作品タイトル不明
243 大罪人
やばいよ。エヴァに相談にいった。何故かシトリーの所業が全て秘密結社のせいになっていた。もうどうしていいのかわからない。
エヴァが偽皇女様を連れ、きびきびとした動きで部屋を出ていく。その真剣な横顔に、僕程度の木っ端クランマスターが言える事などない。
パタンと扉が閉まり、それまで仏頂面だったシトリーの頬がぷくーっと膨らんだ。
「せっかく……大々的にお披露目して……ゼブルディアと交渉するつもりだったのに…………」
全然……全然、反省していない。何を交渉するつもりだったのかな?
そういえば、以前リィズが言っていた。シトリーは万事つつがなくこなすが――定期的に大きなポカをやらかすらしい。リィズはその一例として集団脱獄事件幇助疑惑を出していたので考えすぎだと思ったが、もしかしたら真実だったのかもしれない。
どうするんだよ…………これ。
シトリーはしばらくまるで責めるような目で見ていたが、すぐに立ち直った。
「まあ、でもよく考えたら、これはこれで、悪くない手ですね。狐が大手を振って抗議できるわけもありませんし…………」
ポジティブなのは良いことだが、切り替えが早すぎる。しかも僕が冷や汗掻いている状況を良い手と言い切るとは…………どうするんだよ!
エヴァの奴、皇帝陛下に話すとか言っていたぞ! さすがに相手は大国の皇帝だ、話を通すにはもう少し時間がかかるはずだ。
時間はある。ルシアやアンセムに相談しよう。
普段一番頼りになるシトリーは目を輝かせ、ぽんと手を合わせるいつもの所作をした。
「そうだ! ついでに幾つかおまけを押し付けましょう! 手に入らないなら――死んじゃえ!」
「こら! 誰のせいでこんなに僕が困ってると思ってるんだ!」
「きゃ!?」
僕だって言う時は言うぞ! シトリーの肩を掴むと、予想外だったのか、その身体が大きくふらついた。
とっさに自分を下に出来たのはほとんど幸運のようなものだった。その時、僕の視界の端を鮮やかな液体の入った瓶が横切っていく。
「あ……」
シトリーがあっけにとられたような声を上げる。ガラスの割れる小さな音がする。
そして――世界がめちゃくちゃになった。
嵐のような風を感じた。背後に発生した音、衝撃、熱を、発動した結界指が防ぐ。
確かだった足元が崩れ去る。とっさにシトリーを抱きしめ、視界が反転する。
天井が高い部屋だったのが幸いだった。頭から落ちようが身体から落ちようが、結界指は完璧だ。
落下と同時に次の結界指を発動し、床の上に投げ出される。
天井には――巨大な大穴が空いていた。体感では爆発のように感じたが、穴の縁に焦げ目があっても、燃えている様子はない。
敵か? 自然災害か? 横たわったままの姿勢で混乱する僕に、腕の中のシトリーが小さな声で言った。
「あーあ……」
「なんだ!? 一体、何が!? !?? え!?」
「クライさん、落ち着いてください。ただの――エクスプロージョンポーション改がすっぽ抜けただけです」
「!??」
え? ポーション? ………………ああ…………。
幸い、下の階の部屋は空室だったようだ。だが、上の部屋――半壊してるんだけど……やばくない?
尋常な衝撃ではなかった。結界指がなかったら間違いなく死んでいた。しかし、なんて恐ろしいポーションを持ち歩いているんだ、シトリー。
「大丈夫だった?」
「もちろんです。クライさんが守ってくれたので……無傷です!」
そのクライさんがいなかったら部屋がぶっ壊れる事なんてなかったんだなあ……。
ようやく状況が理解でき、抱きしめていた腕を離しシトリーを解放するが、シトリーは上からどいてくれなかった。そのままぎゅうぎゅうと身体を押し付け、首元に鼻を寄せてくる。だが、押しのけるような元気もない。
今更心臓が飛び出しそうだ。結界指は攻撃を防いでくれるが、僕自身が強くなるわけではない。
ぱらぱらと欠片が落ちてくるのを見ていると、吐きそうだ。偽皇女でシトリーを叱るつもりだったのに、これでは叱るに叱れない。
そこで、上の部屋でばたばたと音がした。扉が開く音がして、エヴァが穴からこちらを見下ろす。
「な、これは――何が、どうしたんですか!?」
「えっと……」
なんと言い訳したものか……エヴァはうちのメンバーの傍若無人さには慣れているが、さすがに泊まっていた部屋を破壊されたとなるとただでは済まないだろう。
そこで、シトリーは最後に首元に一瞬だけ唇で触れると、立ち上がって堂々と言い切った。
「大丈夫です、エヴァさん。私達は無事です、ただの――狐の襲撃です」
!? もしかして、僕は……狐だった!?
青ざめた表情でエヴァが息を呑む。シトリーが手を取り、立ち上がらせてくれる。
まだ力が入らず足元がふらつき肩を借りる羽目になるが、すぐに力が戻ってきた。良くも悪くもアクシデントには慣れているのだ。精神的には吐きそうだけど肉体面は大丈夫。
「問題ありません、これは――遠隔攻撃です。下手人は既にクライさんに怖れをなして逃走しているでしょう。作戦を……立てなくては。今すぐに、皇帝陛下に連絡を!」
幼馴染のメンタルが強固すぎてやばい。まるで手慣れているかのようだ。
音を聞きつけたのか、やってきたスヴェンが穴から顔を覗かせる。
「おーおー、派手にやられたじゃねえか」
「……無傷だよ。でも、床や家具は僕程頑丈じゃないからな……」
僕は挫けそうになる心を叱咤し、精一杯のハードボイルドを気取ってやった。
§
「これは……ああ、なんという事だ……」
どうやらエヴァの腕前は僕の想定を遥かに超えていたらしい。
布袋を剥がれ、記憶に残っているのと同じ宝具の鎧を着たフランツさんが蒼白の表情で呻く。
ルシア達に相談する間もなく、僕はすみやかにフランツさんに引き合わされていた。
場所はクリートに保有しているというゼブルディアの大きな屋敷。
皇帝陛下がいない事だけが不幸中の幸いだが、張り詰めた空気に満ちた応接室というのは僕が最も苦手とする場所である。トイレ行きたい。
しかし、一体、いつ彼女はフランツさんとのコネをゲットしたのだろうか、さっぱりわからない。
僕にできるのは立ち眩みにも似た目眩を味わいながら、その言葉に同調する事だけだ。
「本当に、何という事だろうね……」
「まったく……狐……恐ろしい組織です」
目の前で腕を組み、いけしゃあしゃあとシトリーがのたまう。きっと、帝都の錬金術の研究室で老獪な錬金術師や商人に揉まれている間にたくましくなってしまったのだろう。普段なら頼りになると喜んでいたところだが、是非今のシトリーには子供時代を思い出していただきたい。
偽皇女様は大柄なフランツさんを前にしても眉一つ動かさなかった。その端正な顔を至近距離からじっと確認し、フランツさんがわなわなと震える。
「話を受けた時は何の冗談かと思ったが――これは、陛下のお耳に入れなくては――」
「おまけに彼らは、幻影をミキサーにかけてマナ・マテリアルを抽出する実験までやっていたのです! 私は見ました! ゴリゴリと削られていく幻影の怨嗟の悲鳴と、抽出されるマナ・マテリアルの液体をッ!」
「なん……だと!?」
血の気の引いた顔でエヴァが僕を見る。フランツさんもシトリーではなく僕を見る。何故かシトリーも僕を見てくる。なんだとと言いたいのは僕の方である。
シトリーはずっと近くにいたはずなのだが、一体彼女はいつそんなものを見たのだろうか。
拳を握りしめると、シトリーが目に涙を浮かべて、一歩前に出る。
「そしてついでに彼らは――犯罪者の良い部品を継ぎ接ぎにして魔法生物を作ろうと――」
ちょっと待って! これ以上よくわからない怖いことやらないで!
僕はそこでシトリーの頭に手を置いて、言葉を止めた。
「――まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ」
「そんな事、だと!? 貴様自身も、攻撃を受けたのだぞ!? 跡は軽く確認したが、あの爆発の威力……尋常ではなかった」
僕も爆発跡は確認したが、素人目に見ても不思議な跡だった。余計な破壊が一切なかったのだ。
破壊跡は焦げてはいたが奇妙に滑らかで、まるで何かに切り取られたかのような――。
「恐らく、範囲を圧縮する事で威力を高めた対高レベル幻影の攻撃です。クライさんがかばってくれなかったら私はどうなっていたか――おのれ、狐」
僕も何も知らずに乗っかれたらどれだけ気分が楽だったろうか。
「……………………うん。でもまあ、襲われるのは――慣れてる」
そしてもちろん、ヘマをするのにも慣れている。なんか、今の僕は無性に土下座したい気分だ。
フランツさんはしばらく腕を組んだまま偽皇女の前をウロウロしていたが、やがて僕の前で立ち止まると、こちらを見下ろしてきた。
厳つい容貌。その額にシワが寄っていた。フランツさんは毎年武帝祭を視察しているゼブルディア皇帝の護衛のためにやってきていたらしいが、それどころではない気分なのだろう。
うちの幼馴染がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでしたああああああああああ!
もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ。
「しかし…………狐の目的は……何だ? 一体、どういう意図で皇女殿下の偽物を――」
「!? え!? それも僕が考えるの? あ――」
慌てて口を押さえる。やばい、思わず口に出してしまった。
エヴァがぎょっとしている。フランツさんが一瞬呆気に取られたように僕を見て、すぐにその表情が歪む。
いやいやいや、悪気はないんだよ。たださ……僕、余り嘘とか得意じゃなくて――リーダーはやらされてるが交渉係がシトリーになっているくらいなのだ。
そこで、嘘つき交渉係なシトリーちゃんがいつもより心なしか強く手を叩き、僕が怒られる前に注意を引きつけてくれた。
「探索者協会のゼブルディア支部も血眼になって狐を捜査していると聞きます。ゼブルディア側も何か掴んでいるのではないですか? …………と、クライさんが言っています」
その最後の「僕が言っている」って部分、いらなくない?
シトリーがきらきらした目で僕を見てくるが、嘘をついているのだから少しくらい目が濁って欲しいというのは僕の我儘なのだろうか。
フランツさんは徹頭徹尾嘘で塗り固められた言葉に黙り込んでいたが、やがて低い声で言った。
「………………ぐぅッ……仕方があるまい。ここからは他言無用だ。ついてこい」
「え!? 本当に何か掴んでたの!?」
びっくり。シトリーの言葉もあながち適当ではなかったのか?
思わぬ展開に目を見開く僕に、フランツさんは親の仇でも見るような目を向け、言った。
「ッ…………くそっ、私にもっと権力があったら、貴様を打ち首にしているものを――――来い、貴様に狐の陰謀を挫く、手伝いをさせてやろう」