軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

181 護衛③

「全く、ヨワニンゲンには呆れてものも言えない、ですッ! 何を考えてるんだ、ですッ! ルシアさんにいつも迷惑かけるのやめろ、ですッ!」

「ごめんごめん……」

魔力切れでただの絨毯になってしまった暴れん坊絨毯をしっかり抱きしめ、謝罪する。

今回の件は僕に完全な非があった。自走型宝具のチャージに気を使うなんて宝具を使う者として当然の心構えなのに、それを忘れるなんて、マーチスさんが知ったら顔を真っ赤にして説教してくるだろう。

「必死に訴えるから付き合ったのに……絨毯落としたってなんだ! 私が馬鹿みたいだろ、ですッ!」

「面目ない……」

「笑顔で言うな、ですッ! こうしている間に護衛で何か起こってたらどうするつもりだ、ですッ!」

いや、だってしっかり絨毯は見つかったのだ。見つからなかったら踏んだり蹴ったりだが、目的はこうして達成したのだから、戻った甲斐があった。とても申し訳ないのだが、多分同じ状況に陥ったらまた戻ると思うよ。

だって僕がいたってどうせ護衛の役になんて立たないし……クリュスまで付き合わせてしまったのは申し訳ないと思うが。

「大丈夫だよ、何も起こらないって……」

シトリーにもちゃんと竜を送ってくるなって伝えたわけで、外因がなければ竜がピンポイントで襲ってくるなどありえないわけで。

もしも仮にそんな事が何度も立て続けに起こるのならば、きっと皇帝陛下は呪われている。

すっかりクリュスに懐いた様子のアイアンホースが凄まじい勢いで馬車を追う。人二人乗せても、まるで絨毯のような速度だ。これならすぐに馬車に追いつけるだろう。

――そして、意気揚々と戻った僕達の目に入ってきたのは無数の魔物の死骸に囲まれた馬車だった。

フランツさんが僕達に気づき、鬼のような形相で睨みつけてくる。どうやら何かが起こったらしい。

僕がいなくてセーフというべきか、見た通りアウトと言うべきか。

謝罪は得意だが、依頼人から見ればこれは最悪だ。

僕達は何も言わずに護衛対象から離れた挙げ句、その最中に護衛対象が襲われたのだ。一般的な依頼でもランクが落ちかねない信用失墜である。土下座をしても許してもらえないだろう。

さすがのクリュスの表情も強張っていた。

他のメンバーは残していったのだが今回のハンター部隊のリーダーがいなくなったとなれば言い訳も厳しい。正直に絨毯を落としたので取りに戻りましたなどと言ったら斬り殺されそうだ。

テルムが眉を顰めこちらに視線を向けている。ケチャチャッカはいつも通りだが、心なしかその表情は曇っているようにも見えた。

落ち着け、落ち着くんだ、クライ・アンドリヒ。

こういう時は焦ってはいけない。冷静に、冷静に対応するんだ。これまで様々な修羅場を乗り越えて来たのだ、今回もきっとうまくいくはずだ。

緊張に身を固くしているクリュスの背中を軽く叩き馬を降りると、僕は開口一番にフランツさんに確認した。

「負傷者は出た?」

「ッ……どの口がッ…………出て、いないッ」

フランツさんは頭に血が上り顔が真っ赤になっていたが、荒く数度深呼吸をすると、短く答えた。

フランツさん、貴族なのに意外と冷静だな。相手が普通の貴族なら怒鳴られる所だ。

しかし、負傷者は出ていなかった、か。

よく見ると破壊の跡は圧倒的だった。そりゃ、あれほど巨大なチルドラゴンの群れを一つの魔法で殲滅できる魔導師がいるのだから、普通の魔物の群れなど大した相手ではないだろう。

よくないが、よかった。死傷者が出ていたら最悪中の最悪だった。これならまだ許される可能性もある……ような気がする。無理かな?

もう勝手に護衛の場を離れたりはしないので許してください。

フランツさんが荒々しい足取りで僕の目の前に出る。ぴりぴりするような非難の視線が集中している。

一言一言、まるで恫喝でもするかのように強い語気で、フランツさんが言った。

「今すぐにでも問い詰めたいがッ! あいにく、今は、こんな、道の、ど真ん中で、止まっている場合ではないッ! 陛下の安全が最優先だッ! だが、話は、街についた後、じっくり聞かせて貰うぞッ! 何か、言うことはあるか?」

「ない」

どうやら言い訳を考える時間をくれるようだ。この状況を打開するような言い訳が短時間で思いつくとは思えないが……僕が全面的に悪いからなあ。

大きく周りを見回し、フランツさんが大声で指示を出す。

「ッ……出発する。総員、警戒を怠るなッ!」

さて、どうしたものか……。

§

魔物の襲撃に遭ったばかりなせいか、張り詰めたような緊張感が漂っている。

まだなんとか馬に乗せてくれたクリュスもお冠だ。

「どうするつもりだ、ヨワニンゲン、です。権力にも護衛にも興味なんてないが、護衛を首になるなど、誇りある精霊人として許されないぞ、です」

「うーん……」

どうしようもない。テルムを連れてきたのは僕だし、そのおかげでチルドラゴンの群れを殲滅できたのだから投獄されるという事はないと思うけど、僕の名誉は著しく貶められるだろう。

まぁ、名誉なんてぶっちゃけどうでもいいし(《嘆きの亡霊》にもあまり名誉欲を持っているメンバーはいないし)、レベルが下がるのもやむなしというか逆に望む所なのだが、僕が心配しているのは絨毯を取り上げられないかどうかだった。

……せめて取り上げられた後、お金で買い取れないだろうか。

クリュスは僕が無理やり連れて行っただけなので問題ない……と思う。

「ああ、ルシアさんから、ヨワニンゲンの事をよろしくと任せられていたのに……」

クリュスが弱々しい声をあげる。その芸術品のように形の良い目の端には涙が浮かんでいた。

「だ、大丈夫だよ。僕がフォローするから」

「……ヨワニンゲンは、黙ってろ、ですッ!」

「…………はい」

いくら首を捻っても、いい言い訳が舞い降りてくる事はなかった。

後ろには近衛から割かれた数人がまるで僕達を見張るかのようについていた。もう持ち場を離れるつもりはないのに、信頼が底をついている。もしかしたらチルドラゴンの時に応援しかしていなかったのも問題だったのかもしれない。『快適な休暇』が有用な宝具に見えないのもあるだろうか。思い返せば問題ばかりであった。吐きそうだ。

僕は手を抜いたつもりなどないのだが……完全に白旗だ。言い訳するより素直に降参した方が良いかも知れない。

唯一、好意的な材料があるとするのならば、この依頼が間違いなく成功するという点である。

僕の力で、ではなく、《止水》の力で、だが。

まるで一刻一刻と処刑の時が迫っているかのような気分でいると、不意に順調に進んでいた馬車が停止した。

僕達も続いて停止する。

また襲撃か!? 何回襲われるんだよお。本当に皇帝陛下は呪われているんじゃないだろうか。なんか陛下に凄くシンパシーを感じる。

こんな事なら依頼を断ればよかっ…………絨毯は欲しい……。

「さ、さっさと、降りろ、ですッ! ヨワニンゲンッ!」

どうやら襲撃ではなかったらしく、戦闘の音などは聞こえてこない。

皇帝の馬車の周囲を守っていたフランツさんが、こちらにやってくる。先程までのように怒りこそ浮かんでいないが、その表情は険しい。

「ドラゴンの死骸だ。明らかに何者かに落とされた跡がある」

「……ドラゴン、出過ぎじゃない? いつからゼブルディアはドラゴンの国になったんだよ」

……本拠地変えようかな。

「…………ッ……見解を、聞かせて欲しい、と、陛下からの命令だ」

「僕は専門家じゃないんだけど」

「いいから、来いッ!」

レベル8の信用力、やばいな。世間のレベル8は皆こんな扱いを受けているのだろうか。

引きずられるようにして前に行く。

ドラゴンの死骸は道のど真ん中に鎮座していた。

緑色の体皮が特徴のグリーンドラゴンだ。随分昔の話だが、《嘆きの亡霊》が最初に倒したドラゴンである。

大きさは皇帝の乗車している特製の馬車よりも三周りは大きいが、今その強固な体皮はずたずたになり、威容で知られた大きな翼も千切れかけている。

テルムが体皮に触れ、眉を顰めている。フランツさんが言う。

「ハンターが倒したのならば、素材に手をつけられていないのは不自然だ。他の魔獣の仕業ならばさらなる警戒が必要だ」

「殺されてからそれほど経っていない。これは…………恐らく、氷系統の魔術によるものだ。しかも、飛行中にやられている」

テルムの見解に、クリュスが形のよい眉を持ち上げて言う。

「高い耐久を誇るドラゴンを一方的に殺せるような氷魔法なんてあるわけがない……と言いたい所だが、大気に大規模な魔術を使われた痕跡がある、です。魔獣ではなく人間によるものだろう、です」

「けけ……けけけけ……」

すごいな……これがハンターか。大気に残る大規模魔術が使われた痕跡って、何? クリュスには何が見えてるの?

僕にはこれがドラゴンの死体だと言うことくらいしかわからない。

腕を組み、感心にうんうん頷いていた僕を、フランツさんが睨みつけた。

「で、貴様の見解は?」

「うーん……まぁ、なんというか……これは気にする必要はないよ」

「何!?」

僕は見る目はほとんどないが、やはり今回も前回と同じく、彼らが持っていない情報を持っている。

これは……ルシアの魔法だ。僕の妹、ルシア・ロジェの得意とするのは広範囲を対象とした攻撃魔法である。

《嘆きの亡霊》は度々大量の魔物や幻獣に包囲されてきた。超遠距離からの狙撃を受けたこともあるし、逆に敵が大魔導師だった事もある。

《嘆きの亡霊》にも役割分担というものがある。そういった時に迎撃を担当していたのがルシアなのだ。

その範囲はルシアが成長するに従い拡張の一途をたどり、街一つの範囲を蛙に変えた事からもわかるが、今では凄まじい広範囲を誇っている。

氷の魔法はルシアが特に好んで使う魔法だし、間違いないだろう。(ルシアが冷気で相手の動きを鈍らせ、ルーク達攻撃力の高いメンバーがトドメをさすのが最近の戦法らしい)

シトリーがいるのだから、仲のいいルシアがいてもおかしくはない。どうやらシトリー達はついてきているというより、先行しているようだ。

どうやらこの兄が心配で心配で仕方ないようだな。

……ところで護衛の人数が指定されていたのに仲間達がきてしまうのは、受け入れられるのでしょうか?

ごまかすべきなのか正直に言うべきなのか迷う僕に、フランツさんが詰め寄ってくる。

「まさか、これは、貴様の仕業か……!?」

そんな訳がない。一体フランツさんは僕を何だと思っているのか。ほとんどずっと一緒にいた僕がどうやって遠くに離れた竜を殺せるというのか。

ケチャチャッカが、テルムが僕を胡散臭いものでも見るような目で見ている。

だが、そこで僕に天啓が舞い降りた。

これはもしや……僕達が離れていた言い訳になる?

嘘をつく事になってしまうが、《嘆きの亡霊》のリーダーは一応僕なのだから、その力は僕の力と言っても過言ではない、と、思う。

うーん、でも僕が離れていた理由は違うしなあ。

「…………ま、まぁ、当たらずとも遠からずと言うか……」

「はっきりしろ!」

結局煮え切らないコメントを出す僕に、フランツさんが怒鳴りつけてくる。

「ヨワニンゲンは、ずっと私と一緒にいて、何もしていないぞ、です」

その言葉遣いと裏腹に随分真面目なクリュスが僕の逆フォローをしてくれた。

まぁ、確かにその通りなのだが……クリュスは正直者だな。僕は情けない笑みを浮かべ、肩を竦めてみせた。

「とりあえず、この死骸は大したことじゃないから、気にする必要はない。どっちにしろもう死んでるんだし、さっさと街まで急いだ方がいいよ」

だが、行く先々でドラゴンの死骸が見つかった。

もはやドラゴンの見本市である。あまりに尋常ではない状況に僕は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

斬り殺された魔物達と真っ二つにされたランドドラゴン(多分、ルークの仕業)。

ほとんど傷跡が残っていないのに死んでいるレッドドラゴン(多分、シトリーの仕業)。

首を力ずくでねじ切られた 飛竜(ワイバーン) (多分、アンセムとリィズの仕業)。

様々な修羅場をみてきた僕でもここまで複数種類のドラゴンを一日で見るのは初めてだ。

凄惨な現場に、フランツさんを始めとしたプライドの高い近衛騎士団の面々も青ざめている。テルムはさすがの余裕だが、明らかに何か言いたげだ。もしかしたら僕の仲間たちがこれをやっている事に感づいたのかもしれない。

大丈夫、心配ないよ……やったのは僕の幼馴染達だから。

しかしこれだけの竜が現れるなんて、真面目にゼブルディアと距離を取った方がいいのかも知れないな。

§ § §

ドラゴンの死骸をそこかしこで発見しながらも、無事、街にたどり着く。

これまで経験した中で最も異常な護衛任務だった。一度襲ってきた魔物の群れについても大した苦労もせず殲滅したが、騎士団にのしかかる精神的な疲労は筆舌に尽くしがたい。

何が起こるのかわからない不安。皇帝陛下の護衛という重責。襲いかかる無数のドラゴンに、昨日襲撃してきたチルドラの悪夢に、体調の不調を訴える団員も出てきている。まだ帝都を出て二日しか経っていないのが嘘のようだ。

宿につき、ラドリック陛下から呼び出されたフランツは、受けた言葉に思わず表情を強張らせた。

「ハンター達を……側に置く、と?」

「うむ。何か異論はあるか?」

ラドリック陛下の表情は平時と変わらず精悍で疲労のような物は見られない。

だが、それは表に出していないだけで、帝国を背負うラドリック陛下の心労はフランツ・アーグマンの感じている物とは比べ物にならないだろう。

屈辱だった。皇帝陛下の護衛はずっと近衛騎士団の仕事だった。その役目を他の誰かに譲った事はない。

だが、皇帝陛下がそう命じてくる理由もわかる。

近衛騎士団は精鋭ばかりだが、《止水》の力――レベル7ハンターの力はそれとは一線を画していた。恐らくレベル6のケチャチャッカや、クリュスについても、近衛の魔導師よりも優秀である可能性が高い。

チルドラゴンの群れは近衛の第零騎士団だけでは乗り切れない災害だった。

「陛下のお言葉も、もっともです。《止水》は強い。実績もあります。……しかし、《千変万化》の、あの男の行動は、明らかに不自然です。あの者たちを側に置くのは早計、かと」

レベル8だ。その戦闘能力が隔絶しているのは想像に難くないが、その動きはあまりにも理解不能だ。

神算鬼謀の噂は知っているが、全てが全て、意味がわからない。これまでフランツは様々な傍若無人なハンター達を見てきたが、それらハンター達とも何かが違う。

本音を言うのならば、普段ならば絶対に同行させないようなメンバーだ。

しかもあの男にはクランメンバーに試練を与えて喜んでいるという噂もある。

「確かに、な。しかしあの男の無実は『真実の涙』で保証されている」

この襲撃がすべて『狐』の仕業だと仮定すると、旅程が全て読まれている事になる。内部に裏切り者がいる可能性が高い。

そして、そうなった時に陛下から見て無実が保証されているのは――秘密裏に陛下の目の前で『真実の涙』を使い無実を証明したフランツと、皆の前でそれを証明した《千変万化》だけだ。奇しくもあの男はフランツが最も信用できる人間でもあるのだ。

ドラゴンの死骸を見つけた時の《千変万化》の態度は明らかに落ち着いていた。《止水》ですら顔を顰めたその状況に、不思議な納得を示していた。

手法は不明だし本人も明言していないが、《千変万化》がそのドラゴンが襲ってくる前に手にかけたとするのならば、今、怒りに任せてあの掴みどころのない男を抜くのは危険すぎる。

ハンターは強い。プライドを優先し皇帝を危険に晒すなど、長く皇帝の身を守護する第零騎士団の団長としてあるまじき判断だ。

近くに置くことで、フランツがその目で動向を監視する事もできる。表向きはそういう形にすれば、プライドの高い部下たちも納得できるだろう。

ラドリック・アウルム・ゼブルディアの瞳は透明でまるでフランツの心中を見透かしているかのようだった。

最も優先すべきは皇帝の御身だ。顔が強張るのを抑えきれなかったが、なんとか押し殺すような声で、フランツは答えた。

「ッ…………御心のままに」

§ § §

宿の一室。これまでの状況を改めて精査しまとめたテルム・アポクリスは苦々しげな表情で結論を下した。

これまでは半信半疑だったが、状況がそれを示している。

《千変万化》は十中八九、『 九尾の影狐(ナインテイル・シャドウフォックス) 』の一員。それも恐らくはかなり上位のメンバーだ。

どうやって『真実の涙』を抜けたのかは不明だが…………確認しなくては。