軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

241 影武者

「ねぇ、クライさん。そのぉ……いつくらいになりそうですか?」

「え? 何が?」

全ての肩の荷が下りまったりした気分の僕に、概ね事業の方を終えたらしいシトリーが、手をもじもじさせ上目遣いで言った。

どうやら、ポーションの売買やら灯火達の指揮やらでだいぶ稼いだらしい。すこぶる機嫌が良さそうだ。

そして、シトリーの機嫌がいいので僕もとてもいい気分だ。

シトリーが買ってきてくれた高級チョコレートの箱を早速開け、宝石のようなチョコレートを摘みあげていると、さっと後ろに回りしなだれかかってくる。

「またまたあ、クライさん……き、つ、ね、ですよ。き、つ、ね。私、実は……狐を頂けたら、やりたい事が沢山あるんです」

「…………ああ、その事か……」

全く覚えがないが、とりあえずもっともらしく頷いておく。

最近狐に縁があるが、ここで狐と言うと、狐面愛好会(仮)の事だろう。そう言えばあの会、正式名称はなんと言ったんだか……まぁいいや。

チョコレートを口の中に入れ、シトリーに言った。

「あげないよ」

「!?」

「大体、元々僕のものじゃないし……」

「ぇ……ま、さ、か……嘘! 私に、嘘をついたんですか!? クライさん!?」

ひっくと、息を呑むような音が聞こえた。嘘っていうか、あげるなんて言った記憶がない。

「もう散々あれしたからなあ……」

指折り数える。

灯火とリィズとルークを押し付けたでしょ? 妹狐を押し付けたでしょ? ソラに油揚げ作らせたでしょ?

全て成り行きとはいえ、適当にやりすぎである。仮面一枚で許してくれたらいいのだが……なんでこんな事になってるのだろうか? 不思議。

「私も! 私も、あれしたかったのに!」

首元に胸を押し付けぐらぐらと肩を揺すってくるシトリーの口元に、つまみ上げたチョコレートを持ってくる。

シトリーはいやいやと首を横に振った。幼児退行してる……。

私もあれしたかったって、僕はあれするつもりじゃなかったんだよ! ……ところで、あれって何?

「クライさん、酷い! 私に、借金ある癖に! 油揚げ作るためにキッチン買い上げたんですよ!?」

「あははは……シトリーは優しいなぁ」

「私を泣かせて、何が楽しいんですか!」

「シトリーは嘘泣きがうまいなぁ……」

いや、ほんと。昔からシトリーの嘘泣きにはさんざんやられてきたのである。

三人兄妹の末っ子なせいか、シトリーはなかなかどうして世渡り上手な甘え上手なのであった。だが、僕を叩いても何も出ないぞ。

もちろん借金についてはいつか返したいとは思っているが、キッチン買い上げなんて十桁借金に比べれば消費税みたいなものだろ。

のしかかるように抱きついてくるが、何分シトリーは軽いしスタイルもいいしおまけに手加減までしているので、全く何の痛痒も感じない。

「うぅ…………狐。私の狐……もうッ! …………そうだ! クライさんッ……これを見ても、まだ同じ事、言えますか?」

「ん?」

そこで、シトリーが身体を離し、ぱんぱんと手を二回打った。

近くに待機させていたのであろう、キルキル君が部屋の中に入ってくる。だが、その格好はいつものブーメランパンツとは違っていた。

まだ暑いのに、真っ赤なジャケットを着込み、紙袋の上から真っ赤な帽子を被っている。そして何より、その肩に大きな袋が担がれていた。

子どもだったら泣き出しそうな絵柄だ。だが、思わずその特徴的な姿に、ぱちんと指を鳴らす。

「わかった! 【ホワイトオアシス】のサンタクロースだ」

この世で最も有名な 幻影(ファントム) の名前である。

レベル2宝物殿、【ホワイトオアシス】に出るサンタクロースは特定日時に子どもを連れて一夜を過ごすと、プレゼントを置いていくという不思議な幻影だ。

どうやら太古の風習の記憶を顕現した宝物殿らしく、今ではその特徴的な姿にあやかり各国で似たようなイベントがなされたりしている。あいにくゼブルディア内の宝物殿ではないので行ったことはないが、子どもの頃は一度は行ってみたいと夢見たものだ。

ちなみに、一定確率で子どもが攫われるらしく、ハンター抜きで行くには危険らしい。やはり幻影か。

しかし、サンタクロースは恰幅のいい初老の男のような幻影と聞く。断じてこんな長い腕をしたマッチョではない。

目を輝かせる僕に、シトリーがすねたような声でもう一度同じ事を言う。

「これを見ても……まだ同じ事を言えます? ねぇ、これを見ても、まだ同じ事が言えますか? ねぇ」

キルキル君が袋をひっくり返す。ごろりと中身が絨毯の上に転がり、その予想外のブツに僕の思考は凍りついた。

袋の中に入っていたのは――人型だった。人型っていうか――子どもだ。人間の、女の子。

粗雑に放り出された子どもがもぞりと動き、顔を上げる。久しぶりにゲロ吐きそうだ。

視線を逸しシトリーを見ると、僕の愛すべき幼馴染は何故か自慢げにしている。

もう一度子どもを見る。立ち上がったその姿に、僕は改めて心臓が止まりかけた。

子どもは――ただの子どもではなかった。いくら僕の頭が空っぽでも最近見た顔くらい覚えている。

手入れのされた絹糸のような髪に、利発そうな眼。どこか儚げな雰囲気。

子どもは――殿下だった。ゼブルディア皇帝の娘、ミュリーナ皇女殿下。やばい、逃げ出したい。

もちろん、ミュリーナ皇女殿下は普通、キルキル君の袋の中に入ったりはしない。だからつまりその、普通ではない手段で袋の中に入った事になる。

ゼブルディア皇帝がいくら気さくな方だからといって、皇女殿下をマッチョ魔法生物の袋に入れる事を許可するとは思えないので、つまりこれはその、もしかして――誘拐では?

……生まれ変わったら次は、石になりたい。

「どうでしょう、如何ですか、私の最高傑作――キルキル君二号です!」

それは、つまり僕をキルキルするために生み出したのでしょうか?

シトリーが高揚したような声で言う。この声は――褒めて欲しがっている時の声だ。褒めたりしないよ!?

「ど、どこから攫ってきたの?」

「え? 抜き取った血から、作りました。苦労しました。頑張りました」

「!? !???」

やばい、さっき食べたチョコが口から出る。心臓が嫌な感じで鳴っていた。

作った? 今シトリーは作ったと、言ったのか!? キルキル君二号は見れば見るほど皇女殿下そのものだった。が、良く見ると、少しだけ背が高い気もするし、何よりさすがに後半ずっとおどおどしていたミュリーナ皇女殿下でも、攫われて一言も出さないとは思えない。

もしかしてシトリーって……頭、最低山脈?

誘拐とどっちがマシなのかな?

混乱の極みにある僕に、シトリーが言う。

「どうですか! 私は、私は、こんなに苦労して、新たな魔法生物を作ったのですッ! それなのに、クライさんは、本当に私に狐をくださらないと、そういうのですか!?」

「まさか、僕を脅すの!?」

「え?」

「え……?」

シトリーが眼を丸くし、僕も思わず目を丸くする。

皇女殿下は静かに目を瞬かせ、僕を見てその可憐な唇を開いた。鈴の音を鳴らすような美しい声で言う。

「きるきる……」

いやいや、普通に考えたらさ。皇女殿下のそっくりさん作ったら問題になるって、思うじゃん?

何なの? 好奇心で生きてるの? 実はずっとシトリーの探求欲は少しだけ行き過ぎてると思ってたよ、僕は!

皇女殿下がすたすたと僕の前に来ると、まるで命令を待つかのように待機する。皇女の姿をしているのだからもう国に帰って欲しい気分なのだが、国に帰ったら皇女殿下が二人になってしまう。

幸いなのはここにフランツさんがいない事だけだ。

「…………」

「…………」

沈黙が部屋に満ちていた。

どうするか、考えろ。神算鬼謀だろ、クライ・アンドリヒ! 君なら出来る! こんな状況も、神算鬼謀なら――いや、たとえ僕が本当の神算鬼謀だったとしても、無理でしょ。

やばい、全然頭が働かない。僕は全く動く気配のない口を無理やり開いた。

「…………当たりが出たからもう一人?」

「クライさん、そのお……私の実験がうまくいったのです。褒めてください」

「…………シトリーは偉いなあ」

頭をすっと目の前に差し出してくるシトリーに僕はほぼ反射的に褒めるマシーンになった。

形のいい頭。滑らかな髪を手櫛で撫でつけ、こんな場合ではなかったとチョップに変える。シトリーが嬉しそうにきゃっと叫んだ。きゃーきゃー言いたいのは僕の方だ。

「ちなみに、生成にあたり、三人程、殿下が犠牲になりました」

僕はシトリーの言葉を頭から追い出し、思考を続けた。

待てよ……影武者? 影武者とかに、使えるか? ガークさんに頼めばシトリーの実験をもみ消してくれるか? だが、このキルキル君二号――キルキルちゃんはきるきるとしか言わない。

「試合に、間に合いました。ふふ…………試合でお披露目するのが楽しみですッ!」

いやいや、駄目だよ。お披露目しちゃ駄目だよ。

確かに錬金術師は試合で魔法生物の使用が認められるが、こっちは血を抜いた事も知られているのだ。

何? 鋼の心臓でも持ってるの? 大体、ゼブルディア皇帝も武帝祭は見に来るはずだ。

考えろ。なんとか誤魔化す方法を考えるんだ。いつも頼りになるシトリーも頼りにならない。僕は立ち上がった。

「よし…………エヴァに任せよう」