軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

268 真紅の剣

こんこん、という音に、後ろを振り返る。窓の外では鎖で出来た鳩が嘴を窓にぶつけていた。

《始まりの足跡》のクランハウスの周りに他に高い建物はない。クランハウスを作る上でそういう場所を選んだ。

最上階であるクランマスター室はラウンジと違い外から狙撃するのは難しいし、窓も一度リィズがぶち破ってから、硝子の中でも最も高い強度と値段を誇る生体硝子(マナ・マテリアルを利用し強化された特殊素材)に変更している。それでも高レベルハンターが全力で潰しにかかれば破壊もできるだろうが、犯罪者がこんな大通りでそこまで目立つ真似はしないだろう。爆発物投げ込んできたけど……。

ハンドルを回し窓を小さく開けてやると、窓の外で必死に翼を羽ばたかせていた『 鳩の鎖(ピジョンズ・チェーン) 』が入ってくる。

マーチスさんのコレクションだ。数多存在する鎖型の宝具の中でも飛行能力を有する物は稀少で、僕も持っていない。賢く外敵から身を守る知恵を持ち、伝書鳩代わりに使え、その小ささ故になかなかの低燃費である『 鳩の鎖(ピジョンズ・チェーン) 』は鎖型宝具屈指の利便性を誇っている。

手早く足首にくくられていた筒を解き、中から手紙を取り出す。

中身をざっと確認する。手紙は予想通り、マーチスさんからだった。

どうやら、しばらく出張鑑定はできないらしい。限りない宝具愛を持つ宝具鑑定師も寄る年波には勝てないという事だろうか。

まぁ、僕としてもマーチスさんが巻き込まれるのは避けたい。彼は僕の宝具関係の師匠だが、同時に僕と同じくらい非戦闘員なのだ。

構わず出張鑑定するべく準備をしていて息子夫婦から叱られたという愚痴や、孫の惚気、外部の噂話などの状況を交えたカオスな文章をしかめっ面で読んでいると、ソファで新品の木剣を磨いていた今日の護衛のルークが声をあげた。

「で、クライ。いつ血祭りにあげに行くんだ?」

「…………?」

「襲撃の話を聞いた師匠が、なんだかよくわからねーが、斬るなよ、絶対斬るなよって言ってるんだ。これはつまり……斬れって事だよな?」

「うーん?」

「俺が斬るんじゃねえ。奴らが勝手に斬られるんだよ。一流の剣士ってのは、相手から斬られに来る」

何を言ってるのか、何を言いたいのか全然わからないが……どうやらやる気満々らしい。

ルークはリィズほどキレやすくないが、リィズと同等以上に好戦的だ。キレていないのに好戦的な分リィズよりもたちが悪い可能性もある。

「雷神剣の副次的な効果を発見した。斬られた傷は焦げ、つまり失血死の可能性が減る。つまり、一人を沢山斬れるんだ。俺はいつでも行けるぞ。そうだ! リィズ達の分も斬っといてやろう!」

雷当てた時点で相手も自分も大ダメージだと思うのですが、それはどうお考えでしょうか? そしてどうやら、僕がリィズを止めた話は全く伝わっていないようだ。

鳩の鎖が早く返事をよこせと言わんばかりに目の前をうろうろしている。僕はルークと鳩に交互に視線を投げかけ、適当な事を言った。

「駄目だよ、まだその時じゃない。僕も忙しいし、しばらく大人しくしてなよ。そうすればきっと良いこともあるからさ」

二度目の襲撃は今のところない。もしかしたら、もうない可能性もある。

冷静になって考えてみると、襲撃者は今回一つ大きなミスをしている。

ガークさんを――探索者協会の支部長を巻き込んだのだ。彼はああ見えて権力者である。このトレジャーハンター全盛期、探索者協会を敵に回したら生きてはいけない。

今頃ガークさんは躍起になって襲撃者を探している事だろう。待ち一択だ。

「くそっ、まだ駄目なのか……まったく、もったいぶるところがクライの悪い癖だな。ああ、俺の魔剣が血を吸いたがってる……」

まだも何もずっと駄目だし、きっとその雷で黒焦げになって作り直して貰ったばかりだという魔剣も血を吸いたがってはいないだろう。

ルークがぼそりと呟く。

「一斬り、人斬りに行きたい……」

…………さては君、相当暇だな?

仕方ない、少し構ってやるか。そんな事を考え立ち上がりかけたところで、不意に扉がノックされた。

ルークがぴたりと剣を手入れする手を止め、そちらを見る。

「エヴァだよ」

「? ああ、わかってる」

わかっていても斬りかかりそうな危うさがあるからな。

返事をすると、いつも通りつま先から頭の先まできっちりと決めたエヴァが入ってくる。

その様子は襲撃前と全く変わっていなかった。普通、至近距離で爆発を受ければショックで暫く立ち直れないだろうに、エヴァは翌日から平常運転である。彼女の胆力も大概、凄まじい。

だが、だからこそ、エヴァやクランの一般職員にまで被害が及ぶ事だけは避けねばならない。

「調子はどう?」

「お陰様で、特に問題ありません。もともと、クライさんのおかげで無傷でしたから。ラウンジの修理にはしばらく掛かりそうですが――」

「しばらく仕事を休んでもいいよ。危険だし、事務仕事はルークがやってくれる」

「おう! エヴァ、任せとけッ! 腕が鳴るぜ!」

ちょっとした冗談に対して、事務仕事なんてできないルークが自信満々に叫ぶ。

エヴァが一瞬嫌そうに眉を歪め、こほんと咳払いした。

「ご心配なく。私もこういう時のためにある程度はマナ・マテリアルを吸収していますし……それに、しばらく、クランハウスに泊まります。ここが一番安全ですから」

……めちゃくちゃ忙しそうなのに、いつ吸収していたのだろうか?

そして、もしかしてエヴァって…………下手したら僕よりも強い? 才能ありそうだしな……人生というのは大抵、不平等なものなのだ。

クランハウスに泊まるというのは妙案である。しばらく籠城できるような備えもしているし、護衛代わりだって山程いる。

「パジャマパーティーする?」

「……しません。クライさんが襲撃された話を聞きつけ、手紙やお見舞いの品が多数来ているのですが、どうしましょう? 面会は全て断ったのですが――」

「大人気だな」

「クライさんは普段余り表に出てこないので格好の機会だと考えたのでしょう。今、何かと話題ですし――」

「…………」

じとっとした目つきで僕を見るエヴァ。しかし、爆発に巻き込まれ掛けてここまで平常運転だと逆に不安になる。

いくらマナ・マテリアルを吸収しているとはいえ、彼女が非戦闘員な事には変わりない。やはり備えは必要だろう。

右手小指に嵌めていた結界指を抜き、エヴァの方に放る。どうせ僕は結界指を沢山持っているし、一つ減ったところでどうという事もない。

指輪をキャッチしたエヴァが、訝しげに僕を見る。

「えっと……これは――?」

「結界指だ、あげるよ。お古で申し訳ないが、持っておくといい」

「!? 結界指!? そんな高価な――い、いや、待ってください! なんで急に今私に!?」

「いや、待てよ…………?」

そこで、僕は特に何の理由もなく不意に天啓を得た。

腕を組み、こんこんと机を嘴でつついている鳩の鎖を見る。

マーチスさんの出張鑑定が無理ならば、こちらから品を送ればいいのではないだろうか? ティノに頼んで持っていって貰えば、マーチスさんも首を横には振るまい。

ティノはクランのメンバーだし、もともと頻繁にクランハウスにも出入りしている。不自然ではないだろう。今日の僕は――冴えている。というか、どうして今まで気づかなかったのだろうか!

指で窓の外を指すと、返事はなしと判断したのか、鳩の鎖が飛び立つ。エヴァは目を頻りに瞬かせ、僕と飛んでいった鳩を交互に見た。

「ふふふ…………エヴァのおかげで良いことを思いついた」

「え!? へ? な、なんですか!? いや、今の鎖の鳩は??? また何かしてるんですか!? 何に気づいたんですか!?」

そんな焦らなくても……いつも冷静沈着なエヴァが慌てふためくの、面白いなぁ。なんか癒やされる。

「何でもないよ。全て大丈夫、全て大丈夫だ」

「ティノさんが、『ますたぁが一族郎党皆殺しにするつもりです』と密かにクラン内に言いふらしているのも大丈夫ですか?」

それは……全く大丈夫じゃないな。

流石に高レベルハンターでも一族郎党皆殺しは許されないし、帝都の門に犯罪者の死体を吊り下げるのももちろん許されない。まぁリィズはしっかり適当な理由をつけて止めたからそんな真似はしないはずだが――また評判が落ちそうだ。

最近、ティノからの信頼度が下落している気がする。

「クランのメンバーも揺れてます。どうやら、惨劇が起こる前に打って出ようという動きもあるみたいで――」

僕は……僕は何も言っていないのに、勝手に状況が進んでいく……。

クランハウスが襲撃を受けたのは事実だし、打って出るのも好きにして構わないが、何かあっても僕のせいにはしないで欲しい。

「…………世の中物騒だな」

「まさかその一言で済ますつもりですか?」

なんか最近、少し動いただけでも散々な目に遭うからな……しばらくじっとしているのが正解だろう。

大きく欠伸をすると、木剣を掲げ観察していたルークが、ふと思い出したようにこちらを見た。

「そう言えばクライ、暇なら顔出せって師匠が言ってたぞ。なんか相談したい事があるらしい」

「あの剣聖が? 時勢が時勢なのに――クライさん、本当に人脈が広いですね」

人脈っていうか、きっとまたクレームだろう。僕にくるのは大体そうだ。

特に、リィズとルークの師匠は呼び出し率もクレーム率も格段に高い。相談という名目で文句言ってくるものだから、堪ったものじゃない。

ちなみに、シトリーやルシア、アンセム関係の呼び出しはVIP待遇で意見を求められる事が多いのだが、それはそれで困る。

「………………心当たりとかあるの?」

「んー、ねぇよ」

ないわけないだろ。思い出せ! 自覚がなさ過ぎる。

エヴァも心配そうな目でルークを見ている。視線で促すと、ルークは眉を顰めしばらく唸っていたが、ふと何かを思い出したように言った。

「…………あー、もしかして、あれかな。この間、師匠がいつも使っている剣が二本あるんだけど、どっちが強え剣なのか気になってさ、聞いてみたんだよ」

ルークの師匠の剣聖はルークと違って心技体が揃った剣士の中の剣士である。強さと高潔さを併せ持ち帝都の剣士の尊敬を一身に集め、刀剣コレクターとして名だたる剣を何本も保有していた。

帯剣禁止令を出しているが、ルークは剣自体も大好きだ。最初に剣聖と顔をあわせた時は目をキラキラさせてその手の中の剣を見ていたのを覚えている。

「それで師匠がわからんって言うから、どっちが強いかこっそり試してみたら、なんか――両方、折れた」

「…………!?」

「つまり、紅天剣と蒼霊剣は両方同じくらい強い剣だったわけだな。長さも一緒だし、二刀流にするのも相性がいい」

……うんうん、そうだね。

師匠の剣を二本折るなど、破門どころか殺されてもおかしくない暴挙なのに、ルークの表情からは全く反省が感じられなかった。

げに恐ろしきはマナ・マテリアルを吸った高レベルハンターの力、だろうか。宝具は頑丈だし、宝具じゃない剣も普通折れるような代物ではないのだが、どうやらルークほどの天才剣士にもなるとそんなのは関係ないらしい。

…………普通逆じゃない? 腕がいいから素人の扱いなら簡単に折れる剣も折れないとか、そうあるべきでは?

そこで、ルークが腕を組み、目を細める。

「……いや、待てよ? 雷神剣の修行で師匠が大事にしている剣を折った件かな? 木剣だと何度やっても塵になるからさ……」

何本折れば気が済むんだ! 雷神剣ってそれ、最近の話だろ! 呼び出しの理由、間違いなくそれだよ。

武具というのは、安くない。このご時勢、鋳造でもない限り武器の値段は青天井だ。宝具はもちろん、鍛冶屋が打った剣だって物によっては億を超える。今回のように剣聖が持つような業物ともなると、金銭的価値にしてどれほどになるか――そもそも、剣士にとって剣とは魂のようなものなのだ。木剣使ってるルークにはわからないかもしれないけど。

まだルークが破門されていない理由が全くわからない。エヴァも呆然としている。

のこのこ呼び出しに応じたらどうなるか……剣聖はルーク程傍若無人ではないが帝都中で恐れられる剣士である。強さにも貪欲であり、僕も真剣勝負を挑まれた事があった。

なるべくなら会いたくないし、怒れる剣聖の前に身を晒すなど以ての外だ。

何かルークの蛮行を許して貰う方法は――そうだな……折れた剣の代わりに何か珍しい宝具の剣でも贈って機嫌を取って――。

そこで、僕は足元に置いてある箱を見た。エリザからの贈り物が入った箱だ。

深呼吸をすると、その中から、僕が一番目をつけていた黒い布に包まれた剣を持ち上げる。

布を剥ぐ。中から出てきたのは、真紅の刃を持った一振りの直剣だった。ギルベルト少年の煉獄剣も紅蓮の刃を持っていたが、この剣の赤は更に暗く深い。

「おおう!? なんだ、その剣――」

持っている宝具図鑑と照会してみたが、結局正体はわからなかった。剣型宝具は研究も進んでいるが、それでもわからなかったのだから恐らく相当珍しい宝具なのだろう。マーチスさんに鑑定を依頼するつもりだったが、背に腹は代えられない。

ルークが折ってしまった剣の代わりになるかはわからないが、これも何かの縁だろう。それに、剣の宝具関係はついこの間、武帝祭で酷い目にあったばかりだ。

再び深呼吸をすると、剣を布で包み直し机に置く。

「僕は行けないけど、これを代わりに師匠のところに持っていくといい。かなり珍しい品だよ」

剣としての性能は不明だが、美しい剣だ。これならば少しは剣聖の機嫌も直るだろう。

有する力がわかったら教えてくれないかな……。