軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

193 ツキ

凄い嵐だった。嵐にも雷にも慣れてはいるが、空の上で遭遇した記憶は数えるほどしかない。

大きく揺れる船体に、光と音。宝具のシャツ……『 快適な休暇(パーフェクト・バケーション) 』がなければとても快適に過ごすことは出来なかっただろう。

僕に出来ることは何もなかった。フランツさんからも何もするなと言われ、仕方なく船がいつ落ちてもいいように自室で絨毯と戯れる。

絨毯はこの揺れの中でも上機嫌な様子で、ヴェッタントで購入した絨毯とダンスを踊っていた。購入した絨毯はそれなりに高価だったがあくまでただの絨毯であり、動いたりできないのだがその辺は気にならないらしい。

へたをすれば一緒に逃避行してしまいそうなくらいの気に入りっぷりである。宝具って本当に不思議だ。

僕はいつまでも目で追ってしまいそうな絨毯から無理やり視線を外し、クリュスを見た。

「そう言えば、クリュスさ、テルムになんか失礼な事した?」

「はぁ? 失礼な事してるとすればそれはヨワニンゲンだろう、です」

クリュスが腕を組み、不服そうな表情で言う。酷い言われようだが、フランツさんを散々怒らせているので反論もできない。

だが、それとこれとは別の話だ。テルムはクリュスを始末しようかと言った。あのいつも落ち着いているテルムがそこまで言うのだから、それだけ失礼なことをしてしまったのだろう。クリュスは悪人ではないのだが、精霊人特有の態度のせいで誤解されやすいところがある。

もしかしたらただのテルムの冗談の可能性もあるが……。

「大体、ヨワニンゲンは私を呼びすぎだ、ですッ! そりゃ頼りにしてしまうのはわかるが、しょっちゅう呼ぶな、ですッ! 毎日毎日部屋に呼んで……もしかして私の事が好きなのか、ですッ! 諦めろ、です! 私がこうして従ってやってるのは、ラピスの命令だからであって、好意は一欠片もない、です」

告白してもいないのに振られてしまった。

毎晩、宝具のチャージで呼んじゃってごめんね。でも、毎回頼まれてるんだから普通誤解しないよね?

だが、僕はクリュスの事は嫌いじゃない。宝具をチャージしてくれる人は皆大好きだし、ついてくる悪態も他と比べてだいぶマシなのだ。

ラピスはいい人材を送ってくれた。今回の僕の人間運はかなりいいようだ。

もしかして今回の僕は……ツイてる?

「そういえば、テルムの誤解、解けてなさそうだったよ」

「ッ……これだから、年中発情している人間は――」

「…………それ、陛下に言わないでね?」

「!? 言うわけ無いだろ、馬鹿にしてるのか、ですッ! ヨワニンゲンと一緒にするな、ですッ!」

今のクリュスは僕の指揮下にある。止めきれず不敬罪にでもなったら僕の頼みを聞き預けてくれたラピスに顔向けできない。

しかし、これが終わったらクリュスにもお礼をしないとな……アミュズナッツを大量に贈るとかどうだろうか? 味は気に入っていたようだし、魔力を使わなければ痛みも奔るまい。

一番の山場は抜けたのか、船の揺れが安定してきた。まだ窓の外では雨が降っているが、どうやら大きな被害なく抜けられたようだ。

僕の大切なシーツお化け達が雷に撃たれてしまったが、彼らは雷や落下程度では死なないので、まぁ心配はいるまい。

その時、ふとばたばたと走る音が聞こえ、扉が勢いよく開いた。

「ふ……ふはははははははははっはははは!」

入ってきたのは汗だくのフランツさんだった。

皆に指示を出していたのか、表情には若干の疲労が窺えるが、その目は強く輝いている。

フランツさんはクリュスの白い目にも気づいた様子もなく、狂ったような高笑いをあげ、僕を指差した。

「どうだ、《千変万化》ッ! 乗り切った、乗り切ってやったぞッ! 嵐などどうということもない! 貴様の目論見は外れた、この船は無敵だッ!」

「え……あ、うんうん、そうだね?」

いくらなんでも喜びすぎではないだろうか。そもそも僕は九割落ちないと言ったわけで、目論見なんてない。

フランツさんは今にも喜びすぎてダンスしそうな有様だった。ダンスするならお相手として僕の絨毯を貸してあげてもいい。

「ヨワニンゲン、お前何やったんだ、です。全方位に喧嘩を売りすぎだ、です」

売った覚えのない喧嘩が買われているのだ。不思議。

だが、そうまで言われると少しくらい反論したくもなってくる。

「まだ嵐は抜けていないし……注意した方がいいよ」

「ふははははははははは……負け惜しみでもなんでも言うがいいッ! 貴様の茶番に付き合うのも終わりだッ! 大人しくしていろッ! 陛下にご報告しなければ……!」

フランツさん、めっちゃテンション高い。

自信満々に宣言すると、フランツさんはまるで貴族のように胸を張り堂々と出ていった。というか、よく考えたら貴族だったな。

まるで嵐のような勢いに、さすがのクリュスも目を丸くしている。扉が閉まった後しばらく沈黙していたが、ぽつりと呆れたように言った。

「ストレス溜め過ぎだ、です。そういう時はハーブティーでも飲んでリラックスするのがいい、です。人間はもっと私達のように自由に生きるべきだ、です」

「ハーブティーか……いいね」

シトリーがよく入れてくれたのである。しみじみと頷く僕に、クリュスは眉を顰め、何故か心外そうな顔をする。

「……ヨワニンゲンには必要ないだろ、です。お前は精霊人よりもストレスなさそうだ、です」

しかし、あそこまでテンションが高いと逆に心配だな。この嵐もさっさと完全に去ってくれればいいのだが……。

§

嵐さえある程度収まってしまえば、船の中は非常に安定していた。

僕は宝具の力でどんな状況でも快適なのだが、クリュス達も特に文句を口にしていなかった所を見ると、さすが最新鋭という事なのだろう。もしかしたら宝具を脱いでも船酔いしたり耳がきーんとなったりしない可能性もある。

国の重要人物の移動用なだけあり、各部屋はこれまで泊まってきた旅館にも見劣りしていなかった。

調度品や家具も品がよく、ベッドもふかふかだ。もしもこういう所を探検するのが大好きなリィズがいたら船内を見て回りたがっただろうが、悲しいかな、彼女は既に落雷を受けて落ちてしまったのであった。

何度か部屋に設置された窓から外を覗いて見たが、外には黒い雲が立ち込めているだけで、凧やお化け達の姿は見えなかった。

僕の幼馴染達は皆無茶をする性格なので再挑戦してきてもおかしくはないのだが、さすがに嵐は無理だと悟ったのだろうか。だがそもそも凧に乗って空を飛ぶという発想がちょっと現実を見ていないのではないだろうか。

食事についても、詳しいことはわからないが、絶品だった。肉も魚も野菜も全部美味しい。恐らく、専属のシェフがいるのだろう。どうやらシトリーに無理を言って用意してもらった食料品を使うことはなさそうだ。嵐にぶつかった時は慌ただしかった皆もある程度落ち着いている。

ベッドでごろごろしながら、部屋の片隅をアクティブに動き回っている絨毯を眺め、首を捻る。

「……墜落、するかなぁ……?」

抱いていた不安も落ち着きを見せていた。

僕の運の悪さを考えると十分ありうる話なのだが、フランツさんの様子を見るにこの船はよほど堅牢らしい。竜が沢山襲って来たことは知っているのだから、竜に襲われても大丈夫だという自信があるのだろう。

もちろん、墜落はしない方がいい。船が到着するのは目的地である砂の国、トアイザントの首都だ。

トアイザントはゼブルディアと比べれは小国だが、独自の文化で栄えており技術レベルもそれなりに高いらしいので国の中で襲われる心配はそこまで大きくないだろう。

「……となると勝負は数日、か」

なんか久しぶりに真面目な事を考えている気がする。まぁ護衛計画について考えているのではなく、いつ終わるのかについて考えているだけなのだが……。

ぶつぶつ独り言をしていると、そこでノックの音がした。

扉の向こうからテルムの声が聞こえ、慌ててベッドから起き上がり、うろうろしながら仕事をしている振りをする。

ハンターにもプライドがある。リーダーがいつもごろごろしていてはやりがいがないだろう。テルムはエヴァと違って僕の情けない所を知らないだろうし、僕の醜態がテルムの口から《深淵火滅》の婆さんに伝わったら、同じレベル8として許してはおけないとか言い出して燃やしにくるかもしれない。

顔を出したテルムは、夜にも拘らず万全だった。

「深夜にいきなり済まない。《千変万化》、念の為、今後の件についてすり合わせておきたくて、な。ケチャも気にしているようだ」

「……ああ。そろそろ来ると思っていたよ」

思わず動揺し、ハードボイルドを装ってしまう。ハードボイルドな雰囲気のテルムが近くにいるとどうしても引っ張られてしまうのだ。

今後の件についてすり合わせ! なんというしっかりしたハンターだろうか。さすがレベル7、なんて僕のようなへっぽこが称賛するのもとても申し訳ないが、素晴らしい責任感だ。

これこそが数々の修羅場を潜ってきた歴戦の猛者だ。ルーク辺り、いつも好き勝手やってる奴に爪の垢を煎じて飲ませたい。

「《深淵火滅》にはいつかお礼をしないとな」

「!? さすがの自信だな……だが、ローゼは破壊に於いては間違いなく一流だ。彼女には奇襲も通じん。恐らく君が考えている以上の破壊の権化だよ」

ぽつりと呟くと、声を聞き取ったのかテルムが大仰に目を見開いた。

え……? あの婆さん、お礼をすると燃やされるの? なんで?

想像以上の凶悪さだ。どちらかというとお礼をしない方が燃やされると思うのだが、テルムが冗談を言っている様子はない。

……お礼をしに行く時はしっかり結界指をチャージしていくことにしよう。

「ま、まぁやり方次第だと思うけど。それより、すり合わせと確認、だったね。特には不要だよ、これまで通り、テルムに合わせる」

「何!?」

あまりに投げっぱなしだろうか? だが、僕は戦闘能力も指揮能力もゴミクズみたいなものだし、チルドラの群れに襲われた時のように、いざという時は僕が指示を出すよりも経験豊富なテルムに全て任せたほうがうまくいく。

僕が指示を出すと何かあった時に僕のせいにされるからやりたくない。まぁ指示を出さなくても僕のせいにされるのだが、そっちの方がまだ気が楽である。

「悪いけど、これが僕のやり方なんだ。ああ、もちろん、調整については担当するよ。クリュスについても、もう話をしたから大丈夫だ」

フランツさんもなんだかんだ僕の言葉を聞いてくれるし、皇帝陛下にもレベル8の威光が効いているようだ。よほど派手な事をしなければ説得できるだろう。そもそも何も起こらない可能性の方が高いと思うけど。

「ふむ……つまり、実行は完全に私達に一任する、と」

「……問題ある? 何かあったらサポートはするから」

「……いや、構わない。それが君のやり方ならば私は合わせるまでだ。ここまでお膳立てされれば容易い任務だ」

容易いと言う割には厳格な表情をしているが、これが責任感の違いというやつか。

それにお膳立てって……僕は何もしてないんだが。リップサービスも完璧とは、恐れ入る。僕もこんなナイスミドルな年のとり方をしたいものだ。

§

フランツさんの尽力や真面目なテルムの心配を他所に、特に何が起きるでもなく船旅は順調に進んだ。

飛行船は安定性は高いが速度はそこまで出ないようで、計画通りならトアイザントまで三日かかる。

一日目は嵐に翻弄されたが、それ以降は誰も呼びに来ることもなく、驚くほど穏やかな時間を過ごせた。

ブリーフィングで見るフランツさんの顔色もどんどん良くなっていく。

もうこのまま無事到着するのではないか。そんな言葉が僕の脳裏をよぎり始めたその時、それは来た。

部屋でクリュスと遊んでいると、フランツさんが駆け込んでくる。

そこにあった表情は恐怖でも焦りでもなく、困惑だった。

「《千変万化》、陛下がお呼びだ」

「? 何かあったの?」

騒ぎは起こっていない。目を丸くする僕に、フランツさんが眉を顰め、言う。

「…………外を見ろ。気付いていただろうが――いつまでたっても嵐から抜けられん」

「え……?」

思わず窓の方を見る。外には相変わらず暗い空が広がっている。