軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

253 武帝祭⑤

しまった…………うっかり避けてしまった。

大規模攻撃魔法により一瞬で焦土と化した闘技場。土煙が舞い上がる中、妹狐はどうしていいものか、途方に暮れていた。

クラヒの攻撃魔法はかなりの威力を秘めていた。妹狐は余りそういった方面が得意ではないが、全てが噛み合っているのだ。人間に出せる攻撃魔法としては破格である。

クラヒの身に宿る魔力は雷の魔法を使うのに特化していた。これでは、他の属性の魔法はろくに使えないはずだ。

その宝具の杖は、雷の魔力を増幅するのに特化していた。これでは、その杖で他の魔法を使おうとすれば、魔法が発動しないばかりか手痛い反動がくるだろう。

そして、その魔法は大気を乱す事で非常に効率よく雷を起こしていた。精密性は欠片もないが、このクラスの破壊の現象を連続で起こせるのはその術が極めて効率的であるが故だ。

そういう意味で、クラヒ・アンドリッヒという男は徹頭徹尾、雷の魔導師以上でも以下でもなかった。

あれほどの破壊をなしたにも拘らず、クラヒは戸惑ったように、手の平を開閉している。

「いや――コントロールにずれがある? 僕の身体は、もしかして……君を倒すのを、躊躇っているのか? だが、雷の魔法は多少のずれならば勝手に命中するはずだ…………考えても仕方がない、か」

本当ならば、倒れるはずだった。

クラヒの攻撃は傍目から見ても十分以上の威力と範囲を誇っていた。偽物を名乗った時点で倒れてしかるべきである。

完全に反射である。妹狐は実は雷が余り得意ではない。それは、かつて、幻影として再現される前、生物として在った時に有していた一種の本能である。

それに、妹狐は本調子ではない。外界はマナ・マテリアルが薄すぎる。あんな雷が当たったらかなり痛いだろう。

クラヒ・アンドリッヒがぐるぐると杖を回転させ、こちらに向ける。

「十の雷が避けられたのならば百の雷を、百の雷が避けられたのならば千の雷をッ! 受けてみろッ! 千の天を埋め尽くす雷の花をッ!」

まるでその声に従うかのように、光と音が天から落ちてくる。相手の心を読める妹狐にはわかった。

この男――相手を狙っていない。

この闘技場を全て雷で焼くつもりだ。まさか人間がこんなに恐ろしい生物だとは――神たる母だって敵を狙うことくらいするのに。

人とは知恵ある生き物ではなかったのか?

さりとて、反撃するわけにもいかなかった。妹狐は化かすつもりでここに来ているのだし、そもそも妹狐は――攻撃手段なんてほとんど持っていない。

【迷い宿】の幻影の目的は惑わすことであって殺す事ではないのだ。結果的に殺す事はあっても、一方的、直接的であってはならない。

やはり、攻撃するのはダメだ。なんとかして――。

なんとか……なんとかして、敗北しなくては。早くしないと、危機感さんに使った術が解けてしまう。

世界を埋め尽くす明らかに過剰な雷を前に、妹狐はヤケになって一歩前に踏み出した。

§ § §

最初の茶番めいた意味不明なやり取りが嘘のような、息もつかせぬ攻防だった。

皆が食い入るように、土煙の立ち込める場内を見ていた。初撃の雷もさることながら、連続で場内全体に降り注ぐ雷はもはや神の裁きのようで、とても一魔導師の術のようには見えない。

最初は自信満々な偽物となぜか自ら偽物宣言をしたマスターに混乱していたティノだが、その戦いを目の当たりにして自然と余計な考えは消えていた。

クラヒ・アンドリッヒ。マスターそっくりな名前をしているが、只者ではない。攻撃速度、威力共に一級だ、さすが武帝祭への出場を許されただけの事はある。もしティノが戦うとするのならばそれは、ティノがクラヒに蹴りを入れるかクラヒが術を唱えるのが早いかの勝負になるだろう。

雷の威力だけならば間違いなく先日のアーノルドよりも強い。相手に一手を許せば近づかせて貰えない。

だが、それに対しマスターの行動は凄まじいの一言だった。

土煙で少し見えづらいが、マスターは――前に出たのだ。

「雷を…………躱してる?」

まるで冗談のような光景だった。落雷の速度はそりゃ光よりは遅いが、おおよそ人間の反射神経で回避できるようなものではない。そもそも、ぎりぎりで回避する程度では衝撃によるダメージは避けられないはずである。

だが、マスターは平然と降り注ぐ雷の中を駆け抜けた。外から見るとまるで雷がマスターを避けているかのようにすら見える。それは正しく、神算鬼謀という言葉でも納得できないレベル8にふさわしい技だ。

クラヒの予想以上の魔法には一瞬驚かされたが、有利なのはマスター側だろう。

そんな事を真剣に考えるティノに、近くに座っていたシトリーお姉さまが言った。

「んー…………あれは偽物ですね。なるほど、あの時キッチンにいた偽物はこのために――」

「え!?」

目を丸くするティノに、隣に座っていたお姉さまが同意の声をあげる。

「だよねえ。クライちゃんだったら走ったりしないもん。クライちゃん、走るの余り好きじゃないし」

「相手の術に干渉……? 弾いてる? ……どうやったらあんな事できるんでしょう? 魔法でもなさそうだし――」

「そりゃもう、修行に決まってんだろッ! 耐えるならいけるが、雷を回避するなんてすげえ、俺もやるぞ!」

「……うむうむ」

どうやら、ルシアお姉さまやルークお兄さま達の意見から見ても、あれはマスターではないらしい。

もう一度場内を確認する。遠目ではあるが、ティノの目にはマスターにしか見えない。神がかってるところもマスターそっくりなのだが、お姉さま達がそう言う限りはマスターではないのだろう。

一瞬頭の中が真っ白になる。そして、口から自然と出てきた言葉には諦観が籠もっていた。

「ああ…………これが、今回の試練なのですね……」

マスター、武帝祭は替え玉禁止ですよ……せっかくの大舞台なのに。というか、どこの大会でも替え玉なんて以ての外だ。

しかし、そう言われてみれば、マスターは『僕は出ない』と言っていた。

何かの隠喩かと思っていたのだが、まさかそのままの意味だとは――ますたぁ、あんなそっくりな人どこから見つけてきたんですか?

ぐっと身を乗り出し、目を凝らす。

だが、マスターの替え玉も存外にいい動きをしているようだ。まるで奇跡のように雷を回避しながら接近する偽マスターに、クラヒ・アンドリッヒはあろうことか笑った。

「そうだ、全力をぶつけるんだッ! これは避けられるか!? 『 雷の矢(ライトニング・アロー) 』ッ!」

ノータイムで生み出された無数の雷の魔法矢が偽マスターを襲う。

矢の魔法は攻撃魔法の中では初歩的なものだ。だがそれでも雷の魔法は難度が高いし、そもそもクラヒは雷を落としながら並行で矢を放っている。

マスターそっくりの名前を持つのは気に入らないが、雷帝を自称するのも理解できる雷の使い手だ。アーク・ロダンですら、ここまで雷を操れたりはしないだろう。まぁ、彼は魔法剣士なので純魔導師とは違うのだが――。

偽マスターが高速で足元に飛来する矢を跳んで回避する。だが、それは明らかな悪手だ。

たとえどれだけの力を持とうが、空中で攻撃を回避するのは――至難。

クラヒもこの光景を予想していたのだろう。その杖の頭が空中のクライに向けられる。そして、クラヒが万感の思いを篭めたように叫んだ。

「この時を待っていた、クライ! 天の力を受け止めろ――『 雷槍天滅神来花(らいそうてんめつじんらいか) 』ッ!!」

「…………オリジナル 魔法(スペル) ですね」

ルシアお姉さまが呆れたように呟く。

杖先に、槍が発生した。周囲に紫電を帯びた、雷の槍だ。だが、その質感はただのエネルギーのものではなく、まるで金属のように輝いていた。

圧縮された魔力の固まり。まるでマナ・マテリアルが収束し宝具という物質を生み出すように、余りにも圧縮された力が質感を生み出している。

神秘的な輝きを誇る槍。落雷の段階で十分以上の破壊力を持っているのに、それを圧縮すればどれほどの威力を誇るのだろうか?

たとえ耐久にマナ・マテリアルを割り振った高レベルのハンターでもその一撃をまともに受ければ死は免れないだろう。

致死の一撃が、空中のマスターに向かって躊躇いなく放たれる。

そして――偽マスターはその攻撃に対して、全く同じ槍を生み出し、迎え撃った。

「!???」

土煙の中、輝く槍と輝く槍がぶつかる。破壊のエネルギーの衝突と余波に、ティノは客席を守っていた結界が儚い音を立てて割れるのを確かに聞いた。

客席から悲鳴があがるが、すぐにかき消される。エネルギーの余波。光と衝撃、熱が客席を襲う。アンセムお兄様が、他の最前列についていたハンターたちが、いざという時のために待機していた運営の魔導師達が立ち上がりそれを抑え込む。

土煙が吹き飛ぶ。雷は既に止まっていた。上空に渦巻く雲が浮かんでいる。

そして、ティノの目に入ってきたのは――。

「まさか…………僕と同じ魔法を、まったく同じタイミングで、しかも杖なしで放つなんて――どれだけ凄いんだ、君は」

ボロボロになりながらも黒く焦げた闘技場の真ん中に立つクラヒ・アンドリッヒと、壁際で倒れ伏す偽マスターの姿だった。

観客席の悲鳴が収まる。クラヒ・アンドリッヒが杖を見て、真剣な顔で言う。

「あの一瞬で僕のオリジナル魔法を複製したのか? この杖がなければ――僕の負けだった。まるで、君は僕の鏡写しだ。…………いや、こんな事を言うのは失礼だな」

ああ、ますたぁ……やっぱり私の全財産は失われるのですね。

一回戦から繰り広げられた余りに激しい戦いに、客席も騒然としていた。ティノの発案でティノと一緒に全財産を賭けてしまったクリュスも青ざめている。

だが、既に勝負は決した。如何に偽マスターでもあの一撃を受けて立ち上がれるとは思えない。そもそもどうやら偽マスターは真マスターと違って雷攻撃を超越していないようだ。

マスターが出場していたらきっと勝っていたのに……悔しいが、偽物だとバラすわけにもいかない。替え玉を出すとか、もしかしなくても本人が出場して敗北するよりも不名誉だろう。

クラヒがよく通る声で叫ぶ。

「審判。彼はもう立ち上がれない。攻撃を相殺したようだが――原型が残っているだけ、さすがだよ。クライは良く戦った、医者を呼んでやってくれ」

その声に、ようやく思い出したように審判が動きだす。待機していた医者や魔導師達が倒れ伏す偽マスターに駆け寄る。

そして、ティノは見た。

――入場口。柱の陰から頭だけをこそっと出し、マスターが頻りに目を瞬かせていた。

偽物は倒れ伏したまま救護に囲まれている。ますたぁが二人。どっちが本物かについては言うまでもない。

真ますたぁは珍しいことに、焦っているようだった。一体どういうつもりで今頃登場したのかわからないが、きょろきょろと挙動不審げにあたりを確認している。

焦っているのか、あるいは何かを探しているのか、それともまさか敗北が予想外だったのだろうか?

激戦の余韻でまだ誰も気づいていないようだが、誰かが気づくのは時間の問題だろう。

「あ、クライちゃんじゃん」

お姉さまも気づいたのか、軽い口調で言う。お姉さまもマスターの戦いを楽しみにしていたろうに、その声に呆れはほとんどない。

だが、ティノは違う。

ますたぁ……今回ばかりはしっかり反省してください。私だって言う時は言いますよ! 絶対に言いますよ!

お姉さまに半殺しにされるかもしれないが、今回ばかりは言わせてもらう。ティノは本当にマスターの戦いを見る日を楽しみにしていたのだ。

しかし、こうして見ると、真マスターこそがマスターそのものだった。今思い返せば偽マスターの態度は真マスターと比べて少し不敵過ぎた。

もちろん、不敵なマスターが嫌いなわけではないが、見比べて見ると一目瞭然である。

ここからどう切り抜けるつもりなのだろうか? 今出てきたという事は更に策でもあるのだろうか? 理由もなく姿を現したりはしないだろう。今更再戦が目的というわけでもないだろうし――。

――天から場内に『ソレ』が落ちてきたのは、ティノがそんな事を考えた瞬間だった。

それは隠れる事なく堂々と現れた。無数の視線の中まるで木の葉のように落下し、クラヒの後ろの地面に音一つなく降り立つ。

白熱の戦いの余韻に沸いていた観客席に、戸惑いが奔る。

それは、人間だった。漆黒の長衣を纏った長身の人間。だが、ただの人間が空から降ってくるわけがない。

その顔は――白い狐の面に覆われていた。

気配に気づいたのか、クラヒが振り返る。

怪しげな侵入者に一瞬目を丸くするが、クラヒは一切萎縮することなく男に近づき、声をかける。

「なんだ? 君は。どこから降ってきたんだ? 悪いけど、次の試合は――」

「御託は……いい、もう、何も、言う必要は、ない。《千変万化》。死んで、もらう」

ぼろぼろの黒衣を纏った狐面の男が大きく腕を振り上げた。