軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

239 白狐

「はぁ、はぁ……も、もうダメ、です……兄さん……」

ルシアがぐったりと横たわり恨みがましげな目で僕を見る。

投げ出された手足には力がなく、表情からも血の気が引いていた。

ルシアの保持している魔力は膨大だ。元々才能があったのに加え、ずっと僕の宝具コレクションをチャージしていたものだから、魔力量だけで言えば超一流魔術師をも凌駕している。マリエッタ達が魔力回復ポーションを飲み飲みチャージしてくれた僕の宝具コレクションをほぼ休憩なしでチャージできると言えば、どれくらい桁外れだかわかるだろう。

今回は観光という事でほとんど宝具を持ってこなかったので、毎朝のチャージもだいぶ楽そうだったが――。

しげしげとチャージして貰った『大地の鍵』を見る。

「ふーむ……」

「何なんですか、大地の鍵って――剣の、チャージ量じゃ、ない――」

ルシアは息も絶え絶えだった。必要魔力が膨大な事で有名な宝具に、結界指がある。だが、どうやらこの大地の鍵は結界指をも遥かに超えるだけの魔力を必要としていたようだ。

ルークがチャージ出来なかったのも納得である。

どんな効果なんだ? アークの持つ有名な剣型宝具――『 歴史を拓く者(ヒストリア) 』だってそこまで魔力を要求したりしない。

僕は思わず笑みを浮かべた。

「なるほど、これは――危険だな」

「!?」

さすが国宝に認定されるような宝具だ、なんというかこう、コレクター魂が刺激される。

どういう力を有するかは知らないし、どうすれば発動できるのかも知らないが、基本的に宝具の威力は魔力に比例するのだ。

こんな小さな宝具でそこまで魔力を求めるという事は、言わばぎゅっと身の詰まったカニのようなものである。

さて、どう能力をチェックしたものか……。

ルシアが腕を伸ばし、力なく膝を叩いてくる。

「嬉しそうに、するなぁ」

「 空中要塞(フロート) と同じくらい威力があるかな……」

「!?」

宝具の世界は奥深い。この世界で確認された最も巨大な宝具の一つに、 空中要塞(フロート) と呼ばれる空飛ぶ城がある。

その名の通り、自在に空を飛び、備え付けられた強力な魔力砲で地上を一方的に焼き払い、かつて世界を恐怖のどん底に叩き落としたとんでもない宝具だ。

宝具のチャージ魔力というのは基本的に大きさと威力に比例している。施設型や建物型の宝具は消耗も桁外れだ。

実際に、 空中要塞(フロート) の喰う魔力は結界指などとは比べ物にならないものだったらしい。

ちなみに、空中要塞の最後は魔力切れによる落下であった。魔術師を大勢載せていたのだが、それでも魔力が足りなかったとか。

その生み出した悲劇とは裏腹な間抜けな最後に、今は笑い話として伝わっている。

「鍵穴、ねえ……?」

「兄さん…………危ない事は、やめてください」

「危ない事なんてしないよ」

「…………」

大地の鍵というからには、これで開ける扉があるはずである。宝具の名付け親が適当に名付けていなかったらの話だが――。

いや……もしかしたら、発動には鞘が必要な可能性もある。鍵が剣なら、鍵穴は鞘。ありそうな話だ。

宝具の中ではセットで使わないと発動できないものも少なくない。

靴型宝具が片方だけでるとか、共音石が一個だけ出るとか、駄目なパターンは沢山あるのだ。余り期待しない方がいいのだろうな……。

「危ない事でなければ、何するつもりですか……」

「え? …………楽しいこと?」

「…………」

なんで僕が危ない事する前提みたいになってるのだろうか。危ない目に遭う事は度々あるが、自分が主導になった事はなかったはずだ。多分。

相変わらず不機嫌そうな顔で黙り込むルシアに、中途半端な笑みを浮かべ話を変えた。

「そういえばルシア、大会の準備はいいの?」

「!? ほ、宝具、チャージさせたの、兄さんですよね!?」

「確かに……」

「……まさか、からかってるんですか?」

……いや、だって……まさか本職であるルシアが倒れる程魔力を要求するとは思っていなかった。

黙り込むと、できた妹は小さくため息をつき、言う。

「大丈夫です。枯渇したとしても、シトリーからポーションを貰えばいいだけなので……それよりもリーダーは大丈夫なんですか?」

「もちろん、応援の準備は万全だよ。旗も振るぞ」

「…………」

§ § §

材料の豆腐がなくなったところで、ようやく果ての見えなかった油揚げ作成が終わる。

ちなみに、成果物は出来上がる端から白狐様がぺろりと食べてしまうため、何も残っていない。

脂っこい臭いに辟易しているソラと違って、小柄な白狐様は少し残念そうな表情をしていた。どうやら、何十人前も食べておいて、まだ食べたりないらしい。ずっとサポートさせられていたソラはもう手首が痛くて仕方がなかった。

白狐様がじっとソラを見ている。予想外のことばかりだが、その視線から感じるプレッシャーは相変わらず尋常なものではない。

どうしていいのかわからない。何かお手伝い出来ることなど聞くべきなのだろうか?

偽狐様……助けてください。

無言の視線に、目をぐるぐるさせ、なんとか口を開く。

「白狐様は…………油揚げが、好きなんですね」

「…………別に」

つんとした態度で白狐様が言う。あれだけ食べておいてよくもまあそんな事を言えたものだ。

明らかに身体の大きさよりも食べた量の方が多い。その細いお腹は食べる前と同様、ぺったんこなままだった。

それきり、黙ってしまう白狐様。ボスは饒舌だと聞いたが、そういうわけでもないようだ。

何か話さなくては……だが、何を? ソラはただの神官である。教育は受けているが、それはボスの片腕になるためではない。

黙っていた白狐様がふとソラを見て言う。

「十秒以内に油揚げをくれなければお前を殺――」

「その、白狐様は、あの偽狐様――《千変万化》とどのような関係なんでしょう?」

「……………………」

黙り込む白狐様。

危なかった。ボスは恐ろしい方だと聞いていたが、この白狐様は余りにもフリーダムすぎる。

どきどきする心臓をなだめるように胸元を押さえていると、白狐様が恐る恐る口を開いた。尻尾が光っている。

「あのききかんさんは――我が組織のコンサルタント。我が組織を油揚げ製造に特化させるために、雇った」

!?

そんな馬鹿な……秘密結社を油揚げ製造に特化させるとか意味不明だ。他のボスは、白狐様は承知の上なのだろうか?

というか、ききかんさんとは何だろうか?

「むろん、他の面持ちも承知の上。ききかんさんは《千変万化》のあだ名。われわれは、そう呼ぶ」

「ッ……」

まるで心の中でも読まれているかのようなピンポイントの回答に、思わず目を見開く。

まさか、他のボスまで承知の上とは、恐ろしい話だ。一体組織に何が起こっているのだろうか? 組織はどうなってしまったのだろうか?

油揚げで世界を取るとか言っていたが、秘密結社とはそういうものではない。さすがに上下関係がきっちりしている組織でも、他のメンバーが唯々諾々と従うわけがない。

そりゃルールはトップが決めるのが九尾の影狐という組織だが――秘密結社なんて流行らないとでも言うつもりか?

ソラごときに全てを教える事はできないのかもしれないが、そもそも、油揚げを使った破壊と再生って……何?

頭の中をぐるぐる答えのない思考が巡っている。白狐様は輝く尻尾をふりふりしながら言った。

「ルールは――私が決める。秘密結社なんて今日日、流行らない。破壊と再生については、今はまだお前ごときに全てを教える事はできない」

「な、なる……ほど」

有無を言わさぬ回答である。さすがボス、ソラの心の中などお見通しという事だろうか?

身に纏った雰囲気からも伝わってきた事だが、底知れない力だ。

思わずぶるりと身を震わせるソラに、白狐様は何故か満足気に頷く。

「しかし、白狐様…………油揚げで破壊と再生するにしても、指示が来ていない様子。組織の構成員が混乱するのでは?」

ソラもそうだが、かなり上位の構成員であるガフもその新たな方針は知らない様子だった。秘密主義にしても、これまでこんな事はなかったはずだ。

そこで、白狐様が初めてソラに尋ねた。

「…………ソラ、お前はどう思う?」

そりゃ……まずは、ボスの持つ連絡網で部下達に連絡するべきだろう。急ぎだったのかもしれないが、今のやり口は余りにも組織として不自然にすぎる。

狐の統率力はかなり高い。本来の命令系統で命令が来たのならば、違和感は抱かれど何かあるのだろうと納得させる事ができるだろう。

だが、そんな事を白狐様が知らないわけがない。

白狐様の振られていた尾がぴたりと止まる。そして、小さな声で聞いてきた。

「ちなみに、念の為聞いておくが――ソラ、お前は……私の命令系統を、知っているか?」

「い、いえ…………そんな、一神官にはとても……」

どういう意図だろうか? ソラが、最上位の命令系統など知っているわけがない。狐の秘密主義は複雑怪奇だ。

「そう…………」

白狐様が何か考え込むかのように黙り込む。

何にせよ、本当に指針を変えるならば情報共有は不可欠だ。白狐様はソラの先生に命令を出していたが、神官は所詮は神官であり、組織としての実務を取り仕切ってるわけではない。

このままでは組織がめちゃくちゃになってしまう。

と、そこで、扉が恐る恐るノックされた。このキッチンを知っているのはごく僅かだ。

果たして、聞こえてきたのはガフの声だった。

「ボス、おられますか?」

「ま、待ってください!」

慌てて答える。ガフはこの白狐様とはまだ対面していない。あまつさえ偽狐様が偽物だという事にも気づいていない。

その辺りは本物が偽物と知り合いという事で解決しているのだが、そもそも、ボスというのは滅多に顔を見せないものである。

あの偽物があけっぴろげだっただけで、本来ならばボスの居場所というのは最重要機密なのだ。

「白狐様、今回の作戦の責任者です。どうしましょう?」

「…………通していい」

どうやら本物も偽物と同じくらい豪胆らしい。

許可が下りたので、扉の鍵を開け、後ろを振り返り――ソラは息を呑んだ。

入ってきたガフが、その姿を見て慌てて畏まる。

そこに泰然と立っていたのは――先程までは確かにいなかったはずのクライ・アンドリヒだった。

つい数秒前までソラと話していた小柄な女白狐様はどこにもいない。

そして、偽狐様についても――いつもと様子が違った。

背丈も顔も変わらないが、いつもより表情が心なしかキリッとしているし、その身から放たれるプレッシャーが桁外れだ。

今までとは全く違う偽狐様の姿に、ガフが青ざめている。

「こ、これは…………た、只今、戻りました」

偽狐様が鷹揚に頷く。キッチンに腰を掛けて行うその仕草はこれまでとは違い、秘密組織の長に相応しいものだった。

「よくぞ戻った、盗賊王、ガフ・シェンフェルダーよ。何も言う必要はない、その表情――僕の命令を完遂したようだな」

「はっ…………ありがたき、幸せ――」

固まるガフに、《千変万化》が威風堂々と言い放つ。

「これまでと違いすぎると、思っているな? 今までの態度は、ただのブラフだ。敢えてあのような無様な姿を見せ、お前を、試していたのだ。貴様の組織への忠誠、しかと見届けたぞ」

「!!」

ガフ・シェンフェルダーの仕草ががちがちに緊張している。そして、その時、ソラは気づいた。

《千変万化》のお尻に――白い尻尾が生えている。とても嫌な予感がした。

偽狐様がにやりと笑い、平伏するガフに声をかける。

「そう怯えるな、約束は守る。貴様に――この面とそして――今後の指針を授けよう」

「指針……?」

そして、白狐様演じる偽物の偽狐様が偽物にあるまじき自信満々な声で言いきった。

「現在遂行中のプランA――武帝祭の襲撃及び殲滅作戦はやんごとなき事情により、中止とする。リソースを全て使い油揚げを揚げろ。貴様の命令系統で、貴様の部下達に伝えるのだ」