ周囲を窺うと、アンナは声を潜めて言った。

「ただの噂話なんだけどね、この学院には初代学長からひっそりと受け継がれている物があるらしいのよ。伝説級の代物らしいんだけど……教授達に確認しても皆が笑い飛ばしてくるんだけど、その眼は真剣なんだって。で、気になるその『物』なんだけど、何だと思う?」

「ポーションか魔法生物、ですか?」

ルシアがげんなりしたような表情で言う。だが、その言葉は不思議と確信しているようだった。

「何だ、知っていたの?」

「いえ、初耳です………………ただ、今日からの護衛は《 錬金術師(アルケミスト) 》のシトの番なので」

護衛? 《錬金術師》? 一体何の話だろうか?

目を瞬かせるアンナに、ルシアは拳を握ると自分に言い聞かせるかのように言った。

「今回何をしようとしているのかはわかりました。いつものように好き勝手はさせません。兄さんの暴挙は――私が止めます」