軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

208 生きる災厄SP

ああ……今日もくそったれな日だ。

灼熱の太陽が輝き、大地を焼いている。白色の外套で肌を保護し、外で作業していた男たちが日に焼けた顔を傾け、雲ひとつない空を睨みつけた。

砂の国トアイザントの国土のほとんどは不毛な砂漠だ。元は争いの絶えない国だった。宝物殿目当てでトレジャーハンターが大量に流入したことで国民は一致団結したが、領土の大半がどうしようもない土地だという事に変わりはない。

雨は年に数えるほどしか降らず、昼夜の気温差は激しい。吹きすさぶ砂嵐は旅人を惑わし、土地の大部分には風土に適応した強力無比な魔物が蔓延り、街道を敷くことすらできない。

それなりに豊かなのはトアイザントで数少ない大規模なオアシスを中心にした首都くらいで、他の街は未だ日々の食べ物にも事欠く有様だ。

トアイザントに存在する宝物殿は多いが平均レベルが高く、かの大帝国ゼブルディアのように平民が入れる宝物殿など存在しない。それが長らくトアイザントが開発されなかった理由の一つであり、多少は改善した今も大半の国民は貧しいままだった。

「くそっ、だめだ、これも育ちやがらねえ」

男たちは、そんな国を救うための団体だった。

首都から離れること数十キロに作られた小さな村。地脈の上を丁度通るように立てられたその村で、活動は行われていた。

植林である。

どこまでも続く砂礫。等間隔にひょろ長い樹木が植えられていた。やせ細った村人たちが必死に水をふりかけているが、葉は茶色く枯れかけ枝は人の小指程に細く、とてもまともに育っているようには見えない。

元々わかっていたことではあったが、村人の顔色は暗い。

トアイザントの風土で植物は育たない。水は貴重で、土には栄養がほとんど含まれておらず、そんな過酷な環境で唯一まともに生き延びられる植物らしき存在は魔物である人食いサボテンくらいである。

この地に雨を降らすのは強力な魔導師でも難しい。そんな絶望的な土地でトアイザントという国が国策の一環として植林を行っているのは、マナ・マテリアルの存在故だ。

マナ・マテリアルは生命を強化する。その対象は人間や魔物だけではない。

マナ・マテリアルの通り道、地脈の上に植林を行い植物の生命力を強化することで、効率的に砂漠緑化を試みる。それは、国として成立して以来のトアイザントの悲願だった。

やっている本人達からすれば馬鹿げた行動だ。これまで他国から輸入したあらゆる木々の苗を何度も植えたが、すべて枯れた。要因は様々だ。水不足の事もあれば、熱に耐えきれなかった事も、魔物や砂嵐が原因だった事もある。

そもそも、トアイザントにはあらゆる条件が足りていなかった。水も、資源も、技術力すら足りていない。優れた魔導師を呼んで試した事もあるが、一時的には成功しても、長くはもたなかった。その程度で成功するような事業ではないのだ。

だが、それでも活動は続いていた。植林は過酷な仕事だが、トアイザントでは尊敬を集めている活動でもある。

すべてが無駄になっても、携わっている本人達がいつか成功するとすら信じていなくても、緑はそれだけ砂の国の民にとって憧れだったのだ。

数十キロ離れた首都では会談が行われるということで沸いていたが、そんな事は男たちには関係ない。

今日も今日とて灼熱の自然と戦う。

――その男がやって来たのは、そんな時だった。

腕の出た派手なシャツを着た男だった。肌は白く、それは砂漠の男ではない証左である。武器などは特に持っておらず、過酷な砂漠の地を歩く装備だとは思えない。

その気配はハンターはもちろん、日夜マナ・マテリアルを吸っている村人達と比べてもすこぶる薄く、酷く場違いだった。

もともと、植林作業のために作られた、ほとんど旅行者も来ないつまらない村なのだ。

だが、子どもと美女を引き連れてやってきたその男は、リーダーの前に通されると、レベル8ハンターを名乗り、どこかすべてを諦めたような達観した笑みを浮かべて言った。

「小さな『社』を用意するんだ。神様を貸してあげる」

「な、何をいってるんだ、あんた……」

「きっとこの地を豊かにしてくれるはずだ。もしかしたらうまくいかないかもしれないけど、駄目で元々だろ? 試してみたらいい」

馬鹿げた言葉だった。本来ならば一笑に付して然るべき言葉だ。

だが、男が提示したトレジャーハンターの証明書は本物だった。レベル8という称号には重みがあった。トアイザントに存在する最強のハンターの認定レベルが8だ。目の前の男はそこまで強そうには見えないが、その称号は無視するには余りにも偉大すぎた。

呆然とする村人たちに、そのハンター――クライ・アンドリヒは言った。

「一日に一回、油揚げを一個捧げるんだ。そうすればきっと働いてくれる」

「……三つ」

側にいた狐の面をした子どもが服の裾をつっつき、言う。クライはすぐに言い直した。

「…………三つ捧げるんだ。ああ、あと……ついでに、これを埋めて欲しい。地中深くに、しっかりとだ。いいね?」

「ああ、クライさん……そんな、勿体ない」

ピンクブロンドの女が目を見開き、小さな悲鳴をあげる。緊張感のないやり取りだが、リーダーの目はレベル8ハンター――英雄が差し出してきた神々しいまでに白い尻尾に釘付けになっていた。

§ § §

僕はやりきった気分で、空を見上げた。青空が、燦々と降り注ぐ陽光が――快適だ。

「すべて解決した……」

妹狐はその力が必要な人に油揚げの義務とあわせて押し付け、尻尾も処分できた。地中深くに埋めてもらったのできっと時間の経過で消える事だろう。おまけに、スマホまで手に入れてしまったのだ。

今日の僕はこれまで以上に冴えている。

隣を歩いていたシトリーが後ろをちらちら見ながら言う。村の方が気になっているようだ。

お世辞にも大きな村ではなかった。事前に知っていた情報によると植林事業のために作られたらしいが、お世辞にもうまくいっているようには思わなかった。

周囲には不毛な大地が広がり、大砂サソリを始めとした砂の国固有の魔物が闊歩しているらしい。そんな世界で、(宝物殿ができる程ではないにしても)魔物の集まりやすい地脈の上に村を作りそこで働くなんて、たとえ快適でも僕はやりたくない。

「クライさんの考えにたまについていけない時があります」

「僕は余りちゃんとしていないからね」

「尻尾、勿体ない……」

妹狐はただの下っ端だが、僕たちのような矮小な人間から見たら神の如き力を持っている事には変わらない。

彼女の力はよく知らないが、雨を降らせる事くらいは可能だろう。たとえできなかったとしても、きっとこの過酷な環境で頼りになる護衛になるはずだ。彼女は幻影にしてはとても物分りがいい。

失敗しても、もしかしたらうまくいかないかもと言っておいたので、僕に落ち度はない。

ああ、良い事すると気持ちいいな。

「お詫びとかじゃないけど、飛行船から下ろした積荷。あれも送っておこう」

植林事業はかなり厳しいと聞く。あそこにいた村の人たちも皆、やせ細っていた。積荷はほとんどが保存食だが、ないよりはマシだろう。油揚げも少しは残っているかもしれない。

まだ後ろ髪を引かれている様子のシトリーちゃんが珍しく頬をぷくーっと膨らませて言う。

「御心のままに」

「あの尾は実験には危険すぎるよ」

「……そんな物を村人にあげたんですか?」

シトリーが眉を顰める。僕は言い訳した。

「……それとこれとは話が別だよ」

あげたのではない。捨てたのだ。物も、責任も、穴に埋めて放棄した。

危険なものは見なかった振りをすればいい。どうしようもないものは地中深くに捨てるに限る。文句はあの【迷い宿】の化け狐に言ってくれ。

「後は言い訳を考えておけば完璧だ」

まぁテルム達は【迷い宿】に居残っているらしいので、どうにかなりそうな気もする。

「……そっちも穴に埋めますか?」

「まあまあ、シトリー。拗ねないでよ」

「拗ねてなんていませんが…………あの尻尾、私も欲しかったのに……」

シトリーが物騒な事を言う。どうやらシトリーも尻尾を生やしたかったらしい。

ちょっと見てみたい気もするが……パーティ内で二本も尻尾を保持するなんて僕の胃が持たないよ。

「あれは……もう僕たちには必要ないものだよ」

自由が、平和が一番だ。

僕は珍しく昔の雰囲気を出しているシトリーの背をぽんぽん叩き、目を細め空を見上げた。

§

意気揚々とシトリーと別れ、心地よい疲労感を覚えながら部屋に戻りスマホを取り出そうとすると、いつものローブに着替えたクリュスがまるで見計らったかのように部屋に入ってきた。

どうやら魔力欠乏は解決したようで、顔色も昨日に比べるとだいぶ良い。眉を顰め不機嫌そうな目で僕を見ると、開口一番に言った。

「ヨワニンゲン、どこにいってたんだ? です。フランツが話があるらしいぞ、です」

「護衛計画は僕たち抜きでやるって言ってたはずだ……何の用だろう? ……クリュスも来て」

「呼ばれてるのはお前だけだ、です。もう秘密主義のヨワニンゲンなんて知らない、です。一人で行って来い、です。こら、ヨワニンゲン、掴むなッ! ですッ! 触るな、馴れ馴れしい、まだそこまで許した覚えはないぞ、ですッ!」

妹狐の件はまだバレていないはずである。テルム達の話だろうか? 次から次へと、皆僕の事を頼りすぎである。

決めた。帝都に戻ったら絶対に引退しよう。そうだ、護衛でヘマをした責任をとってやめればいいのではないだろうか?

せっかくスマホをいじろうと思ったのに……僕はげんなりしながら押しに弱いクリュスの背中をぐいぐい押して、フランツさんの部屋に向かうのだった。